• メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

    ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

    名古屋のクリマの出展が無事に終了しました。ブースに来て頂いた方、ご購入された方、本当にありがとうございました!

    奇跡!徳島県にある大塚国際美術館は、1000点以上の名画に一度で会える!

    大塚国際美術館

     ミケランジェロの大作「最後の審判」。本当ならイタリアのシスティーナ礼拝堂へ行かなければ会えません。ですが、ちょっと待ってください。日本の徳島県にある大塚国際美術館へ行けば観られるんです。写真のように、最後の審判が間近に観られるんです!大塚国際美術館は日本最大級の常設展示スペースを有する美術館で、全て偽物である代わりに、世界中の名画が1000点以上原寸大で展示されています。美術館の人気ランキングで常に上位にいるという、大塚国際美術館。その魅力を探ってみたいと思います。


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    カインとアベルの絵画10点。何故お前だけ。嫉妬と羨望が渦巻く、人類初の兄弟殺し

    Cain_Killing_Abel,17th_(Gaetano_Gandolfi,_1734-1802) -2

     カインとアベルは旧約聖書「創世記」に登場する兄弟です。人類最初の男女アダムとイヴの息子たちで、彼等は人類初の殺人者と被害者になってしまいました。
     カインは農耕を行い、アベルは放牧をして三男のセトと共に暮らしていました。ある日、兄は収穫した作物を、弟は肥えた子羊を神へ捧げました。しかし、神はアベルの捧げた子羊のみを受け取り、カインの捧げものには目もくれませんでした。強い嫉妬と羨望にかられた兄は弟を野原へ誘い出し、殺してしまいます。殺されたアベルの血が大地へ染み出して事件が発覚し、カインはエデンの東にあるノドの地へ追放されてしまいました。
     世界初の殺人事件を、多くの画家は劇的に描き出しています。早速10点の作品を見ていきましょう。


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    ジュゼッペ・アルチンボルドの絵画10選。野菜男に枯れ木婆さん。物を寄せ集めた肖像画家

    Giuseppe_Arcimboldo_-_Rudolf_II_of_Habsburg_as_Vertumnus (2)

     お野菜と果物を集めて作ったおじさん。この絵画を見たことが一度はあるのではないでしょうか。
     ジュゼッペ・アルチンボルド(1527-1593年)はイタリアのミラノに生まれ、初期はステンドグラスのデザインをしていたそうです。1562年にウィーンにてフェルディナント一世の宮廷画家となり、1593年で引退するまで王家に仕えました。アルチンボルドが物を集めて人物の顔に見せるという、だまし絵の肖像画を描いたところ、フェルディナント一世の息子マクシミリアン2世に大うけをされたそうで、それからそういった作品ばかりを描くようになりました。食べ物ばかりではなく動物や本などの物も何でも人体にし、これらの作品は大反響を呼び、多くの追随者を生み出しました。
     ユニークな奇才、アルチンボルドの作品10点をご覧ください。

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    聖アントニウスの誘惑の絵画8点。フルボッコ作戦で堕落を迫る悪魔と、耐える爺さん

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     聖アントニウス(アントニヌス、アントニーとも)は251年にエジプトに生まれ、キリスト教徒として生きた聖人です。
     20歳の頃両親と死別し、隠遁者として砂漠で瞑想と苦行に身を投じました。苦行中に悪魔が現れ、彼をどうにか堕落させようと豊満な女性の幻覚を見せたり、掴みかかって恐喝したりします。アントニウスはそれでも悪魔に屈せずにキリストを信じ、人々に信仰を伝え続けました。こうした逸話が広がりに広がって、多くの画家に描かれることになります。今回はフルボッコ作戦を決行する作品を見ていきましょう。
    お色気作戦を見たい方はこちら


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    聖アントニウスの誘惑の絵画8点。お色気作戦で堕落を迫る悪魔と、耐える爺さん

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     聖アントニウス(アントニヌス、アントニーとも)は251年にエジプトに生まれ、キリスト教徒として生きた聖人です。
     20歳の頃両親と死別し、隠遁者として砂漠で瞑想と苦行に身を投じました。苦行中に悪魔が現れ、彼をどうにか堕落させようと豊満な女性の幻覚を見せたり、掴みかかって恐喝したりします。アントニウスはそれでも悪魔に屈せずにキリストを信じ、人々に信仰を伝え続けました。こうした逸話が広がりに広がって、多くの画家に描かれることになります。今回はお色気作戦を決行する作品を見ていきましょう。
    フルボッコ作戦を見たい方はこちら


