• メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

    ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

    ショップ「めめんと・もり -美術と神話の不思議かいぶつ雑貨-」が名古屋のクリマに再出展します!
    2018年12月1日(土)の一日出展。ブースNo.は2号館のM-92となります^^

    絵画10選。ギリシャ神話のペルセウスはメデューサの生首を使い、恋敵を石化させる

    francesco maffei -

     ペルセウスはギリシャ神話に登場する英雄で、主神ゼウスとアルゴス王女ダナエの息子です。
     「息子が王を殺すだろう」と予言を受けた為、アルゴス王は彼を捨てたのものの、島の漁師に拾われて彼はたくましい青年に成長しました。しかし、島の領主である男がダナエに恋をしてしまい、邪魔なペルセウスを排除しようと、ゴルゴン三姉妹の三女メデューサの首を獲って来るよう命じます。彼女らは恐ろしい怪物で、見た者を一瞬にして石に変えてしまう能力を持っています。ペルセウスはヘルメスとアテネの力添えを借り、鏡を見ながらメデューサの首を切り落とすことに成功しました。
     その後、彼は美女アンドロメダを海の怪物から助け出し、二人の結婚の為に盛大な祝宴が催されました。しかし、彼女には婚約者ピーネウスがおり、その席で大乱闘になったのです。ペルセウスの部下は少なく相手は沢山おり、分が悪い戦いでした。なので彼は袋からメデューサの首をとり出し、高く掲げたのです。恋敵らはことごとく石化し、晴れて二人は結婚できたとのことです。
     愛の為なら首を使う。メデューサの死の場面と、石化した人々の場面の絵画10点をご覧ください。


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    魔女狩りの狂気。裁判で火刑と判決され、火あぶりにされる被害者の絵画 12点

    Hexenverfolgung -

     魔女狩りは15~18世紀にかけて流行した、宗教差別を含んだ大規模な迫害です。
     魔術や呪術を使ったとして裁かれた者は前々から存在していましたが、15世紀の半ば頃に「魔女」という概念が「悪魔と結託した異端者」という、よりキリスト教的な狭義のものとなり、異端審問が強化された為に魔女狩りが激化していきました。15世紀後半に「魔女の鉄槌」という魔女狩りのノウハウ本が創刊されたのも後押しとなりました。最も魔女狩りの嵐が吹き荒れたのは16世紀~17世紀後半にかけてで、ドイツ(神聖ローマ帝国)が一番酷かったです。
     魔女の疑いをかけられると、必ず有罪の裁判が行われ、拷問をして自白を強要させます。苦痛により「魔女です」と白状した被害者は火あぶりが待っています。逃げ場はどこにもないのです。魔女探しは密告で行われ、「猫を飼っているから」「なんか気に喰わないから」「美しすぎるから」というとんでもない理由で魔女だとされてしまった人もいます。魔女を探すと莫大な懸賞金が与えられるので、密告を繰り返して生計を立てる者もいました。こうしたことが魔女狩りに拍車をかけることになったのです。
     魔女狩りについて学ぶ為に、12点の絵画を見ていきましょう。閲覧注意です。


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    絵画11点!ギリシャ神話の英雄ペルセウスが、アンドロメダを怪物から救出する瞬間

    François Lemoyne 1723 -

     ペルセウスは主神ゼウスとアルゴス王女のダナエとの間に生まれた子です。アルゴス王に捨てられたものの、命拾いをしてたくましく成長しました。
     成り行き上ペルセウスは怪物メデューサの首を斬り落として倒し、その首を袋に入れてエチオピア国の上空を飛んでいました。すると、美女が岩に括りつけられているではありませんか。ペルセウスが国に入って王に事情を聞いてみると、王妃カシオペアが「私は海の乙女ニュムペーよりも美しい」と豪語した為に、海神ポセイドンが怒って怪物ケートスを国に放ったそう。そして、大暴れする怪物を鎮めるために、娘のアンドロメダが生贄に捧げられる事となったらしい。ペルセウスは「彼女を妻にくれるなら助けてもいいよ」と持ち掛け、王は即座にOKを出しました。
     その間に海の怪物が現れ、アンドロメダがまさに喰われようとしています。ペルセウスは怪物に飛び掛かって剣を突き刺し、激しい決闘になりました。そして、彼がメデューサの首を突き付けると、怪物は石化してしまいました。こうしてアンドロメダは助け出され、ペルセウスの妻となったと言われています。
     怯えるアンドロメダと颯爽と現れて怪物と戦うペルセウス。ネタの作品を交えながら、絵画11点をご覧ください。


