メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

聖書

ギデオンの絵画14点。旧約聖書の士師記に現る、神の導きでイスラエルを救った者

1625 -26  Nicolas Poussin -

 ギデオンは旧約聖書の「士師記」に登場する、イスラエルを救ったヘブライ人の指導者です。
 イスラエルは40年間平和であったものの、人々が神をないがしろにするようになりました。すると、ミディアン人が攻めてきて征服してしまったのです。イスラエルの人々は圧政に苦しんで主に助けを求めると、神はギデオンに天使を遣わします。貧しい生活者のギデオンは「貴方が国を救済しなさい」と告げられ驚き、「どうして私なんかが?神のご意志が真実なら、しるしを見せてください」と言います。すると、天使は岩から炎を出し、肉とパンを焼いたのです。ギデオンは神の意志のままに異教の偶像を破壊し、仲間を増やします。しかし、ミディアン人も同志を募り、敵は膨大な数となりました。

 ギデオンは再度神にしるしを求めました。「もし私が救済者とおっしゃるなら、羊の毛の上だけが濡れて、地面は乾いているようにしてください」と。神はそのようにして、羊の毛が乾いて、地面が濡れるという反対の奇跡も行いました。ギデオンの決心は固くなりましたが、神は「戦う民が多すぎる。もっと減らしなさい」と告げ、最終的に軍は300名となりました。300名でどう大軍と戦うのかと彼が不安に思っていると、神は夢の御告げを与えたのです。

 そして深夜。ギデオンは300名に水がめと角笛を持たせ、三隊に分けました。ギデオン率いる先発隊が敵陣へと進み、角笛を吹いて水がめを砕き、「主の為に、ギデオンの為に剣を!」と叫びました。それに続き、他の二隊も敵を包囲しながら、全く同じことを行ったのです。敵はパニックを起こして同士討ちを行い、敗走してしまいました。彼等は敵を追撃し、将軍の首を討ち取りました。こうしてイスラエルは国を取り戻し、ギデオンが王となって国を統治したのです。その平和は40年間続いたとされています。
 神の御力によって大軍を打ち破った指導者、ギデオンの絵画14点をご覧ください。

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聖女アポロニアの絵画14点。歯を全部抜かれて殉教した、歯にまつわる守護聖人

Guido Reni -

 アポロニアはローマ時代のアレクサンドリア(エジプト)で、歯を抜かれて殉教した聖女です。
 彼女はキリスト教会内で非常に尊敬を集めていました。しかし、248年のローマ建国1000年祭の式典で、詩人が「災難が降りかかるだろう」と予言します。それによって国内は混乱し、怒りの矛先はキリスト教徒へ向けられました。4世紀にコンスタンティヌス1世がキリスト教を国教と認めるまで、肩身の狭い立場にあった彼等は、民衆の恰好の餌食となってしまったのです。
 聖アポロニアは捕らえられ、異教に改宗しろと迫られます。しかし、彼女は拒否したばかりか異教の像を破壊したのです。怒った民衆は やっとこ で歯を全て引き抜くという拷問を行います。(殴って歯を折ったとも) 彼等は城門の外に薪をつみ、火を付けて「改宗しなかったら生きながら燃やしてやる」と脅しました。聖アポロニアは怯むことなく自らその炎の中へ入っていき、殉教したのでした。
 「歯」にまつわる聖アポロニアの絵画14点をご覧ください。少しだけ閲覧を注意してくださいね。

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使徒トマスの疑いの絵画15点。キリストの復活が信じられず、傷口に指を入れてしまう

 1790 -

 「疑い深いトマス」という主題は、本当にキリストが復活したかどうかを疑った使徒トマスが、手や脇腹の傷を見て触ったことで信用した物語です。
 ゴルゴダの丘にて磔刑されて三日後、キリストは墓石の中より復活を果たしました。マグダラのマリアや女性たち、二人の弟子が死んだはずの救世主を目撃します。その話は使徒達にも伝わり、考えていると突然彼等の中央にキリストが出現し、「君たちに平和があるように」と言いました。使徒たちは非常に驚き、幽霊を見たと思いました。そんな使徒達に対し、キリストは「手足を触ってみなさい」と伝えてから皆の前で焼き魚を食べてみせたので、彼等はやっと信じました。しかし、その場には使徒トマスは不在でした。

 トマスは皆から「主は復活なさった!」という話を聞いてもなかなか信じようとしませんでした。「私は手に釘の後を見てそこに指で触れ、脇の傷にこの手を入れてみなければ信じられない」と頑なに宣言したのです。その八日後。トマスを含めた使徒の元にキリストが再登場します。以前と同じことを言い、キリストは疑い深いトマスを呼びます。そして手を差し出して「この傷をよく見て触れてみなさい」と言い、「さぁ、私の脇腹に手を入れてみるのです」と言ったのです。トマスは恐る恐るそれらを行い、復活を心から信用しました。キリストはトマスに「貴方は私を見て信じましたが、私を見たことがなく信じる者は幸いなのです」と伝えたそうです。
 キリストの脇腹にそーっと指を入れる使徒トマスの絵画、15点をご覧ください。

