• メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

    ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

    ベルギー象徴主義の絵画14点。世紀末に興った、神話や歴史を題材にした幻想芸術

    Death at the Ball, by Felicien Rops, 1875 -

     象徴主義は19世紀後半より始まった芸術運動です。
     この時代は科学的な進歩がめまぐるしく、街並みや自然の風景、時事問題など現実的な側面に目を向ける風潮がありました。しかし、一部の者達はそれに反発し、神話や聖書、伝説などの古典的なテーマを好んで取り上げるようになります。彼等は現実の世界では描写できないような象徴(シンボル)を描きだすことで、生死や宗教性、神秘性などの観念を表現しようとしました。象徴主義はイギリスのラファエル前派より始まり、フランスやベルギーに伝播していきました。
     ベルギー象徴主義の画家はヴィールツやロップス、クノップフなどが代表に上げられます。フランドル地方は古来より独立した芸術形態を持ち、彼等はその流れを受け継いでいます。また、16世紀の画家ヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲル(父)からも影響を受け、幻想的で皮肉めいた世界を表そうとする者も現れました。
     ベルギー象徴主義の作品といっても多数ある為、このブログらしく生死をテーマにした作品を取り上げたいと思います。では、14点の絵画をご覧ください。


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    名古屋のクリマに「めめんと・もり」が再出店します!概要と新商品をお伝えします

    かいぶつ

     バリバリの宣伝失礼いたします!去年の10月より管理人が運営を始めた、怪物専門のネットショップ「「めめんと・もり -美術と神話の不思議かいぶつ雑貨-」。
     12月1日(土)の一日限定で、名古屋のクリエーターズマーケットにて出店いたします!半年前に続いて二回目の出店となり、仲間も増えましたので、よろしければ詳細をご覧くださいませ♪

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    「メメント・モリ」二周年記念プレゼント企画。3名の当選者を発表いたします!

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     「メメント・モリ」二周年のプレゼント企画の結果発表がやってまいりました。
     ダークなプレゼントばかりの中、たくさんのご応募をありがとうございました!「いつも見ています!」「勉強になります!」「面白いです!」など応募して下さった全員の方々から励みになる温かいコメントをくださり、あまりの嬉しさに小躍りしていました。一人一人の方に返信ができずに申し訳ありません。全て読ませていただきました。ありがとうございます。本当なら皆様全員にプレゼントをお渡ししたいところですが、作りきれないので…(;_:)
     では、いよいよあみだくじによる当選者を発表いたします!

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    狂王女フアナの絵画13点。権力に揉まれ、夫フィリップ美公の死により狂った王女

    Jeanne la Folle 1856 Louis Gallait -

     カスティーリャ王女のフアナ(1479‐1555)は、夫フィリップ美公の関係から精神を崩し始め、夫の死をきっかけに狂気に陥ってしまった悲劇の女性です。狂王女フアナとも呼ばれています。
     フアナはカスティーリャ王女のイザベル1世とアラゴン国王フェルナンド2世との間に次女として生まれました。(現在のスペイン) 17歳の時にブルゴーニュ公フィリップ美公と結婚し、ネーデルラントへ嫁いでいきます。始めこそ二人は愛し合うも、真面目なフアナは女たらしであるフィリップが許せず、夫の心は次第に離れてゆきます。結婚から数年後、フアナの兄弟と世継ぎが相次いで亡くなり、彼女はカスティーリャの王位継承者に任命される事になりました。

     夫と共にカスティーリャへ行ったフアナ。しかし、フィリップはその地を嫌って祖国へと帰ってしまいました。ショックを受けたフアナは養育が困難になり、5人の子供は兄嫁や父が引き取る事となりました。24歳の時に母イザベル1世が亡くなり、フアナは王位を継ぐこととなります。フィリップは「妻は精神不安定だから俺に王位をくれ」と主張しましたが、彼の野心を見抜いていたイザベル1世は遺言でフアナに王位を託し、決して譲ろうとしませんでした。アラゴン国王である父フェルナンド2世も娘の王位を認めます。そんな最中、フィリップがスポーツ後に飲んだ水にあたり、1506年に急死してしまいました。

     夫の死を知ったフアナは完全に正気を失い、フィリップの棺を乗せた馬車に乗ってカスティーリャをさまよい続けたとされています。夫の死の二年後、フアナは父親により修道院に隣接した城に幽閉されてしまいました。彼女は「狂王女」と呼ばれ、政治から完全に隔離されました。フアナは夫の死の後に産まれた娘カタリナに固執し、長男カルロスがカタリナを離そうとすると、狂乱に陥ってしまったそうです。幽閉から約47年経ち、フアナは76歳でその生涯を閉じました。正気を失ってしまったとしても、彼女は「女王」という誇りは持ちつづけていたそうです。王位は息子カルロス1世に受け継がれ、後に孫フェリペ2世へと渡っていきました。
     では、愛に裏切られ死に絶望する、狂王女フアナの絵画13点をご覧ください。

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    デカメロンの絵画12点。10名の男女が数多の物語を綴るボッカチオ作の歴史的文学

    Xaver Winterhalter Decameron 1837 -

     「デカメロン」は14世紀半ばにジョバンニ・ボッカチオにより制作された物語集です。
     当時大流行したペストから逃れる為に、フィレンツェの郊外へと引きこもった10名の男女が時間を潰そうと話をするという内容で、一人が10話ずつ語り、全100話あります。デカメロンという名はギリシャ語の「10日(deka hemerai)」という意味に由来し、「十日物語」とも呼ばれています。話される物語は日によってテーマが決められており、それにちなんだ話がされます。

    1. 自由テーマ
    2. 多くの苦難をへたのち成功や幸福を得た人の話
    3. 長い間熱望したもの、あるいは失ったものを手に入れた話
    4. 不幸な恋人たちの話
    5. 不幸のあとに幸福に巡り合う恋人たちの話
    6. とっさのうまい返答で危機を回避した人の話
    7. 夫を騙した妻の話
    8. 男が女を、女が男を騙す話
    9. 自由テーマ
    10. 気高く寛大な行為についての話
    ―Wikipediaより抜粋
     では、男女が語らうデカメロンについての絵画12点をご覧下さい。


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    「メメント・モリ」二周年記念!今回も3名様にオリジナルグッズをプレゼントします!

