メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

絵画

決闘(一騎打ち)の絵画13点。プライドや愛を守るため、命運を賭けた二者の激闘

Emile-Antoine Bayard (1884) - An Affair of Honor -

 決闘は決められたルールのもと、二人が武器を使って命を賭けて戦い合うことです。
 はじまりはゲルマン民族の伝統とされており、6世紀頃には制度となっていました。法律では解決できなかった事件や、名誉挽回の為に決闘を申し込んだのでした。時代や国により条件は異なりますが、申し込まれた決闘を断る事は「いくじなし!」と周囲から後ろ指を指されてしまうので、受託しなくてはなりませんでした。武器は剣や短剣、近代では銃を使いました。どちらかが戦意喪失すれば決闘が終わりということもあれば、どちらかが死ぬまで決闘が終わらないこともあり、敗者は処刑するという恐ろしいルールの場合もありました。

 西洋では15~16世紀に合法的な決闘は廃れ、決闘裁判はほぼ行われなくなりましたが、個人的な決闘はたびたび起こっていたそうです。フランスではアンリ四世の統治中、年平均235人が命を落としたとか。多いじゃないですか・・・。数は少ないものの女性間でも決闘は行われたそうです。
 では、決闘の絵画13点をご覧ください。

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トーナメント(馬上槍試合)の絵画13点。中世に流行った騎士による命がけの真剣勝負

Lord Eglinton Lord Tournament Edward Henry Corbould 1840 -

 トーナメント(馬上槍試合)は中世時代に流行った、騎士の技術を争う模擬戦です。
 日本語では馬上槍試合と言われていますが、団体戦や個人戦、馬上戦から徒歩戦、槍以外の武器の使用など様々なバリエーションがありました。団体戦はトゥルヌイ、個人戦はジョストと呼ばれています。「実技の練習や勇敢さをアピールする軍事演習」という名目ではありますが、初期の段階では命を落とす者が数十人単位で出たり、倒した相手の武具や馬を奪ったり、捕虜にして身代金を要求するという事が行われていました。時代が経るにつれて、騎士道精神が考えられるようになり、形式化されていきました。

 トーナメントは12世紀に人気を博して西洋中で行われていました。しかし、過度の人気ぶりに騎士の本来の仕事である「国や宗教の防衛」がおろそかになったり、死者が出たりすると、各地で「トーナメント禁止令」が出はじめます。13世紀になるとトーナメントの一部であった一騎打ち形式のジョストが盛んに行われるようになり、トーナメントから分離するようになりました。14世紀になるとトーナメントは廃れ、ジョストだけが生き残りました。イングランドでは1342年に、フランスでは1379年に催されたのがトーナメントの最後でした。一方、ジョストは17世紀頃まで残り続け、一時は廃れたものの現代まで伝統が伝えられています。
 では、トーナメントについての絵画13点をご覧ください。

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聖家族の絵画13点。幼子イエスと聖母マリア、ヨセフを中心に様々な聖人が集う作品

Joseph Paelinck 1781-1839 -

 聖家族はキリスト教美術のテーマの一つであり、幼子イエス・キリストと聖母マリア、養父ヨセフが描かれている場面の事を指します。彼等以外にもマリアの母アンナや洗礼者ヨハネ、その他の聖人達が加えられている場合もあります。
 幼少期のキリストの記述はそれほど聖書上にはありませんが、「キリストの降誕」や「東方三博士の礼拝」、「エジプトの逃避と滞在」等の物語を基盤にして、キリストとマリア、ヨセフの三名は「家族」の理想的な原型として考えられるようになり、聖家族というモチーフは生まれました。また、「エジプトの逃避と滞在」のテーマも聖家族の一体系とみられる場合もあります。聖家族の作品は15~17世紀のルネサンス、バロック時代に描かれ、今日でも数多くの作品が残っています。
 では、聖なる息子とご両親、聖人達が集まった聖家族の絵画13点をご覧ください。

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化粧するヴィーナスの絵画13点。鏡を見つめ、侍女に身支度をさせる美を司る女神

The Toilet Of Venus by Peter Paul Rubens -

 化粧するヴィーナス (The Toilet of Venus) は、ルネサンスからバロック、ロココ時代に流行った絵画テーマです。
 化粧をしているのではなく、鏡を見たり、キューピッドや侍女に身だしなみを整えさせている美の女神ヴィーナスとして描かれることが多いです。原題の「Toilet」 はトイレという意味ですが、「身だしなみを整える」という意味としても使われ、身支度をしていることを指します。古代ローマの時代から身だしなみを整える女性の絵画は存在しており、それが派生して美しさの象徴であるヴィーナスに変化したのだと思われます。
 よく似た題名に「鏡のヴィーナス(Venus with a Mirror)」 がというものがあり、鏡に顔を映して身支度するヴィーナスの絵画に使われます。これらは時として混同されて用いられており、この記事では同一として紹介させていただきます。
 では、化粧するヴィーナスの絵画13点をご覧ください。

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老人と美女の絵画13点。金品と欲望の皮肉に満ちた、フランドルで流行した絵画主題