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ヘロデ王の一族の絵画13点。キリストやヨハネ、パウロに関わる残虐なユダヤの王

Théophile Lybaert  1883 -

 ヘロデ大王(紀元前73年頃-紀元前4年)はローマ時代にユダヤ地区を統治した王です。
 ハスモン朝の王子の側近にアンティパトロスという武将がおり、ヘロデの父親でした。彼はローマの権力者ユリウス・カエサルの信用を得て、カエサルの死後は元老院派に歩みより、ヘロデをガリラヤ地方の知事にさせます。その後ハスモン朝のヒカルノス二世の甥が反逆し、親ローマ派であったヘロデの身にも危機が及びます。ローマへと逃亡したヘロデは元老院からローマの軍勢を貸し与えられ、エルサレムにて反逆者を討伐しました。手柄を得たヘロデはユダヤの分封王となり、ヘロデ朝が成立したのです。
 王位についたヘロデはオクタヴィアヌス派に付き、生き残っていたハスモン朝の血縁者を抹殺しようとします。また、自らに楯突いた者はレビ族の祭司であろうと迷わず処刑し、独裁政治を貫きました。新約聖書においては救世主の到来を恐れてベツレヘムの二歳以下の新生児を虐殺したとされています。しかし、ヘロデ王はローマに準じた大建築物を幾つも建造し、人気を高めました。王の死後は息子三名が分割してユダヤ地区を収め、ガリラヤ地方の領主となったヘロデ・アンティパスがイエス・キリストや洗礼者ヨハネとに関わっていくのです。
 ヘロデ王とその後継者たちの絵画13点をご覧ください。
 
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聖ヒエロニムスの絵画16点。聖書をラテン語に翻訳し、ライオンを助けた過激な聖人

Matthias Stom  17th -

 聖ヒエロニムス(347年頃―420年)は聖職者と神学者であり、聖書をラテン語に翻訳しました。本名はエウセビウス・ソポロニウス・ヒエロニムス。
 彼は現在クロアチアになっている地帯ダルマティアに生まれました。始めはキリスト教に興味がなく、古典を熱心に勉強して各地を転々としていましたが、20代後半頃に重病を患ってしまいます。これを期に神学に身を捧げることを決心し、シリアの砂漠で隠遁生活を送りました。聖職者となった彼はローマで教皇ダマスス1世の庇護を受けます。当時、聖書にはラテン語訳のものはあっても断片的なもので、皆が理解できる完全版というものはありませんでした。故にダマスス一世の命でヒエロニムスはラテン語の聖書を作ろうと、多様な聖書を使って翻訳作業を行いました。
 教皇が崩御すると、彼はエルサレム、エジプト、ベツヘレムなどへ赴き、405年頃にラテン語版聖書を完成させます。この聖書はすぐに西洋周辺で用いられるようになり、校訂を繰り返しながらも現代に至るまでラテン語聖書の決定版としての地位を保ち続けているのです。
 バイリンガルの知識人であり、過激な性格であった聖ヒエロニムスの絵画、16点をご覧ください。

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キリストの洗礼の中世挿絵13点。暗黒時代のイエスの洗礼作品は個性的だった

Book of Hours   Medieval and Renaissance Manuscripts -

 キリストの洗礼は、イエスがヨルダン川でヨハネから洗礼を受けたという新約聖書の物語です。
 洗礼は古代イスラエルの時代より続いており、当時の洗礼方法は全身を川に浸すという浸礼(しんれい)を行っていました。中世西洋ではこの物語を「川に浸るキリスト」、「椀で頭に水をかけるヨハネ」、「祝福に来た神の化身である鳩」、「服を持つ天使」等で表現しておりますが、その描写がリアルではありえない、中世ならではの興味深い状態になっているのです。
 独創的な状態で洗礼をするキリスト達の中世挿絵、13点をご覧ください。

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キリストの洗礼の絵画15点。救世主イエスはヨハネから洗礼を受け、神の声を聞く

Andrea del Verrocchio and Leonardo da Vinci 1472-75 -

 キリストが30歳になった時、ヨルダン川のほとりに預言者が現れたという噂が立ちました。その預言者は人々に「神の国は近付いている、準備しなさい」と告げ、洗礼を授けているそうです。
 キリストは出番が近付いていることを悟り、川へと向かいました。預言者の正体はキリストの親戚であるヨハネ。彼は不信仰者に与えられる恐ろしい滅びと、救世主の到来を民衆に告げていました。キリストはヨハネの元へ歩いて行くと、「私に洗礼を授けてください」と言いました。ヨハネは彼が神の子であることを感じ、「恐れ多いです」と辞退しようとしましたが、キリストは「やっていただきたいのです。正しい事は行うべきです」と言い、ヨルダン川に降りて行って、ヨハネに洗礼をしてもらいました。この時、天から鳩の姿をした聖霊が舞い降り、「私の愛する子よ・・・」という神の声が聞こえて来たそうです。
 洗礼の種類は浸礼(水を全身に浸す)、灌水礼(頭部に水を注ぐ)、滴礼(手を濡らして頭を押す)などがあり、キリストが受けたのは川に全身を付ける浸礼だったと思われます。洗礼の歴史については確かなことは分かっておらず、浸礼はキリスト教以前の古代イスラエル時代から行われていたそうです。
 ヨハネから洗礼を受けるキリストの絵画15点をご覧ください。