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     2016年11月6日より始まった「メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-」も、明日で無事に二年目となりました!
     振り返るとあっと言う間のできごとでした。ネタがなくなるかな・・・とかモチベーションが保てるかな・・・など不安はありましたが、二年間継続することができました。ネタを集める為に始めて知る物語にも手を出し、手さぐりで記事を書いて来ました。知識不足な部分を読者様が補助してくださり、本当に頭が下がります。ありがとうございます。
     去年に引き続き、感謝の気持ちを込めて、抽選で3名様にオリジナルグッズのプレゼントを致します。早速詳細をご覧下さい!^^

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    ホメロスの絵画12点。イリアスやオデュッセイアを歌った、ギリシャの盲目の吟遊詩人

    flemish artist caravaggio style 1639 -

     ホメロスは紀元前8世紀頃に生きたとされるギリシャの吟遊詩人であり、「イリアス」と「オデュッセイア」の作者と考えられています。
     ホメロスについての史実はほぼ存在しておらず、その素性は伝説じみており、架空の存在ではないかという説もあります。伝承によると、彼は文芸の女神カリオペの子や私生児であるとされ、盲目と考えられています。当時のギリシャでは有能な詩人は盲目であるという先入観があったそうで、ホメロスの雄弁さを伝える一種のステータスであると考えられます。エーゲ海にあるキクラデス諸島のイオス島で亡くなったとされています。
     イリアスとオデュッセイア以外にも幾つかの作品をホメロスは残しており、それらは後世の文学や芸術家達に多大な影響を与えました。「西洋文学の父」として、ホメロスは現代に至っても不動の地位を保ち続けています。
     では、ホメロスに関する絵画12点をご覧ください。

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    アタランテとヒッポメネスの絵画13点。結婚を賭けたレースに黄金の林檎で勝利する

    Willem van Herp 1650 -

     アタランテとヒッポメネスはギリシャ神話に登場する、徒競走で結婚する事となった男女です。
     アタランテはアルゴナウタイにも参加した優れた女狩人でした。彼女は男子を欲していたアルカディア王によって捨てられ、雌熊に育てられたのです。アタランテの名声が高まるにつれ、「嫁に欲しい」という男が詰めかけました。しかし、彼女は「私と徒競走して勝利したら結婚する。ただし、負けたら絶命よ」という条件を出しました。俊足に覚えのある若者がぞくぞくと立候補しますが、アタランテの素早さに完敗し、屍の山が生まれます。そんな中で名のり上げたのは、ヒッポメネス青年でした。

     彼はアタランテに敵わないと自覚していたので、ある秘策を持っていました。アフロディテ(ヴィーナス)に祈り、三つの黄金の林檎を授かっていたのです。「それらを走っている最中に順番に落としなさい」と女神はアドバイスしました。ヒッポメネスは言われたとおりにし、彼女が三つ目の林檎を拾っている間にゴールしました。かなりのズルですが、ともかく二人は結婚したのでした。
     しかし、彼等はキュベレーの聖域で情事をしてしまい、(アフロディテへの感謝を怠った為に女神が怒り、愛に狂わせたという説があります) そろって獅子の姿に変えられてしまったとされています。
     林檎を落として拾うアタランテとヒッポメネスの絵画13点をご覧ください。

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    メメント・モリの絵画13点。死を想えという意味の、死の象徴に満ちた主題【第二弾】

    Memento mori painting by Carstian Luyckx -

     ラテン語で「死を想え」という意味である「メメント・モリ」。
     人の生はいつかは終わる。それを忘れるなという警句としての意味を含んでいます。このメメント・モリのテーマは多くの画家や彫刻家、小説家に愛され、沢山の作品が世に生み出されています。もうすぐこのサイト「メメント・モリ ‐西洋美術の謎と闇₋」は二周年を迎えるので、原点に還って第二弾を掲載することにしました。
     では、死のモチーフが溢れるメメント・モリの絵画13点をご覧ください。トラウマになりそうな閲覧注意の作品がありますので、くれぐれもご注意くださいね。

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    へーローとレアンドロスの絵画13点。海峡を隔てた逢引で溺死してしまう悲劇の二人

    Follower Of Ludwig Hofman 1832-95 -

     へーローとレアンドロスは、ギリシャ神話に登場する悲劇の恋人たちです。
     アフロディテ(ヴィーナス)を祀る女官へーローは海峡付近のセストスにある塔に住んでおり、海峡の対岸に住む青年レアンドロスと愛し合っていました。しかし、レアンドロスは彼女に会う為、毎晩海峡を泳いで渡っていました。へーローはその間、彼が迷わないよう松明を灯していたのです。
     しかし、ある夜は嵐が起こり、波が荒れました。松明は消え、レアンドロスは目印を失って力尽きて溺れ死んでしまったのです。流れ着いた彼の死体を発見したへーローは深く絶望し、塔から海に身を投げて彼の後を追ったとされています。
     大海原へと消えていった二人、へーローとレアンドロスの絵画13点をご覧ください。

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    中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
    師匠はヒエロニムス・ボス。
    神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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