メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

聖書

天使の楽隊の絵画13点。唯一神を称えて聖歌を歌い奏でる、美麗なる天使達の姿

Sir Edward Coley Burne-Jones 1833 – 1898 -

 神と人間の仲介役を務める天使は、預言者や聖人に様々なお告げを伝えています。
 聖書には天使が聖歌を歌ったり楽器を奏でる場面は出てきませんが、天使が歌を歌ったり、楽器を弾いたりする絵画は数多く存在します。それはギリシャの女神ニケがリラの音色で人々を従わせるという伝承に基づいているともされていますが、中世やルネサンスの時代は世俗的な楽器は(バグパイプ、ハープ、手回しオルガンなど)卑しいものとされ、聖なる音楽とは区別されていました。天使達が楽器を奏でる姿を描いたのは、芸術家たちが「神を賛美しているなら、立ったまま褒め称えたりしているより、美しい旋律を奏でる音楽の方がいいだろう」と考えたからなのかもしれません。聖歌やキリスト教音楽の発達も関係しているように思います。教会は音楽に満ちあふれていますしね^^
 では、天使の楽隊についての絵画13点をご覧ください。

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シバの女王の絵画13点。イスラエル王ソロモンに難問を仕掛けた博識な伝説の女王

Queen Of Sheba by Edward Slocombe -

 シバの女王は旧約聖書などに登場する伝説の女王です。
 旧約聖書の「列王記」によると、イスラエル王国のソロモンの見識ぶりを聞いたシバの女王は、知識を試そうと大量の贈り物を持ってエルサレムへと赴きました。女王は数々の難問をソロモンに浴びせますが、彼は事も無げに即答してしまいます。その賢さや国の様子にすっかり感心してしまった女王は、ソロモンに6トンもの金や香料などの贈り物をしました。ソロモンも彼女に対して敬意を表して贈り物をし、女王一行は帰国していったとされています。
 この話が元となり、様々な異説や伝説が生まれました。シバの王国はエチオピアやエジプト、南アラビアなどにあると考えられており、新約聖書や黄金伝説、アラビアやエチオピアの文献にも伝説が残されております。女王の本名はニカウレー、ビルキース、マケダなどとされています。
 では、シバの女王の絵画13点をご覧ください。

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ダヴィデに怒るサウルの絵画13点。嫉妬に狂った王が音楽を奏でる少年に牙を向く

Francisco Fernández, 1606 – 46 -

 旧約聖書に登場するダヴィデとサウルは、神に選ばれし誠実な少年と王位に執着するイスラエル王です。
 神に見放されて悪霊に苦しめられていたサウルの為に、部下は竪琴の名手を呼んで音楽を奏でてもらう事にしました。そこで呼ばれたのがダヴィデで、彼が弾く美しい音色にサウルの心も少しは晴れました。その頃、イスラエルはペリシテ人と争っており、将軍ゴリアテの半端ない強さにイスラエル軍は太刀打ちできませんでした。誰もが尻込みする中、ダヴィデは「僕が倒す」と進み出て、石を投げて見事ゴリアテを倒してしまったのです。

 鮮やかな勝利にイスラエル軍は沸き起こり、ダヴィデは大人気となりました。サウルはそれに深い嫉妬を感じ、自らの王位が奪われはしないかとダヴィデに憎悪を向けるようになります。ある日、ダヴィデがサウルの為に癒しの音楽を奏でていると、サウルは怒り狂って槍を投げ付けたのでした。ダヴィデはそれを間一髪で避け、槍は壁に突き刺さりました。ダヴィデが音楽を奏で、サウルが槍を投げようとするこのシーンはなかなか画家に人気があったようで、沢山の絵画が残されていました。
 では、音楽で癒そうとするダヴィデにキレまくるサウルの絵画13点をご覧ください。

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サウルとヨナタンの絵画13点。ダヴィデを憎悪した王と、親友となった心優しき王子

