• メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

    ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

    カナの婚礼の絵画13点。婚宴の場で水を葡萄酒に変えた、イエス・キリストの初奇跡

    Maerten de Vos 1597 -

     カナの婚礼(カナの婚宴)は、ヨハネの福音書に記されているイエス・キリストの最初の奇跡の物語です。
     故郷ガリラヤのカナの地で、キリスト一行は婚礼の祝宴に招かれます。結婚するのは聖母マリアの姉妹の息子。マリアは忙しく準備を行います。宴も過ぎて来た頃、葡萄酒がなくなってきてしまいました。マリアは困り、「イエス、どうしましょう」とSOSを出したので、キリストは召使いに「水がめに水をいっぱい入れて世話係のところへ持ってきなさい」と助言をしました。するとどうでしょう。ただの水が高級な葡萄酒に変わったのです!

     世話係は喜んで花婿にこう言いました。「普通、高級な葡萄酒をまず出しておいて、酔いが回って来た頃に劣った酒を出すものですが、あなたはいい葡萄酒を取っておかれたのですね!」と。弟子達はこの奇跡を目の当たりにし、キリストを深く信じたそうです。
     では、カナの婚礼に参加して水をワインに変化させるキリストの絵画13点をご覧ください。

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    バッカス祭(バッカナール)の絵画13点。呑んで踊って酒神を祀り、豊穣を祝う催事

    Henryk Siemiradzki 1843-1902 -

     バッカス祭(バッカナール)は、酒の神バッカス(デュオニソス)を祀る豊穣を司る祝祭です。
     古代ギリシアでは酒神に扮した者を中心にして、50名程の踊り手が輪舞を踊って収穫を祝っていました。豊穣を祝う祭りはギリシア全土にひろまるにつれ、滑稽劇や秘儀、詩のコンクール、行列などが付随し、様々な形式で催されるようになりました。ギリシア悲劇などの演劇はここから生じたとされています。

     ローマ時代に入るとバッカス祭はバッカナリアと呼ばれ、密儀的な様相を見せるようになりました。初期は女性のみが参加を許され、バッカスを祀って踊り狂うといったような風でしたが、後に男性も加わっていかがわしい行為が繰り返された為、紀元前186年には禁止令が出てしまいます。しかし、バッカス祭は密かに続けられ、1世紀頃のポンペイや石棺の壁画にはバッカス祭の様子が描かれています。
     現代の謝肉祭(カーニバル)は復活祭の40日前の四旬節以前に行われる、カトリック教的な祭りとなっていますが、一説にはこのバッカス祭が起源であるとされています。
     ギリシャ・ローマ時代ではなく、17~20世紀の画家達が描いたバッカス祭を紹介したいと思います。では、楽しげに男女が踊り回るバッカス祭についての絵画13点をご覧ください。

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    占い師の西洋絵画14点。手相やカードで運勢を占う、胡散臭い雰囲気をまとう者達

    A fortune teller by Gaspare Traversi 1722–70 -

     未来や運勢などを、道具や事象を使って判断しようとする行為である「占い」。古代ギリシャやローマでは占いは神の御告げとされ、占いで出た結果は絶対だと考えられていました。占いに逆らって行動し、その者が死んだ場合は「神の意志に反したからだ」と恐れられ、自業自得とされたのです。占いの方法は鳥やネズミの行動を観察したり、動物の臓器を使ったりと様々でした。 
     また、天体の動きであらゆる予言を行おうという「占星術」も、古代バビロニアやエジプトの時代から行われており、12世紀頃には西洋でも占星術が発展しました。手相占いも12世紀頃に伝えられたようです。占いの有名どころであるタロットカードは15世紀頃にゲーム目的で作製され、18世紀頃に現代のような用途で用いられたとされています。

     古代では占いは神聖視されており、占いをする者は神官でした。しかし、時代が経て唯一神の宗教が台頭するにつれ、「神が定めた未来を人間が予測できるはずがない」と占いの立場は神に反する行為、魔術的であるとみなされがちになってきたのです。医学や政界では占星術を使用することもありましたが、人間の運勢を視る占い師はインド周辺からの移動民族ジプシーや、いかさま師、魔女や魔術師などと怪しげな存在と思われるようになりました。16、7世紀の絵画には、怪しげな占い師に手相やカードで運勢を視てカモられる、貴族の姿が描かれています。それ以降になると、民衆にも定着してきたからなのか、怪しさが緩和された占い師も登場するようになります。
     では、占い師についての絵画14点をご覧ください。

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    聖パウロ(サウロ)の絵画13点。キリストを幻視した奇跡により改心し、殉教した聖人

