メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

絵画

海上を歩くキリストの絵画12点。暴風荒れる中しずしずと進み、使徒ペトロを導く

Juius Von Klever

 十二使徒と共に宣教し、徐々に信徒を増やしてきたイエス・キリスト。
 彼は少しのパンと魚で4~5000名程の群衆を満腹にさせる、という奇跡を行うと群衆はどよめきました。「彼こそ救世主メシアだ!王にしよう!」と。「世界を我々のものにしよう!」と言い出すものもあらわれました。キリストは群衆の邪な考えを感じ、人々を解散させて弟子達に船に乗り、ガリラヤ湖を渡ってカファルナウムへ行くように言いました。キリストは一人山に登り、神に祈ります。

 弟子達の乗った船は湖の真ん中あたりまできました。天気が悪く波はうねり、進むのに一苦労です。その時、使徒の誰かが「幽霊だー!」と叫びました。見ると、暗闇の水面に何者かが近づいてきます。皆、大パニックです。
 すると何者かは「安心しなさい。恐れることはありません」と言いました。ペトロ(ペテロ)は勇気を振り絞り「主よ。水上を歩けるよう、命令してください」と答えました。ペトロはゆっくりと水上を歩いてキリストの元へ行こうとしますが、暴風を感じて怖くなってしまった途端、沈み始めてしまいます。「主よ!」とペトロが助けを求めると、キリストは彼の手を掴み「信仰の少ない人よ、疑いに負けたのは何故ですか?」と問いかけました。
 二人が船に乗り込むと、暴風がやみました。船はするすると岸へと近付いていきます。弟子達はその奇跡に驚き「確かにあなたは神の子です」と敬意を表しました。
 海上を歩くキリストとペトロの絵画12点をご覧ください。

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時の翁(クロノス)の絵画9点。大鎌を携え、若さを無情に刈り取る翼を持つ老人

Artus Wolffort - Chronos 1596-1641 -

 時の翁(クロノス)は大鎌や砂時計を持つ老人の姿で描かれ、現生の時間的な虚しさを象徴しています。
 クロノスは「時」を意味し、ギリシアの神とされています。紀元前6世紀頃の思想家シュロスのペレキデスによって言及されました。ゼウス達の父親であるクロノスは(ローマ神話ではサトゥルヌス)とは全く別の神であるものの、後世に混同されてしまい同様の姿として描かれています。クロノスは寓意画を表現する為に描かれる場合が多く、若さを象徴するヴィーナスやキューピッドなどと一緒に描かれます。
 時の翁(クロノス)にまつわる絵画9点をご覧ください。

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瀉血(しゃけつ)の絵画12点。有害物が排除されると信じ血を抜く、迷信深き治療法

Jacob Toorenvliet 1666 -

 瀉血(しゃけつ)というのは、病気を治す為に身体に溜まった有害物を排除しようと、血を抜くという治療法です。中世、近世のヨーロッパやアメリカで盛んに行われました。
 医学的知識が乏しかった当時、どんな病気であっても「身体から膿(うみ)を出すように、血を出せば治る!」と思う医者が多かったようで、熱や下痢など、なんでもかんでも瀉血を施したそうです。発祥はギリシアからとされており、怪我や打撲、骨折の部分を切開し炎症をなおしたり、頭痛が起こるとこめかみを切開して痛みを軽減させようとしました。衛生的にも不十分であったため、感染症を引き起こしたり、瀉血のしすぎで患者を弱らせ、絶命させる原因になったりしたそうです。

 一部の治療法には有益ですが、「瀉血をしたら病気が治る」という医学的な根拠はまったくありません。それでも当時の人々は瀉血を信じ、病気を治そうと医者に血を抜いてもらいに行っていたのです。
 では、瀉血に関する絵画12点をご覧ください。
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つけぼくろの絵画13点。小さい一つじゃ足りない。ほくろだらけの近世のお化粧

