• メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

    ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

    ショップ「めめんと・もり -美術と神話の不思議かいぶつ雑貨-」が名古屋のクリマに再出展します!
    2018年12月1日(土)の一日出展となります^^

    ヒエロニムス・ボスの絵画の怪物クッキーを作りました!6種類のモンスターをどうぞ♪

    怪物クッキー

     ヒエロニムス・ボスの絵画に登場する、怪物のクッキーを作ってみました!
     4月18日に「バベルの塔展」が始まり、もうすぐヒエロニムス・ボスの作品2点がお目見えになります。何かやりたいなぁ・・・と思っていた私に天啓が舞い降りました。「そうだ、怪物クッキーを作ろう!」と思い立ったら早速下書きをし、慣れないクッキーづくりをしました。行き当たりばったりのクッキングでしたが、大失敗せずにどうにか人様に見せられるレベルになりましたので、ご紹介します。
     6種類の怪物クッキーの制作工程をご覧ください♪


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    ギリシャ神話のヘルメスのアルゴス退治 絵画16選。笛で眠った百目巨人は殺される

    Ubaldo Gandolfi 1770-1775 -

     ギリシャ神話には、百目の巨人アルゴスをヘルメスが退治する話があります。
     ある日、主神ゼウスとニュムペーの女性イオは恋の戯れをしていました。しかし、そこに恐妻ヘラが現れます。ゼウスは慌ててイオを牝牛に変えますが、ヘラはそれが愛人だと気付いていました。ヘラはその牝牛を欲しいと夫に頼んでまんまと手に入れ、巨人アルゴスに牝牛を厳しく監視するよう命じました。アルゴスは百の目を持つ巨人で、決して眠ることがなく、死角もありませんでした。
     ゼウスは牝牛になったイオの現状を悲しみ、使者のヘルメスにアルゴスを退治するよう命じました。彼は早速羊飼いに身を変えて巨人に近付き、物語を聞かせ優しく葦笛(あしぶえ)を吹きならしました。すると、百の目が全て閉じて眠りこけてしまったので、ヘルメスは一刀の下にアルゴスの首をはねて殺してしまいました。(諸説あります)
     ヘルメスのアルゴス退治の絵画、16選をご覧ください。



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    【作品13点】半分人間で半分骸骨。絵画や彫刻で流行った、メメント・モリの一形態

    18th century Austrian vanitas -

     メメント・モリはラテン語で「死を忘れるな」という意味の、宗教、美術的スローガンです。
     始まりはローマ時代とされていますが、キリスト教が普及するようなってから、このスローガンは重要視され、様々な作品形態が生まれました。それはヴァニタスであったり、死と舞踏や死の勝利であったり、死と乙女であったりします。今回紹介する「half man(ハーフマン)」もそうで、縦から真っ二つに半分人間、半分骸骨で表された人体のことです。人間はいつかは死に、骨になるという強烈なメッセージが込められています。
     生と死、栄枯盛衰を表す「ハーフマン」の絵画と彫刻、13点をご覧ください。


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    中世写本に描かれたキモかわいい怪物12点。とぼけた顔の奇妙なモンスターたち

    Luttrell Psalter 1325-1335 -

     怪物、モンスターという単語の響きは、ドラゴンや吸血鬼、巨人など、少なくとも凶悪で強そうなイメージが湧くのではないでしょうか。ルネサンス期のボスやブリューゲル、近代のブレイク、フュースリ、ルドン等は怪物を描いた画家で知られていますが、彼等の描く怪物はどちらかと言えば不気味で、人々に怪物の恐ろしさを伝える目的で描いた部分があるように思えます。しかし、中世写本に描かれたモンスターたちの中には、全く不気味ではないどころか、愛嬌があって可愛げのある怪物が存在します。何を思ってこのとぼけた、面白い怪物たちを描いたのだろうと不思議に思ってしまう程です。
     中世の人々が思い思いに描いた、きもかわいい怪物の挿絵、12点をご覧ください。
     

