メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

神話・伝承

ギリシャ神話の美青年アドニスの絵画14点。無惨にも猪に殺されるヴィーナスの愛人

 Thomas Willeboirts -

 ギリシャ神話に登場するアドニスは、女神ヴィーナスに愛された美青年です。
 ある日、ヴィーナスは息子エロスと遊んでいるうちに、恋の矢で自分の胸を傷付けてしまいました。彼女はすぐに払いのけましたが、傷は想像以上に深いものでした。その時、近くにアドニスが通りかかったのです。ヴィーナスは瞬く間に恋に落ちてしまい、アドニスのことしか考えられなくなりました。彼は狩人だったので、ヴィーナスはアドニスと共に森や山を歩き、野兎や鹿などを追いまわしました。ヴィーナスは「いいですか。狼や獅子、猪など危険な動物には決して近付いてはなりません。私がいない間に身を危険にさらしてはいけませんよ」とアドニスに忠告し、用事を済ます為に二輪車に乗って大空を駆けていきました。

 しかし、アドニスは気高く血気盛んな若者だったので、忠告を無視してしまいます。猟犬が猪を発見するやいなや、彼は槍を動物の脇腹に突き立てました。すると、猪はひるむことなくアドニスに突進し、逃げる隙もなく青年の脇腹に牙を付きたてたのです!アドニスは悲鳴を発し、野原に倒れ込みました。その叫びを聞いたヴィーナスはUターンし、血まみれになったアドニスの元へ駆け寄ります。あまりの悲しみに彼女は髪をかきむって胸を叩き、運命の女神を呪いました。「すべてを運命の女神に委ねるなんてできない。私はアドニスの死と悲しみを風化させないようにする。あなたの流した血は、美しい花となるのです」ヴィーナスはそう言ってネクタル(神酒)を彼に流しました。すると、ザクロのような赤色の花が咲き出し、この花はアネモネと呼ばれるようになりました。
 悲劇の青年アドニスとヴィーナスの絵画14点をご覧ください。

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ギリシャ神話のパエトンの絵画12点。父アポロンの二輪車を借り、墜落死した少年

sebastiano ricci 1659 1734 -

 ギリシャ神話に登場するパエトンは、太陽神アポロンとニュムペーのクリュメネーとの間に生まれた息子です。
 彼は友人から「お前は本当にアポロンの息子なのか?」と言われ笑われたので、それを証明するために日の出の方角へ旅をし、父親の宮殿へ赴きました。全身から光を発すアポロンに気圧されながらも、彼は「あなたの父親と証明できる何かをお授けください」と頼みます。アポロンは快く了承し、「何でも願うがいい」と答えます。しかし、パエトンが願ったのは「太陽の二輪車を一日御させてください」でした。父親はそれだけは命の危険があるから止めてくれ、自分ですら太陽を御するのは難しい時がある、と息子を説得しようとしますが、聞く耳を持ちません。結局アポロンは折れ、二輪車を貸すことにしました。

 しかし、それが悲劇の始まりでした。目を輝かせて二輪車に乗ったパエトンですが、発車した途端に引く馬のスピードと凶暴さに恐れ、やがて手綱を離してしまいます。太陽は大暴走し、そこら中を焼け野原にしてしまいました。山は焼け、川や海は干上がり、北アフリカ辺りは砂漠となり、エチオピア人は肌が黒くなってしまいました。豊穣神は「このままでは世界が滅んでしまう!」とゼウスに助けを求めました。最高神はやむなく雷霆を使ってパエトンを撃ち殺してしまいました。パエトンの遺体はエリダノス河に落ち、彼の姉妹のヘリアデスたちは悲しさのあまりポプラの樹になってしまい、樹が流した涙は琥珀になったそうです。
 血気にはやる余り命を落としてしまったパエトンの絵画、12点をご覧ください。

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アーサー王の絵画13点。円卓の騎士を率い、国家統一を果たした伝説のブリテン王

