Alexander The Great Founding Alexandria by Placido Costanzi -

 アレクサンドロス3世(紀元前356-323年)はマケドニア王国の君主です。通称、アレクサンドロス大王と呼ばれています。
 彼はギリシャの伝説の英雄ヘラクレスとアキレスを先祖に持つとされ、ピリッポス2世とイピロスの王女オリュンピアスとの間に生まれました。高名な哲学者アリストテレスを家庭教師に持ち、アレクサンドロス大王は高い教養を身につけました。18歳の時に父親に連れられてアテナ・テーバイと戦争し、勝利を飾ります。しかし、その二年後に父は護衛によって暗殺されてしまいます。

 若くして王位に付いたアレクサンドロス大王。王座を狙う敵を排除し、遠征して全ギリシャを制圧します。その二年後にはペルシアへ遠征して快進撃を続けながら東へ進み、西アジア一部である小アジアを征服します。そのまま南下していき、ペルシアの統治下にあったエジプトへ入ったアレクサンドロス大王は、そこも征服してしまいます。エジプト人に歓迎された彼はファラオとして認められ、アレクサンドロス大王にちなんだ神像や都市が建てられます。その後、彼はペルシア帝国を滅亡させ、中央アジアへと進出していきます。遊牧民達と戦いながらインドへと進みましたが、兵の疲弊により進軍は中断。

 バビロンへと戻ったアレクサンドロス大王はマケドニア、ペルシア、ギリシャの三つの地域を統治しようと、同君連合を作りました。しかし、アラビア遠征を考えていた最中、夜の祝宴中に蜂に刺されて倒れてしまいます。高熱に10日間苦しんだアレクサンドロス大王は、「最強なる者へ帝国を渡す」と言い残して亡くなってしまったのです。彼の死後、異母兄と息子の二人が統治しようとしたものの二人とも暗殺され、アレクサンドロス大王が統治させた帝国は三つに分裂してしまったのでした。
 紀元前の大英雄、アレクサンドロス大王の絵画14点をご覧ください。

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「モザイク画  100年頃」
大噴火により消えた町、ポンペイの壁画のアレクサンドロス大王。
教科書に大体載っている作品がこれですよね。前を見据える目、
なびく髪、馬の表情など、よくモザイクで表現したなぁと感心します。
Alexander_the_Great_mosaic bc100

「Cornelis Troost 作  1696-1750年」
アレクサンドロス大王VSコリントスとペルシャ連合軍である、
グラニコス川の戦いを描いた作品。結果は大王側の勝利。
この戦いにより、多くの小アジアの有力者が降伏を申し出たそうです。
The Battle Against The Persians At The Granicus  Cornelis Troost

「Sebastiano Conca 作  1736年」
ヨセフスの「ユダヤ民族古代史」によると、ペルシアに征服されていた
イスラエルの地を解放し、彼はユダヤの民の歓迎を受けます。
アレクサンドロス大王はエルサレムの神殿に入り、ユダヤ人の慣習に
倣って生贄を捧げ、祈りを拝したとされています。
Temple of Jerusalem   Sebastiano Conca 1736

「Placido Costanzi 作  1702-59年」
彼はエジプトを征服し、民衆から厚い支持を受けます。ナイル川の
西側に都市を建設し、それが「アレキサンドリア」と呼ばれるように
なったのでした。
Alexander The Great Founding Alexandria by Placido Costanzi

「1325-35年頃の中世写本の挿絵」
 紀元前326年にアレクサンドロス大王はヒュダスペス河畔の戦いで、
パウラヴァ族の王ポロスを討ち取ります。この挿絵はポロスを
討ち破っている場面が描かれています。ポロスの顔が可哀想すぎる・・・。 
Medieval  Alexander-Porus battle West Flanders  1325-35

ジュゼッペ・ケイズ作  1750-99年」
水を拒否するアレクサンドロス大王の絵画。11日間に660キロの
道のりを行軍し、一行は喉が渇いて疲れ果てていました。大王は
そんな部下達を見て「私だけ水を飲む訳にはいかぬ」と差し出された
水を飲まないのでした。これにより軍の士気は大上昇したそうです。
Alexander The Great Refuses To Take Water by Giuseppe Cades

