Zenobia by Carlo Antonio Tavella -

 ゼノビアという勇敢なる女性が、伝説上に二人存在します。
 一人目は、3世紀にシリアやエジプト周辺に興ったパルミラ王国の女王であるゼノビア。
 ゼノビアはパルミラ一帯を治めていたオダエナトゥスの後妻として入り、夫の参謀役として働きました。しかし、夫が267年に甥に暗殺されてしまったので、息子ウァバッラトゥスを後継者として立て、彼女は息子と二人で共同統治者となりました。268年になるとローマ皇帝ガッリエヌスが暗殺され、ゼノビアと息子はそれに乗じて領土を広げていき、ゼノビアは「戦士女王」と呼ばれるまでになりました。
 270年にローマ皇帝となったアウレリアヌスがパルミラ王国に降伏を迫り、彼女はそれを拒否。全面対決となります。それにより息子ウァバッラトゥスは戦死して大敗し、王国は滅亡してしまうのでした。ゼノビアはローマへと連行され、そのまま病気で死亡したとも、自死したとも、ローマの元老院と再婚して余生を暮らしたともされています。

 もう一人は51~5年に興ったイベリア王国の王子ラダミストゥスの妻としてのゼノビア。
 夫は野心家で、ゼノビアの父を処刑してアルメニアを征服してしまいます。ローマとパルティアの攻撃にあって一度はアルメニアを奪われるも、ラダミストゥスは復権します。しかし、彼がパルティア国に組した都市を罰した為、都市はパルティア王子をアルメニア王として立て、彼は地位を追われてしまいます。ラダミストゥスは身重であるゼノビアを連れて馬で逃げました。
 タキトゥスの伝説によると、ゼノビアはその時こう言ったとされています。「身重で乗馬に長時間耐えられない。足手まといになって敵の手に落ちるくらいなら、どうか私を殺してください」と。夫はその願いを聞いてやり、海岸で彼女を刺して一人旅立ちますが、ゼノビアは奇跡的に命を取り留め、羊飼い達に発見されます。彼女はそのままパルティア王の元へ連れられたものの、手厚くもてなされたそうです。一方、自国に逃走した夫は父に対して陰謀を企て、処刑されてしまったとされています。
 二人のゼノビアに関する絵画13点をご覧ください。

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パルミラ王国の女王ゼノビア


「Carlo Antonio Tavella 作  1668-1738年」
ローマ風の甲冑に身を包み、矢を持ってカメラ目線で微笑む
ゼノビアさん。服の関係かもしれませんが、お腹が膨らんでいる
ようですね。身重だろうと私は強いわよ?と言っているのかな?
Zenobia by Carlo Antonio Tavella

ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ作  1696-1770年」
行きなさい部下どもよ!と指示をしているゼノビアさん。
息子と共同統治なのですが、お母様が実権を握っておりますね。
武器を構えた猛者たちも心なしか怯えているようです・・・。
Giovanni Battista Tiepolo Zenobia Addressing Her Soldiers

ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ作  1717年」
ティエポロさん二枚目。パルミラ王国はローマ皇帝と全面対決し、
敗北してしまいます。パルミラ王国は激しく抵抗した為、建物は
完膚なきまでに破壊されてしまったそうです・・・。
Tiepolo, Giambattista Zenobia before Emperor Aurelian 1717

「イタリア出身の画家作  18世紀」
アウレリアヌス皇帝と顔を合わせるゼノビアさん。彼女の人生の
顛末は様々な説があり、自殺したとも、病気で逝ったとも、黄金の
鎖で繋がれて市内を連れ回されたとも、恩赦が与えられて
再婚したとも考えられています。
Zenobia Beseeching the Roman Emperor, Aurelian 18th

ジャスタス・バン・エグモント作  1601-74年」
こい願う感じのゼノビアに、寛大な様子を見せる皇帝。
天使が勝利の象徴である月桂冠(?)と、飛躍の象徴と思われる
羽を持っています。皇帝万歳!みたいな絵画ですね。
Zenobia of Palmyra the Emperor Aurelian Justus van Egmont

「ガイ・ヘッドの追随者作  19世紀」
鎖に繋がれてローマ市内を連れ回されたという伝説に由来した
作品。黄金の鎖とされているのですが、こちらは銀色をして
いますね。百戦錬磨の女傑というより、若い非力な女性に
見えますが、その瞳の意志は強そうです。
Zenobia Queen of Palmyra Attributed to Guy Head

Herbert Gustave Schmalz 作 1888年」
異国情緒あふれた姿をしたゼノビアさん。腕には黄金の鎖が
はめられていますが、たくましく表情も男勝りな印象を与えます。
このまま鎖を引きちぎって反旗を翻す・・・のかもしれません。←ぇ
Herbert G Schmalz Zenobia's last look on Palmyra 1888




 イベリア王国の王子の妻としてのゼノビア


「Jean-Joseph Taillasson 作  1806年」
野心家であるラダミストゥスはアルメニア王になろうとするも
失敗し、妻ゼノビアを連れて逃げる事を選択します。
しかし、身重のゼノビアにとって長時間の乗馬は不可能でした。
Rhadamistes and Zenobia by Jean-Joseph Taillasson 1806

「Luigi Sabatelli 作  1803年」
「このままでは敵に追いつかれてしまいます。敵が来る前に、
どうか私を殺してください」とゼノビアは夫に願い、ラダミストゥスは
海岸沿いで彼女を刺しました。
Rhadamistus killing Zenobia  Luigi Sabatelli  1803

「Francesco Alberi 作  1812年」
傷付いたゼノビアを横たえ、後方を確認するラダミストゥス。
子供を身ごもっているのにおいおい・・・と思うのですが、
一命を取り留めたあたり、夫にも躊躇があったのでしょう。
Francesco Alberi, 1812

「二コラ・プッサン作  1634年」
傷付いて倒れているゼノビアを数人の羊飼いが発見して介抱し、
彼女は敵であるティリダテス1世の元へ連れていかれます。
5人の人が慌てて彼女を助けようとしていますが、
右奥のおじさん寛いでますねw
Zenobia Found On The Banks  Arax 1634  Nicolas Poussin

「ドミニク・アングル作  1780-1767年」
しかし、ティリダテス1世はゼノビアを王族として厚くもてなした
とされています。この絵画はお子さんがもう生まれちゃっている
ようですね。もしかして・・・帝王切開?←ぇ!?
zenobia  shepherds  jean-auguste-dominique ingres

「ポール・ボードリー作  1828-86年」
一方、逃走したラダミストゥスは自国へと行き、父王の地位を
奪おうとしますが、処刑されてしまったとされています。
全然懲りていませんね・・・。
Paul Baudry Zenobia Discovered By Shepherds Banks Araxes

 始めはパルミラ王国のゼノビアの絵画を探していました。ゼノビアという名前を検索し、素敵な絵画を収集します。「よーし、絵画が集まったぞ。紹介しよう」となった時にやっと、「パルミラ王国のゼノビアと、ラダミストゥスの妻のゼノビアとは別人」という重大な事に気付きました。そうしてこのまま二人のゼノビアを合わせて紹介することになりました^^;
 ラダミストゥスは地位を求めて暴走し、挙句の果てに父王に処刑される。その一方で、身重にも関わらず夫の為に身を引いたゼノビアは、敵王に許される。なんだか「他が為を想え」という教訓と、いくらかの皮肉が込められている気がするのは私だけでしょうか・・・?



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