Corbis 19th -

 ウィリアム・テルは14世紀初めにいたとされるスイスの英雄です。ヴィルヘルム・テルとも呼ばれ、スイス独立に貢献した者とされており、スイスではとても人気があります。
 クロスボウの名手であるウィリアム・テルは息子と共に、ウーリ州のアルトドルフで暮らしていました。ある日、ヘルマン・ゲスラーというハプスブルク家の代官が現れます。ゲスラーは中央広場の棒に自らの帽子を乗せ、その前を通る者は頭を下げるように強制します。しかし、支配に反感を持っているウィリアム・テルはそれを無視し、逮捕されてしまいます。ゲスラーは見世物として利用することを考え、ウィリアム・テルの息子の頭にりんごを置き、それを射抜くことができれば自由の身にしてやる、と言いました。
 彼は見事りんごを射抜くことを成功させますが、ゲスナーは矢をもう一本持っていたことを咎め、有罪にしようとします。ウィリアム・テルはうまく行方をくらまし、ゲスナーを狙撃して射殺してしまいました。無事に町に戻った彼は英雄として迎えられ、そのことはスイス独立に大きく結びついたとされています。
 スイスのヒーローであるウィリアム・テルの絵画11点をご覧ください。


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「イギリスの作者  1909年?」
ボウガン(クロスボウ)は板バネの力で発射させるタイプの弓で、
からくり式の弓といった感じです。ウィリアム・テルはその名手でした。
English writer unkown  1909

「Alberto Salinas 作  20世紀」
スイスのアルトドルフに住んでいた彼は、町人からとても親しまれていました。
Alberto Salinas 2

「Nadir Quinto 作  20世紀」
彼には一人息子がおります。奥さんは謎の人。
ウィリアム・テルさん、すっごい服を着ていますね・・・。
Nadir Quinto

「Hans Printz 作  20世紀」
平和な時もつかの間、ゲスラーという嫌な代官がやって来て、
ウィリアム・テルは帽子無視罪で逮捕されてしまいます。
Hans Printz 1865 – 1925

「Hans Sandreuter 作  1901年」
このモザイク画では息子までボウガンを持っています。さすが親子!
Hans Sandreuter, 1901

「ドイツかスイス出身の画家  16世紀」
罰として息子の頭の上に乗せたりんごをボウガンで撃ち抜くよう、
命じられます。ていうかこの絵、至近距離ですね・・・。
granger 16th geruman or swiss

「作者不明  19世紀」
ゲスラーとしては失敗すると思っていたのでしょう。
息子は父の失敗で射られて死に、テルは死罪となる・・・。
そんなシーンが頭の中にあったのかもしれません。
Corbis 19th

「Alberto Salinas 作  20世紀」
しかーし!
ウィリアム・テルは見事、りんごのど真ん中を矢で射止めたのでした。
Alberto Salinas

「フォード・マドックス・ブラウン作  19世紀」
息子さんはぱかっと割れたリンゴの断面を見せて、
「ほらね、真ん中に当たったでしょ?」といった表情。
Ford Madox Brown 1821 – 93

「フランソワ・アンドレ・ヴァンサン作  18世紀後半-19世紀前半」
伝説ではゲスラーを陰から射殺して終わりなのですが、
ロッシーニのオペラ「ウィリアム・テル」では、船に乗っていたゲスラーを
テルと息子が倒す話になっています。その話を絵画化しました。
François André Vincent 18-19

「フランソワ・アンドレ・ヴァンサン作  1795年頃」
同じ作者が二枚同じモチーフで描いています。
ウィリアム・テルと息子がより強調されて躍動感が生まれ、
ゲスラーは憐れにももうやられた後です。
1795 William Tell Capsizing the Boat of Gessler

 スイスではウィリアム・テルを58%の人が実在すると答え、29%の人が伝説の者と回答しました。(2004年による調査) 実に約6割の人が本当にいると信じているのです。テルは14世紀初めの人物ですから、日本で言えば浦島太郎の実在を信じているのと似たような感じでしょうか。(ちょっと違う?)浦島太郎が本当にいると信じる人は一体どれだけいるのでしょう・・・。スイスにおけるウィリアム・テルの人気度合が分かりますね。
 スイス貨幣や切手においてもウィリアム・テルは頻発し、彼はいつの時代になっても国民的英雄であるのです。

→ ロビン・フッドについての絵画はこちら


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