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    フランドル絵画の巨匠、ファン・エイク兄弟の作品7選。油彩画の偉大なる発明者

    arnolfini-portrait-1

     ファン・エイク兄弟は初期ネーデルラント絵画を語る上で、最も重要な存在です。
     兄フーベルトと弟ヤンは優れた画家で、特に弟の技術は「神の手を持つ」と称されたほどでした。また、二人は油彩画を発明したとして有名です。当時はテンペラ画が主流で、油絵具は定着率も悪く、あまり用いられていませんでした。テンペラは不透明水彩によく似た感じで、乾きやすく不透明という欠点がありました。ファン・エイク兄弟は油絵具を研究し、改良して絵画に用いました。油彩を薄く重ねてゆき、光源の部分はテンペラで描くという技法があみ出され、それにより、輝くような色彩と美しい透明感を手に入れました。こうして彼らが生み出した油彩技法は他国へ伝播していき、他の画家に使われるようになったのです。
      兄フーベルトは志半ばで亡くなってしまいましたが、弟がその後を引き継ぎ、沢山の傑作を生みだしました。絢爛たるファンエイク兄弟の作品をご覧ください。


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    2017年の展覧会、ティツィアーノとヴェネツィア派展。ルネサンスの黄金期の絵画

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     2017年1月21(土) ― 4月2日(日)より東京都美術館で「ティツィアーノとヴェネツィア派展」が開催されます!イタリアルネサンスの巨匠ティツィアーノとヴェネツィア派の人たちが大集結し、70点近い絵画と版画が展示されます。ヴェネツィア派は15世紀後半から16世紀のルネサンス時代に、イタリアのヴェネツィア共和国周辺で開花した美術の流派です。ヴェネツィア派の人たちは光と色を官能的に用い、流動的な形と線を使いました。衣服や髪の部分はのびやかな線となっています。今回来日するティツィアーノの作品を紹介していきたいと思います。


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    【絵画10点】竜は下僕。竜の体内から出て来た聖女、アンティオキアの聖マルガレーテ

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     アンティオキアの聖女マルガレーテは聖マルガリータとも言い、3世紀後半頃に生きた聖女です。
     アンティオキア(現在のトルコ)に生まれた彼女はキリスト教の信仰心が芽生えましたが、異教徒の地方高官から「キリスト教を捨て、俺と結婚しろ」と迫られます。マルガレーテはそれを拒んだので捕らえられ、竜に喰われるという拷問にかけられてしまいました。しかし、奇跡は起きました。竜に呑み込まれた時に彼女が十字架を握って祈ると、御力で竜の体内が裂け、中から出ることができました。それ故、彼女は妊娠の守護聖人とされています。
     表紙の絵はマルガレーテが竜の体内から出て来たところを描いています。画家たちは彼女と竜を結び付けて考え、竜を踏み付けた聖女を多く描きました。そんな作品10点を紹介します。


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    ミカエルがサタンを踏み付ける絵画9点。圧倒的戦力すぎて、天使が悪魔を虐待中

     Michael and the Dragon by Antonio del Pollaiuolo

     聖書で有名な物語として、大天使ミカエルが反逆したサタン(ルシファー)と戦い、地の底へ突き落した話があります。天使であったサタンは傲慢の心が芽生え、他の天使たちと共に神に謀反しました。神は大天使ミカエルを呼び、サタンに対抗させました。一説にはサタンとミカエルは双子の兄弟であったとされています。二人は激しく戦い、ミカエルが勝利をおさめます。敗北したサタンは堕天使となり、地の底へ封印されてしまいました。
     このエピソードを元に画家たちは想像の翼を広げて絵を描きます。聖なるミカエルと邪悪なサタン。宗教的な影響もあり、殆どの画家はミカエルに肩入れし、サタンをこてんぱんにやっつけている絵画を描きます。それでは圧倒的戦闘力を誇るミカエルと、悲惨すぎて可哀想なサタンを見ていきましょう。


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    キリスト教の聖人 聖ゲオルギウスの竜退治 9連発!突き刺し方も十人十色

    Saint_George_and_the_Dragon_by_Paolo_Uccello_(Paris)_01

     聖ゲオルギウスは聖ジョージ、聖ジョルジュなどとも言われている聖人の一人です。古代ローマ末期の殉教者で、竜退治の話が多く語り継がれています。なんでもカッパドキアのラシア付近に狂暴な竜が住み着いてしまい、羊の生贄、果てには人間の生贄を要求するようになりました。とうとう王様の娘が生贄に選ばれてしまい、悲しんでいるとたまたま聖ゲオルギウスが通りかかり、「私が竜を殺して差し上げましょう。もし殺すことができたなら、キリスト教に帰依すると約束して欲しい」と言いました。王様はそれを了承し、聖ゲオルギウスは凶悪な竜を槍一本で倒してしまいました。こういった英雄伝が伝わり、画家たちは多くの作品を残しました。
     では、竜の退治模様を見ていきましょう。

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    中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
    師匠はヒエロニムス・ボス。
    神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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