Supper at Emmaus by Caravaggio, 1601 -

 エマオへの途上と晩餐は、二人の弟子の旅に復活したキリストが同行するという、新約聖書で語られる物語です。
 キリストが復活した日の午後、弟子のクレオパともう一人の弟子はエルサレムからエマオへと向かって旅をしていました。二人は救世主の磔刑と復活の噂について話していました。すると、そこに旅人が現れて二人と共に歩き出します。旅人はキリストその人であったものの、二人は目がさえぎられていて気付きません。旅人が「何のことを話しているのか?」と訊ねて来た為、彼等はその一連の出来事を伝えて「あの方は見当たりませんでした」と言うと、旅人は「預言者の言う事を信用しない者達よ」と答え、彼は聖書に記述されている救世主の話を始めました。

 エマオへと到達しようという頃、旅人は更に進んでいこうとしたので、弟子は「一緒に宿に泊まりましょう」と誘いました。旅人は承諾し食卓に付きます。旅人はパンを手に取り、祈りの賛美を唱え、パンを二つに裂いて彼等に渡しました。その時、弟子たちは彼がイエス・キリストその人だという事を悟ります。はっとした時にはキリストの姿は既に消えていました。彼等は慌ててエルサレムへと引き返し、使徒達にその奇跡を伝えると、「こちらではペトロが奇跡にあった。イエス様は本当に復活なさったのだ!」と大騒ぎになったのでした。
 では、エマオへの途上と晩餐の絵画13点をご覧ください。

PR
 


「アメリカ出身の画家作  18世紀頃」
弟子二人がエマオへと向かう途中、ふらっと旅人がやって来て
彼等と同行します。旅人はイエス・キリストその人であったものの、
二人の眼力では気付く事ができませんでした。
Christ On The Road To Emmaus by American 18th Century

アルトベロ・メローネ作  1516-17年」
「君達は何を話していたのだね?」と聞くキリスト。二人は
「誰だ?」と言った様子で旅人を見ています。
き、キリストがスカートをはいている!?生足!
Altobello Melone – The Road to Emmaus, c. 1516-17

レイロ・オルシ作  1560-65年」
「私達の先生であるイエス様がエルサレムで磔刑にあったのだが、
三日後に墓が空になった。先生は見当たらないのだ」と
クレオパは説明します。すると、旅人はこう返答したのです。
「君達は預言者の言う事を信用しないのか」と。
lelio orsi 1560-65

アロンソ・カノ作   1630年」
旅人はモーセから始まるあらゆる預言者の名を言い、キリストの
復活にまつわる聖書全体を語りました。
こうしているとエマオは目と鼻の先の距離となりました。
possibly by Alonso Cano (Spanish, 1630

ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ作  1308–11年」
旅人の言葉にただならぬものを感じた二人は、先へ行こうとする
彼を引き留め、「もう遅いので共に食事を取り、泊まりましょう」と
提案します。こちらのイエス様は毛皮を着ておられる様子。
Duccio, 1308–1311

「イタリアのノヴァーラの小礼拝堂の壁画より   15世紀」
旅人は食卓について早速パンを手に持ち、祝福して二つに裂き、
二人に手渡しました。その時、二人の目は突然開かれたのです!
「うわぁー!帽子を被ったイエス様だ!」
oratory in novara 15th

ローラン・ド・ラ・イール作  1656年」
目の覚めるような鮮やかな青い衣服を着て、微笑んだ様子で
パンを引き裂くキリスト。弟子二人は気が動転しているようです。
laurent de la hyre 1656

「ティントレット作  1518-94年」
こちらは険しい表情でパンをぱかっと分けているキリスト。
「私はイエス様自身にあんな事言っちまったのかー!Oh,No₋!」と
クレオパらしき人物は後悔している様子。足元の棒と机の足の
交差が何やら意味ありげですね。謎が隠されているとか・・・。
Jacopo Tintoretto - The Supper at Emmaus

「ディエゴ・ベラスケス作  1620年」
虚空を見つめ、パンを手に持つキリスト。手の甲には磔刑された
際の釘の跡がありますね。手前の弟子が小柄なのか、
キリストが大柄なのか・・・。
diego velazquez 1620

ピエール・レオーネ・ゲッツィ作  1674-1755年」
優しげな顔でパンに祝福を捧げるキリスト。給士する少年も微笑みを
浮かべています。その反面、弟子二人は「え、まさか・・・」と
言った感じの複雑な表情を見せています。

Pier-Leone Ghezzi

「カラヴァッジョ作  1601年」
劇の一幕のような、バロック感漂う大作。弟子の手のポーズや
布や肌の質感、影の具合などまるで絵が浮き出ているようですね。
果物の籠が落ちそうなのを思わず直したくなってしまう。
Supper at Emmaus by Caravaggio, 1601

「マティアス・ストーム作  1600-50年」
蝋燭を中央に置き、暗黒主義(テネブリスム)の雰囲気を前面に
出していますね。「まさか、イエス様!?」と弟子達が気付いた
瞬間、キリストは忽然と消えてしまうのでした・・・。
Supper at Emmaus with candlelight by Matthias Stom

パスカル・ダニャン=ブーベレ作  1896-7年」
パッカーン!とパンを二つに割り、ただならぬオーラを放つキリスト。
弟子のみならず、周囲の人まで祈りを捧げています。
この存在感、即座に消えられるのでしょうか・・・。
Pascal Dagnan-Bouveret 1896-7

 復活したキリストの奇跡を目の当たりにした二人は、急いでエルサレムへと戻り、11名の使徒達に出来事を報告します。すると、使徒達も「ペトロの前に出現された」と口をそろえて言いました。すると、突然その場の真ん中にキリストが現れ、「君達に平和があるように」と挨拶したのです!
 それには一同びっくり仰天。「幽霊なのでは!?」と疑心暗鬼になる使徒達に、キリストは「恐れなくてもいい。手足を触ってごらん」と言い、自ら焼き魚を食べてみせました。それでやっと復活を信じた使徒達にキリストは「私は復活すると言ったでしょう。世界中にその事を伝えるのです。信じる者は救われ、信じない者は神の国へ入れない」と言いました。

 しかし、その場にはトマスはいませんでした。使徒達が顛末を話すと、トマスは「私は実際に見て触れないと信じられぬ!」と言い切ったのです。その一週間後、キリストはトマスの前に姿を現す事になるのでした。その後も故郷ガリラヤでペトロとヨハネ達の前に姿を現し、キリストが天へと昇ったのは復活して40日目のことでした。
 復活してからなかなか時間がかかったのですね・・・。アフターフォローをしっかりと行ったイエス様なのでした。

→ キリストの復活についての絵画を見たい方はこちら
→ 使徒トマスの疑いについての絵画を見たい方はこちら
→ マグダラのマリアに「我に触れるな」と言うキリストの絵画を見たい方はこちら
 


  PR