Lucas Cranach the Elder. Ill-matched Lovers -

 年の差婚。現代でもあまりにも年の離れたカップルは話題となり、様々な詮索を受ける対象となりがちですね。
 当時の西洋では、現代以上に年の差婚が行われておりました。純粋な恋愛による年の差婚はあまりおらず、国政や貴族の血統の権力によるものだったり、金品や美貌、名誉の為だったりと、欲望が渦巻いていました。
 老人と若い女(不釣り合いなカップル)という主題は古く、古代ローマの喜劇にも存在するとされていますが、16世紀頃のフランドルやドイツの画家達は、その主題を復活させて皮肉を込めた作品として描きました。老人は欲望がこもった目で娘を見て抱き寄せ、娘はお金や宝石を握ってほくそ笑んでいるというのが一般的に多いですが、娘が嫌がっていたり、逆に若い男と老婆という主題も見られます。
 では、老人と若い娘の絵画13点をご覧ください。

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レンブラント・ファン・レインの絵画13点。光と影を追究し、栄誉と転落を味わった画家

Man with a Falcon on his Wrist (possibly St. Bavo) 1661 -

 レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン(1606-69)は、バロック期のネーデルラント(現オランダ)出身の画家です。「光と影の魔術師」という異名を持ち、明暗を強調した画風で知られています。
 8番目の子として生まれたレンブラントは1613年にラテン語学校に入学し、7年後には飛び級でライデン大学へ進学。翌年に画家を志して大学を退学し、歴史画家ヤーコプ・ファン・スヴァーネンブルフに弟子入りして三年間絵画について学びます。更に18歳の時にピーテル・ラストマンに弟子入りし様々な技法を学びました。

 レンブラントは自宅にアトリエを構え、製作にかかりました。同様にラストマンに師事していたヤン・リーフェンスとも知り合い、切磋琢磨しながら技術を向上させ、1628年には弟子を指導するまでになりました。技法研究に熱心であった彼は版画も手掛けるようになり、名声が世に広まってきました。1630年にレンブラントは故郷からアムステルダムへ移り、画商&画家のヘンドリック・ファン・アイレンブルフの工房を借りて制作を続けます。その後、彼のいとこであるサスキアと結婚し、邸宅を購入して大規模な工房を作ります。

 富と名声を得たレンブラント。しかし不幸も舞い込んできました。生まれた三名の子供は立て続けに死去。末っ子のティトゥスを産んだ翌年には、妻が病気になり亡くなってしまいます。「夜警」を手掛けていた頃でした。妻の看病や息子のお守りの為に雇われた未亡人とレンブラントは愛人関係となり、かねてから行っていた様々な骨董品を買い漁る浪費癖、彼の美術表現と依頼者の希望の乖離により、段々と仕事がなくなり資金が底をついて来ました。

 更に家政婦ヘンドリッキエとも愛人関係となったレンブラントは、未亡人と法廷で争って泥沼状態になります。金が底をついた彼は借金を背負って邸宅を手離し、貧民街に移りました。ヘンドリッキエと成人になった息子ティトゥスがレンブラントを支え、画家として細々と暮らしました。浪費癖の治らないレンブラントは借金と返済を繰り返して生活していましたが、ヘンドリッキエが病死。更にティトゥスも急死。最晩年のレンブラントは彼女との子供コルネリアと質素な暮らしをしながら、ひっそりと息を引き取りました。享年63歳でした。

 なかなか波乱万丈な人生を送ったレンブラントですが、彼の名声は400年後の日本においても褪せることなく輝いています。では、ブログでまだご紹介しておらず、更に独断と偏見で決めたレンブラントの絵画13点をご覧ください。

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夏の夜の夢の絵画13点。人間と妖精が織りなすシェイクスピアのあべこべ恋愛喜劇

Scene From A Midsummer Night's Dream  by Sir Edwin Landseer -

 夏の夜の夢は、16世紀後半にウィリアム・シェイクスピアによって作られた喜劇です。
 貴族の娘ハーミアはライサンダーを愛しているものの、彼女の父親は「許嫁ディミートリアスと結婚しろ!さもなくば死刑か修道女だ!」と言い、その事をアテネの公爵シーシアス(テセウス)に告げます。シーシアスはアマゾン国のヒポリタ(ヒッポリュテ)との結婚を間近に控えており、「結婚式が行われる4日間の猶予をやろう。それまでにどの選択肢が良いか考えるがよい」とハーミアに言い渡しました。恋人達と許嫁、彼女の友人ヘレナの四人は森へと足を踏み入れます。また、6人の職人がシーシアスとヒポリタの結婚式の芝居の練習をする為に、森へと出かけていきました。

