Charles Ernest Butler, King Arthur, 1903 -

 アーサー王は5世紀後半~6世紀前半に生きた、ブリテン人の伝説の王です。
 彼はケルトの伝承において有名な存在なので、まとまった歴史や物語があるかと思いきや、意外にも原典となる作品は存在しておりません。中世の歴史書や騎士道物語に登場するアーサー王は設定や出来事が異なっており、現在伝わっているアーサー王という存在はそれらを一纏めにしたものと言えそうです。中世初期から彼に関する史実はちらほらとありましたが、1138年にジェフリー・オブ・モンマスが書いた歴史書「ブリタニア列王史」によって、アーサー王の伝説が世界中に広まることになりました。ジェフリーが描くアーサー像はサクソン人に勝利し、ブリテンやアイルランド、アイスランド、ガリアなどを含めた大帝国を築いたとされています。この時点で既にアーサー王の物語の要素が入っており、12世紀にランスロットと聖杯のエピソードが追加され、中世時期において栄華を極めましたが、その後廃れてしまいました。人気が復活したのは19世紀になってからで、現代においても物語は愛され読み続けられています。
 では、物語のあらすじを見つつ、アーサー王の絵画13点をご覧ください。

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「マシュー・パリの著作 Flores Historiarum の挿絵  13世紀」
ブリテン王のウーゼル・ペンドラゴンは部下の妻イグレーヌに恋をして
しまい、戦争で部下を殺して妻を奪ってしまいます。
その時に産まれたのがアーサーです。不義の子である彼は身分を
隠され、
家来のエクトル卿の子供として育てられました。
King Arthur, book Flores Historiarum  Matthew Paris, 13

ウォルター・クレイン作  1845‐1915年」
ウーゼル王が亡くなっても後継者が決まらず、国は混乱をしてしまいました。
そんな時、神の御告げがありました。「岩に刺さっている剣を抜いた者が
国の王になる」と。どんな強豪の者が剣を引っぱってもびくともしません。
しかし、アーサーが剣を持つと、容易く抜けたのでした。
Arthur Draws The Sword From The Stone  Walter Crane

「N・C・ワイエス作   1922年」
また、伝説によって名剣エクスカリバーは湖の乙女によって授けられる
とされています。湖からぬぬっと手が出ていますね。
N・C・ワイエス  1922

ウォルター・クレイン作  1845‐1915年」
アーサー王は巨人を退治した逸話があります。聖ミカエル山には
人食い巨人がおり、アーサー王は激闘の末巨人を打ち倒すことに
成功しました。
Walter Crane King Arthur

フランク・ディックシー作  1853-1928年」
アーサー王は円卓の騎士たちと魔法使いマーリンらと協力し、
イギリス全土の統一を目指しました。ロデグランス王の娘グィネヴィアを
妻として、数々の戦争に勝利を収め、遂に統一を果たすことができます。
Frank Dicksee 1853-1928

チャールズ・アーネスト・バトラー作   1903年」
それのみならず、アイスランドやノルウェーなどの北欧を占領し、
フランスも征服してしまいます。ローマ皇帝ルーシャスとの戦争にも
激戦の末に勝利を収め、ローマ帝国軍を全滅させてしまいます。
Charles Ernest Butler, King Arthur, 1903

スピード・ランスロット作  1860‐1931年」
グィネヴィアとの結婚は華々しく、王国に実のりあるものに思えました。
それが国の破滅を引き起こすとは、誰もが想像していませんでした。
Lancelot Speed

「作者不詳  1470年」
円卓の騎士はアーサー王の側近の騎士たちであり、キリストと十二使徒に
ちなみ13席あるとされました。しかし、紹介されている者は明らかにそれ
以上います。有名な者としてはランスロット、ガヴェイン、パーシヴァル、
ガラハッドなど。聖杯伝説の物語は様々あり、活躍する人物が異なります。
King Arthur and the Knights of the Round Table  1470

「Arthur Dixon 作  1837–1917年」
しかし、騎士の一人ランスロット卿がグィネヴィア王妃と恋仲になり、
不倫関係となってしまいます。はじめこそアーサー王は彼を信用して
いましたが、遂に事実が露呈し、王は彼と敵対してしまいます。
Arthur A Dixon

ウィリアム・ハザーレル作  1855‐1928年」
ランスロットと争っている内に、アーサーの甥(もしくは不義の息子)である
モルドレッド卿が反乱を起こしてしまいます。この戦いはカムランの戦いと
呼ばれます。
king arthur and mordred WILLIAM HATHERELL

ジョン・ギャーリック作  1862年」
アーサー王はモルドレッドを討ち取るものの、自らも深手を負ってしまい
ます。彼の死は諸説あり、一つ目は最期まで付き従った部下に
エクスカリバーを投げ入れるよう命じ、息を引き取ったとされています。
The Death of Arthur, by John Garrick 1862

「エドワード・バーン=ジョーンズ作   1881-98年」
二つ目は傷を癒すためにアヴァロン島へ向かったものの、そこで
息絶えたと言われています。楽器を持った美しい女性たちが王の
死を悲しんでいますね。
アヴァロンでの眠りエドワード・バーン=ジョーンズ 1881-98

W.リチャードスコット作  1847-62年」
三つめはアヴァロン島で一命を取りとめたという話。傷を癒した王は
いつの日か再び台頭し、ブリテンを支配するとされています。
すいすい泳ぐ白鳥さんがファンタジーの雰囲気を出していますね。
William Bell Scott  Arthur carried to  Land  Enchantment 1847-62

 アーサー王と言えば、2017年6月17日により映画「キング・アーサー」が上映されていますね。
 「スラムのガキから王になれ!」「王座を奪還せよ!」というキャッチフレーズの通り、底辺の地位から王になるまでのストーリーを描くようです。父親を殺して王になった叔父を倒して、アーサーが王になるそうですが・・・。
 既に話が違いますね^^;
 叔父に父親を殺されて復讐をする話なんて、シェイクスピアの「ハムレット」まんま状態じゃないですか。まだ映画を見ていないのでとやかくは言えませんが、アーサー王の歴史物語だと思って映画を観ない方が良さそうに感じます。ただ、迫力や演出、音楽などは面白そうなので、エンターテインメント的な感覚で行くと楽しく観れそうですね。DVDが出たら観てみようかな~。



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