Charles Ernest Butler, King Arthur, 1903 -

 アーサー王は5世紀後半~6世紀前半に生きた、ブリテン人の伝説の王です。
 彼はケルトの伝承において有名な存在なので、まとまった歴史や物語があるかと思いきや、意外にも原典となる作品は存在しておりません。中世の歴史書や騎士道物語に登場するアーサー王は設定や出来事が異なっており、現在伝わっているアーサー王という存在はそれらを一纏めにしたものと言えそうです。中世初期から彼に関する史実はちらほらとありましたが、1138年にジェフリー・オブ・モンマスが書いた歴史書「ブリタニア列王史」によって、アーサー王の伝説が世界中に広まることになりました。ジェフリーが描くアーサー像はサクソン人に勝利し、ブリテンやアイルランド、アイスランド、ガリアなどを含めた大帝国を築いたとされています。この時点で既にアーサー王の物語の要素が入っており、12世紀にランスロットと聖杯のエピソードが追加され、中世時期において栄華を極めましたが、その後廃れてしまいました。人気が復活したのは19世紀になってからで、現代においても物語は愛され読み続けられています。
 では、物語のあらすじを見つつ、アーサー王の絵画13点をご覧ください。

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トロイ戦争の英雄アキレスの絵画12点。敵将ヘクトルを倒すも踵を射られて絶命する

Death of Achilles  Peter Paul Rubens 1630-35 -

 アキレスはギリシャ神話のトロイ戦争に登場する英雄です。
 母テティスによってかかとを除いて不死となった彼はケイロンに養育され、立派な青年になります。トロイ戦争に参加することになったアキレスは総大将アガメムノンともめ、険悪な仲になってしまいます。それ以降彼は戦いに出陣しなくなり、ギリシア側は総崩れとなってピンチに陥りました。それを見かねた親友パトロクロスは彼の鎧をこっそりと借り、アキレスと偽って戦争に出ました。戦況を盛り返したものの、パトロクロスは大将ヘクトルによって討ち取られ、鎧を奪われてしまいます。大親友がヘクトルに殺されてしまい、大激怒をするアキレス。彼はヘクトルに一騎打ちを挑み、圧倒的な強さで倒してしまいました。怒り収まらぬアキレスはヘクトルの遺体を戦車に取り付け、そこら中に引きずり回しました。
 それからアキレスは次々と敵将を討ち取っていきますが、ヘクトルの弟のパリスによって弱点であるかかとを射られ、絶命してしまいます。(一説にはアポロン神) その後、息子のネオプトレモスがトロイの王プリアモスを討ち取り、トロイは陥落したのでした。
 親友の死からヘクトルの討伐、アキレスの死までの絵画12点をご覧ください。
→ アキレスの幼少期と戦争以前の絵画を見たい方はこちら

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ギリシャ神話の英雄アキレスの絵画12点。ケイロンに師事した彼は戦争へ連れられる

education centaur Chiron 1782 Jean Baptiste Regnault -

 アキレスはギリシャ神話に登場する英雄です。
 王ぺーレウスと海の女神テティスとの間に生まれました。アキレスが生まれると、テティスは直ぐ冥府の川スクテュスに息子を浸しました。その川には人を不死にする力がありましたが、テティスはアキレスの足首を掴んでいた為、かかとだけ不死にはなりませんでした。その後、彼はケンタウロス族の賢者ケイロンの元に預けられて養育されました。立派な青年になったアキレスでしたが、トロイ戦争に関わると命を落とすと予言が出たので、テティスは息子を女装させてスキュロス島へ移しました。そこで彼は王の娘デイダメイアとの間に息子ネオプトレモスをもうけています。

 そこへ戦争の勧誘にオデュッセウスが来たので、女装したアキレスはやり過ごそうとしました。しかし、策士の彼は女性向けの物の中に武器を混ぜ、正体を暴いてしまいました。こうしてアキレスは戦争に出ざるを得なかったのです。いざ出航しようとした彼等でしたが、トロイ方面とは逆の風が吹いており進めませんでした。総大将アガメムノンが神託をすると、娘を生贄へ捧げるという結果が出ました。アガメムノンはアキレスとの縁談を理由に娘を呼び寄せ、生贄にしてしまいます。アキレスはその事に非常に強い怒りを示し、亀裂を生じさせるきっかけとなりました。
 その後、彼はトロイ戦争へ参加して予言通りに命を落としてしまうのですが、今回はアキレスの幼少期とアガメムノンの確執についての絵画12点をご覧ください。