    Jan Lievens St Paul 1627-29 -

     聖パウロは1世紀頃に生きたキリスト教の迫害者でしたが、幻視の奇跡により改心した聖人です。ユダヤ名はサウロで、新約聖書の著者の一人とされています。
     新約聖書の「使徒行伝」によると、サウロ(パウロ)はエルサレムのラビ(宗教指導者)の元で学び、熱心なユダヤ教信仰者でした。その為、キリスト教に反対しており、ステファノを石打ちの刑にする事にも賛成していました。しかし、サウロがダマスコへ向かう途中、天から光が降り注ぎイエス・キリストの声が響きました。「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」と。そしてサウロの目が突然見えなくなってしまったのです。アナニアというキリスト教徒が彼の為に祈ると、なんと目が再び見えるようになりました。この奇跡を体験してサウロは改宗することにし、名前もパウロと改めたのでした。

     かつて信仰したユダヤ教の信徒から激しい迫害を受けながらも、パウロはアンティオキアを拠点にして弟子達と共に布教に励みました。三回の布教旅行を行った後、エルサレムで捕縛されて裁判の為にローマへと送られ、二年間軟禁生活となってしまいました。伝説によると、ネロ帝の時代にローマで斬首刑となり殉教したと考えられています。
     では、聖パウロの絵画13点をご覧ください。

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    黄金の子牛の像の絵画13点。神を象るなとモーセが怒り狂った偶像崇拝の象徴

    Moses Destroying the Golden Calf by Andrea Celesti -

     黄金の子牛は、イスラエル民族によって作られたとされる旧約聖書に登場する像です。
     「出エジプト」によると、モーセはシナイ山で神託を受ける為、40日間こもっていました。残されたイスラエルの民たちは「モーセは死んだのではないか」と思うようになり、限界に達した彼等は「我らを導いてくれる神を作ってくれ」とモーセの兄アロンに嘆願します。アロンは仕方なく黄金で作られた子牛を鋳造しました。すると、民は像を拝み始めたのです。

     その状態を見た神はすぐさま下山するようにモーセに命じ、「民を滅ぼしてやる!」と激怒します。モーセは「止めてください」と神を説得し、授かった十戒の石板を持って下山します。彼の目に飛び込んできたのは、宴をしながら金の子牛を取り囲み、像を拝んでいる人々の光景でした。それに怒ったモーセは石板を破壊し、子牛を溶かして粉々にし、水に混ぜて民に飲ませました。そして、偶像崇拝に加担した民衆を殺害するように命じたのです。その数は3000人ほどであったとか・・・。モーセも中々にやっちゃっています。
     この物語は旧約聖書のヤハウェの神を物質化し、「偶像崇拝」した事によって神の怒りを買った、という事を伝えていますが、時代が経るにつれて、拝金主義や唯物論の比喩としても考えられるようになりました。
     では、黄金の子牛についての絵画13点をご覧ください。

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    サイクロプス(キュクロプス)の絵画12点。狂暴だとしても美女に恋する一つ目の巨人

    Polyphemus Giulio Romano, 1526-1528 -

     サイクロプス(キュプロクス)はギリシャ神話に登場する、一つ目の巨人の種族です。
     天空神ウラノスと地母神ガイアの間よりサイクロプス族は生まれましたが、父の手で奈落タルタロスに落とされてしまいます。神々の大戦ティタノマキアの際にゼウス達によって解放され、その返礼として神々に三つの神器を造りました。戦争後は鍛冶の神ヘパイストスの所で鍛冶業を行ったとされています。

     一方、ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」に登場するサイクロプス族は、好意的な巨人ではなく、人を喰う凶暴な怪物として登場しています。サイクロプス族の島に漂着してしまった英雄オデュッセウスとその部下は、ポリュペーモス達によって捕らえられてしまいました。食べられていく部下。オデュッセウスは手持ちのワインでポリュペーモスの機嫌を取り、「私の名前はウーティス(誰でもない)」と告げました。巨人が酔いつぶれた頃、オデュッセウス達はその巨大な目を潰しました。痛がるポリュペーモスが「ウーティスにやられた!」と叫んでも、駆けつけた仲間達は「そっか、誰でもないのか」と帰ってしまいます。洞窟から無事に抜け出し、船に乗ったオデュッセウスは調子づいて自らの名を言ってしまった為、ポリューペモスは父であるポセイドンに祈り、彼は今後難破に苦しむ事になったのでした。

     そんな少し哀れなポリュペーモス。狂暴だけかと思いきや、ニュムペーであるガラテイアに恋したという逸話も残っています。ガラテイアに恋していたポリュペーモスは、彼女が青年アーキスといちゃついているのを発見。嫉妬のあまり石を投げつけてアーキスを殺してしまいます。異なる文献によると、ポリュペーモスとガラテイアは無事にゴールインし、三人の子供まで設けたとされています。
     では、ポリュペーモスを筆頭に、サイクロプスについての絵画12点をご覧ください。

