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 サンドロ・ボッティチェリ(1445年-1510年)は初期ルネサンス時代のイタリアの画家です。
 フィレンツェ派の代表的な画家で、知らない方はほとんどいないのではないでしょうか。ボッティチェリはあだ名で、本名はアレッサンドロ・ディ・マリアーノ・フィリペーピといいいます。フィリッポ・リッピを師匠にして学んだ後、メディチ家の保護を受けて様々な傑作を生みだしました。ボッティチェリの作品は、現代で言うと不透明水彩絵の具に近いテンペラで描かれています。テンペラは塗り重ねをすると下の層が見えなくなってしまうのですが、彼は巧みに細い線を用いてハッチングし、きめ細やかな立体感を生み出しています。
 ボッティチェリの代表作に「ヴィーナスの誕生」と「プリマヴェーラ(春)」がありますが、それだけではありません。彼は数多くの傑作を世に出しています。繊細で美しい作品の数々をご覧ください。


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「ヴィーナスの誕生  1485年頃」
ギリシア神話の愛の女神ヴィーナスが海の泡から生まれた場面。
帆立貝に乗り、恥じらいのポーズを見せています。
-Sandro_Botticelli_-_La_nascita_di_Venere

「プリマヴェーラ(春)  1477-78年」
春の訪れの寓意画。フランドルのタペストリーのような背景に、
ギリシア神話のような人物を描いています。まだまだ謎が多い作品。
Botticelli-primavera

「マニフィカトの聖母  1483-85年」
美しい聖母子と天使たち。円の構図は綺麗に調和がとれています。
キリストが手に持つザクロは受難の象徴。
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「サン・バルナバの祭壇画  1485-90年頃」
中央の聖母子を中心に、六名の聖人と四名の天使が並んでいます。
色々な聖人が一枚の絵に集まる作品を「聖会話」と言います。
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「ピエタ(死せるキリストへの哀悼)  1490-1500年頃」
キリストの死の絶望、悲しみを最大限に表した作品。中央で気絶
しているのがマリアで、左側で顔を隠しているのがマグダラのマリア。
→ ピエタの絵画をもっと見たい方はこちら
sandro botticelli 1495

「ユディトの帰還   1472年頃」
旧約聖書の物語で、ユディトが敵ホロフェルネスの首を斬り落とし、
お持ち帰りしている場面。牧歌的な背景ですが、侍女の頭上には生首。
sandro botticelli

「ホロフェルネスの遺骸の発見  1472年頃」
一方、敵陣営側ではホロフェルネスの死体を発見し、ショックに打ち
ひしがれています。これがきっかけで、戦争はユディト側の勝利となります。
乱れたシーツと切り口の鮮血が生々しい・・・。
→ ユディトの絵画をもっと見たい方はこちら
the-discovery-of-the-body-of-holofernes

「東方三博士の礼拝  1475年頃」
キリストの誕生を星の巡りで知り、東方から三名の賢者が現れる場面。
見物人は、メディチ家の者など知り合いの姿を描き込んでいます。
→ 東方三博士の絵画をもっと見たい方はこちら
Year-C-Christmas-week-2-Adoration-of-the-Magi-Botticelli

「右側の人物アップ」
カメラ目線のお兄さんがボッティチェリの
自画像だというのはよく知られています。
Sandro_Botticelli

「聖セバスティアヌス  1474年頃」
矢で射られても命を落とさなかった聖人。
腰の曲がり方や脚の重心がコントラポストになっていてセクシーです。
聖セバスティアヌスの絵画をもっと見たい方はこちら
 Sebastian(detail), 1474

「パラスとケンタウロス  1484年頃」
この外道が、ひざまずきなさい。と言っているかのようなパラス様。
知恵と理性の女神であるパラスが、野蛮と獣性の象徴である
ケンタウロスを支配している道徳的な寓意画です。
ボッティチェリ パラス と ケンタウロス

「ダンテの「神曲」挿絵 地獄篇第十八歌  1485-95年頃」  
ボッティチェリは神曲の挿絵を約90点を描いています。ダンテと
ウェルギリウスが地獄を見学している場面が、異時同図法で表されています。
Sandro_Botticelli hell

「受胎告知   1489-90年」
有名な聖書の物語で、天使ガブリエルが「神の子を身籠りました」と伝え、
仰天するマリア。奥の窓が開き、見事な遠近感が表現されています。
Cestello Annunciation - Alessandro Botticelli

「聖母子(書物の聖母)  1483年頃」
美しく神秘的な聖母子像。肌や布の質感が滑らかで立体的で、
とても輪郭線を用いて描いたようには思えません。
聖母子の絵画をもっと見たい方はこちら
Sandro Botticelli, 1480

 画家の列伝を書いたジョルジョ・ヴァザーリによると、ボッティチェリはユーモアに満ちたとても愉快な性格だったよう。宗教や神話の絵画に難解なモチーフを描き込んで、謎解きをする人を見て楽しんでいたのでしょうか。現代まで謎解きが続けられているのを知れば、ボッティチェリも大いに喜んでいそうです。


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