The Death of Hippolytus by Carle Vernet (1758-1836) -

 ギリシャ神話に登場するヒッポリュトスは、継母の失恋の嘘によって父親に殺された悲劇の少年です。
 父はアテナイ王のテセウスで、母は女部族アマゾネスの女王ヒッポリュテ。恋愛に興味のなかったヒッポリュトスは、森の中で女神アルテミスと狩猟を楽しむ日々を送っていました。テセウスの後妻であるパイドラは若々しいヒッポリュトスを愛してしまい、その胸の内を伝えます。しかし、彼はそれを拒否。深く心を傷つけられたパイドラは、「私はヒッポリュトスに乱暴されそうになり、節操を守る為に命を絶ちます」とメモを残して亡くなってしまいました。メモを見つけて真に受けたテセウスは激怒し、ヒッポリュトスの死を願ってしまったのです。テセウスはかつてポセイドンより三つの願いを与えられており、その呪いは成就してしまいました。
 
 ヒッポリュトスが戦車に乗ってトロイゼンの湾岸を走っていると、突然海から怪物が現れたのです。ポセイドンが遣わした怪物におののいた馬は戦車を引き倒し、引きずり回して粉々にしてしまったのです。ヒッポリュトスはこうして死んでしまいました。この理不尽な死にアルテミスは悲しみ、アポロンの息子である名医アスクレピオスの力を借りてヒッポリュトスを生き返らせました。そして、アルテミスは彼を不誠実な両親から守る為に、イタリアへ連れて行ったとも言われています。
 では、非業の死を遂げても復活したヒッポリュトスの絵画12点をご覧ください。

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「Josef Geirnaert 作 1791-1857年」
アリアドネの妹でありテセウスの妻であるパイドラは、皮肉なことに
義理の息子を愛してしまいます。猛アタックするも、恋愛に興味が
なく狩猟大好きなヒッポリュトスには伝わらず、拒否されてしまいます。
Josef Geirnaert 1791-1857 Phaedra and Hippolytus

アレクサンドル・カバネル作  1880年」
悲劇詩人のエウリピデスが書いた物語によると、パイドラはその
禁断めいた愛を隠そうとしますが、乳母がヒッポリュトスに伝えて
しまい、彼はそれを強く批判します。プライドを酷く傷付けられた
女性の表情は恐ろしいものがあります・・・。
Phaedra (1880) by Alexandre Cabanel

ピエール=ナルシス・ゲラン作 1802年」
狩猟から帰って来たばかりに見えるヒッポリュトスは、手を出して
「NO」と言っているようです。パイドラは手に短剣を持っており、
既に命を張った仕返しを行おうと考えているのでしょうか。
Pierre-Narcisse Guérin, Phaedra and Hippolytus 1802

Étienne-Barthélémy Garnier 作 1759-1849年」
侍女に遮られながらも、短剣を刺す数十秒前のような作品。
ヒッポリュトスは鬼気迫る事態に逃げ腰です。その後、父親の
テセウスが「私は乱暴されそうになりました」というメモを見つけ、
我が息子を呪ってしまうのです。
GARNIER Etienne Barthélemy (1759-1849)

「Jacques Charles Bordier du Bignon 作  1810年」
何も知らないヒッポリュトスは、戦車でトロイゼンの沿岸をお散歩
していました。その時、海から見たこともない巨大な怪物が現れた
のです!彼はとっさに攻撃しようとします。
 Jacques Charles Bordier du Bignon

カルル・ヴェルネ作 1758-1836年」
しかし、怪物におののいた馬が暴れ、ヒッポリュトスを振り落として
しまいます。岩肌に叩きつけられた戦車は壊れ、彼は成す術が
ないままひきずり回されてしまいます。
The Death of Hippolytus by Carle Vernet (1758-1836)

ローレンス・アルマ=タデマ作 1860年」
ちょっと東洋チックに見えるヒッポリュトス。足が戦車の紐に絡まり、
ひきずられています。太腿がセクシーですね・・・。
Hippolytus Lawrence_Alma_Tadema 1860

「ピーテル・パウル・ルーベンス作 1611年」
現れた怪物はポセイドンの遣いであり、単に怪物とも、巨大な雄牛
とも言われています。ルーベンスの怪物は雄牛と竜が混ざったかの
ような姿をしていますね。
The Death of Hippolytus  Peter Paul Rubens 1611

「ピーテル・パウル・ルーベンス作  1611年」
上記の作品の下絵。ビフォー&アフターで肉体がかなりムキムキに
なっているのが分かります。あと、右側の逃げる人々が付け足され、
緊迫感を強めようとしたのも感じられますね。
The Death of Hippolytus Peter Paul Rubens 1611-13

ジョゼフ・デザイア・コート作 1825年」
あられもない姿で倒れ、息絶えてしまったヒッポリュトス。
エウリピデスのバージョンでは、彼はそのままテセウスの元まで
引きずられ、実情を知った父親と和解してから亡くなったそうです。
Joseph_Désiré_Court-The_Death_of_Hippolytus 1825

「Jean Daret 作  1613–68年」
この人生は可哀想すぎる!と立ち上がったのは女神アルテミス。
彼女は名医であるアスクレピオスにお願いし、ヒッポリュトスを復活
させてもらいます。
Daret_Esculape_ressucitant_Hippolyte Jean Daret  (1613–68)

「Alexandre-Denis-Abel de Pujol 作 1825年」
蘇生を果たした彼はイタリアへ移り、ニュムペのエーゲリアの
守護の元で幸せに暮らしたとされています。
しかし、アスクレピオスは死者の蘇生をさせすぎて冥界の神ハデス
から苦情が来て、ゼウスによって殺されてしまったそう・・・。
 1825 Alexandre Denis

 可愛さ余って憎さ100倍。愛は憎しみに変わる・・・。このヒッポリュトスの悲劇に少し似た物語が、旧約聖書にもあります。
 エジプトの王宮の侍従長ポティファルの所へ売られたヤコブの息子ヨセフは、家の雑事を任されました。ポティファルの留守中に妻はヨセフを誘惑しましたが、彼は聞き入れません。何日間やっても断ったので上着を掴んだところ、ヨセフは上着を置いて逃げ出してしまいました。怒った妻は人々に上着を見せ、「ヨセフが私を誘ってきて、叫んだからあいつは逃げたの」と嘘をつきました。ポティファルは憤怒し、ヨセフを牢屋に入れたとされています。
 どちらも古い話なので、別々から生じた物語が偶然一致してしまったのだと思います。ギリシャにもイスラエルにも、同様の嘘をつく女性がいたという事ですかね^^;うーん、恐ろしい・・・。

→ 英雄テセウスについての絵画を見たい方はこちら


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