メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

近世・近代

遊ぶ子供達の絵画12点。おもちゃや動物、自然とたわむれる、やんちゃな子供達

Joseph Wright 'of Derby' 1734–97 Two Boys with a Bladder -

 現代の子供達は何をして「遊ぶ」でしょうか。現代では自分で遊ぶ手段を考えなくても、エンターテインメントが溢れていて、遊ぶ行為は無数に存在します。テレビゲームやスマホゲーム、漫画や映画、アニメ、それ関連のおもちゃ、アミューズメントなどなど。おもちゃのパソコンが売られているのを見たり、次々と新しいゲーム機が登場したりするのを知ると「ハイテクになったなぁ・・・」としみじみ思います。かくいう私は、ポケモンとかたまごっちの世代ですw

 近世や近代に生きる子供たちは、もちろんそのようなゲーム機を持っていません。漫画もありませんし、ディ〇ニーラ〇ドもありません。YouTubeも見れないし、映画もアニメもありません。彼等は自然で手に入れた物をおもちゃにし、職人が手作りで作ったおもちゃを使い、友達や動物とたわむれ、自然の中で遊びを見出しました。今の私たちでも「懐かしい」と思えるような、昔ながらの遊び方をしていたのです。
 では、遊ぶ子供たちの絵画12点をご覧ください。

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つけぼくろの絵画13点。小さい一つじゃ足りない。ほくろだらけの近世のお化粧

Portrait of Mademoiselle Guimard ballerina Frederic 18th -

 泣きほくろや口元のほくろはどこかセクシーに感じられ、あったらいいなぁと思う人もいるのではないでしょうか。ただそれはワンポイントで、いっぱいはいらない人が殆どのはず。
 16世紀~18世紀末のイギリスやフランスなどのヨーロッパの上流階級で、「パッチ化粧(つけぼくろ)」というものが流行りました。それは顔にウールや絹、ビロードで作られたほくろをいくつも貼るというもの。ほくろだけではなく、星や月のマークなどなんでもありです。ほくろというよりも、フェイスペイントに近いものかもしれません。もともとは軟膏やおできなどの痕を隠す為に使用されていましたが、「白い肌が目立つ為の手段」というお洒落の一つとなったそうです。老若男女とわず人気となり、なんと聖職者も流行に乗っちゃった人がいたとか。
 では、つけぼくろに関する絵画13点をご覧ください。

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双子の西洋絵画13点。うり二つの姿で生を授かった双生児の微笑ましき肖像画

Portrait Twins Clara and Aelbert de Bray 1646 Salomon de Bray -

 一度の妊娠で二人の命を授かる双子。双子には一卵性と二卵性がありますが、一卵性双生児が生まれる確率は約0.4%、二卵性双生児が生まれる確率は約0.2~1.6%であるようです。
 古代の西洋では、双生児は特別な力を持つとも考えられていました。 ギリシャ神話のアポロンとアルテミスやカストルとポルックス、ローマ建国神話のロムルスとレムス、旧約聖書ではエサウとヤコブ、一説にはミカエルとサタンが双子とされています。双子は遺伝子が同じ、もしくは類似している為によく似た性質を持つものの、時には互いに反目する存在として見られています。
 そんな神秘的な側面を持つ双子ですが、彼らをこよなく愛した家族は、たくさんの肖像画を現代に残しています。では、双生児の肖像画13点をご覧ください。一部なんか違うのもありますのでご了承ください^^;
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スケートする人々の絵画13点。凍り付いた運河や湖で華麗に滑走し、楽しむ人々

Children Skating by Tarrant, Percy 1883-1904 -

 凍り付いた運河や湖の上を颯爽と滑るスケート。
 その歴史は旧石器時代の北欧までさかのぼることができるようです。寒さが厳しい冬の最中、人々は移動時間を減らす為にソリやスキーと共に、スケートを用いていました。中世以降になると運河の多いオランダやイギリス周辺でスケートの文化は発展していき、移動手段だけではなく、スケートをすること自体が人々の娯楽になっていきます。オランダの貴族は両腕を組んで背筋を伸ばす滑り方が流行し、「いかに優雅に滑るか」が重視されました。その滑走法は「ダッチロール」と呼ばれ、ヨーロッパの各地に広まっていきました。それがフィギュアスケートの原点であるそうです。
 では、楽しそうに滑る人々、そして優雅にダッチロールをする貴族達のスケートの絵画13点をご覧ください。

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眠る子供の絵画13点。天使やクピド、イエス、死などの象徴として眠る無垢な子供達