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    北欧神話の雷神トールの絵画13点。ハンマーで巨人を打ち倒し、人間を守る守護神

    Mårten Eskil Winge, 1872 -

     北欧神話に登場する雷神トールは、神と人間の国を守るアース神族の守護神です。
     映画や漫画で引っ張りだこにされているので、知っている方は多いのではないでしょうか。力自慢で豪胆、大食漢であるトールはその反面、知識には疎く単純です。一説にはオーディンとヨルズの息子とされています。武器のハンマー、ミョルニルは投げると手元に戻って来て、使わない時はポケットに入るくらいまで小さくなるという優れもの。これで巨人を退治しまくっています。また、トールは鉄の手袋をはめ、攻撃力が二倍になるという力帯をはめています。何故か狡猾の神ロキとは気が合うようで、二人はよく一緒に旅に出ています。ロキに助けられることもあれば、痛い目に合わされることもあります。
     北欧神話の切り込み隊長、トールの絵画13点をご覧ください。


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    東方三博士の礼拝の絵画15点。イエス・キリストの生誕を、東方の賢者達が祝福する

     1510 -

     東方三博士(三賢者)の礼拝は、新約聖書の物語の一つです。
     ある日、エルサレムに東方からやって来た占星術の博士だという旅人たちが来ました。彼等は都に着くと、人々にこう訊ねました。「ユダヤの王は何処ですか? 我々はその方の誕生を星で見たのです」と。メシアが産まれたという噂はたちまち広がり、それは現ユダヤ王のヘロデの耳にも届きました。ヘロデ王は聖書を研究する者達から、メシアがベツヘレムから現れるという事を聞き出し、東方の博士たちを呼び出しました。王は「ベツレヘムへ行って、メシアに会ったら私に知らせて欲しい」と伝え、彼等を送り出しました。
     東方の博士たちは頭上に輝く美しい星を頼りに、その土地へと目指しました。着いたところは粗末な小屋でしたが、彼等はそこにメシアがいることを確信しました。中に入ると、若い母の胸に、赤ん坊が抱かれていました。三名の賢者は涙を流しながら赤子イエスに礼拝し、持ってきた宝箱を開け、黄金と、没薬(もつやく)と乳香を送り物として与えました。
     東方よりやって来た賢者たちの礼拝の絵画、15点をお楽しみください。


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    ギリシャ神話のパリスの審判の絵画14選。ヴィーナス、ヘラ、アテナの女神から選ぶ

    Joachim Wtewael 1615 -

     パリスの審判はギリシャ神話の物語で、トロイ戦争の発端となった出来事です。
     ある日、アキレスの両親の結婚式が催されました。全ての神が出席しましたが、ただ一人不和の女神エリスが招かれませんでした。彼女は怒り、結婚式に乗り込んで「最も美しい者へ」と黄金のリンゴを投げ入れました。リンゴは私のものよ!と名乗り出たのはヴィーナス、ヘラ、アテナでした。三名は全く譲らなかったので、主神ゼウスはイリオスの息子で、羊飼いの仕事をしているパリスに審判させることに決めました。ゼウスの使者であるヘルメスがパリスの元へ行ってリンゴを渡し、事情を説明しました。
     そして、最も美しい女を主張する三名の女神がパリスの前に現れます。ヘラは「君主の座」、アテナは「戦争の勝利」、ヴィーナスは「最も美しい人間の女」を与えると彼に言いました。パリスはヴィーナスに黄金のリンゴを渡しました。それにより、パリスはヴィーナスの助けを得てスパルタ王ヘレネを手に入れることができましたが、それがトロイ戦争の元凶となってしまったのです。
     女神の戦いである「パリスの審判」の絵画、14点をご覧ください。


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    北欧神話の主神オーディンの絵画13点。死と戦争、魔術を司り、ルーンを発明した者