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ギリシャ神話 トロイの豪勇ヘクトルの絵画13点。パリスの兄でアキレスに敗れる英雄

 1825 -

 ヘクトルはギリシャ神話のトロイ戦争に登場する英雄です。
 トロイ王国の王子である彼は、プリアモス王と妃ヘカベーとの間に生まれ、軍の総大将であり一番の豪勇でした。兄弟はパリス、カサンドラ、デーイボポスなど12名おります。長男で国の後継者ゆえにヘクトルは非常に正義感が強く、弟パリスがスパルタの妃ヘレネをさらってきてしまった時は、厳しくいさめました。また、善き夫であり、妻アンドロマケと子アステュアナクスを非常に愛していました。彼は全軍を率いてアキレスの親友パトロクロスを討ち取りましたが、それに激怒したアキレスはヘクトルを殺害、遺体を見せしめにしました。父プリアモスは最愛の息子が引き廻しにされているのをいたく悲しみ、アキレスの元まで深夜単独で行き、返してくれるよう頼み込みました。それを不憫に思った彼はヘクトルの遺体を返すことにし、トロイで丁重な葬儀が執り行われました。
 トロイの猛将ヘクトルに関する絵画13点をご覧ください。

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トロイ戦争の象徴、トロイの木馬に関する絵画13選。巧みな策略で陥落した強固な街

The Burning of Troy (1759-62)  Johann Georg Trautmann -

 ギリシャ神話で伝えられているトロイ戦争は、トロイ国とギリシャ連合軍との戦争です。
 トロイの王子パリスがスパルタの妃ヘレネをさらったことから勃発し、約10年間続けられました。英雄たちが討ち死にをする中、ミケーネ側の知将オデュッセウスが一つの案を思い付きます。それはトロイの木馬。木製の巨大な馬の中に大量の兵士を潜ませ、策に気付かれないように中に運び入れる算段です。彼等は山の木々や船を用いて木馬を組み立てました。それが完成すると、オデュッセウス以下5名の将軍と、その兵士たちが中に入り込み、蓋が閉じられました。

 そして次の日。トロイ側は連合軍がいなくなり、巨大な木馬が残されているのを発見しました。彼等は連合軍側の者を発見して拷問してみたところ、彼は「木馬はアテネの怒りを鎮める為に作った。だが、我らは逃げざるを得なかった。これを城内に入れると、勝利がもたらされると予言に出た」と言いました。トロイ側はこれを信じ、城内に搬入しようとしました。王女カサンドラと神官ラオコーンが「それは嘘だ」と反論しましたが、海から出て来た蛇により彼と息子たちは殺されてしまいます。カサンドラは呪いを受けていた為、信じる者は誰もいませんでした。かくして木馬は城内へと入れられ、アテネ神殿に奉納されました。その夜は大規模な祝宴が催され、トロイの勝利が祝われました。

 彼等が寝静まった頃、オデュッセウスたちは木馬より脱出し、松明で連合軍に合図を出します。そして、彼等は内部からトロイを攻め、王を討ち取りました。こうしてトロイ王国は滅亡してしまったのです。
 トロイの木馬に関係する絵画と彫像13点をご覧ください。
→ トロイ戦争の概要を知りたい方はこちら

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神々とティターン族の戦いティタノマキアの絵画12点。天地や宇宙を揺るがす大戦争

guilio romano fall of giants 1532 1534 fresco -

 ティタノマキアはゼウス率いるオリュンポスの神々と、クロノス率いるティターン族の大戦争です。
 クロノスはゼウスらの父で、王位を失うという予言を受けて子供達を呑み込んでしまいますが、母の手引きによってゼウスは助かり、予言通り王位を手に入れました。(→ 詳しい物語はこちら) しかし、復讐の為に神々はティターン族に戦いをしかけ、ティタノマキアが始まりました。この戦争は山々や宇宙を震撼させるほどに凄まじく、世界崩壊を起こさせるほどの規模でした。戦いは拮抗し10年間続けられますが、ガイアの助言により、ヘカトンケイルとキュクロプスを味方に付けたオリュンポスの神々は一気に優勢になります。最後はゼウスの雷霆(らいてい)の力でティターン族の目を焼き、天地やカオスまでもが雷の炎によって焼かれました。こうして戦争は神々の勝利となり、ティターン族は深淵タルタロスの奥底に封印され、オリュンポスの神々の支配が始まったのです。
 ティタノマキアに関する絵画、12点をご覧ください。

