メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

絵画

医療占星術についての写本14点。12星座の生物が人体に乗っかるシュールな挿絵

Très Riches Heures du Duc de Berry 15th -

  中世の時代、、病気の患者に医療と占星術が結びついた治療を行っていました。それは医療占星術(メディカルアストロロジー)と呼ばれ、患者の星座と現在の星の位置を考慮したうえで、診断や治療が為されたそうです。
 星座は人体の部位と関連しているとされ、一見して分かるように人体に12星座がくっついたかのような「獣帯人間(zodiac man)」という特殊な絵が描かれました。頭には羊が置かれ、肩には二人の男女、胸にはカニが配置されていますね。その部位に置かれている動物(人)が該当する星座とされ、特に健康面において気を付ける箇所と言われています。以下が一覧となります。

4月 牡羊座・・・頭部
5月 牡牛座・・・首
6月 双子座・・・肩、腕
7月 蟹座・・・胸
8月 獅子座・・・心臓
9月 乙女座・・・腸
10月 天秤座・・・腰
11月 蠍座・・・生殖器
12月 射手座・・・大腿、尻
1月 山羊座・・・膝
2月 水瓶座・・・ふくらはぎ、足首
3月 魚座・・・足、足の裏

 私は天秤座なので、特に腰に気を付けなければならないということですね。これから紹介するゾディアックマンを見ていただくと、腰の部分に天秤が描かれているのが確認できると思います。まだ腰は痛めていませんが、将来ぎっくり腰にでもなるのかな?気を付けなくちゃ・・・(^^;)
 では、これらを踏まえながら医療占星術のゾディアックマンの写本挿絵14点をご覧ください。閲覧注意風の部分がありますのでお願いいたします。

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ヒエロニムス・ボスの絵画を赤外線にかけたら新発見が!下地を赤裸々に見せます

Bosch 表紙

 2016年はヒエロニムス・ボスの没後100年の節目に当たり、様々なボスのプロジェクトが持ち上がりました。この赤外線の調査もその一環で、色を塗った下にあるモノクロの下地(グリザイユ)の部分が調べられました。(X線でも調べられました) すると、描かれていなかったものが浮かび上がった作品があったのです!
 もう2018年にもなって紹介が遅れてしまいましたが、赤外線によりスケスケになったボスの絵画をご覧ください。変化がないものと変化があるものがございます。では、レッツ、スケルトン!


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テオドール・ジェリコーの絵画14点。馬や事件、狂人を描いて迫真性を追究した画家

Theodore Gericault 1818 - コピー

 テオドール・ジェリコー(1791-1824)は、フランスのロマン主義の画家です。現実の事件や馬や人物画の迫真性を重視した画風で、ロマン派の先駆者とされています。ドラクロワに影響を与えました。
 彼は北フランスのルーアンで生まれ、5歳の頃にパリへと引っ越しています。弁護士の父は画家を志すことを反対していましたが、ジェリコーは夢を諦めきれずに17歳の時にカルル・ヴェルネの元へ弟子入りをしました。ヴェルネは馬や騎馬像の第一人者と呼ばれた人でありましたが、ジェリコーは馬の躍動感、迫力を求めており、師の描く馬は迫真性が足りないと思っていたそうです。その後、彼は一年間ピエール・ナルシス・ゲランの元で修行し、それからはルーブル美術館へ足しげく通って巨匠の作品を参考にするようになりました。
 
 21歳のジェリコーは作品をサロンに出品し金賞を取り、二年後にも作品を出しています。イタリアに旅行に行った後に大作「メデューズ号の筏」を出品したものの、実際の生々しい事件をとり扱っていた為に、母国には受け入れてもらえませんでした。その後二年間イギリスへと滞在し、画力を尚も高めました。しかし、二度に渡る落馬が原因でカリエス(脊髄結核)という病気に罹ってしまいます。フランスに戻った後は、精神異常の方を題材にした10作の連作を手掛けたものの、1824年に病状が悪化してしまい、32歳の若さで命を落としてしまったのでした。
 では、テオドール・ジェリコーの作品14点をご覧ください。閲覧注意の絵画がありますのでご了承ください。

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ロミオとジュリエットの絵画13点。悲恋の代表作とも言える、シェイクスピアの戯曲