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キリストの誘惑 (荒野の誘惑) の絵画15点。救世主は悪魔サタンの甘言を拒否する

Fernando Gallego  1480-88 -

 キリストの誘惑(荒野の誘惑)は、イエス・キリストが悪魔の誘惑を退けた新約聖書のエピソードです。
 ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けた後、キリストは聖霊によって40日間荒野に送られました。その間何も口にすることはなく、救世主は酷く飢えていました。そこへサタンが現れ、こう言います。「ここに石がある。お前が神の子ならばパンに変えてみせろ」と。それに対しキリストは「人はパンだけで生きておらず、力を使うのは誤りだ」と答え、拒否します。次にサタンは高い場所へ連れていき、国々を見せました。「もし私にひれ伏すというならば、これら全てをあげよう。権威、栄華、全てお前のものだ」しかし、キリストは「私は神にしか仕えません」と退けます。
 更にサタンはエルサレムの宮の頂上へと連れていき、こう囁きます。「ほら、お前が神の子だと証明すべく此処から飛び降りてみろ。神はお前を守る為に御使いを寄こすのだろう?」キリストは「神を試してはならない」と断固拒否します。誘惑に失敗したサタンは悔しがりながら離れていきました。こうして救世主は聖霊の力に満ちあふれながら、ガラリヤへと帰宅したそうです。
 堕落させようと必死なサタンと、色々な表情でNOと言うキリストの姿15点をご覧ください。

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商人を打ち倒すキリストの絵画15点。神殿内で鞭を振り、動物や金を蹴散らし大暴れ

Bernardino Mei  1655 -

 常に冷静で温厚なキリストだってブチ切れる時はあります。新約聖書において、キリストが大暴れする衝撃的なお話があるのです。
 キリストと弟子たちはイスラエルへ行った際、「過ぎ越し祭」が賑やかに行われていました。祈りを捧げる神殿内も人でごった返しており、動物たちの鳴き声が響いていました。イスラエルでは罪を清める為に動物を生贄として奉納する習慣があり、神への捧げ物ですから無傷の動物が必要とされていました。その為、境内には牛や羊、鳩が売られていました。また、ローマの硬貨をお賽銭にするのは罰当たりな行為とされていたので、イスラエルの古い硬貨に変える両替屋も商売に精を出していました。

 その光景を見て、キリストは激怒しました。落ちていたロープを結んで鞭を作り、振り回しながら動物たちを追い散らし、両替屋の台を蹴り倒して金を飛び散らかしました。憤怒像の如く怒り狂う姿は誰も止められません。そして、「こんなものはここから出せ!私の父の家を商売の家にしてはならぬ!」と怒鳴りました。神への真摯な祈りを捧げる場、神への誠意を示す奉納が「金儲け」という俗性に穢されたことにどうにも我慢がならなかったのです。商人たちはキリストの激しい行いに文句を言うことができず、神殿を後にしました。
 「神殿から商人を追い出すキリスト (Christ Drives Money-Changers from the Temple)」という主題である、キリストが大暴れをする作品15点をご覧ください。

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エジプトへの逃避行の絵画15点。聖母マリアは夫とキリストを連れ、故郷から逃げる

Bartolomé Esteban Murillo - The Flight Into Egypt, 1647-50 -

 エジプトへの逃避行はマタイの福音書にある、新約聖書の物語の一つです。
 ある日、ヘロデ王はユダヤの新王がベツレヘムにて誕生したことを予言で知ります。玉座を死守したいヘロデ王は、新王となる者を殺そうと、町に住む二歳以下の全ての幼児を殺すよう命じました。罪も無き赤子たちは母親の手から奪われ、無惨にも殺されたのです。→ 幼児虐殺についての絵画を見たい方はこちら

 それより前、ベツレヘムに滞在していたキリストの養い親ヨセフは天使の夢を見ました。天使は「キリストとマリアを連れてエジプトへと逃げなさい。ヘロデ王が息子を殺めようとしています。私が知らせるまでそこにいるのですよ」と言っていました。ヨセフは慌てて二人を起こし、急いで夜中にエジプトへと出発しました。異国への道筋は険しく、荒れ野の中をひたすら進み続けました。彼等はエジプトにヘロデ王が死去するまで滞在しました。言い伝えによると王は70歳の時に恐ろしい病気にかかって、悶え死んだとされています。すると、再びヨセフの夢の元に天使が現れ、「国にお帰りなさい」と伝えました。こうして家族三人はユダヤの土地へ向けて進み、ベツレヘムではなく元居た場所のナザレへと帰ったのです。
 エジプトへの逃亡と滞在、そして帰還の絵画15点をご覧下さい。

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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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