attributed to Reni or Sirani  1662 -

 ベアトリーチェ・チェンチ(1577-99年)はローマの貴族で、父親を殺害したとして処刑されてしまった悲劇の女性です。
 父親はフランチェスコで後妻はルクレツィア・ペトローニ、兄はジャコモ、末弟はベルナルド。一家はイタリアのローマにあるチェンチ宮に住んでいました。フランチェスコは周囲から暴力的で不道徳とみなされていましたが、貴族という階級により罪を免れていました。父は息子と妻を虐待し、ベアトリーチェに乱暴を働きました。彼等は被害を訴えましたが、裁判局は何も動いてはくれなかったのです。思い詰めた結果、彼等は父親を殺害する事を決意します。

 1598年、フランチェスコに麻薬を盛って殺そうとするものの失敗。やむなく家族は金槌を使って父を殴り殺してから、遺体をバルコニーから落としました。彼等は事件を隠匿しようとしましたが、殺人がばれてしまい、有罪で死刑を宣告されてしまいます。恩赦を主張したローマの人々の努力も虚しく、サンタンジェロ城の橋で兄ジャコモは四つ裂きの刑に会い、ルクレツィアとベアトリーチェは斬首の刑に処されてしまいます。末弟のベルナルドだけが罪を免れたものの、家族の処刑を見せられたとされています。

 そんな悲劇の家族の話は周囲に広まり、グイド・レーニ(または Elisabetta Sirani)派の人はこちらを振り返る薄幸そうなベアトリーチェ・チェンチの肖像を描きました。すると、何名かの画家がこちらを見つめる眼差しや儚い雰囲気に魅了され、類似作が生まれるようになりました。この作品により、彼女の名が後世に伝わったと言っても過言ではありません。
 では、ベアトリーチェ・チェンチに関わる絵画11点をご覧ください。1点だけ閲覧注意がございます。

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「グイド・レーニかElisabetta Sirani の追随者作  1662年頃」
口元に微笑みを浮かべながら、こちらを見つめる少女。この可憐な姿
からは父の殺害者だとは想像付きませんね。白頭巾と衣服は
死刑の際の装束であり、死が間近に迫っている事を告げています。
attributed to Reni or Sirani  1662

「グイド・レーニの工房作  18世紀」
この少女の反響は大きかったようで、工房の中で同様の作品が
描かれています。しかし、表情や質感、雰囲気などは全く異なり、
やはり元のベアトリーチェの方が魅力的に感じてしまいますね。
School of Guido Reni (18th) - Portrait Beatrice Cenci

「グイド・レーニの追随者作  19世紀」
こちらは装飾品に描かれたと思わしき、チェンチの肖像。
影を背負った薄幸そうな少女といった雰囲気はなく、少女漫画の
ような感じになっておりますね。
after the painting in the Palazzo Barberini 19th

「Achille Leonardi 作  1800-70年」
ベアトリーチェの肖像から200年近く経って描かれた作品。
殺人容疑で捕まった彼女の他に、牧師や画家、役人がいるようですね。
容姿や向きは紛れもなくあの絵画を踏襲しております。
Achille Leonardi   1800-70

「Giovanni Agostino Ratti 作(?)  18世紀」
こちらも上の作品と似た構図をしております。18世紀頃は死刑判決を
受けた者が肖像画を所望する事はあったようですが、16世紀にも
あったのでしょうかね・・・?こちらのベアトリーチェさんもあのお姿です。
 Ratti 19th

チャールズ・ロバート・レスリー作  1853年」
この画家は伝統的な少女の姿ではなく、暴力的な父親に怯える家族
を劇的に描いています。ベアトリーチェを支えるのが妻ルクレツィアで、
奥にいるのが兄ジャコモ、幼い少年がベルナルドです。
The Admonishment of Beatrice Cenci by Charles Robert Leslie1853

「作者不詳  1884年頃」
正当防衛とも言える殺人で、ローマ市民は恩赦を望みましたが、
ローマ教皇クレメンス8世は非情にも死刑を選びました。定かでは
ないものの、チェンチ家の財産を手に入れる為に死刑判決をしたとも
されています。それが本当なら鬼畜すぎる教皇。
1884

「作者不詳  1884年頃」
1599年、サンタンジェロ城の橋の上で処刑が行われました。
兄、継母、ベアトリーチェは殺され、末弟は命は助かったものの、
眼前で刑が行われたのです。彼女の年齢はまだ22歳でした。
1884

「作者不詳  1884年頃」
ベアトリーチェの生首を持つ処刑執行人。彼等の処刑はローマの
人々にかなりの抗議を受けました。力で服従を迫る父を殺した彼女は、
ローマの人々にとって貴族階級への反乱者の象徴となったそうです。
Execution of Beatrice Cenci 1895

ロレンゾ・バレス作 1831–1910年」
画面右中央辺りにベアトリーチェが横たわっています。人々の噂に
よると、毎年 処刑前夜の日に、ベアトリーチェの幽霊が自分の生首を
持って橋に現れるそうです。成仏できたのかな・・・。
彼女はサン・ピエトロ・イン・モントリオ教会に埋葬されたとされています。
Lorenzo Valles 1831–1910

「Hal Mansfield Murray 作 1887年」
ベアトリーチェ・チェンチの事件は絵画だけではなく、文学や音楽、
映画の世界でも扱われています。この絵画はパーシー・ビッシュ・シェリー
による戯曲「チェンチ」より。女優アルマ・マレーが扮しているそうです。
Alma Murray as Beatrice Cenci by Percy Bysshe Shelley-

 グイド・レーニ(またはElisabetta Sirani)の追随者作のベアトリーチェ・チェンチの肖像は、あのヨハネス・フェルメールの代表作「真珠の耳飾りの少女」の元となったともされています。容姿こそ違うものの、こちらを振り向く仕草、目線、少しほころんだ口など、どことなく構図や雰囲気が似ていますよね。耳飾りの少女は実在の人物ではなく、フェルメールの想像の中の理想の少女と考えられています。暗闇の中に今にも消えそうな、可憐でいたいけな姿が人々の心を打つのかもしれませんね。

Johannes_Vermeer_1665

attributed to Reni or Sirani  1662

 また、2018年10月にはかつてない最大規模のフェルメール展が開催されます。なんと作品8点が来日するそうですよ。今年はフェルメールの年になりそうですね!


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