メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

聖書

旧約聖書のヤエルの絵画14点。金槌で頭に釘を打って将軍を倒した、勇敢な女性

Ottavio Vannini  1640s -

 旧約聖書の「士師記」に登場するヤエルは、将軍の頭を釘で打って倒した女性です。
 当時、カナンとイスラエルは争っていました。イスラエルが勝った時、カナンの将軍シセラはヤエルの天幕の中へ逃げ込みました。ヤエルはへベルの妻であり、夫はカナンの王と知り合いだったので、助けてくれると思ったのでしょう。ヤエルは「どうぞ、お入りください」と言って彼にミルクを飲ませ、布で覆いました。シセラは安心して布の中でじっとしていました。やがて彼は熟睡してしまいます。
 しかし、ヤエルはイスラエルの味方でした。彼女は天幕の釘を取ると、金槌を手にします。そしてシセラの元へゆっくりと歩いていくと、おもむろに釘を彼の頭に当て、力いっぱい金槌を振り下ろしたのです!ガーンと!釘は頭を突き抜けて地面にまで刺さり、シセラは即死をしました。こうして彼女はイスラエルの将軍バラクを見つけ、貴方の探している敵はこちらです、と死んでいるシセラを差し出したのです。
 金槌で頭に釘を打つという凄まじい攻撃をして敵将を討ち取った、ヤエルの絵画14点をご覧ください。

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聖母の戴冠の絵画12点。昇天したマリアは神とイエス・キリストに王冠を授けられる

Enguerrand Charonton Coronation of Mary  1454 -

 「聖母戴冠」は、マリアが天上で神によって王冠を授けられている絵画のことを指します。
 聖書にはそのような記述はありませんが、マリアは死して三日後に復活を果たし、天国へと昇って行ったとされています。そこで彼女は戴冠を受けるのです。王冠を授ける者は神であったり、キリストであったり、三位一体であったりします。十二使徒が上空を仰いでいたり、天使や聖人たちが祝福していたりする場合もあります。王冠の意味は女帝というよりも、女教皇である方が正しいかもしれません。権威より栄光や信仰。マリアは聖なる教えを伝えていく最たる者、といった立場なのだと思います。
 栄誉に満ちた聖母戴冠の絵画、12点をご覧ください。
→ マリアの死についての絵画を見たい方はこちら
→ マリアの被昇天についての絵画を見たい方はこちら

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聖母の被昇天の絵画12点。マリアは死後、天使に連れられて天国へと上昇する

Guido Reni -1617 -

 カトリック教において、聖母マリアは亡くなったあと三日後に復活し、天国へ昇天したとされています。
 「聖母の被昇天」と呼ばれるマリアの復活の場面はたくさんの画家に描かれ、ルネサンスやバロック時代を中心に残されています。伝説では三日後に聖トマスらが墓を覗いてみると、マリアは忽然と消えていた、となっているのですが、天使を伴って天へと昇っていくマリアの姿が描かれる場合が多いです。(時に十二使徒も描かれます) 被昇天の日は始め1月18日だと考えられていましたが、6~7世紀頃に8月15日と改められ、祝日とされました。現在に至ってもマリアの復活の祝祭が行われています。
 神秘的な「聖母の被昇天」の絵画、12点をご覧ください。
→ マリアの死についての絵画を見たい方はこちら
 
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聖母マリアの死の絵画12点。キリストの母は永遠の眠りについて天国へ昇っていく

The Death of the Virgin 1472–80 -

 キリスト正教会によると、マリアは晩年をエルサレムで過ごしたとされています。彼女は己の死が近いことを悟って近辺の整理をし、その訪れを待ちました。すると、ばらばらに旅をしていた12使徒全員が家を訪ね、悲しんで口々に別れを惜しみました。マリアは最期に使徒達に会えたことに安心して平穏の眠りにつき、墓の中に入ります。三日後に使徒たちが墓を訪れてみると、マリアの身体はそこにはなく、昇天したということが分かりました。
 伝説では以上のような内容なのですが、聖母マリアの消息はキリストの磔刑以降分かっておりません。享年も50~70歳とまちまちとなっており不明です。マリアの死は「眠りにつく」と表現され、英語では「The Falling Asleep of the Virgin」などとも言われます。三日後の復活の後、天へと召されていくマリアの場面を「聖母の被昇天」と呼び、天国にいるキリストと神によって冠を受けている場面を「聖母戴冠」と呼びます。
 今回は眠りにつくマリアの絵画12点をご覧下さい。