Sleeping Angel Leon Basile Perrault -

 すやすやと気持ちよさそうに眠る幼い子供。多くの人はその子を愛らしく感じ、世間の垢にまみれていないピュアな存在であるように思うのではないでしょうか。幼い子供は現代でも純粋無垢の象徴とされていますね。
 それは過去の西洋でも同様で、子供は純粋の象徴として、神の使いである天使や、愛を司るギリシャ神話の神クピド、人類の罪をあがなったイエス・キリストの化身として描かれることがあります。そして、無防備な「眠り」も無垢に結び付けられ、眠る子供というテーマが何名の画家によって描かれました。

 また、子供は誕生したばかりの存在として「生」の象徴とされる反面、出生して直ぐに命を落としてしまう可能性がある、もしくは生の表裏によって「死」のテーマにも登場します。眠る子供は死と結びつけられ、頭蓋骨や砂時計、花などと共に描かれました。
 では、様々な象徴となって眠る子供の絵画13点をご覧ください。

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イランの悪魔の呪文書の挿絵18点。12星座を司る、ゆるキモかわいい悪魔たち

Early 20th Iran 1 -

 ぽよーんとした表情のゆるい三つ首の悪魔。この挿絵は、20世紀初頭のイラン中部のイスファハンで手掛けられた呪文書に書かれています。その本には悪魔を扱う際の呪文や、退魔の呪文が書かれており、豊富な挿絵が付けられています。また、挿絵の中には十二星座(ゾディアック)に根差した悪魔や、様々な怪物が描かれていますが、そのいずれもが「ふふっ」と思わず笑ってしまうような、ゆるーい姿をしているのです。
 では、異国情緒とへんてこりんな雰囲気が溢れる、イランの悪魔の挿絵18点をご覧ください。

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レンブラント・ファン・レインの絵画13点。光と影を追究し、栄誉と転落を味わった画家

Man with a Falcon on his Wrist (possibly St. Bavo) 1661 -

 レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン(1606-69)は、バロック期のネーデルラント(現オランダ)出身の画家です。「光と影の魔術師」という異名を持ち、明暗を強調した画風で知られています。
 8番目の子として生まれたレンブラントは1613年にラテン語学校に入学し、7年後には飛び級でライデン大学へ進学。翌年に画家を志して大学を退学し、歴史画家ヤーコプ・ファン・スヴァーネンブルフに弟子入りして三年間絵画について学びます。更に18歳の時にピーテル・ラストマンに弟子入りし様々な技法を学びました。

 レンブラントは自宅にアトリエを構え、製作にかかりました。同様にラストマンに師事していたヤン・リーフェンスとも知り合い、切磋琢磨しながら技術を向上させ、1628年には弟子を指導するまでになりました。技法研究に熱心であった彼は版画も手掛けるようになり、名声が世に広まってきました。1630年にレンブラントは故郷からアムステルダムへ移り、画商&画家のヘンドリック・ファン・アイレンブルフの工房を借りて制作を続けます。その後、彼のいとこであるサスキアと結婚し、邸宅を購入して大規模な工房を作ります。

 富と名声を得たレンブラント。しかし不幸も舞い込んできました。生まれた三名の子供は立て続けに死去。末っ子のティトゥスを産んだ翌年には、妻が病気になり亡くなってしまいます。「夜警」を手掛けていた頃でした。妻の看病や息子のお守りの為に雇われた未亡人とレンブラントは愛人関係となり、かねてから行っていた様々な骨董品を買い漁る浪費癖、彼の美術表現と依頼者の希望の乖離により、段々と仕事がなくなり資金が底をついて来ました。

 更に家政婦ヘンドリッキエとも愛人関係となったレンブラントは、未亡人と法廷で争って泥沼状態になります。金が底をついた彼は借金を背負って邸宅を手離し、貧民街に移りました。ヘンドリッキエと成人になった息子ティトゥスがレンブラントを支え、画家として細々と暮らしました。浪費癖の治らないレンブラントは借金と返済を繰り返して生活していましたが、ヘンドリッキエが病死。更にティトゥスも急死。最晩年のレンブラントは彼女との子供コルネリアと質素な暮らしをしながら、ひっそりと息を引き取りました。享年63歳でした。

 なかなか波乱万丈な人生を送ったレンブラントですが、彼の名声は400年後の日本においても褪せることなく輝いています。では、ブログでまだご紹介しておらず、更に独断と偏見で決めたレンブラントの絵画13点をご覧ください。

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夏の夜の夢の絵画13点。人間と妖精が織りなすシェイクスピアのあべこべ恋愛喜劇