    Georg von Rosen (1886) -

     オーディン(オージン、ヴォータン)は北欧神話に登場するアース神族の主神であり、死や戦争、魔術、嵐などを司っています。
     通常、オーディンは髭を生やした隻眼の老人として表され、鍔広帽子を被り、ローブを着込んでいます。絵画によっては鎧を着た姿で描かれることもあります。投げ槍の武器、グングニルを持っていることが多いです。妻はフリッグで、息子はバルドルですが、主神の定めなのか愛人に産ませた子供は多数おります。ロキとは義兄弟の仲です。
     オーディンは知識を得ることに貪欲で、知識を得る為ならば片目を失ったり、女をたぶらかして捨てたり、逆さづりになって死にかけるのも厭いません。主神であることを隠して放浪の旅に出ることがしばしばあった為、数多くの異名を持っています。
     知識狂の主神、オーディンの絵画と彫刻、13点をご覧ください。


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    フランス皇帝ナポレオンの絵画12選。イケメン長身と小太りおチビ、理想と現実の差

    Paul Delaroche 1840 -

     ナポレオン・ボナパルト(1769-1821)はフランス革命期の軍人、政治家であり、ナポレオン一世として皇帝にも即位しました。
     コルシカ島に生まれたナポレオンはフランスへ行き、陸軍士官学校を卒業します。砲兵士官へ入ると、まもなくフランス革命が勃発します。王党派を支持するイギリスやスペインの艦隊を砲撃で追い払い、この功績によって一気に昇進することになります。一度は逮捕されるものの、反乱を鎮圧する為にナポレオンは呼びだされ、戦う度に彼の功績は増してゆきました。1798年にはエジプトを支配し、国民の英雄となっていました。その時には、総裁政府は弱体化しており、ナポレオンはクーデターを決行して政府を倒し、フランス革命に終止符を打ちました。
     フランスの全権力を握ったナポレオンは征服戦争を展開し、1804年にナポレオン一世としてフランス皇帝となります。しかし、ロシア遠征が失敗したことによって事態は急転し、彼は退位させられます。一度は復権しましたが、1815年のワーテルローの戦いに敗れてセントヘレナ島に流され、そのまま人生の幕を閉じました。

     ナポレオンの肖像画を多くの画家が描きました。ただ、その絵画が両極端で、彼を美化してイケメンに描く画家と、彼をありのままか、それより酷く描く画家の二者が存在しました。
     小男で小太りと噂される、ナポレオンの理想と現実の絵画12選を、両者を比較しながらご覧ください。



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    【画像13点】斬首された自らの首を持って歩く聖ドニ(デニス)と、三名の首の聖人たち

    Crucifixion of the Parlement of Paris (detail) 1449 -

     聖ドニはサン・ドニ、聖デニスとも呼ばれているカトリック教の聖人です。
     フランスのパリの司教で、250年頃に殉教したと伝えられています。聖ドニはセーヌ川のシテ島で暮らしており、仲間である聖ルスティクスと、聖エレウテルスと共にキリスト教の布教に励んでいました。しかし、改宗する者が増えてくるにつれて異教の僧侶が彼等を疎く思うようになり、聖ドニ達は高い丘で斬首刑に処されてしまいました。彼ら三名は死後まもなく崇拝の対象になり、遺体はその地に埋葬され、彼等を崇める教会堂が設立されました。
     「黄金伝説」によると聖ドニは斬首された後、自らの首を持ち上げて説教をしながら数km歩いたとされています。人間の摂理を越えた、恐るべき奇跡です。その伝説を元にして、画家たちは聖ドニを自らの首を持った聖人として表しました。また、斬首しても死なずに首を持ったとされている聖人は、他にも三名おります。
     聖ドニの絵画&彫刻10点と、三名の聖人の首を持った姿をご覧ください。少しだけ閲覧注意です。


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    中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
    師匠はヒエロニムス・ボス。
    神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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