education centaur Chiron 1782 Jean Baptiste Regnault -

 アキレスはギリシャ神話に登場する英雄です。
 王ぺーレウスと海の女神テティスとの間に生まれました。アキレスが生まれると、テティスは直ぐ冥府の川スクテュスに息子を浸しました。その川には人を不死にする力がありましたが、テティスはアキレスの足首を掴んでいた為、かかとだけ不死にはなりませんでした。その後、彼はケンタウロス族の賢者ケイロンの元に預けられて養育されました。立派な青年になったアキレスでしたが、トロイ戦争に関わると命を落とすと予言が出たので、テティスは息子を女装させてスキュロス島へ移しました。そこで彼は王の娘デイダメイアとの間に息子ネオプトレモスをもうけています。

 そこへ戦争の勧誘にオデュッセウスが来たので、女装したアキレスはやり過ごそうとしました。しかし、策士の彼は女性向けの物の中に武器を混ぜ、正体を暴いてしまいました。こうしてアキレスは戦争に出ざるを得なかったのです。いざ出航しようとした彼等でしたが、トロイ方面とは逆の風が吹いており進めませんでした。総大将アガメムノンが神託をすると、娘を生贄へ捧げるという結果が出ました。アガメムノンはアキレスとの縁談を理由に娘を呼び寄せ、生贄にしてしまいます。アキレスはその事に非常に強い怒りを示し、亀裂を生じさせるきっかけとなりました。
 その後、彼はトロイ戦争へ参加して予言通りに命を落としてしまうのですが、今回はアキレスの幼少期とアガメムノンの確執についての絵画12点をご覧ください。

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「ピーテル・パウル・ルーベンス作  1577‐1640年」
女神テティスはアキレスが生まれるとすぐ、息子を不死にするために
冥府のスクテュス川の中へ浸してしまいます。この時足首を掴んで
入れたので、かかとは不死になりませんでした。
Thetis dipping  Achilles  River Styx by Reubens

ポンペオ・バトーニ作  1746年」
教養を深めるために、ケンタウロス族のケイロンの元に息子を
預けます。ケイロンはアポロンから音楽、医学、予言を学び、
アルテミスから狩猟を学んだ賢者です。
Achilles to the centaur Chiron 1746 Pompeo Batoni

ジェームス・バリー作  1772年」
琴を学ぶアキレス。当時は武術や学術だけではなく、音楽も教養の
一つなのですね。背後に見えるのはテティス・・・?
息子が心配でやって来たのでしょうか。
James Barry  The Education of Achilles1772

「Benigne Gagneraux 作  18世紀」
狩猟を学ぶアキレス。ケイロンの背に乗り、彼はトラに槍を投げ付けようと
しています。この絵画を見るまで、ケンタウロスの背に人が乗るという
発想がありませんでした。確かに馬だから乗れますね・・・。便利かも。
Benigne Gagneraux,Achilles & Chiron

ジャン=バプティスト・ルニョー作  1754‐1829年」
弓術を学ぶアキレス。足元にはライオン(?)が倒れています。
皮肉にもケイロンとアキレスの二人とも、弓が原因で命を落として
いるんですよね・・・。
education  Achilles  centaur Chiron 1782 Jean Baptiste Regnault

「Toussaint Dubreuil 作  1561-1602年」
弓術再び。ケイロンは英雄ヘラクレスが誤って放った毒矢が当たり、
アキレスはパリスの放った矢がかかとに当たって亡くなります。
ケイロンの身体と足元の段差がどうなっているのかが分からない・・・。
Achilles and the centaur Chiron Toussaint Dubreuil 1561-1602

ジョヴァンニ・バッティスタ・チプリアーニ作 1776年」
更に弓術。これは教授しているというより、怪しい絵画に見えてしまうのは
私だけではないはず。ケイロンカメラ目線でドヤ顔してる!そして、
どうしてもアキレスのお尻に目がいってしまう・・・。
Chiron instructing Achilles  bow 1776 Giovanni Battista Cipriani

「Louis Gauffier 作  1762‐1801年」
青年になったアキレスの元に、商人のふりをしたオデュッセウスが
現れます。女装をした彼はやり過ごそうとしますが、女性用商品の中に
武具がしこませてあったので、アキレスはまんまと引っかかって
正体をさらしてしまいます。
Odysseus recognises  daughters  Lycomedes  Louis Gauffier

「ドミニク・アングル作  1801年」
トロイ戦争に参加することになったアキレスは使節団に誘われ、
総大将アガメムノンの元へ向かいます。
アキレスの右隣の人(オデュッセウス?)は折角マントを付けているのに
意味を成していません。琴だけじゃ無理ですよ!
receives the envoys  1801 Jean Auguste Dominique Ingres

「ジャック・ルイ・ダヴィッド作  1819年」
敵地へ行く為には娘を生贄に捧げよ、と神託を受けたアガメムノンは
非情にもそれを実行します。娘イピゲネイアを呼ぶのにアキレスの
縁談話を使われ、彼は激怒します。それ以来、二人の仲は劇的に
悪くなってしまいます。
Jacques-Louis David, The Anger of Achilles, 1819

「Michael Martin Drolling 作  1810年」
戦争が経過しても二人の仲は良くなる気配はありません。
逆に、女性関係によって悪くなるばかり。二人を和解させようと
老ネストルが説得しますが、無駄な行為に終わりました。
ネストルによる説得 1810 Michael Martin Drolling

「Michael Martin Drolling 作  1810年」
アキレスは報酬として敵国の美女ブリセイスを与えられましたが、
アガメムノンは彼女を奪ってしまいます。アキレスがキレて彼に斬り
つけようとした時、アテネ様がひらりと現れてそれを押し留めました。
女神が現れたことでアキレスは渋々怒りを沈めました。
 Michel Martin Drowling

 ステュクス川は生者の領域と死者の領域を分けている場所で、渡し守カロンが死者の魂を運んでいます。アキレスは川に身を浸らせることによって不死になったのですが、詩人オルフェウスやプシュケは死者の世界へ行くためにステュクス川を渡っても水に触れようとしませんでした。浸ると不死になるという情報は神にしか知らないことなのか、はたまた人を選別するのか。説によっては猛毒とされているので、大人になって入ったら駄目なのかもしれませんね。それか、不死になるのに重大なリスクがあるのかもしれません。死者の魂がひきずり込んでくるとか・・・。
 足首が生身になってしまうまでしっかりと掴んでいないと、アキレスは川の底へ持っていかれていたかもしれません・・・。

→ アキレスの戦闘と死についての絵画を見たい方はこちら


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