Andrea Pierini  1853

 13-14世紀のイタリアフィレンツェの政治家であり、有名著書「神曲」の作者であるダンテ・アリギエーリ。そして、彼の永遠の想い人が可憐な女性ベアトリーチェ。
 ダンテが彼女と出会ったのは9歳の時でした。春のお祭カレンディマッジョで同年の少女であるベアトリーチェを見かけ、彼女の事が頭から離れられなくなってしまいます。それから9年後、二人は再会しましたが、会釈をしただけですれ違ってしまうのでした。
 ダンテは恋煩いをしてしまうものの、悟られるのが恥ずかしくて別の二名の女性に数編の詩を送ってしまいます。そのせいでダンテの風評が落ち、それを知ったベアトリーチェは「ふしだらな男」と見なして挨拶すらしてくれなくなってしまったのです。なんたる青春の皮肉な事か・・・^^; こうして失望に沈んだダンテは許嫁である女性と20歳の時に結婚しますが、心はベアトリーチェを想い続けていました。

 ベアトリーチェも銀行家の元へ嫁ぎ、平穏な人生を送るかと思いきや、彼女は24歳という若さで病死してしまいます。その事を知ったダンテは酷いショックを受け、痛手を癒そうと古典文学を読み耽るようになりました。それに触発された彼はベアトリーチェの存在を「永遠の淑女」にして賛美し続けようと、生涯をかけて詩篇を作ろうと決心したのです。こうしてダンテは著書「新生」、「神曲」等を書き、現代まで知られるような詩人となったのでした。
 では、ダンテとベアトリーチェに関する絵画14点をご覧ください。(ほぼダンテなので許してください^^;)

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アンドレア・デル・カスターニョ作  1448-51年」
フィレンツェの金融業を営む貴族の両親の元に生まれた
ダンテは、古典文法や詩、哲学、修辞学を愛し、
様々な学問を勉強しました。
Andrea del Castagno, Dante Alighieri 1448-51

アーニョロ・ブロンズィーノ作   1532-33年」
哲学者であり政治家のブルネット・ラティーニを師と仰ぎ、
ヴェルギリウスやセネカなどの先人の作品に学びました。
この作品のダンテは厚い本を手に持ち、自分の考え出した地獄と
煉獄の情景を眺めているようですね。
Dante Alighieri by Bronzino 1532-1533

ジョルジョ・ヴァザーリ作  1544年」
6名の詩人オールスターズ。右側からグイード・カヴァルカンティ、
ダンテ、ジョヴァンニ・ボッカッチョ、ペトラルカ、チーノ・ダ・ピストイア、
Guittone d'Arezzo。ダンテは一番前で立派な椅子を陣とっているので、
16世紀でも名の売れた詩人であった事が分かりますね。
Giorgio Vasari,  1544

「Andrea Pierini 作 1850年」
Guido II da Polenta 氏の宮廷で「神曲」を読み上げるダンテの図。
地獄の描写の恐ろしさからなのか、手前の女性が泣き崩れています。
領主のグイドさんらしき赤服の男性は彼女を見て、ダンテに「止めろ」
と手で制しているようです。
Andrea Pierini,  1850


「Domenico Petarlini の追随者作  1860年」
順風満帆と思われた政治家としてのダンテに闇が訪れます。
彼は政治的理由により、フィレンツェを永久追放されてしまうのです。
以後放浪しながら神曲の執筆に励みます。赤い服がダンテの
トレードマークなのは、政治家の制服といった感じなのでしょうかね?
Domenico Pelarlini  1860

ルカ・シニョレッリ作  1499-1502年」
ダンテが詩に並々ならぬ熱意を注ぐのは、追放されて創作する時が
増えただけではなく、別の
動力源がありました。それは、ある女性の
存在がずっと心残りになっていたからです。
Luca Signorelli, Dante, affresco, 1499-1502

アリ・シェフェール作  1846年」
女性の名はベアトリーチェ。彼女は幼少期の頃に二回会っただけの
存在で、完全にダンテの片思いでした。二人は別々の道を歩んで
異なる人を伴侶としましたが、ダンテは彼女を想い続けていました。
しかし・・・彼女は24歳の若さで夭逝してしまったのです。
Ary Scheffer, The Vision Dante and Beatrice, 1846

ヘンリー・ ホリデイ作  1882-84年」
片思い中のダンテを描いた作品。ダンテは恥ずかしさのあまり他の
女性二人に詩を送り、ベアトリーチェに嫌われてしまうという痛恨の
ミスをやってしまいます。話し掛けたいけどためらうダンテに、
目を合わせないよう必死なベアトリーチェさん。
Henry Holiday - Dante and Beatrice  1882-84

Raffaelle Giannetti 作  1832-1916年」
「ねぇ、あの男。あちこちの女性にアプローチしているって噂だわ。
私達まで言い寄って来るのかしら。嫌ね」と囁き合っているように
見えますねw 想い焦がれるダンテと冷たい目線のベアトリーチェ。
何だか切ない感じですな・・・。
The Forst Meeting of Dante And Beatrice by Raffaelle Giannetti

ジャン=レオン・ジェローム作  1824-1904年」
こちらはもっと切ない感じのダンテ。想い焦がれすぎて、夕日を
浴びて佇んでいます。女の子や若者達が「あのおじさん何してんの?」
的な目線を送っています。
 He Hath Seen Hell

「ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ作  1852年」
ベアトリーチェの結婚式に現るダンテという作品。二人の自宅はかなり
近く、挙式した教会も地元であったようですから、ダンテは見に行った
可能性がありますね。左隅の男女がベアトリーチェと旦那で、
ダンテの存在に気付いていないようです。
Dante Gabriel Rossetti -  1852

「ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ作  1871年」
ベアトリーチェが亡くなった時のダンテの夢という作品。
それぞれの人生を歩み始めたのも束の間、ベアトリーチェは病気に
罹って24歳の若さで永眠してしまいます。この時のショックはかなりの
ものであったようです。美しい天使さんが迎えに来ていますね。
Dante Gabriel Rossetti - (1871)

「ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ作  1828-82年」
ロセッティの名前もダンテであり、強い思い入れがあったようで
ダンテに関連する作品を多く残しています。この作品は亡くなった妻を
想って描かれたそうで、自分の悲痛とダンテの悲痛を結び合わせて
いたのでしょう。
Rossetti, Beata Beatrix

「Andrea Pierini 作  1853年」
ダンテは神曲において、ベアトリーチェを美しく清らかな女性の理想化
された存在として登場させました。ダンテはヴェルギリウスと共に
地獄、煉獄を旅し、天国へと到達して彼女と出会い、聖人や神との
邂逅を果たすのです。
Andrea Pierini  Meeting of Dante Beatrice in Purgatory 1853

 現代まで約700年間受け継がれてきた名作「神曲」も、一人の女性の存在から端を発している部分があると思うと、なんだか興味深いですね。神曲は自分を主人公としているだけではなく、当時の実在する人物をモリモリ登場させているそうです。ダンテの師匠は良い扱いを受けますが、気に入らない政敵となるとぜーんぶ地獄行き。俺を追放した奴は地獄行きだぜ!という状態です。自分の作品だとはいえ、かなりの色眼鏡が含まれていますね^^;
 それにしてもベアトリーチェさんからして見れば、自分の知らない所で微妙に嫌いな男が、自分を聖なる女性として崇める作品を書いているわけで。しかも、それが大ブレイクして全世界中の人が何百年先に渡って読んでいるわけで。一体全体、天国のベアトリーチェさんは何を思うのでしょうか・・・。

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