 一方、森ではオベロン王とティターニア女王が喧嘩をしていました。オベロンは嫌がらせの為に妖精パックを遣わして、眠るティターニアのまぶたの上に媚薬を塗ってしまいます。それは目覚めて一番に見た者を愛してしまうという効果を秘めていたのでした。パックはこの媚薬をティターニアだけではなくライサンダー達にも塗り、男二人がヘレナを愛してハーミアをけなすという、とんでもないことになりました。パックは職人のボトムをロバ頭に変えてしまい、あろうことか女王は彼を最初に見て恋心を抱いてしまいます。気が済んだオベロンは女王を気の毒に思い、魔法を解いてあげます。この事件でディミートリアスはヘレナを愛すようになり、彼はハーミアの父に頼んで罰を取り消してもらい、ハーミアとライサンダーの愛は認められたのでした。6名の職人も結婚式の芝居を成功させ、パックのお陰で誰もかもが丸く収まり、めでたしめでたしとなったのでした。
 では、夏の夜の夢の絵画13点をご覧ください。

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砂漠と火山噴火の絵画13点。画家が描き出すは、灼熱に彩られた大自然の猛威

Joseph Wright of Derby - Eruzione del 1771 da Portici 1774-6 -

 太古より、地球は地殻変動を繰り返して姿形を変化させてきました。大規模な火山噴火により大陸は海中より姿を現し、森林、草原、寒冷、砂漠など様々な地帯を生み出してきました。
 地球に人類が出現してからも、火山や砂漠などの自然災害は猛威を振るい、時として人類の存在を脅かしてきました。熱気と砂塵が支配する砂漠地帯は人々を暑さや飢えで朽ちさせ、火山噴火は溶岩や煙などで多くの命を奪いました。イタリアのヴェスヴィオ火山は79年に大噴火してポンペイの町を呑み込み、同国にあるエトナ山も17世紀に多大な犠牲者を出しています。日本やインドネシア、フィリピンなどの全国の火山も同様に大噴火が起こり、犠牲者が生まれています。
 そんな砂漠や火山などの自然に西洋の画家たちは魅了され、幾つかの作品が残されています。突如起こり迫りくる自然の脅威と、その中でたくましく生き文明を築いていく人々。
 では、砂漠と火山噴火にまつわる絵画13点をご覧ください。

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薄明光線(レンブラント光線)の絵画13点。天空より柱状に降り注ぐ神秘的な光の表現

The-Storm-on-the-Sea-of-Galilee-Rembrandts-painting -

 薄明光線は雲の切れ目から太陽の光が漏れた時、地上へと光線の柱が放射状に降り注いで見える現象です。逆に雲の切れ目から上空に光が注ぐこともあります。
 薄明光線は地域によって、光芒、天使の梯子、天使の階段、ゴッドレイ、ヤコブの梯子、レンブラント光線と、様々な呼び名があります。「レンブラント光線」という呼び名は、バロックの画家レンブラントが薄明光線を好んで描いたことに由来するそうです。この光線を使用することにより、光と闇のコントラストが明確になって非日常性や宗教的な神秘性の表現が可能になりました。この手法はレンブラントのみならず、何名かの画家によっても用いられています。
 では、薄明光線にまつわる光と闇の絵画13点をご覧ください。

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ペール・ギュントの挿絵12点。野心家が乙女の子守歌に救済されるイプセンの戯曲

Arthur Rackham -Peer before the King of Trolls -

 ペール・ギュントは1867年にヘンリック・イプセンが手掛けた戯曲です。大ほら吹きで喧嘩っ早く、野心家な性格のペールが旅に出て、乙女と出会い、晩年に死のありようを考えて故郷へと帰る物語です。
 ペールは没落した豪農の息子で、母と暮らしていました。しかし元恋人のイングリッドの結婚式の際、彼女をさらって逃げてしまいます。なのにペールはイングリッドを早々に捨て去り、「魔王の国の王女です」と告げた緑の服を着た少女に結婚を申し込みました。「王になれる!」と喜んでいたペールでしたが、彼女はトロルの王女であり、ペールが連れられたのは不気味で恐ろしい世界でした。ペールはなんとか助かり、小屋を作って一人暮らすことにしました。そこに訪ねて来たのは、純情な乙女ソルヴェイグ。二人は結婚式の時に顔を合わせており、彼女はペールを追って来たのでした。しかし、ペールはソルヴェイグにふさわしい男に成長する為に、彼女を残して旅に出ることにしたのです。

 村で母の死を看取ってから、ペールはモロッコで全財産を奪われたり、盗賊の宝石を得たものの、美女の踊り子アニトラに誘惑されて全財産を奪われたり、エジプトの精神病院で皇帝として崇められたりしました。すっかり老人になり、金品を得ることができたペールはノルウェー行きの船に乗っていましたが、難破して全財産が海に沈んでしまいます。無一文で故郷に着いたペールは山小屋に行く勇気がなく、その場から逃げ出してしまいました。

 そこに、ボタン職人であり死の使いである男が現れ「お前は中途半端で天国へも地獄へも行けない。そんな奴はボタンに溶かし込む」と言ってきました。ペールは答えを見つけるまでは待ってくれと嘆願し、疲れ果てて小屋へと足を進めました。そこには、年老いて盲目になったソルヴェイグがいました。人生をかけて自分を待ってくれていた彼女の膝へペールは横になり、子守歌を聞きながら静かに息を引き取ったのでした。
 大物になるという夢を空回りさせながら、必死に生きたペール・ギュントの挿絵12点をご覧ください。

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プロフィール
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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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