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    ギリシャ神話のメデューサの絵画12点。美を誇った女は怪物となり、首を斬られる…

    Caravaggio_1597 -

     メデューサはギリシャ神話に登場する、女怪物のゴルゴン三姉妹の三女です。
     昔、メデューサは人間の美少女でした。とりわけ髪が美しく、ちやほやされた為に「私は女神アテナの髪より美しいの!」と自慢するようになります。それを知ったアテナは激怒し、メデューサの容貌を醜悪にし、髪を蛇に変えてしまいました。こうして彼女は怪物となってしまうのです。この話では、姉二人が怪物になった経緯が分からないので、もう一つ伝承があります。メデューサが愛人であるポセイドンと、アテネの神殿で逢瀬をしていた為に、アテネが怒って彼女を怪物にしてしまいました。この仕打ちが酷いと抗議をした姉二人も、怪物にされてしまったとのことです。
     メデューサは「無数の蛇の髪、猪の歯、青銅の手、黄金の翼」という姿で語られ、醜悪な顔を見た者は一瞬にして石になってしまいます。メデューサは英雄ペルセウスによって首を斬られ、殺されてしまいます。生首になっても石化能力は残り、盾に取り付けられたメデューサの首は様々な場面で使われました。
     美少女から一転、醜い怪物となってしまったメデューサの絵画12点を見ていきましょう。閲覧注意です!


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    聖ヴェロニカの絵画13点。キリストの顔を布で拭いた聖女と、布にくっきり浮かぶ顔

    MAESTRO DE LA LEYENDA DE SANTA URSULA -

     聖ヴェロニカは苦しんでいるキリストにヴェール(布)を渡したとされる聖女です。
     ヴェロニカはエルサレム出身の敬虔なキリスト教徒でした。キリストが十字架を背負ってゴルゴダの丘を登っている際、ヴェロニカは余りの悲惨さに自らはおっていたヴェールを取り、キリストにそっと手渡しました。キリストは額の汗を拭き、感謝を以て彼女に返しました。するとどうでしょう。キリストの顔が転写されたかのようにヴェールに残ったのです。この奇跡が元になってヴェロニカは聖女となり、彼女のアトリビュートはキリストの顔の付いた布となったのです。
     中世ルネサンス時代の画家は、聖ヴェロニカとキリストの聖顔布を思いのままに描きました。ぼやけた顔、くっきりとした顔、不思議な顔。様々な顔をした布を持った、聖ヴェロニカの絵画13点をご覧ください。


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    ヨハネの黙示録で封印が解かれた時、四騎士が現る。支配と戦争と飢饉、死を運んで

    ヴィクトル・ヴァスネツォフ作(1887年) -

     四騎士は新約聖書の「ヨハネの黙示録」に登場する、人々に災厄をもたらす神の使い的存在です。
     英語では「馬に乗る四名の者(four horseman)」と言われており、騎士とは異なるのですが、日本では四騎士と呼ばれているので、それに準じさせていただきます。
     物語によると、神が持っている巻物は封印がされていて、それを一つずつ解くと人々に災厄が訪れます。第一の封印を解くと白い馬に乗って弓を持った、冠を被った者が現れます。彼は「支配」を担っています。第二の封印は赤い馬に乗り、大剣を握った者が現れました。彼は「戦争」を担っています。第三の封印は黒い馬に乗り、天秤を持った者が現れました。彼は「飢饉」を担っています。そして、第四の封印を解くと青白い馬に乗った「死」が現れます。傍には「黄泉」を連れており、疫病を用いて人々を死に追いやる役目を持っています。
     彼等は地上の四分の一の人間を死に至らしめ、去っていきました。恐ろしい災厄を象徴する四騎士の絵画11点をご覧ください。


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    18点の絵画で学ぶヨハネの黙示録。終末のラッパとサタンとの戦い、最後の審判へ