Death of King Saul 1848 Elie Marcuse -

 旧約聖書の「サムエル記」に登場するサウルとヨナタンは、紀元前10世紀頃に生きたとされるイスラエル王国の初代の王と王子です。
 預言者サムエルがイスラエルの民を率いていた頃、王が欲しいという声が民から上がりました。サムエルは神の指示を頼りに王を探し、サウルを選びました。民は王となったサウルを歓迎し、彼は息子ヨナタンと部下達と共に国を守る為に懸命に戦いました。しかし、「アマレク人にまつわる者全て滅ぼせ」という神の指示に従わなかったので、神はサウルから離れ、サムエルはエッサイの子ダヴィデを次の導き手と決め、彼の頭に油を注ぎました。

 ダヴィデは敵将ゴリアテを討ち取って有名となり、神に見放されたサウルは王位に執着し出します。しかし、実直な息子ヨナタンはダヴィデの親友となり、義兄弟の契りを交わしました。竪琴の名手であるダヴィデはサウルを癒そうと音楽を奏でますが、サウルは嫉妬に狂って彼を殺そうと槍を投げ付けます。対するダヴィデは何度もサウルを殺める機会はありましたが、決して実行しませんでした。サウルは苦悩しながらも、嫉妬に燃える日々を送っていました。
 
 ペリシテ人が行軍してきた際、サウルは神の預言を得たくてもサムエルが他界していた為、降霊ができる魔女にサムエルの霊を呼び寄せさせました。サムエルは「イスラエルの軍勢はペリシテ人の手に渡る」と言い残します。サウルとヨナタンは懸命にペリシテ軍と戦いましたが、ギルボア山で追い詰められてヨナタンは戦死し、サウルは剣を立てて自ら倒れ込んで命を絶ちました。二人の遺体はペリシテ人に奪われてさらし者にされてしまいましたが、取り戻され、後に王となったダヴィデによって丁重に墓に葬られたそうです。
 では、サウルとヨナタンにまつわる絵画13点をご覧ください。

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ヨセフとポティファルの妻の絵画14点。誘惑を拒否して濡れ衣を着せられた美青年

Carlo Francesco Nuvolone - Joseph wife Potiphar 1640 -

 前回に引き続きヨセフに関するストーリーです。
 父ヤコブの寵愛を受けていた為、嫉妬した兄達によって隊商へと売られてしまったヨセフ。彼はそこからエジプトへと渡り、彼は王宮の侍従長ポティファルの下僕となります。真面目に働いたヨセフはポティファルに気に入られ、家の全財産を任されるまでとなりました。しかし、美青年であったヨセフは妻に誘惑されてしまいます。

 ヨセフは全力で拒否し、逃亡しますがその場に上着を置いてきてしまいました。プライドを傷つけられた妻は逆に「ヨセフに乱暴されそうになった。これが証拠よ」と上着を持って夫に訴えたのです。ポティファルは怒り、濡れ衣を着せられたヨセフは牢屋にぶち込まれる事となったのでした。このシーンは旧約聖書の中でも特に目立った場面ではありませんが、画家に大人気のテーマだったようで、驚くほど多くの作品が残されています。
 恐い妻によって誘惑されまくるヨセフの絵画14点をごらんください。

→ ヨセフの物語についての絵画を見たい方はこちら


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旧約聖書ヤコブの息子ヨセフの絵画13点。兄弟に売られエジプトの宰相となった青年

Joseph Being Sold Into Slavery  Alexander Maximilian Seitz -

 旧約聖書に登場するヨセフは、兄達に売られてエジプトで夢説きを行い、宰相となって人々を飢饉から救った青年です。
 ヤコブとラケルとの間に生まれたヨセフ。彼には弟ベニヤミンと、11人の異母兄姉がいました。父親がヨセフばかりを可愛がるので兄達は嫉妬し、彼を隊商に売ってしまいます。隊商によってエジプトへと渡ったヨセフはポティファルの下僕となりますが、彼の妻の誘惑を拒絶した為に濡れ衣を着せられ、牢屋へぶち込まれてしまいます。ヨセフは牢屋へ一緒に入っていた二人の者の夢を解き明かし、その能力がファラオの耳へと入り、王の夢を説くことになりました。「七年の豊作の後、七年の大飢饉が来る」というファラオの夢を見事に説いたヨセフの能力は認められ、彼はエジプトの宰相へと昇格することになります。

