Paul Cézanne - Young Man With a Skull -

 ポール・セザンヌ(1839-1906)はフランス出身のポスト印象派の画家です。
 ロマン主義的な作風を手掛けた後、印象派グループに在籍しておりましたが、独自の画風を確立してピカソやマティス、ブラックなどの現代画家に強い影響を与えました。その為「近代絵画の父」と称されています。セザンヌといえば机と果物が描かれた静物画や風景画、水浴画などがよく知られていますが、油絵約900点、水彩画約350点、デッサン約350点のとても多くの作品を残しています。

 彼は1860~70年代を中心して、暴力や死、女性の神秘や美、誘惑をテーマにして描きました。実際のモデルを用いず、想像だけで描く「構想画」を使ってロマン主義的な絵画を描き、内面の感情を強調しようとしたのです。その後、モネやルノワールが属する印象派と出会って風景画や水浴画、人物画を手掛けるようになりますが、印象派の者達が光の表現や時間の色合いの推移を表現しようとしたのに対し、セザンヌは「感覚の実現」にこだわりました。対象をそのまま模写せず、自らの感覚を通して世界を構築しようとしたのです。印象派から離れた後は静物画と人物画に精を出すようになりました。また、晩年にはヴァニタスを主題とした頭蓋骨が置かれた絵画も制作しております。
 今回は初期の頃のロマン主義的なテーマの作品と、晩年のヴァニタス画を紹介していきいたいと思います。ダーク系の絵画ばかりで見るポール・セザンヌの絵画16点をご覧ください。

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「ミューズの接吻  1860年」
初期の頃の作品はまだ自らの手法を掴んでおらず、セザンヌ作とは
あまり思えないですね。ヴェネツィア派の絵画やルーベンス、
ドラクロワやクールベなどに影響を受けており、ルネサンスやバロック、
ロマン主義の作品が入り混じっているように思えます。
1860 - Paul Cezanne

「パリスの審判  1862年」
その二年後、画風が大きく変化しており、現実感よりも感覚の表現を
重視している感じが見て取れます。まだ23歳の時の作品ですが、
既に自分の目指す画風にこだわりを持っていることが感じられますね。
→ パリスの審判についての絵画を見たい方はこちら
Paul_Cézanne パリスの審判 1862

「パンとラムの脚の静物画  1866年」
暗い背景に置かれたパンとラムは明確な輪郭線を持たず、不気味に
立ち現れています。一見手早く描いたように見えますが、セザンヌは
製作スピードが遅く、描いていたりんごが腐ってしまったという逸話が
あります。このラムは大丈夫だったのでしょうか・・・?
Still Life Bread and Leg of Lamb, 1866 by Paul Cezanne

「キリストの辺獄降下  1867年」
また、セザンヌは少数ながら聖書に関する作品も描いています。
辺獄に降り立ったキリストが死者を救済する場面です。闇から浮かび
あがる死者とキリスト、背後に悪魔?のような男が描かれています。
→ キリストの辺獄降下についての絵画を見たい方はこちら
Christ-in-limbo- by cezanne 1867

「ネレイドとトリトン  1867年」
ギリシャ神話に登場するネレイドは海に住む女神の総称で、海の神
トリトンはポセイドンとネレイドの母の間に生まれました。海の情景には
あまり見えませんが、海と荒い波を表現した作品のようです。
Neried and Tritons, 1867 - Paul Cezanne

「略奪  1867年」
画面中央で男性が女性をさらっているようです。最初は略奪の恐怖に
ついての絵画だと思いましたが、左下を見るとエロス(キューピッド)の
ような人物がいます。これは神話のシーンのようですね。
→ ペルセポネをさらうハデスについての絵画を見たい方はこちら
Paul Cézanne 1867 略奪

「殺人  1868年」
暗雲立ち込める中、二人の男女が髪の長い女性を殺そうとしています。
物語上ではない、生々しい事件を感じさせる作品です。金目当てなのか、
居候の支払い未納だったのか、職場の亀裂だったのか想像力を煽ります。
ポール・セザンヌ - 殺人 (1867 - 1870)

「葬儀の準備  1869年」
衣服を着ていない死者を前にして、二人の男性がお葬式の準備を
しています。個人的に死者の容姿、スタイルはキリストに似ており、
亡くなった者は善人だと感じられるのですが、どうなのでしょう。
preparation-for-the-funeral-1869

「マグダラのマリアの悲しみ  1869年」
日本では悲しみという題名となっていましたが、調べてみるとマグダラの
マリアを描いたものだと分かりました。罪深い女性だった彼女はキリスト
によって悔悛し、ずっとついて行きました。キリストの死後の彼女の
悲しみを表した作品なのだと思います。
Paul Cézanne - La Madeleine, 1869

「永遠の女性  1877年」
セザンヌは女性の聖性、美などのテーマを多く手がけています。
この絵画では白い玉座に座った女性が、あらゆる職業の男性に言い
寄られているようです。中には教皇や聖職者もおり、どんな男性でも
女性のイデア(理想)には敵わないといった感じなのでしょうか。
1877 永遠の女性

「聖アントニウスの誘惑  1877年」
聖アントニウスは砂漠で苦行と瞑想に励んでいる時、悪魔の試練に
あいました。悪魔は美女を登場させて誘惑を仕掛けましたが、彼は
それを跳ね除けたのです。
→ 聖アントニウスの誘惑についての絵画を見たい方はこちら
1877 聖アントニヌスの誘惑

「メディア  1879年」
彼女はギリシャ神話に登場するコルキスの王女です。エウリピデスの
戯曲によると、彼女は夫イアソンに離婚を告げられた際、復讐の為に
夫の再婚相手とその父、自分の息子二人を殺害してしまいます。
セザンヌの作品はまさに息子たちに刃を向けるところなのでしょう。
1879 メディア

「青年と頭蓋骨  1897年」
時代が20年近く飛び、晩年の作品。セピア調の色合いの中、頭蓋骨が
置かれた机に青年が肘を付いています。セザンヌは人物画にもかなりの
時間を費やしており、青年は一体何時間ポーズを取り続けたのでしょうか・・・。
Paul Cézanne - Young Man With a Skull

「ピエロとハーレクイン  1898年」
当時、サーカスの余興に道化師が現れて様々な芸を行っていました。
セザンヌは道化師ではなく、道化を演じる「人物」を描いているようですね。
彼は他に二枚ハーレクインの絵画を描いています。
→ 道化師についての絵画を見たい方はこちら
Paul Cézanne- Pierrot and Harlequin 1898

「頭蓋骨の静物画  1898年」
果物や机、布、頭蓋骨にはセザンヌの独特な色合い、塗り方が
前面に出ていますね。ヴァニタスは16世紀から続く伝統的な主題
ですが、セザンヌは確立した画風で独自の世界観を築いています。
still-life-with-skull-1898

「三つの頭蓋骨  1898-1905年」
こちらはもっとおどろおどろしい、死の恐ろしさを前面に露わした作品。
自らの死を予感していたのでしょうか。
彼は「絵を描きながら逝きたい」と言っていたそうです。
→ ヴァニタスについての絵画を見たい方はこちら
The Three Skulls - Paul Cezanne 1898-05

 これらのダークな色調の絵画はセザンヌの一部分しか分かりません。この作品以上に明るい色彩の風景画や、美しい水浴画を描いています。光と闇が混ざり合ってこそ人間なのであり、セザンヌを理解する上では両方の作品を見て、どういうことを伝えたかったのか、こだわりたかったのかを考える必要があるように思います。この記事がセザンヌの暗い部分を知る一添えになれば幸いです。



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