Scene From A Midsummer Night's Dream  by Sir Edwin Landseer -

 夏の夜の夢は、16世紀後半にウィリアム・シェイクスピアによって作られた喜劇です。
 貴族の娘ハーミアはライサンダーを愛しているものの、彼女の父親は「許嫁ディミートリアスと結婚しろ!さもなくば死刑か修道女だ!」と言い、その事をアテネの公爵シーシアス(テセウス)に告げます。シーシアスはアマゾン国のヒポリタ(ヒッポリュテ)との結婚を間近に控えており、「結婚式が行われる4日間の猶予をやろう。それまでにどの選択肢が良いか考えるがよい」とハーミアに言い渡しました。恋人達と許嫁、彼女の友人ヘレナの四人は森へと足を踏み入れます。また、6人の職人がシーシアスとヒポリタの結婚式の芝居の練習をする為に、森へと出かけていきました。

 一方、森ではオベロン王とティターニア女王が喧嘩をしていました。オベロンは嫌がらせの為に妖精パックを遣わして、眠るティターニアのまぶたの上に媚薬を塗ってしまいます。それは目覚めて一番に見た者を愛してしまうという効果を秘めていたのでした。パックはこの媚薬をティターニアだけではなくライサンダー達にも塗り、男二人がヘレナを愛してハーミアをけなすという、とんでもないことになりました。パックは職人のボトムをロバ頭に変えてしまい、あろうことか女王は彼を最初に見て恋心を抱いてしまいます。気が済んだオベロンは女王を気の毒に思い、魔法を解いてあげます。この事件でディミートリアスはヘレナを愛すようになり、彼はハーミアの父に頼んで罰を取り消してもらい、ハーミアとライサンダーの愛は認められたのでした。6名の職人も結婚式の芝居を成功させ、パックのお陰で誰もかもが丸く収まり、めでたしめでたしとなったのでした。
 では、夏の夜の夢の絵画13点をご覧ください。

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砂漠と火山噴火の絵画13点。画家が描き出すは、灼熱に彩られた大自然の猛威

Joseph Wright of Derby - Eruzione del 1771 da Portici 1774-6 -

 太古より、地球は地殻変動を繰り返して姿形を変化させてきました。大規模な火山噴火により大陸は海中より姿を現し、森林、草原、寒冷、砂漠など様々な地帯を生み出してきました。
 地球に人類が出現してからも、火山や砂漠などの自然災害は猛威を振るい、時として人類の存在を脅かしてきました。熱気と砂塵が支配する砂漠地帯は人々を暑さや飢えで朽ちさせ、火山噴火は溶岩や煙などで多くの命を奪いました。イタリアのヴェスヴィオ火山は79年に大噴火してポンペイの町を呑み込み、同国にあるエトナ山も17世紀に多大な犠牲者を出しています。日本やインドネシア、フィリピンなどの全国の火山も同様に大噴火が起こり、犠牲者が生まれています。
 そんな砂漠や火山などの自然に西洋の画家たちは魅了され、幾つかの作品が残されています。突如起こり迫りくる自然の脅威と、その中でたくましく生き文明を築いていく人々。
 では、砂漠と火山噴火にまつわる絵画13点をご覧ください。

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光と闇の幻想画家サシャ・シュナイダーの絵画13点。世に逆らい描く肉体美の追究

Illustration for Karl May’s Von Bagdad nach Stambul  1904 -

 サシャ・シュナイダー(1870-1927)は、ドイツ出身の画家&彫刻家です。本名ラドルフ・カール・アレクサンダー・シュナイダー。
 サンクトペテルブルクで生まれた彼は、父親の死によりドレスデンに移り、19歳の時にドレスデン美術大学の学生になります。1904年にベストセラーの作家であったカール・マイと出会い、彼の作品の挿絵を手掛けるようになりました。その翌年にはWeimar Grand-Ducal Saxon 美術学校の教授に任命されました。

 しかし、シュナイダーは秘密を抱えていました。彼は同性愛者であり、画家のヘルムース・ヤーンと同居していたのです。二人の関係は悪化し、ヤーンが「同性愛者である事をばらす」と脅した為、シュナイダーは当時同性愛が犯罪とされていなかったイタリアへと逃亡しました。その地で画家のロバート・スパイと出会い、共に様々な場所を旅しました。その後、ドイツへと帰国し、第一次世界大戦がはじまる時にはドレスデンの近くのヘレラウに住みました。1918年になると、「Kraft-Kunst」と呼ばれるボディービルダーの育成所を立ち上げました。ここの訓練生の何名かは彼の作品のモデルとなっています。
 糖尿病を患ったシュナイダーは、船旅中に発作を起こして倒れ、命を落としてしまいました。彼はドレスデンのロシュヴィッツの墓地に埋葬され、永遠に眠っています。
 では、聖と悪、罪と許し、肉体美に彩られたサシャ・シュナイダーの作品13点をご覧ください。

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プロフィール
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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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