Theodore Gericault 1818 - コピー

 テオドール・ジェリコー(1791-1824)は、フランスのロマン主義の画家です。現実の事件や馬や人物画の迫真性を重視した画風で、ロマン派の先駆者とされています。ドラクロワに影響を与えました。
 彼は北フランスのルーアンで生まれ、5歳の頃にパリへと引っ越しています。弁護士の父は画家を志すことを反対していましたが、ジェリコーは夢を諦めきれずに17歳の時にカルル・ヴェルネの元へ弟子入りをしました。ヴェルネは馬や騎馬像の第一人者と呼ばれた人でありましたが、ジェリコーは馬の躍動感、迫力を求めており、師の描く馬は迫真性が足りないと思っていたそうです。その後、彼は一年間ピエール・ナルシス・ゲランの元で修行し、それからはルーブル美術館へ足しげく通って巨匠の作品を参考にするようになりました。
 
 21歳のジェリコーは作品をサロンに出品し金賞を取り、二年後にも作品を出しています。イタリアに旅行に行った後に大作「メデューズ号の筏」を出品したものの、実際の生々しい事件をとり扱っていた為に、母国には受け入れてもらえませんでした。その後二年間イギリスへと滞在し、画力を尚も高めました。しかし、二度に渡る落馬が原因でカリエス(脊髄結核)という病気に罹ってしまいます。フランスに戻った後は、精神異常の方を題材にした10作の連作を手掛けたものの、1824年に病状が悪化してしまい、32歳の若さで命を落としてしまったのでした。
 では、テオドール・ジェリコーの作品14点をご覧ください。閲覧注意の絵画がありますのでご了承ください。

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「ローマでの野生馬のレース  1817年」
26歳の時の作品。馬の素早さ、躍動感に魅せられた彼は、生涯に
おいて沢山の馬を描いています。お尻の筋肉とか足とか迫力が
出ていますね。
The Wild Horse Race at Rome (1817)ー

「ウジェーヌ・ドラクロワの肖像  1817年頃」
ドラクロワが19歳の時にピエール・ナルシス・ゲランの元へ修行に
行き、その時にジェリコーと会ったそうです。その時にこの肖像画
は描かれたものだと思います。
先へ進もうとする鋭い眼差しを持った青年の姿ですね。
Portrait of Eugène Delacroix a Young Man with an Open Collar

「自画像  1818年」
ものすっごいカメラ目線で格好つけている・・・!
なかなか自画像で、ここまで格好つけて自画像を描く画家も珍しい
ですよね。結構自信満々な性格だったのかなジェリコーさんは。
Theodore Gericault 1818

「メデューズ号の筏  1818-19年」
5m×7m近くある巨大な代表作。絵画が描かれる三年前に実際に
起きた事件で、船が座礁して147名が筏に乗り、13日後に救出されて
生き残ったのは僅か15名だったそうです。人々は飢えと渇きと絶望で、
極限に陥り、地獄のような状態になっていたそう・・・。
The Raft of the Medusa (1818-1819)ー

「ルイーズ・ヴェルネの肖像  1819年」
な、なんかジェリコーのイメージと全く違いますね。躍動感や
臨場感はなく、ふくよかな娘さんが猫ちゃんを抱いている平和な
作品となっています。猫が大きいのか、少女が小さいのか・・・。
Portrait of Louise Vernet as a Child (1818-1819)

「マリア・セレーの肖像  1791-1824年」
聖母マリアを思わせる、とても上品な女性の肖像。
ジェリコーとの関係は分かりませんが、その作品からは親愛というか
親しみが感じられるように思います。
Maria Serre (1824)

「男性の肖像  1815-19年」
鍔の広い帽子を被った、どこかレンブラントを匂わせる男性の肖像。
ジェリコーとレンブラントは100年以上も時代が離れていますが、
この黒い鍔広帽子は流行り続けていたのかしら。←ぇ
A man (1815-1819)

「死んだ男性の頭部  1819年」
ジェリコーはメデューズ号の筏の作品の現実味を増させる為に、
実際の遺体を見て何枚も作品を描いています。土気色の肌に
何も映していない虚ろな瞳・・・。リアルすぎて怖すぎます。
The Head of Drowned Man by Théodore Géricault  1819

「窃盗に執着する男性  1822年」
盗みが辞められない男性の肖像。この絵画はジェリコーが精神病院
へと足を運んで描かれたもので、10枚の連作があるとされています。
しかし、現在残っているのは半分の5点。後は行方不明となりました。
Portrait of a Kleptomaniac 1820

「ねたみ偏執狂  1822年」
嫉妬の念に駆られている老女の姿。軽く充血した目は何かを睨んで
いるようで、ぞっとさせるものがあります。彼女はハイエナというあだ名
だったそうです。始めてこの絵画を見た時、マジで恐怖を感じました^^;
Portait of a Woman Suffering from Obsessive Envy The Hyena 1822

「賭博偏執狂  1822年」
ギャンブルにはまってしまった老女は目は焦点が定まらず、
意識は何処かへといってしまっているようです。
賭博は一度勝ってしまうとその味が忘れられず、どんどんと大金を
つぎ込んで行ってしまいます。現代にも通じる恐ろしい病ですよね。
Théodore Géricault, A Woman Addicted to Gambling, 1822

「軍令偏執狂 1822年」
自分を司令官だと思い込み、戦争の指揮をずっと執り続けている
男性。彼のかつての地位は不明ですが、何かトラウマがあったから
このようになってしまったのでしょうか。
Gericault, man suffering from delusions of military rank

「幼児誘拐偏執狂  1822-23年」
一人でいる子供を見ると自分が父親であると思い込み、攫ってしまう
という男性。本当なの?と疑ってしまうような病状ですが、色々な
事件が現代でも起きているので、そのような癖を持ってしまった人も
いるという事なんですよね・・・。
Le Monomane du vol d'enfants (Gericault, 1822-1823)

「馬小屋にいる二頭の馬  1823年」
亡くなる一年前に描かれた作品。この頃よりカリエス(脊髄結核)が
悪化し、絵筆が持てなくなってしまったそうです。彼の最期の言葉は
「まだ何もしていない」でした。無念さが伝わるようですね・・・。
Two post-horses at the stable (1823)

 画家たるもの画力や技術が大事だと思うのですが、個人的に最も大事だと思うのは「モチーフへの情熱」だと思います。大学時代の教授は「自分が描きたいもの、表したいものを最も的確に表現できる技法を用いなさい。興味があるものを徹底的に研究しなさい」と言っていました。
 ジェリコーはメデューズ号の筏を完成させる為に、生存者への取材や実際の遺体のスケッチを行い、絵にリアル感を持たせました。レオナルド・ダ・ヴィンチはあくなき探求心であらゆる分野を研究して絵画に生かしていますし、ルドンは無意識の世界を表現する為にあえて幻想的な作風を手掛けました。モネは庭の花を自らコーディネイトして作品に生かしました。(あの水蓮も庭で育てたもののようです) 現代美術も一見意味不明だとしても、作者のこだわりがあって製作されているのです。

 絵が上手だとしてもモチーフに対する熱意がなければ、「絵が上手だね」で終わってしまうと思います。動植物が好きだから、乗り物が好きだからそれを描く。というだけではなく、対象を最もそれらしく表現する為に、深く掘り下げて研究して、対象の世界観に厚みを持たせる熱意があってこそ芸術は傑作となりえるのではないのかな、と思います。
 なんだかつらつらと描いてしまって失礼しました^^;美術の世界は奥深いですね。



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