Portrait of Mademoiselle Guimard ballerina Frederic 18th -

 泣きほくろや口元のほくろはどこかセクシーに感じられ、あったらいいなぁと思う人もいるのではないでしょうか。ただそれはワンポイントで、いっぱいはいらない人が殆どのはず。
 16世紀~18世紀末のイギリスやフランスなどのヨーロッパの上流階級で、「パッチ化粧(つけぼくろ)」というものが流行りました。それは顔にウールや絹、ビロードで作られたほくろをいくつも貼るというもの。ほくろだけではなく、星や月のマークなどなんでもありです。ほくろというよりも、フェイスペイントに近いものかもしれません。もともとは軟膏やおできなどの痕を隠す為に使用されていましたが、「白い肌が目立つ為の手段」というお洒落の一つとなったそうです。老若男女とわず人気となり、なんと聖職者も流行に乗っちゃった人がいたとか。
 では、つけぼくろに関する絵画13点をご覧ください。

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三人の生者と三人の死者の絵画10点。死が運命を告げる、メメント・モリの一種

Book of Hours, France Paris 1480 –90 -

 ある日、貴族(権威者)は蓋の空いた棺を見つける。その棺から三人の死者が現れ、私は教皇、枢機卿、法律家だったと言い、彼等はこう厳かに告げる。「君達も私達のようになる運命だ」とー・・・。
 この物語は「死の勝利」や「死の舞踏」と同様に、「メメント・モリ(死を思え)」の思想を表現した一つの主題です。人はどのような立場にいても命を落とす。死は必ず訪れるのだから、生前の行いをかえりみよう。という意味が込められています。東方に起源があるとされており、十字軍によってヨーロッパにもたらされ、13世紀頃にフランスを中心にして広まっていきました。
 では、三人の正者と三人の死者、もしくは三名の死者の絵画10点をご覧ください。
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双子の西洋絵画13点。うり二つの姿で生を授かった双生児の微笑ましき肖像画

Portrait Twins Clara and Aelbert de Bray 1646 Salomon de Bray -

 一度の妊娠で二人の命を授かる双子。双子には一卵性と二卵性がありますが、一卵性双生児が生まれる確率は約0.4%、二卵性双生児が生まれる確率は約0.2~1.6%であるようです。
 古代の西洋では、双生児は特別な力を持つとも考えられていました。 ギリシャ神話のアポロンとアルテミスやカストルとポルックス、ローマ建国神話のロムルスとレムス、旧約聖書ではエサウとヤコブ、一説にはミカエルとサタンが双子とされています。双子は遺伝子が同じ、もしくは類似している為によく似た性質を持つものの、時には互いに反目する存在として見られています。
 そんな神秘的な側面を持つ双子ですが、彼らをこよなく愛した家族は、たくさんの肖像画を現代に残しています。では、双生児の肖像画13点をご覧ください。一部なんか違うのもありますのでご了承ください^^;
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トロンプ・ルイユ(だまし絵)の絵画13点。視覚と常識の裏切りに挑戦した錯視の世界

Escaping criticism-by pere borrel del caso 1874 -

 トロンプ・ルイユ(騙し絵)は、平面を本物の三次元世界に見せかけたり、物体の形体を物の寄せ集めで表現したり、鑑賞する角度によって絵が変化したりする、錯視を利用した技法のことを指します。「トリックアート」と呼ばれる事もあります。
 騙し絵の起源は古代ローマとされ、庭園や部屋を飾る装飾画として用いられていたそうです。絵画では15世紀頃のフランドルにおいて静物画に使用され、壁面にあたかも紙や物が貼りつけられていたり、棚に物が入っていたり、リアルな木目を表現したりと、2次元の支持体において本物そっくりに3次元の生活用品が描かれました。また、宗教画において彫刻像もだまし絵として表現されることがありました。

 17世紀頃のイタリアでは、天井画の装飾に騙し絵が用いられました。装飾を逐一彫り上げるのは費用や手間、管理も大変な為、より豪華絢爛に感じさせようと本物の装飾に見えるように絵画で描かれたのです。20世紀に入り、新しい手法のだまし絵が生まれます。代表的なのは3次元ではありえない建築物を描いたエッシャーや、白黒の形の視点を変えることにより、違う図柄が浮かび上がるルビンの壺があります。
 この記事においては「平面に本物であるかのような物体を描く」作品ばかりを掲載しました。ご了承ください。では、古典的なトロンプ・ルイユの絵画13点をご覧ください。


