Pompeo Girolamo Batoni 1779 -

 「神」。それは人間が想像を絶するような絶対的で超越的な存在であり、崇拝する対象。
 ユダヤ教、イスラム教、キリスト教において神は唯一とされ、神と同列の存在はいないとされています。唯一神の名は「ヤハウェ」や「エホバ」と呼ばれており、慈悲深くも厳しい全能の存在と考えられています。
 旧約聖書でモーセは「偶像崇拝をしてはならぬ」と神をかたどった像を破壊しましたが、キリスト教のカトリック教は偶像崇拝を否定しておらず、後年の画家たちは「神」の姿を何枚も描いています。神は豊かなひげを生やした賢者風の老人として表現されることがほとんどで、それは神との仲立ち人である教皇の影響がみられたり、異教の主神の雰囲気を思わせる厳格な姿を思わせる場合もあります。
 では、父なる神の西洋絵画13点をご覧ください。


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「ファン・エイク兄弟作  ゲントの祭壇画  1432年」
エイク兄弟の最高傑作として名高い祭壇画の上部に描かれた神。
この作品まで神そのものを象徴性抜きでリアルに表現したものは
ほぼなかったそうです。教皇を彷彿とさせる荘厳な衣服は、
非常に緻密に描かれていますね。美しいです・・・。
Hubert and Jan Van Eyck God the Father

「ドイツ出身の画家作  16世紀前半」
人々の原罪の為に磔刑に処されたキリストを抱き、悠然と構える神。
肩には聖霊を象徴する鳩がおり、三位一体を成しています。
こちらも教皇の衣服をまとっていますね。
God the Father holding the dead Christ, early 16th

ヘラルト・ダヴィト作  1506年」
少し猫背気味の偉大なる神様。ファン・エイク作の神を参考にした
ようなお顔やお姿をしていますね。キリスト教的に考えれば、神が
教皇の服を着たのではなく、教皇が神の服装を真似たというべきでしょうか。
Gerard David 1506

カルロ・ドルチ作  1616-86年」
ちょっとセクシーに見える神様。カメラ目線で、私達に何やら
訴えかけているようです。慈悲深そうな感じでありながらも、
「罪人は地獄へ落ちるよ?」と言っておられるのでしょうか・・・。

Carlo Dolci

パオロ・ヴェロネーゼ作  1528-88年」
鮮やかな金と朱の衣服をまとった、白髪の老人としての神。
私達が想像する「神様」という感じですね。
God The Father By Paolo Veronese

Jacob Herreyns 作  17世紀」
躍動感あふれる威厳ありあまる神。
右手には平和を象徴とするオリーブの冠(?)、左手には
世界を象徴する球体を持っています。球体は「世界の救世主」という
主題でキリストがよく持っていますね。

God the Father  Jacob Herreyns

グエルチーノ作  1591-666年」
世界そのものをじっと眺めている神。その表情は険しげで、
私達の行動を快く思っていないように感じられます。
左の可愛い天使さんがいなければ、大洪水が起こってしまうかも・・・?
Guercino

ロレンゾ・デ・カロ作  1719-77年」
沢山の天使と雲に乗り、下界を見下ろし何かの命令を下した神。
この作品が天井にあったら、神に断罪を下されている気分に
なるのかしら・・・。荒々しくも崇高な作品です。

Lorenzo de Caro

「ドイツ出身の画家作  19世紀」
天使達を従え、空をびゅーんと飛んでいる神。
顔は女性のように柔和で、その姿は可愛らしくさえ見えます。
この神様なら私達を心優しく導いてくれそうです。
German School, 19th God the Father with Angels

「作者不詳  19世紀」
象徴性や他の付属品は一切なく、神様の肖像画という珍しい作品。
慈悲深く装飾めいた神とは異なり、ゼウスを思わせるいかついお顔を
していますね。睨んでいる先は何なんだろう。恐いなぁ・・・。
19th God the Father

ポンペオ・バトーニ作  1779年」
聖霊の鳩を従え、髪と髭をなびかせ私達に何かを説こうとする神。
背景の△は始まり、中間、終わりを示し、三位一体としても構成
されています。個人的に好きな作品です^^
Pompeo Girolamo Batoni 1779

「作者不詳  18世紀」
神が聖母マリアを描くという驚きの作品。推測ですが、「御子である
イエスを受胎させる女性は彼女にしよう!」と神が真理眼でマリアを
描き、天使ガブリエルが「私が行ってまいります」と言った
感じでしょうか。おお、しかもこの神左利きだ・・・。
The Immaculate painted by the Eternal Father, Anonymous, XVIII

「作者不詳  18世紀」
こちらも神が聖母マリアを描いている作品。シチュエーションは
上記と同じですが、描かれたマリアは褐色の肌をしているようです。
これはメキシコのグアダルーペで聖母マリアの出現の奇跡が起き、
現地の方々に崇拝されてこのお姿になったとされています。
Eternal Father painting the Virgin of Guadalupe Anonymous 18th

 「神=老人」という概念は現代の私達にとってなじみ深いものがあります。色々あるとは思いますが、神様を想像すると老人の姿で思い浮かべる人がほとんどではないでしょうか。
 その源泉はいったいどこから来たのだろうと考えたところ、古代エジプトでは神々は半獣半人の姿で描かれ、あまり老人の姿と接点がありません。私の乏しい知識によると、主神に近い太陽神ラーは痴呆老人になりかけてうっかり人類滅亡させそうになったような気がしたのですが、賢者=老人という繋がりはありませんね。メソポタミア神話も主軸になる老人はいなかったように思います。

 やはり賢者然とした老人というイメージは、ギリシャ神話の主神ゼウスから来ているように個人的に思えます。ギリシャ神話は紀元前15世紀頃にさかのぼると考えられており、旧約聖書がまとめられたのは紀元前7~8世紀のようです。ユダヤ教の神に姿形を与えるのは禁止されており、ヤハウェは概念の存在でした。しかし、イエス・キリストが生まれ、新約聖書が書かれてキリスト教が信仰されるようになり、神に「姿形」が必要になったのです。その時にあてがわれた形が「ゼウスのような思慮深い賢者風の老人の姿」だったのではないでしょうか。そしてそのイメージは北欧神話のオーディンやカレワラのワイナミョイネン、アーサー王物語のマーリンにもみられます。

 この源泉は西方に限った話で今私が考えたことであり、間違っているのかもしれません。(東洋には疎くて・・・)ただもし、当時の偏見の概念が覆り、主神ゼウスの姿が「優しい老婆」の姿であったとしたら、現代の神の姿が穏やかなおばあちゃんで「当たり前」になっていたら面白いですよね^^

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