    Throne of the Lord 1400  vellum - コピー

     「ヨハネの黙示録」は新約聖書の最後に載っている物語で、人類の終末が語られています。
     ある日、ヨハネはパトモス島で神の預言を受け、今から話すことすべてを書き留め、後世に残しなさいと言われます。七つの教会へメッセージを送り、神の御座で七つの封印が解かれ、世界は死に覆いつくされる。天使たちがラッパを吹き、死の鉢を空け、千年王国の後に悪魔サタンが現れる。そして、全人類は最後の審判にかけられる・・・。
     ヨハネの黙示録の内容は恐ろしいもので、人類の終わりを語るものでした。中世ルネサンス時代の人々はこの物語を事実だと信じ、ちょうど節目の1000年の頃には天変地異、神の裁きが起こると思って恐慌に陥ってしまった人もいました。
     ギリシャ語では「アポカリプス」と言い、黙示録は現在でもよく知られています。そんなヨハネの黙示録の物語を18点の絵画を交えながら見ていきましょう。


    bottan_03_01

    魔女の集会「サバト」の絵画11選。真夜中に行われる悪魔と怪物、魔術師の饗宴

    Francisco Goya 1798 -

     サバトは西洋で信じられていた、魔女や魔術師たちによる悪魔信仰の集会のことです。
     集会は土曜日の真夜中に行われるとされ、黒魔術を学んだ男女や悪魔や怪物が集まり、神を冒瀆する行為や乱痴気騒ぎをしていたとされています。サバトは古代から行われていた、異教の魔術的な民俗信仰から派生したとされています。しかし、サバトが実際に行われていたという確かな証拠はなく、魔女狩りが横行した中世から18世紀(近代でも)の間の、教会が作りあげた虚構とも考えられます。教会はサバトに参加したという罪で、多くの人々を火刑に追いやっています。魔女とされた人々のほとんどは拷問による苦痛で「サバトに参加しました」と偽りの告白をせざるを得なかったのです。
     西洋の人々が思い描いていた、闇に染められたサバトの姿、11点をご覧ください。



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    ノアの方舟(箱舟)の絵画11選。家族とつがいの動物が船に乗り、大洪水を逃れる

    Simon de Myle's -

     ノアの方舟は旧約聖書の「創世記」に登場する物語です。
     ノアが生きていた時代、人々は自堕落な生活を送り、不信心な者ばかりでした。神は大洪水で世界を滅ぼそうと決め、唯一の信心者であるノアに方舟の建設を命じました。ノアは木造造りで三階建ての立派な方舟を完成させ、妻と、三人の息子とそれぞれの妻、地上にいるすべての動物のつがいを方舟に乗せました。神は予言通り洪水を起こし、地上を水で溢れさせました。方舟に乗っている者たち以外は洪水に飲まれ、生物は滅びてしまいました。洪水は40日間続き、方舟はアララト山に留まってじっと耐えていました。
     その後、ノアは方舟の窓からカラスと鳩を放ちましたが、帰ってきました。七日後、もう一度鳩を放ってみると、オリーブの葉をくわえて戻ってきました。遂に緑の大地が現れたのです。ノアたちは方舟を出て、祭壇を作って神に動物の生贄を捧げました。神はノアたちを祝福し、これから先は洪水を起こして人類を滅亡させないよう約束をしたとされています。
     救済と滅亡というテーマは画家の創作力を搔き立て、多くの作品を生み出しました。ノアの方舟にまつわる絵画、11点をご覧ください。



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    剣闘士(グラディエーター)の絵画11点。敗北は死であり、ローマ帝国の光と影の象徴

     Landucci - コピー

     剣闘士は古代ローマ帝国において、闘技場で見世物として戦わされた戦士です。
     グラディエーターとも呼ばれ、その生き様や勇士は映画で知っている方も多いと思います。グラディウスと呼ばれる小型の剣を用いる剣闘士がみられたことから、その名が付いたそうです。剣闘士の歴史は定かではありませんが、紀元前4世紀の壁画にはその姿がみられたようです。
     剣闘士になる人のほとんどは戦争捕虜や奴隷市場で買い取られた者で、自ら志願して剣闘士になる者はまれでした。彼等は訓練所で徹底的に戦闘の知恵を叩き込まれ、実践の場である円形闘技場に送られました。一対一の戦い、団体戦、猛獣戦、騎馬戦、模擬戦争、模擬海戦など戦闘ジャンルは様々で、観客を熱狂させるため、それらすべてにエンターテインメント性が帯びていました。生き残るには勝利だけが頼りで、敗北をした者の大半は死が待っていました。傷つけ合い、命の奪い合いがショーと化していたのです。
     ローマ帝国の闇の中に生きる剣闘士の姿11点をご覧ください。


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    中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
    師匠はヒエロニムス・ボス。
    神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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