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「この人を見よ(エッケ・ホモ)」の絵画15選。ピラトに示されたキリストは民衆に晒される

Guercino - Ecco Homo  1647 -

 「エッケ・ホモ」はラテン語で「この人を見よ」という意味であり、ローマ帝国の総督ピラトが発した言葉です。
 キリストは有罪となって磔刑を宣告され、鞭を打たれて茨冠を被せられました。そしてうるさく騒ぎ立てる民衆の前に引き出されました。その時にピラトは民衆に向かって「エッケ・ホモ」と言ったのです。この言葉は劇的で、重要なシーンであった為、「我に触れるな(ノリ・メ・タンゲレ)」と共に多くの絵画が生まれました。
 始まりは9~10世紀頃のビザンティン美術とされ、通常はエルサレムの街を背景に、キリストとピラト、侮蔑する民衆が描かれます。15世紀以降になると肖像画としてのエッケ・ホモも描かれるようになり、フランドル地方で特に人気となりました。茨冠や縛られた縄、十字架などが添えられた肖像画としてのエッケ・ホモは様々なバリエーションがあり、「受難」という宗教的イメージを強めていきました。
 「この人を見よ」という主題の絵画15点をご覧ください。



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旧約聖書のソドムとゴモラの絵画13点。ロトの家族は天罰で滅びゆく都市を脱出する

Benjamin West  1810 -

 ソドムとゴモラは旧約聖書に登場する、天罰を受けて滅亡してしまった都市です。
 この二つの都市は堕落しきっていた為に、神は滅ぼすことに決めました。預言者アブラハムは救済を願い出たので、神は「なら、正しき者は救おう」と二人の御使いを送り出します。すると、都市に住むアブラハムの甥、ロトの元に二人の客人が現れます。ロトは快く彼等を家へ招き入れてもてなしました。しかし、よそ者を嫌う都市の者達が現れ、「二人をつまみ出せ!」とロトを脅します。彼は娘達を差し出そうとしてまで客人を守ろうとしたので、御使いは正体を明かし、ならず者たちを盲目にさせました。そして「神は都市を滅ぼすつもりだから、お逃げなさい」とロト達を促し、避難をさせました。その時に「決して振り返ってはならない」と警告を受けていたのにも関わらず、ロトの妻は背後を振り返ったので、塩の柱に変えられてしまいました。ロト達は悲しみに暮れながらも洞窟へ隠れ、助かります。こうしてソドムとゴモラの都市は硫黄と炎に包まれ、天罰によって滅亡してしまいました。
 脱出をするロト達と、滅びゆく都市の絵画13点をご覧ください。

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「我に触れるな」の絵画16点。復活したキリストがマグダラのマリアへ告げた言葉

Agnolo Bronzino Noli Me Tangere -

 「我に触れるな(ノリ・メ・タンゲレ)」はキリストが復活した後、最初に出会ったマグダラのマリアに向かって放った言葉です。
 ヨハネの福音書によれば、キリストが埋葬された墓地へマグダラのマリアと女たちが行くと、墓が暴かれているのを目の当たりにしました。墓の両側には二人の御使いがいます。そして背後に人影が見えたので、マリアは「私の主を一体どこへ移動させてしまったのですか」と問います。人影を墓の管理人だと思ったのです。しかし、彼は「マリアよ」と優しく言ったので、キリストであると分かりました。彼女は嬉しくて近付こうとしますが、キリストは「私に触れるな。まだ父の御許へ行っていないのだから」と伝えます。
 「我に触れるな」という台詞は劇的であった為か、実に多くの絵画作品が残されています。大半は近づこうとするマグダラのマリアと、それを避けようとしたり拒否するキリストで表わされます。しかし、中には「ん?」と思う個性的な作品も一部存在します。
 「我に触れるな」と言い放つキリストと、触れたいマグダラのマリアの姿の絵画16点をご覧ください。