「Louis Jean Francois Lagrenee 作  1789年」
アポロンの預言者に神託を受けるアレクサンドロス大王。
ペルシア遠征について預言しない巫女に業を煮やした彼が、
無理に神託所へ連れて行ったところ「全く小僧、お前には敵わないな」
という神託を得たそうです。大王は大満足で帰ったとか・・・。
 Louis Jean Francois Lagrenee

「Gaetano Gandolfi 作   1792年」
キュニコス派の哲学者であるディオゲネスは、地位を捨てて樽に
住み、自給自足の生活を送っていました。ある日、大王は「望みの
物はあるか?」と問うたところ、ディオゲネスは「一歩動いて、日なた
からどいて欲しい」と答えたそうです。
Alexander and Diogenes  Gaetano Gandolfi  1792

ヘンリク・シェミラツキ作  1870年」
アカルナニアのフィリップ医師を信頼する、アレクサンドロス大王
という題の作品。彼は大王の友人で腕の立つ医師であり、熱の
時には薬草を調合し、矢傷を負った時は治療を行ったそうです。
Physician Philip of Acarnania by Henryk Siemiradzki 1870

「シャルル・ルブラン作   1661年」
イッソスの戦いで大王はペルシアの王ダレイオス3世に勝利しますが、
彼は逃亡してしまいます。残されたペルシアの王妃や家族たちは
捕虜となり、助けてくれるよう懇願します。
アレクサンドロス大王は家族を保護することを約束したのでした。 
Charles Le Brun   Queens Of Persia At  Feet Of Alexander  1661

「シャルル・ルブラン作   1665年」
イッソスの戦いの後、アレクサンドロス大王はバビロンの土地を征服
しようと、バビロニアへ入城します。すると、想像に反して街の人々は
大王を大歓迎してくれたのです。勝利の笏を持ち、黄金の衣服を着て
こちらを見やる大王様。ご立派です。
Charles Le Brun - Entry of Alexander into Babylon  1665

「ピーテル・パウル・ルーベンスの工房作  17世紀前半頃」
紀元前328年。大王は中央アジアにあるバクトリア出身のロクサネを
妃とします。彼女は当時16歳であったようです。
大量のクピドが二人の愛を祝福しておりますね。
Alexander And Roxana by Studio of Peter Paul Rubens

ピエトロ・ロータリ作  1756年」
こちらも大王と妃ロクサネを描いた作品。彼女は大王が急死した年に
後継者であるアレクサンドロス四世を産みますが、時代の波に呑まれ、
その13年後に息子と共に殺されてしまうのでした。
Pietro Rotari   Alexander the Great and Roxane_1756

「Gaspare Diziani 作  1689-1767年」
ちょっと珍しい、アレクサンドロス大王の肖像画風の作品。
彼は電撃的に土地を征服、統合し、凄い偉業を成し遂げますが、
蜂に刺されて32歳の若さで夭逝してしまいます。もっと長生きして
いれば、歴史は変わっていたのかもしれませんね・・・。
Alexander The Great by Gaspare Diziani

 英雄も憧れるほどの大英雄であるアレクサンドロス大王。彼は深い人徳者であり、多くの名言を残しています。

「挑戦を続ける限りあなたにできないことはないのだ」
「私は一頭の羊に率いられたライオンの群れを恐れない。しかし一頭のライオンに率いられた羊の群れを恐れる」
「勝っているときこそ多くの危険が潜んでいる」
「武力により得たものは長く続かないかもしれないが、慈愛と節度により得た愛は永遠である」
「あなたの行動は我々すべてに影響するということを覚えておくべきだ」

 私たちより2300年以上前に生きた武人のお言葉ですが、現代の私たちにも通ずるものばかりではないでしょうか。自分の行動に責任を持ち、決して油断をせず、目標に向かって挑戦し続けろ。そして、力ではなく愛を大事にしろ・・・。大英雄の言葉が胸に沁みますね。



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