Alexandre Cabanel - Echo 1874 -

 ギリシア神話に登場するエコーは、女神ヘラの呪いによりナルキッソスに見限られ、声だけの存在になってしまった悲劇の女性です。
 オウィディウスの「変身物語」によると、山のニュムペーであるエコーはゼウスに見初められた仲間を助ける為に、ヘラに対して歌とおしゃべりで時間稼ぎをしました。それに怒ったヘラは、エコーに「自分から話しかけられず、相手の言葉をオウム返しにするだけ」という呪いをかけました。
 その後、エコーは美青年ナルキッソスに恋をしましたが、相手の言葉を繰り返すだけであったゆえに、「退屈だ」とナルキッソスに飽きられてしまいます。酷いショックを受けたエコーはやせ衰え、遂には肉体が消えて「木霊」と化してしまいました。エコーの悲劇に怒った女神ネメシスは、ナルキッソスに「自己しか愛せない」という呪いをかけて破滅させたのでした。
 ナルキッソスをテーマにした絵画だけではなく、エコーを主題にした作品も存在します。では、エコーに関係する絵画11点をご覧ください。

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「Franciscus de Neve の追随者作  17世紀頃」
水面に自らの顔を映しているナルキッソスを見つめるエコー。
彼女はこの時既に「木霊」と化していますが、具現化させている
絵画がほとんどです。二人は決して届かぬ愛に苦しむのです・・・。
Echo And Narcissus Attributed to Franciscus de Neve

チャールズ・ウィルソン・ピール作 1741-1827年」
そっと近寄ろうとしているエコーを、手で制して拒絶している
ナルキッソス。もしエコーが呪われていなかったら、彼は彼女を
受け入れてハッピーエンドになったのかしら。そうであるならば、
神の呪いがすべての元凶・・・。
Echo And Narcissus by Charles Willson Peale

ルイ=ジャン=フランソワ・ラグルネ作  1725–1805年」
水面を覗くナルキッソスを、憮然とした様子で眺めているエコー。
彼女の諦めきれない後ろ髪を引かれる思いが感じられるようですね。
Louis-Jean-François Lagrenée  1725–1805

「フランスの薔薇物語の写本挿絵より  1380年頃」
恋愛作法や教養を盛り込んだ中世書籍の挿絵というだけあり、
物語を変化させちゃっています。自己愛のナルキッソスは無視し、
天におわす神へ祈るエコーさん。
神への愛はすべてのものを超越するのです。←ぇ
French Roman de la Rose c. 1380 Manuscript

「フランス出身の画家作  19世紀頃」
一見「二人で水面を見ようね♪」とラヴラヴな情景に感じますが、
二人は水面に映るナルキッソスのみを眺めており、「一方通行」と
いう皮肉に彩られている作品です。背後の怒るクピドも恐いです・・・。
French School Echo and Narcissus Staring Into Narcissus

ソロモン・ジョセフ・ソロモン作  1895年」
こちらも「距離は近いけれども、決して心通じ合わない二人」を
表現しておりますね。水面に夢中なナルキッソスを必死に見上げて
います。こんなひたむきな美女を無視するなんてもったいない・・・。
Narcissus and Echo”, 1895 by Solomon Joseph Solomon

「ガイ・ヘッド作  1795-8年」
神話ではなく、「エコー」そのものを擬人化したような優雅な作品。
そのまま風に乗って漂い、ナルキッソスの悲劇は忘れて
もっと素敵な男性を見つけて欲しいですね。
Echo Flying From Narcissus” by Guy Head 1795-8

「アレクサンドル・カバネル作  1874年」
耳に両手を当て、必死に言葉を紡ごうとしているエコー。
しかしその口からは繰り返しの言葉が発せられるのみ・・・。
断崖からの訴えがこちらまで聞こえてくるようです。
Alexandre Cabanel - Echo 1874

レオ・ポール・ロバート作  1878年」
異国風の衣装に身を包んだエコーが、私達の声を反響させて届けて
いるようです。この作品の彼女はどこか吹っ切れた様子ですね。
Echo by Léo-Paul-Samuel Robert 1878

タルボット・ヒューズ作  1900年」
こちらの豪華な衣装を身に着けたエコーは、耳を澄まして自らへ
向けた声がないかを探しているようです。周囲にはナルキッソスが
変化したとされている、スイセンの花が咲き乱れています。
Talbot Hughes - Echo - 1900

ロバート・ペイトン・リード作  1905年」
木漏れ日の中、穏やかな表情で耳に手を当てている女性。
ぱっと見ではエコーと分かりませんね。ただ、彼女の髪飾りと、
背後にはスイセンの花が。どれだけの年月が経ったとしても、
彼女は愛しい人の声を聴こうと耳を傾けているのでしょうか・・・。
Robert Payton Reid 1905

 近代にいくにつれて、ギリシャ神話の恋に破れたエコーというよりも、エコー(反響)の現象そのものを擬人化したというような風情の作品がありますね。可哀想な展開を迎えてしまったエコーさんは、日本語で言うと「やまびこ」。調べたところ、日本の鹿児島県の民話に「やまびこになった男の子」というお話がありました。

 …―昔々あるところに、意地悪な継母にいじめられている男の子がいました。継母はいつも彼に無理難題を吹っ掛けます。ある日継母は「山へつる草をとってこい!」と命じました。男の子がつる草を沢山採っても、「これじゃない!」と怒って山へ追い出すのです。男の子が途方に暮れて山で泣いていると、眼前に老人が現れました。男の子が事情を話すと、「もう帰らなくていい。君を山の神にしてあげよう」と言って、老人は彼をやまびこにしたのでした。

 やまびこになった男の子は山で走り回ったり、イタズラをしたりと楽しく暮らしたそうです。もし、ギリシャと日本の「エコー」が出会ったなら、年齢差はあるものの、世間の苦しみを知る者同士、仲良くできそうな気がしますね。もうエコー同士、国際結婚をしたっていいじゃないですか!エコーさん、ナルキッソスを忘れて幸せになりましょう!
 ・・・と思ったのですが、エコー同士って会話にならないじゃないですか^^; もし一言目が発せられたとしても、永久に同じ言葉を繰り返すという事態に・・・。いや、それも愛のカタチですね!←ぇ

→ ナルキッソスについての絵画を見たい方はこちら


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