 豊作の間にエジプトは食糧を大量に保存しました。七年の後、実際に大飢饉が世界中を襲い、貯えのあるエジプト以外は飢えに苦しむことになりました。飢えはヤコブと兄弟たちの住むカナンにも及び、彼等は食糧を買いにエジプトへと訪れます。ヨセフは兄弟達に気付きましたが、相手は気付きません。そこで、彼は兄達を間者だと決めつけ、弟であるベニヤミンを連れてくるよう強要しました。シメオンを人質に取られた兄弟達は仕方なくベニヤミンを連れていきます。
 ヨセフは兄弟達にご馳走をし、穀物を大量に持たせますが、もう少し兄弟を試そうと、帰りにベニヤミンの穀物の中に銀の盃を入れておき、彼を盗人に仕立てあげて「奴隷にするぞ」と脅しました。すると、兄弟達は「自分が奴隷になってもいいから、ベニヤミンは家に帰して欲しい」と懇願したのでヨセフは安心し、自らの素性を明かしました。兄弟たちは酷く驚いたものの、再会を喜んで和解を果たし、ヨセフはヤコブのいる故郷へと帰ったそうです。
 奴隷から宰相になり、結果的に家族を救うことになったヨセフの絵画13点をご覧ください。


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隠者の絵画13点。俗世から離れ、洞窟や廃墟で祈りを捧げ瞑想を行う世捨て人の姿

Federico Bencovich -

 隠者は世俗との関係を一切断って生活する人の事を指します。
 キリスト教で一番始めに隠者となった人物はテーベのパウロとされ、「初代隠者聖パウロ」と呼ばれています。使徒の聖パウロとは別の人物となります。キリスト教に根差した隠者たちは多くの場合、砂漠や森、洞窟、建物の中に住んでいました。そのような隠遁場所は「隠者の庵(いおり)」と呼ばれ、そこで祈りや懺悔を行って神への信仰を深めたり、神学を勉強して思想を深めたり、聖書の翻訳などを行っていました。
 修道院で飲食や会合して、付近のあばら家で最低限の暮らしをしていた隠者もいたそうですし、貴族の領地にある装飾用の建物に住んでいた隠者もいたそうです。隠者の知恵を求めて訪ねてくる来訪者は多くいたようで、隠居といえども厭世的な孤独とは無縁な人がほとんどだったようです。沢山弟子をとって大賑わいの隠者もいたとか。
 では、隠者に関する絵画13点をご覧ください。


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キリストと罪の女の絵画13点。罪が無い者が石を投げよと告げ、女性を救った物語

Lucas Cranach the Elder 1532 -

 この物語はヨハネの福音書に見られ、キリストが姦通の罪を犯した女性を庇い「罪のない者だけが石を投げよ」と言って周囲を黙らせた物語です。
 ある日、キリストが宮で話していると、律法学者やファリサイ派の人達が一人の女性を連れてきて、こう言いました。「先生、この女は姦通の罪で捕まりました。モーセの律法は石を投げて殺すよう命じていますが、どう思いますか?」これはキリストを捕まえる為の口実で、律法通りにしたら「お前の説く愛はどうした」と言えるし、許せというなら「律法に背いたな!」と言えるのです。キリストは身を屈めて何かを指で書いていました。彼等が催促をすると、キリストはこう答えました。