Romeo and Juliet  Mather Brown -

 ロミオとジュリエット(ロメオとジュリエットとも)は、16世紀後半に書かれたシェイクスピアの戯曲です。
 14世紀のイタリアのヴェローナが舞台。神聖ローマ帝国の皇帝フリードリヒ2世と、ローマ教皇グレゴリウス9世は互いに対立しており、皇帝派と教皇派に分かれて熾烈な戦いを繰り広げていました。モンタギュー家とキャピュレット家もその例に漏れず、互いを憎み合っていました。

 モンタギュー家の息子ロミオはある日友人と共にキャピュレット家に侵入し、ジュリエットと出会います。たちまち恋に落ちた二人は修道士ロレンスの元で結婚の誓いを立てます。しかし、そのすぐ後にロミオは争いに巻き込まれ、親友を殺されたロミオは怒りのあまり、キャピュレット夫人の甥を殺めてしまいます。そのせいでロミオは都市を追放され、ジュリエットはヴェローナ大公の親戚パリスと婚姻を勧められるも拒否した為、家から勘当されかかります。

  困ったジュリエットはロレンスに助けを求めます。修道士は「薬で仮死状態となって葬られ、迎えに来たロミオと共に此処から逃げなさい」と提案しました。それに賭けた彼女は2日間仮死になる薬を飲み、霊廟に葬られました。しかし、ロミオへの伝達が上手くいかずに彼はジュリエットが本当に亡くなったと思い込みます。そして毒をあおって息絶えてしまったのです。仮死状態から目覚めた時、ジュリエットはロミオの亡骸を発見し、自分も短剣で胸を刺して生を終えたのでした。この痛ましい事件があり、いがみ合っていた両家は和解をしたとされています。
 悲恋の代表格ロミオとジュリエットの絵画13点をご覧ください。

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盗賊(強盗)の絵画13点。旅人や貴族の身ぐるみを剥ぐ、西洋の追い剥ぎの悪しき姿

David Vinckboons, The Nest Robber 1576-1632 -

 土地が開拓されていなかった時代、都市から都市への移動は命がけの行為でした。自然の猛威や猛獣なども危険で気を付けるべき存在ですが、最も厄介な存在は盗賊(追いはぎ)達でした。彼等は何名かでグループを作って旅人を狙い、凶器で脅して身ぐるみを全て奪うのです。
 山の中に拠点を置いて通行人を襲う盗賊を山賊、海で船を使って他の船を襲撃する盗賊を海賊と呼び、戦争に参加した傭兵も強盗に変貌することがありました。旅の途中の農民や貴族を襲うだけではなく、村まるごとを襲い、略奪するものも現れました。そうなったら人々は逃げるしかなく、全てを奪い尽くされてしまうのです。
 北方ルネサンスや近代の画家が描いた、強盗の絵画13点をご覧ください。

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中世の悪魔についての絵画13点。西洋人が描きだした、シュールでゆるい悪魔の姿

Hellmouth, 1461, Jacobi de Ancharano (alias de Teramo) -

 神に反逆し人間を誘惑する者、悪魔。
 悪魔という概念は古くから存在し、キリスト教が成立する以前のゾロアスター教などの宗教でも、神に敵対する邪悪なる者がいると考えられてきました。キリスト教における悪魔は「神に謀反したルシファー側に付いた天使が地獄に落とされて堕天使となり、悪魔となった」と一般的にはされていますが、キリスト教に反する土着信仰や多神教の神々なども悪魔として数えられるようになりました。中世時代の人々は悪魔を「山羊のような角とコウモリのような羽、身体の所々に顔が付いている人間と獣が混じったかのような姿」と考え、様々な個性的な悪魔を描きだしたのです。
 では、中世時代の悪魔の姿13点をご覧ください。

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アンドロギュノス(両性具有)についての写本挿絵13点。錬金術における完全体の象徴

Buch der heiligen Dreifaltigkeit ale, Beinecke, Mellon 1700

 古代ギリシャやエジプトで興り、中世ルネサンス時代に発達した、卑金属から金を錬成する術を探る錬金術。
 錬金術師の目標は金を生み出すだけではなく、対立している両極性の統合、完全性の入手にありました。男女や善悪、太陽と月。世界の全ては両極性を含んでいるとされ、それを統合して初めて完全を得ると考えられていたのです。

