Henryk Siemiradzki 1843-1902 -

 バッカス祭(バッカナール)は、酒の神バッカス(デュオニソス)を祀る豊穣を司る祝祭です。
 古代ギリシアでは酒神に扮した者を中心にして、50名程の踊り手が輪舞を踊って収穫を祝っていました。豊穣を祝う祭りはギリシア全土にひろまるにつれ、滑稽劇や秘儀、詩のコンクール、行列などが付随し、様々な形式で催されるようになりました。ギリシア悲劇などの演劇はここから生じたとされています。

 ローマ時代に入るとバッカス祭はバッカナリアと呼ばれ、密儀的な様相を見せるようになりました。初期は女性のみが参加を許され、バッカスを祀って踊り狂うといったような風でしたが、後に男性も加わっていかがわしい行為が繰り返された為、紀元前186年には禁止令が出てしまいます。しかし、バッカス祭は密かに続けられ、1世紀頃のポンペイや石棺の壁画にはバッカス祭の様子が描かれています。
 現代の謝肉祭(カーニバル)は復活祭の40日前の四旬節以前に行われる、カトリック教的な祭りとなっていますが、一説にはこのバッカス祭が起源であるとされています。
 ギリシャ・ローマ時代ではなく、17~20世紀の画家達が描いたバッカス祭を紹介したいと思います。では、楽しげに男女が踊り回るバッカス祭についての絵画13点をご覧ください。

PR
 


「フランドル出身の画家作  17世紀」
男性はワインを持ち、女性は木琴(?)を奏でる。
子供達も仮装し、内輪で楽しい祭りが行われています。
古代ローマでは大人向け(?)の秘儀でしたが、16世紀
フランドルでは皆が楽しめる賑やかな祭りであったのですかね^^
bacchanal  Dutch School 17th

「ニッコロ・フランジパン作  1555-1600年頃」
酒神に扮したぽっちゃり男性を中心に、笑顔で皆ポーズを決めて
います。古代ローマでは女性中心の秘儀であったのに、
な、なんだかむさいバッカス祭です・・・!
A bacchanal by Niccolò Frangipane

「ヤン・ブリューゲル(子)とヘンドリック・ファン・バーレンの共作 1608₋16年」
豊穣神ケレス、バッカス、ヴィーナスの三神を中心にして、バッカス祭を
行っております。人間も祝うから神々も祝っているだろうという認識
なのでしょうか。手前のクピド達が持っているのは、豊穣の角
コルヌピア。角の中から果物や花々がぽんっと出ていますね。
Ceres Bacchus Venus Jan Brueghel Y Hendrick Van Balen 1608-16

「ヤン・ブリューゲル(子)とヘンドリック・ファン・バーレンの共作 1610年」
びっしりと人々が描き込まれ、執念すら感じさせる作品です。
この二人の共作のバッカナールはまだあり、人々が楽しげに
笑い合い豊穣を祝う作品は需要があったことが伺えますね。

Jan Brueghel d. Ä. mit Hendrik van Balen - Bacchanal 1610

「ローマ出身の画家作  17世紀」
奏で踊るのは年端もいかない幼児たち。
動きだけは楽しそうなのですが、何故に無表情なのだろう。
この表情で黙々と踊られたら、不気味とすら感じてしまいます・・・。
Roman School, 17th Century

「Giulio Carpioni 作  1613-78年」
男女がタンバリンを打ち鳴らし、寝転がってのんびりとしています。
左側の銅像はバッカス神なのかな?豊穣を祝うバッカス祭は
好色、酒、野生などと結びつき、時として激しい様相を見せます。
Giulio Carpioni

フランチェスコ・スカレーリ作  1702-88年」
ぽっちゃりめのバッカス神がワインをついでもらい、奥では
半人半獣のサテュロスと女性が輪になってダンスを踊っています。
サテュロスは好色で酒好き、豊穣の化身というバッカスと同様の
性質を持っております。
Francesco Zuccarelli

セバスティアーノ・リッチ作  1716年」
女性と共に「イェイ!」と踊っているのもサテュロスですね。
酒や激しい踊りを用いる事で理性からの解放を促し、
自然体に帰って豊穣の世界へと向かうのです。
Bacchanal in Honour of Pan 1716 Sebastiano Ricci

「Jacques Philippe Caresme 作  1734-96年」
女性が炎を掲げ、座っているのは半人半馬のケンタウロス。
この怪物もサテュロスと同様の性質を持っております。
バッカス祭というとバッカス&人々の祭りと感じてしまいますが、
様々な神々や怪物達が登場すると考える画家も多くいますね。
Jacques Philippe Caresme - Bacchanal

シャルル=ジョゼフ・ナトワール作  1745-9年」
バッカス神がかなりイケメンですね。
昼下がりのような気だるい風景の中、神々(人々?)がのんびりと
お祭を楽しんでいるようです。
Charles-Joseph Natoire - Bacchanal 1745-9

ウィリアム・ソルター作  1870年」
バッカスの隣には妻アリアドネと思われる女性がいますね。
彼女は英雄テセウスを愛し助力したものの、恋が実らずバッカスの
妻となりました。ニュムペーと思われる女性達がきゃっきゃうふふと
踊り回り、背後ではサテュロスが音楽を奏でています。
artist William Salter 1870

ヘンリク・シェミラツキ作  1843-1902年」
サテュロスに扮したおじさんを筆頭に踊る人々。楽しそうな音楽が
絵画から流れてきそうですね。私の地元では夏に一日踊りまくる
祭りがあり、地元を元気にしようという理由なのですが、もしかしたら
バッカス祭の影響を受けているのかも!?←ぇ
Henryk Siemiradzki 1843-1902

ジュリアス・クロンベルク作  1850-1921年」
ヤギを抱っこして美女がはい、ポーズ。
ヤギは好色の象徴とされており、バッカスの聖獣ともされています。
人々が踊る場面ではなく、女性一人のコスプレ(?)とヤギで
バッカス祭を描くのは、近代の手法だなぁと感じました。

Julius Kronberg

 これらの絵画を見ると、17~20世紀の画家達はバッカス祭を「呑んで、食べて、踊る楽しい祭り」というような、一種のユートピアに感じているのが分かりますね。神話上の生物や神々を登場させ、野性的な好色があると示唆しつつも、祭り自体を好意的に見て楽しんでいるように感じられます。

 冒頭で「ローマ時代のバッカナリアは秘儀的な様相を見せ、女性信奉者がバッカス神を祀って踊り狂う」と書きましたが、その行為はそれらの平和的な絵画とは異なり、もっと凄まじいものであったと思われます。
 ギリシャ神話によると、吟遊詩人オルフェウスはバッカス(デュオニソス)の女性信者たちによって殺されています。最愛の妻を亡くし、オルフェウスは深い絶望に沈んでいました。女性達が彼にアピールしても見向きもしない。バッカス祭の際、狂乱に陥った女性達が「私を侮辱した男だ!」とオルフェウスを捕まえ、八つ裂きにしてしまったのでした。(もしくはオルフェウスが自らの宗教を広めようとした為、バッカスが怒って信者たちに殺させた)

 オルフェウスの死の絵画に登場するバッカス祭の女性達は、どれも恐ろしい形相をしています。宗教が時代によって様々な顔を見せたように、酒神を祀るバッカス祭も色々な形態をとっていったのだなぁ・・・なんて感慨深くなってしまいました。

→ オルフェウスの死についての絵画を見たい方はこちら
→ アリアドネについての絵画を見たい方はこちら


PR