「貴方がたの中で罪のない者が、この女に石を投げつけるがよい」と。
 人々は黙り込んだまま次々に出ていき、 遂にはキリストと女性だけになりました。罪のない者など誰もいなかったのです。そしてキリストは「私も貴女を罰しません。家にお帰りなさい。もう罪を犯さないように」と告げたそうです。
 「罪がない者が石を投げよ」と告げるシーンの絵画13点をご覧ください。

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イグナチオ・デ・ロヨラの絵画13点。ザビエル達とイエズス会を創設した元軍人の聖人

Peter Paul Rubens  1600 -

 イグナチオ・デ・ロヨラ(1491-1556)はイエズス会の創設者の一人であり、初代総長の修道士です。
 バスク地方のギプスコアにある城で生まれた彼は、12兄弟の末っ子でした。15歳の時に親戚の騎士の従者のとなり、20代後半の頃には軍人として各地を転々としていました。しかし、1521年に行われた戦争で銃弾が足に当たり、父の城で療養を余儀なくされました。
 療養中にロヨラはキリストの物語や聖人伝を読み、聖人達の生きざまに感銘を受けます。その時から彼の夢は「聖地に赴いて異教の者をを改宗させたい」となったのでした。ロヨラはそれからベネディクト会修道院を訪れて世俗的な生との決別を誓い、啓示を受けました。

 教養と神学を知る為にアルカラ大学とパリ大学で学び、その間に6名の同志を得ました。1534年にロヨラと6名の仲間はモンマルトルの丘に登り、今後7人は同じグループとして活動し、神に生涯をささげる誓いを立てました。これがかの有名なイエズス会の始まりで、その中にはフランシスコ・ザビエルもいました。教皇パウルス3世に修道会としての認可をもらい、ロヨラは初代総長となりました。 
 ロヨラは会員達を各地に派遣して、一般学校と神学校を創設させます。そして1548年に著書「霊操」が出版されました。そこには霊的指導を求めて来た人に対して行った、一連の黙想のテーマ集が書かれています。1556年にローマで死去(マラリアという説があります)。その66年後に聖人として列聖されました。
 では、イグナチオ・デ・ロヨラの絵画13点をご覧ください。


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ダヴィデの子アブサロムの絵画14点。父に謀反して長髪が仇となり絶命した美青年

James Tissot - Death of Absalom -

 旧約聖書の「サムエル記」に登場するアブサロムは、イスラエル王ダヴィデの三男です。彼はかなりの美貌を有しており、中でも滑らかな長髪を自慢にしていました。
 ある日、異母兄であるアムノンが妹のタマルに乱暴を働き、アブサロムは激怒しました。その事をダヴィデに伝えましたが、父はアムノンを裁いてくれません。業を煮やしたアブサロムは、二年後に兄弟全員を集める席をもうけ、手下を派遣してアムノンを殺害してしまいました。彼はシリアの祖父の所へ亡命し、その三年後にダヴィデの赦しを得て故郷へと戻っていきます。

 しかし、アブサロムはその時から父への謀反を計画し始めます。長男であるアムノンが消えた為、次に自分が王座に就くにふさわしいと触れ回り、着々と仲間を増やしていきました。ヘブロンで挙兵したアブサロムはエルサレムを奪い、ダヴィデは都へと落ち延びていきます。危機一髪に陥ったダヴィデでしたが、部下フシャイの機転で兵力を盛り返し、エフライムの森でアブサロム軍と激突します。アブサロム側は大敗し、彼は単身ラバに乗って逃れようとしました。しかし、自慢の長髪が木に引っかかり、宙づりになってしまったのです!
 
 それを知らされた腹心ヨアブはダヴィデに「絶対に手を出すな」と言われていたにも関わらず、手下と共に心臓に槍(矢)を突き刺し、アブサロムを殺してしまいます。その遺体はくぼ地に投げ込まれ、石塚で覆われました。息子の死を知ったダヴィデは深く嘆き悲しんだそうです。
 ロン毛の悲劇アブサロムについての絵画14点をご覧ください。

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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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