 男女を統合して完全体になった存在は「アンドロギュノス(両性具有)」と呼ばれ、究極の真理とされてきました。錬金術の世界においてアンドロギュノスの姿は半分が男性で半分が女性の姿をした王の姿で描き、一対の翼を持ち、龍を踏み付けたり、定規や蛇、盃などを手に持っています。また、この存在はレビス(Rebis)とも言われ、ラテン語で「2つの部分から成る者」の意味を含んでいます。
 では、錬金術における完全体アンドロギュノスについての挿絵13点をご覧ください。

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あくびをする人の絵画13点。眠たい、退屈を示すあくびは案外画家に描かれていた

men yawning. Credit Luigi i Montejano  1850 -

 人間の生理現象である「あくび」。
 眠たい時、退屈な時、疲れた時、緊張した時、車に酔った時など、様々な場面であくびは出てきますよね。あくびのメカニズムはまだ完全に解明できておらず、肺の酸素の交換や顔面のストレッチ、内耳の圧力を調整しようとする、脳の温度を調節しようとするという説が考えられているようです。個人的には内耳の圧力と脳の温度が関係していそうな気がします。(車酔いが激しい人の意見ですw)
 ネットで絵画を見ていた時にたまたまあくびをしている人の絵画を発見し、他にも調べてみたら面白い作品が幾つかあったので記事にしてみました。
 では、あくびをする人の絵画13点をご覧ください。


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アリストテレスの絵画13点。ギリシャの哲学者であり、アレクサンドロス大王の師匠

Rembrandt - Aristotle with a Bust of Homer  1653 -

 アリストテレス(前384-前322)は古代ギリシャで活躍した哲学者です。
 プラトンの弟子であり、プラトンの師匠であったソクラテスと共に西洋最大の哲学者として数えられています。哲学だけではなく、形而上学、倫理学、政治学、宇宙論、自然学(物理学)、気象学、生物学、詩学、演劇学、心理学など多岐に渡る研究により、「万学の祖」と呼ばれています。アリストテレスは人間の本性が「知を愛する(フィロソフィア)」であると考え、それが哲学(フィロソフィー)の語源となりました。また、彼はマケドニア王アレクサンドロス大王の師でもありました。

  トラキア地方のスタゲイロスに生まれたアリストテレスは、幼少期の時に両親を亡くし、義兄の元で暮らしました。十代後半の時にアテナイへ行き、プラトンが主催する学園アカメデイアに学徒として入門します。その20年後にプラトンが亡くなると、アリストテレスは学園を辞めて学友ヘレニアスの勧めでアッソスの町へ行きます。そこでヘルミアスの姪であるピュティアスと結婚し、紀元前342年頃にはマケドニア王の招へいによりアレクサンドロスの教師となりました。

 彼がアレクサンドロス大王となって即位すると、アリストテレスはアテナイへ戻って学園「リュケイオン」を開設しました。かつてのプラトンと同じように、アリストテレスは弟子を呼び、様々な議論を交わしたのです。しかし、紀元前323年にアレクサンドロス大王が死去すると、状勢が不安定となった為に彼は母方の故郷エウボイア島のカルキスに移動しますが、病に倒れて62歳の生涯を閉じてしまったのです。
 アリストテレスの絵画13点をご覧ください。

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アルカディアの絵画12点。ギリシャの牧歌的な土地を夢見た楽園。しかし理想郷は…

Nicolas Poussin, Shepherds of Arcadia 1637 -

 アルカディアはギリシャのペロポネソス半島の中央に位置する地域名であり、後に楽園やユートピアであるという伝承が広まり、理想郷を指す言葉として使われるようになりました。名称はリュカオンの娘カリストとゼウスの息子であるアルカスに由来します。(小熊座となった息子さん。アルカディアの王となったという伝承もあります)
 実在のアルカディアは前4世紀頃にメガロポリスが建設され、牧畜を生業として生活していましたが、農耕に適さない貧しい山岳地帯であったそうです。牧歌的な美しい風景の中で牧畜をする生活が、後世の人々には理想郷だと映ったのだと思います。現代においてもアルカディアは存在し、ギリシャの古代アルカディア地方とエーゲ海沿岸の土地を含め、アルカディア県としているそうです。

 画家は理想郷アルカディアを想像し、緑あふれる美しい景色を描きました。しかし、中には「理想郷であっても人間の摂理は変えられない」という皮肉めいた作品を残す者も・・・。
 では、アルカディアの絵画12点をご覧ください。

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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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