Ariadne Theseus  Thread-Johann Heinrich Tischbein the Elder -

 ギリシャ神話に登場するテセウスは、ミノタウロスを退治したとして有名な英雄です。
 テセウスはアテナイの王アイゲウスとトロイゼーンの王女アイトラとの間に生まれました。母方で育てられた彼は父親に認めてもらう為に、16歳の時にアテナイへ向けて出発。道中、猪や盗賊、山賊らを倒しながら目的地へと着きます。アイゲウス王の新妻メディアはテセウスを邪魔に思い、亡き者にしようとマラトンの暴れ牛を退治するよう命じましたが、彼は凶暴な牛を倒してしまいます。次に、メディアはテセウスを毒殺しようとしましたが、彼は剣とサンダルを証拠として父親に見せ、息子と認めさせました。そして、メディアは追放されてしまったのです。

 この頃、アテナイはミノス王の統治下に置かれており、怪物ミノタウロスの元へ、毎年7名ずつ少年少女を生贄へ捧げなくてはなりませんでした。それを知ったテセウスは憤怒し、父の反対を押し切って牛頭人身の怪物を退治しようとクレタ島へと船で赴きました。ミノタウロスは迷宮ラビリンスの中に閉じ込められており、入ったら最後、生贄も逃げ出せません。ミノス王の娘であるアリアドネがテセウスに恋をしてしまい、「妻にしてくれるなら援助する」という約束で、彼に剣と毛糸を授けました。毛糸をほどきながらラビリンスへ入ったテセウスはミノタウロスを倒し、糸を手繰りながら脱出することに成功します。こうしてアリアドネを妻としましたが、ナクソス島で休んでいる時にバッカス神(デュオニソス)によって拉致されてしまいます。(テセウスが彼女に飽きて置き去りにしたという説もあり)

 落胆しながら故郷へ帰るテセウスに、更に追い打ちをかける事件が起こります。クレタ島へ行く際、父親と「生還している場合は船に白い帆を張る」と約束していたのを忘れ、黒い帆を張ったままアテナイへ着いてしまったのです。息子が戦死したと思いこんだアイゲウス王は海へ身を投げてしまいました。その後、王となったテセウスは様々な冒険を行いますが、権威を恐れたリュコメデスによって崖から突き落とされて生を終えてしまうのでした。
 では、英雄テセウスの絵画12点をご覧ください。

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「Reynaud Levieux 作 1620-90年」
母方で育ったテセウスは大岩の裏に隠されたサンダルと剣を
発見し、自らがアテナイの王の息子だという事に気付きます。
この二つを携え、彼はアテナイへ向けて出発します。
Theseus Discovering His Father's Sword  Reynaud Levieux 1620-90

「二コラ・プッサンとジーン・ルメールの合作  1638年」
人物はプッサン、背景はルメールが手掛けた共同作品。
こちらも大岩(瓦礫)を持ち上げようとしているテセウスが描かれています。
Theseus Finding  Sword  Nicolas Poussin  Jean Lemaire 1638

シャルル=アンドレ=ヴァン=ルー作  1744-45年」
アイゲウスの新妻メディアに命じられ、テセウスはマラトンの暴れ牛を
退治します。クレタ島のミノスの息子をも倒したとされる凶悪な牛を
いとも簡単にやっつけてしまうのでした。
Charles-André Vanloo Theseus Taming the Bull of Marathon 1744-45

ジャン=イポリット・フランドラン作  1832年」
第二案として、メディアは毒薬入りの盃をアイゲウスに渡し、危険な男
テセウスを殺すようそそのかします。ほぼ着ていないミステリーの
テセウスに、アイゲウスは毒盃を飲むよう勧めます。
Jean-Hippolyte Flandrin Theseus Recognized by his Father 1832

ウィリアム・ラッセル・フリント作  1910年」
テセウスが盃のお返しにサンダルと剣を見せると、アイゲウスは
全てを理解し、盃を叩き落として息子の到着を歓迎するのでした。
陰謀を巡らしたメディアは国を追放されてしまいます。
Sir William Russell Flint Medea Theseus and Aegeus 1910

ジャン=バプティスト・ルニョー作 1754-1829年」
クレタ島の配下に置かれていたアテナイは、毎年7名ずつの男女を
ミノタウロスの生贄に捧げなくてはなりませんでした。それに怒った
テセウスはクレタ島に乗り込みます。
Jean Baptiste Regnault - Ariadne and Theseus

「Johann Heinrich Tischbein (父)作 1722-1789年」
ミノス王の娘アリアドネはテセウスを見るなり恋に陥ってしまい、
「妻としてくれるなら助けてあげる」と言う条件を出して、剣と毛糸を
渡しました。テセウスも快くOKです。
Ariadne Theseus  Thread-Johann Heinrich Tischbein the Elder

ジョン・ラファエル・スミス作   1788年」
「この毛糸を伝っていけば、ラビリンスから出られるのよ・・・。うふふ」
「嗚呼、アリアドネ。なんと素晴らしい計画なんだ。天才だよ・・・」
と言っていたりしてw それにしてもムッキムキですな・・・。
John Raphael Smith Ariadne and Theseus 1788

「ヨハン・ハインリヒ・フュースリ作 1815-20年」
テセウスとミノタウロスの戦闘を見ているアリアドネ・・・って、
どうしてアリアドネがいるんですか!毛糸だけでは心配で、見に
来ちゃったのでしょうか。フュースリの幻想的で独創的な作品です。
Ariadne Watching the Struggle of Theseus with the Minotaur

「Charles Edouard Chaise 作 1791年」
見事ミノタウロスを倒したテセウス!・・・って、外じゃないか!
めちゃくちゃ広いラビリンスなのでしょうかね・・・?ミノタウロスが
横になっている感じが、なんだか切ないです・・・。
Theseus Victor Of The Minotaur by Charles Edouard Chaise 1791

フランソワ・ジョゼフ・ハイム作  1807年」
生贄となった少年少女がテセウスに縋りつき、勝利を称えています。
光の効果や構成で、劇的な表現を生み出していますね。
テセウスの服ないミステリーについては何も言及しませんw
 French Theseus the Victor of the Minotaur  1807

「ドイツの工房の者作  17-8世紀(?)」
アリアドネと別れ、故郷に帰宅して王となったテセウス。紆余曲折の末、
なんとアリアドネの妹パイドラと結婚します。しかし、彼女は義理の
息子ヒッポリュトスを愛してしまった事で、新たな悲劇が生まれるのです・・・。
German school Hippolytus, Phaedra and Theseus

 ヒッポリュトスの物語&絵画はまた別記事で詳しく触れることにします。
 バッカスによってアリアドネを拉致され、帆の替え忘れによって父親を失い、妻と息子との愛のいざこざによって二人を失い、自身はスキュロス島の王によって崖から突き落とされて果てる・・・。なんだかミノタウロスを退治した国民的な英雄なのに、踏んだり蹴ったりな展開なんですよね・・・。ギリシャ悲劇から由来している物語なのでしょうか。それか、ミノタウロスに呪いを掛けられたのか・・・。真実は如何に。

→ ミノタウロスについての絵画を見たい方はこちら
→ ヒッポリュトスについての絵画を見たい方はこちら


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