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トロイ戦争の絵画12点。数々の英雄を巻き込んだ、ギリシャ最大規模の伝説の戦争

Aeneas Flees Burning Troy Federico Barocci 1598 -

 ギリシャ神話で語られているトロイ戦争は、小アジアのトロイと、ミケーネを中心とするアカイア人との戦争です。
 事の発端は不和の女神エリスが「一番美しい人に」と言い、林檎を投げたからでした。三名の女神が「私よ!」と争い、審判をトロイの王子であるパリスに任せることにしました。パリスは「世界一美しい女をあげる」と言ったヴィーナスを選びました。(→ 詳しく知りたい方はこちら) 愛の女神の導きで、パリスはスパルタ王メネラオスの妻ヘレネをさらって行ってしまいます。それに激怒した王は、ミケーネ王である兄アガメムノンに援助を申し入れ、英雄オデュッセウスと共にヘレネの返還を求めました。しかし、パリスは聞き入れなかったので、戦争にまで発展してしまいます。

 アガメムノンを総大将とするアカイア軍はトロイ近くの砂浜に上陸し、待ちかまえていたトロイ軍と激突しました。お互いの力は拮抗し、決着が付かないまま10年が経ちます。パリスの兄でありトロイの武将ヘクトルは英雄アキレスによって討ち取られ、アキレスはパリスによって弱点のかかとを射られて命を落とします。こうして双方多大な犠牲を出しながら、戦争は続けられます。しかし、オデュッセウスが奇策「トロイの木馬」を考案したことにより、状況は一転します。内部に大量の兵士を潜ませた巨大な木馬は、計画通りトロイの街内へ送り込まれ、トロイは夜中に奇襲されて陥落することになります。こうして長きに渡った戦争は終結を迎えたのです。
 数多の英雄たちが争い、散っていったトロイ戦争の絵画12点をご覧下さい。

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ギリシャ神話のアラクネの絵画12点。女神アテナに盾突いて蜘蛛となった機織り女性

René-Antoine Houasse  1706 -

 アラクネはギリシャ神話に登場する機織りを自負していた女性です。
 彼女は染織業を営んでいた娘で、非常に優れた織り手でした。みんなアラクネの仕事に惚れ惚れして「女神アテナの弟子のようだ」と褒め称えました。しかし、彼女はそれが気に入らず「私の方が腕が上だわ」と言ってのけてしまいます。それを聞いたアテナはその居丈高を注意する為に老婆に変身して、アラクネに「そんな事は言うな。女神様に謝れば許して下さる」と告げますが、彼女は聞き入れません。怒ったアテナは「なら、私と勝負しなさい」と変身を解きました。アラクネは驚きましたが、大言壮語を吐いた手前、女神と勝負をすることになりました。

 二人はもの凄いスピードで機織りをしていき、二つの見事な織物が完成しました。アテナの作品はポセイドンとアテナの競争をテーマにしており、彼女自身の勝利の姿が織られていました。アラクネの作品はゼウスの不倫の数々をテーマにしており、神々の羞恥な姿が織られていました。アラクネの織物の出来栄えはそれは美しいものでしたが、その侮辱に堪忍袋の緒が切れたアテナは織物を滅茶苦茶に引き裂きました。そして、アラクネに罪と恥を吹き込み、その感情に耐えられなくなった彼女は首をくくって死んでしまいました。不憫に思ったアテナはアラクネを生き返し、神を侮蔑した教訓をいつまでも背負い続けるよう、蜘蛛の姿に変えてしまったのです。
 女神の逆鱗に触れて蜘蛛になってしまった、アラクネの絵画12点をご覧ください。

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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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