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    頭足人グリロスの彩飾写本13点。頭と手足と獣が合体したシュールな怪物【第二弾】

    Gorleston Psalter 1310 -

     頭と足が合体したような怪物のことを指す、グリロス(頭足人)。
     頭と足でなくともグリロスと呼ばれる者もおり、厳密に言えば頭部を色々なパーツと組み合わせて作る怪物とされています。グリロスはギリシア・ローマ時代の玉石彫刻から発生したと言われており、中世時代になってヨーロッパ全土へ広がっていきました。宝石の彫刻から始まり、壁や柱、彩飾写本の余白を埋める怪物として描かれ、北方ルネサンスの画家ヒエロニムス・ボスがグリロスを芸術まで高めていきます。絵画の世界へ進出したグリロスは、様々な形態となって美術界に時々姿を現すのです。
     第二弾である今回は、中世の彩飾写本に登場するグリロスをご紹介いたします。なお、画像の詳細は判然としなかったので、未記入とさせていただきました。ご了承ください。

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    聖ルカの絵画14点。福音書を手掛け聖母マリアを描いたとされる画家の守護聖人

    Niklaus Manuel, 1515 - コピー

     聖ルカは、新約聖書の「ルカによる福音書」と「使徒列伝」の作者とされる聖人です。
     「コロサイ書」や「ルカによる福音書への反マルキオン的序文」には「職業は医者」と記述があり、彼の職業は医者と考えられてきました。その為、聖ルカは医者や薬剤師の守護聖人とされています。しかし、聖ルカは画家の守護聖人ともされており、彼が聖母マリアと幼子イエスの肖像画を描いている場面ばかりが作品として残されています。それはルカの職業が画家で、聖母マリアを始めて描いた者であるという伝承がある為です。また、異教徒へ伝道する際に、自らが描いたイエスやマリアの肖像画を使用したという話もあります。
     聖ルカの作品は中世ルネサンス期に多く、とりわけ北方が目立ちます。では、様々な容姿や姿で聖母マリアとイエスを描く聖ルカの絵画14点をご覧ください。

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    歯医者の絵画12点。痛がる患者の歯をペンチ等で抜いて治療する、やぶめいた者達

    Luciano Nezzo (b.1856) -

     キュイーンと鳴り響く高音。歯に当たる振動と鈍い痛み。何をされているのかが見えない恐怖。うっすらとした血の味・・・。「歯医者は嫌い!行きたくない!」という人は多いのではないでしょうか。かく言う私もできる事なら行きたくありません^^;
     技術や麻酔が普及した現代でも恐いのに、知識が乏しく麻酔もなかった時代の歯の治療には、それ以上の恐怖があります。(氷やアルコールによる苦痛の軽減といった事はあると思いますが、やっぱり痛いと思います)虫歯や歯茎の病気による抜歯の痛みは想像を絶しますね・・・。医師免許がなかった時代なので、理髪師が歯科を代行していたり、抜歯専門で街を渡り歩く医者もいたそうです。その処置はいい加減なものが多かったようで、「無事な歯までもがやられてしまう」という本末転倒な結果になった者がいたとか・・・。
     西洋絵画には、立派な格好をした歯医者もいれば、その恐怖を裏付けするかのようなやぶ医者の如き歯医者も描かれています。
     では、歯医者にまつわる絵画12点をご覧ください。

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    凶悪な兎の彩飾写本13点。弱者の兎が人や猟犬を攻撃するシュールな逆転復讐劇

    manuscript7 -

     二つの長い耳がぴんと立ち、もふもふとした愛らしい姿をした兎。
     古代の時代より兎は狩られる運命にある動物でした。自然世界と人間社会、いずれにおいても兎は格好の獲物とされ、肉食獣や狩猟犬、人間の武器に追われて逃げ回るばかりでした。食物連鎖の位置づけはお世辞にも高い方とは言えません。
     そんな可哀想で弱い立場の兎ですが、西洋の中世彩飾写本の世界では様子が一変します。ペストや戦争、暴虐、裏切りが横行して混乱していた時代、「皮肉に満ちたあべこべな世界」が写本に描かれました。代表的なのが、「兎が狩猟犬や人間を攻撃し、虐げる」というテーマなのです。狩られる側の兎が狩る側に回る。
     いつかは強者と弱者の立場が逆転するかもしれない、という皮肉が込められた、凶悪な兎の作品13点をご覧ください。なお、画像の詳細は判然としなかったので未記入とさせていただきました。ご了承ください。

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    中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
    師匠はヒエロニムス・ボス。
    神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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