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スケートする人々の絵画13点。凍り付いた運河や湖で華麗に滑走し、楽しむ人々

Children Skating by Tarrant, Percy 1883-1904 -

 凍り付いた運河や湖の上を颯爽と滑るスケート。
 その歴史は旧石器時代の北欧までさかのぼることができるようです。寒さが厳しい冬の最中、人々は移動時間を減らす為にソリやスキーと共に、スケートを用いていました。中世以降になると運河の多いオランダやイギリス周辺でスケートの文化は発展していき、移動手段だけではなく、スケートをすること自体が人々の娯楽になっていきます。オランダの貴族は両腕を組んで背筋を伸ばす滑り方が流行し、「いかに優雅に滑るか」が重視されました。その滑走法は「ダッチロール」と呼ばれ、ヨーロッパの各地に広まっていきました。それがフィギュアスケートの原点であるそうです。
 では、楽しそうに滑る人々、そして優雅にダッチロールをする貴族達のスケートの絵画13点をご覧ください。

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悪女フリートの絵画9点。地獄へ踏み込み怪物を蹴散らす、フランドル地方の強き女

Pieter Brueghel - Dulle Griet

 「悪女フリート」は意地の悪い女や激怒する女などを象徴した、フランドル地方(オランダやベルギー)における諺をもとにして生じた存在です。フリートは恐い女を凝縮して概念化した存在だと思っていただければいいと思います。
 15~6世紀頃のフランドルは男性優位社会ではありましたが、女性も負けてはいませんでした。男性からの抑圧や軽視に猛然と反抗した者もいたのです。男性達はそんな女性に恐れをなし、以下のような諺をつくりました。

「彼女は地獄の前で略奪し、無傷で戻ってくる」、「地獄に行くなら剣を持って行け」、「クッションの上で悪魔を縛る」、「地獄から戦利品を持ち帰ろうとする者は、悪女を連れて来るのがよい」、「女はひとりでも騒々しく、二人で多くのトラブルを、三人寄れば大祭り、四人で喧嘩、五人揃えば軍隊、六人いれば悪魔も戦う武器を知らない」
―wikipediaより

 地獄も悪魔もなんのその。悪魔なんか赤子の如く片手で一ひねり状態ですね^^; フリートの源泉はギリシャ神話の復讐の女神であり、「きちがいグレーテ」や「気狂いメグ」などとも呼ばれています。画家のピーテル・ブリューゲル(父)はそんな「悪女フリート」の風刺絵画を手掛けました。その影響があったのか、後年の画家によって同テーマの作品が数枚描かれております。
 では、悪女フリートについての絵画9点をご覧ください。

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眠る子供の絵画13点。天使やクピド、イエス、死などの象徴として眠る無垢な子供達

Sleeping Angel Leon Basile Perrault -

 すやすやと気持ちよさそうに眠る幼い子供。多くの人はその子を愛らしく感じ、世間の垢にまみれていないピュアな存在であるように思うのではないでしょうか。幼い子供は現代でも純粋無垢の象徴とされていますね。
 それは過去の西洋でも同様で、子供は純粋の象徴として、神の使いである天使や、愛を司るギリシャ神話の神クピド、人類の罪をあがなったイエス・キリストの化身として描かれることがあります。そして、無防備な「眠り」も無垢に結び付けられ、眠る子供というテーマが何名の画家によって描かれました。

 また、子供は誕生したばかりの存在として「生」の象徴とされる反面、出生して直ぐに命を落としてしまう可能性がある、もしくは生の表裏によって「死」のテーマにも登場します。眠る子供は死と結びつけられ、頭蓋骨や砂時計、花などと共に描かれました。
 では、様々な象徴となって眠る子供の絵画13点をご覧ください。

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プロフィール
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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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