Johann Heinrich Wilhelm Tischbein  Orestes Iphigenia, 1788 -

 オレステスはホメロスの叙事詩「イリアス」やアイスキュロスの悲劇「オレステイア」、エウリピデスの「タウリケのイピゲネイア」に登場する、ギリシャ軍側の総大将アガメムノンの息子です。
 トロイ戦争に勝利し、10年ぶりにミュケナイに凱旋するアガメムノン。しかしトロイアを陥落させる際、アガメムノンは娘イピゲネイアを生贄に捧げており、それを恨んでいた妻クリュタイムネストラは愛人アイギストスと共に彼を殺してしまいます。オレステスは姉のエレクトラと母への復讐を誓い、旅人に扮してクリュタイムネストラの元へ行きました。オレステスはまずアイギストスを殺害し、息子だと察した母が命乞いをするも、彼女を殺害してしまいます。復讐を果たしたオレステスですが、恐ろしい復讐の女神達(エリーニュス)が彼を取り囲んでパニックに陥ります。

 アポロンの神託でアテナイのアテネの神殿へ向かったオレステス。アポロンはオレステスを弁護し、エリーニュス達は告発します。裁判長のアテナが彼を無罪とした為、彼の罪は許されたのでした。復讐の連鎖は断ち切られ、復讐の女神は慈しみの女神へと姿を変えたのでした。
 では、母殺しの罪を背負ったオレステスの絵画14点をご覧ください。


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「 ジョン・ダウンマン作  1750–1824年」
父アガメムノンの墓前に髪の房を捧げたオレステス。それを見た
姉エレクトラはその青年が我が弟であることを知ります。
オレステスは里子に出されていたので、二人は初めて出会ったのです。
The Return of Orestes electra John Downman 1750–1824

「Jacopo Alessandro Calvi 作  1740-1815年」
エレクトラから父の仇の相手が母とその愛人だという事を聞きます。
殺める対象が実の母。それでもオレステスは復讐を誓うのでした。
Electra and Orestes Jacopo Alessandro Calvi 1740-1815

「Bernardino Mei 作  1654年」
オレステスは旅人に扮装し、「息子は死にました」と嘘を付いて
クリュタイムネストラに近付きます。旅人になり切って警戒が
ゆるんだところで、オレステスは愛人アイギストスと母親を
剣で殺したのでした。
Orestes mata a Clitemnestra 1654 de Bernardino Mei

「カール・ラール作   1852年」
「俺はアポロンの導きで正義の復讐を果たした!」とオレステスは
思うものの、突然復讐の女神達が現れ、彼はパニック状態に
陥ります。どんなに逃げても、女神は追っかけてきます。
Carl Rahl  Orestes Pursued by the Furies  1852

「Jacques Francois Ferdinand Lairesse 作  1850-1929年」
寝ている時も現れる復讐の女神たち。
女神が担いでいるのは母の遺体の幻影だと思われます。
お顔がくわっとして怖すぎます。
Orestes Furies Jacques Francois Ferdinand Lairesse

ウィリアム・アドルフ・ブグロー作  1825-1905年」
「お前のしでかした事を直視しろ!」と復讐の女神達は母の遺体を
指さし、オレステスは耳を塞いで目を背けています。
夜中に本物の絵画を鑑賞したらトラウマになるかも・・・。
william adolphe bouguereau orestes

「Philippe-Auguste Hennequin 作  1762-1833年」
女神が大挙してやってきて、オレステスを狂気に陥れようと
しています。オレステスは逃げながらアテネの神殿へ行き、
神々の間で裁判となったのでした。
Philippe-Auguste Hennequin Remorse of Orestes 1800

「アレクサンドル・カバネル作  1823‐89年」
肉体美を見せる非常に危ないアングルのオレステス。
その奥の暗闇に復讐の女神と母の遺体の幻が潜んでいます。
恐怖や狂気よりも、肉体に目が行ってしまいます・・・。
Alexandre Cabanel Orestes

「ギュスターヴ・モロー作  1891年」
裁判長アテナの判決により、オレステスの母殺しの罪は赦される事に
なりました。復讐の女神達は慈しみの女神達(エウメニデス)に
変化し、世界に平和と調和がもたらされたのです・・・。
Gustave Moreau  Orestes and the Erinyes  1891

Bertholet Flemalle 作  1646-47年」
アガメムノンによって生贄にされているイピゲネイア。
しかし、オレステスの後日談としてこんな話も語られています。
エウリピデスの「タウリケのイピゲネイア」によると、生贄にされた
はずの娘イピゲネイアは生きていたというのです。
The Sacrifice of Iphigenia. 1646-47. Bertholet Flemalle

「Nikolaas Verkolje 作  1732年」
イピゲネイアはケルソネソスの地でアルテミスの巫女をやって
いました。そこへオレステスと親友ピュラデスがアルテミスの神像を
求めてやって来ます。
Nikolaas Verkolje  Orestes en Pylades in Tauris 1732

「ベンジャミン・ウエスト作  1766年」
この地では他国人を生贄として女神に捧げることが掟とされており、
オレステスとピュラデスは捕らえられてしまいます。
イピゲネイアは彼を実の弟と知らずにいました。
「貴方達は女神様の贄になるの」と宣言しています。
Benjamin West Pylades Orestes  Iphigenia 1766

「ピーテル・ラストマン作  1614年」
二人は生贄にされかかりましたが、イピゲネイアがオレステスが
弟だという事に気付き、彼女はオレステスと共に故郷へ帰ることを
決意。オレステスの目的であるアルテミスの神像を入手すると、
船に乗って三人は脱出を果たします。
Pieter Lastman  De offerstrijd tussen Orestes en Pylades 1614

ヨハン・ハインリヒ・ヴィルヘルム・ティシュバイン作  1788年」
オレステスとイピゲネイアを描いた作品ですが・・・。
背後には復讐の女神さん達がガン見していますね^^;
一説には狂気を治す為に神像を入手したとされている為、
まだストーカーされているのですね。死んだ魚の目をしている・・・。
Johann Heinrich Wilhelm Tischbein  Orestes Iphigenia 1788

 また、神話の別の話によると、アテナにより無実を証明されたオレステスはさらなる復讐の旅へと出たそうです。
 手始めに、トロイ戦争の元凶を作ったスパルタ王妃である美女ヘレネを殺害。更にヘレネの娘であり元恋人であるヘルミオネが、アキレスの息子ネオプトレモスへ嫁いだため、決闘を申し込んでネオプトレモスを殺してしまいます。そうしてオレステスはミュケナイに戻って王となったそうです。
 折角アテナから無実の判決を受け、復讐の女神は慈しみの女神へと変化したのに・・・。復讐の連鎖はまったく断ち切られていませんね^^; しかもヘレネを殺めた理由が「父アガメムノンを戦争に連れ出し、家族崩壊の原因を作ったから」という、かなり一方的な感じ。元恋人がヘレネの娘だし、その婚約者殺したし、言い方は悪いですけれどオレステスをゲスに感じてしまうのは私だけでしょうか・・・?

→ パリスとヘレネについての絵画を見たい方はこちら


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