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反キリスト(アンチキリスト)の絵画14点。終末に現れる、獣の数字を持つ邪なる存在

antichrist 16th -

 反キリストは邪悪なる偽の救世主のことを指します。
 キリストが善なら彼は悪。真実に反し、悪魔の具現化した存在だとされています。反キリストを象徴している獣の数字666は有名ですね。ヨハネの黙示録において、反キリストと悪の王たちは嘘の説教で人々を惑わせて世界を掌握し、真実を捻じ曲げようとしますが、ハルマゲドンへ赴いた彼等は激しい雷と地震に巻き込まれます。絵画の中では反キリストは赤い龍や大悪魔サタンと混同され、聖ミカエルに踏み付けられる反キリストの作品も存在します。(→ ヨハネの黙示録について詳しく知りたい方はこちら)
 また、広義に言えばキリストの教えに背き、宗教的に対立している者達を全て「反キリスト」とみなします。異教の者達や、ロシアの君主、はたまたローマ教皇でさえ「反キリスト」の烙印を押された者もいます。彼は言うなれば、キリストと敵対する悪の象徴的な存在です。
 邪悪なる反キリストの絵画、14点をご覧ください。

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のこぎりで切られて殉教したイザヤの絵画12点。真っ二つになってしまった預言者

Bible 16th -

 「イザヤ書」の著者であるイザヤは、紀元前8世紀頃に生きた預言者です。
 彼はイスラエル王国に対する神の裁きと救済、メシアの到来などを預言し、信仰や罪の悔い改めを説きました。イザヤの死について確かなことは分かりませんが、初期キリスト教時代に執筆された書物「イザヤの殉教と昇天 」によると、彼はユダ王国の王マナセに捕まり、身体をのこぎりで二つに切られて殉教したとされています。この衝撃的な殉教の仕方は人々に強い印象を与えたのか、中世写本を中心に作品が残されています。中世時代の画風なので、エグくて恐ろしいことをやっていても、どこかシュールでちょっと変に見えてしまう作品ばかりです。
 預言者イザヤの殉教の絵画、12点をご覧ください。以下、閲覧注意となります!
→ イザヤについてもう少し詳しく知りたい方はこちら

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旧約聖書の預言者イザヤの絵画12点。イザヤ書を手掛け、神の裁きを伝えた者

Michelangelo 1508-1512 -

 イザヤは紀元前8世紀頃の預言者で、旧約聖書の「イザヤ書」の著者です。
 名前はヘブライ語で「ヤハウェの救済」を意味します。ユダ王国後期に生きた彼は、王国の不実性を批判し、神の激しい天罰と後の復興を預言しました。イザヤは神の裁きと救済を強調し、神への信仰と罪の悔い改めを繰り返し唱えました。また、彼はイザヤ書の中で救世主「メシア」の到来を預言しています。メシアはイスラエルに平和をもたらし、正義の統治者として君臨します。当時のイスラエル王国はアッシリア帝国からの攻撃を受けており、ユダ王国は傾いていました。イザヤはこういった社会状況に敏感に反応し、国家への警告としてこの「イザヤ書」を手掛けようとしたではないでしょうか。
 
 また、イザヤの死後については初期キリスト教の時代の書物に、伝説として書かれています。その書はイザヤの殉教、イザヤの幻、イザヤの昇天の3部から成っています。彼はユダ王国のマナセ王によって捕らえられ、のこぎりで身体を切られて殉教したと伝えられており、教会の建設や最後の審判、アンチキリストの出現を預言したとされています。第3部ではイザヤは天へ上昇し、キリストの受肉や十字架の死、辺獄降下とキリストの復活を語っています。
 預言者イザヤの絵画、12点をご覧ください。

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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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