メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

聖人

【画像14点】ヨナと魚が一体化。旧約聖書のヨナの絵が魚に喰われすぎてシュール

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 ヨナは旧約聖書「ヨナ書」に登場するユダヤの預言者です。
 ヨナは強情張りの性格で、神に「町ニネヴェの人々の罪を悔い改めるよう言いなさい」と告げられても、無視して海へ出てしまいます。船に乗ったヨナは大嵐にあい、船員らに海中に放り投げられ、巨大魚(クジラともされる)に呑み込まれてしまいました。ヨナは反省し、魚の腹の中で神へ懺悔します。
 神は仕方がないな、と魚から彼を吐き出させました。ヨナはニネヴェへ行って、キリスト教へ帰依するよう町人へ言いました。すると、王も含めてあっさりと帰依し、罪を悔い改めたのです。神は町の人々の罪を許しました。ヨナはそれが信じられずに、どうして町に災いを起こさないのか問い詰めます。神はヨナに「たとえ罪があった所だとしても、人間や家畜を惜しまずにはいられぬ」と、説明しました。
 以上がヨナ書の大まかな概要ですが、中世の画家たちはヨナを表すために大魚に食われた場面ばかりを描きました。残っている挿絵は多く、そのほとんどが大魚=ヨナ状態になっています。
 魚の怪物の口から生えているように見えるシュールなヨナの姿をご覧ください。


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聖セバスティアヌスの絵画12点。肉体美、セクシーさが時代を経るにつれ増してゆく

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 聖セバスティアヌス(聖セバスチャン)はローマの軍人で、キリスト教に改宗して世間へ広めた功績により、聖人となりました。キリスト教徒となったセバスティアヌスはローマ皇帝に裏切者の烙印を押され、杭に縛り付けられてハリネズミのようになるまで矢を射かけられてしまいます。しかし、奇跡的に彼は助かり、聖イレーネによって介抱されます。治癒したセバスティアヌスは皇帝にキリスト教へ帰依することを勧めますが、皇帝は彼を何度も殴って殺してしまいました。
 セバスティアヌスは人気のある聖人で、古くから多くの画家に描かれてきました。ですが、時代が進むにつれて美を求める画家の気持ちが強まり、男のセクシーな肉体を描くことに力を入れ始めます。全ての画家が肉体美路線ではないものの、これってセクシーすぎない?というセバスティアヌスが大量に存在します。
 段々とセクシーランクが増していく聖セバスティアヌスの作品12点をご覧ください。


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聖クリストフォロスの絵画11点。交通安全の守護者であり、赤子キリストを背負う聖人

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 クリストフォロスは3世紀のローマ帝国時代に生きた聖人で、元々はレプロブスという名前でした。
 ある日、小さな男の子がレプロブスに「川を渡りたい」と言いました。彼はお安い御用とばかりに男の子を担ぎ、急な川を渡り始めます。しかし、軽かった男の子は進むにつれて段々と重くなり、レプロブスは倒れそうになってしまいました。彼が丁寧にその名前を訪ねると、男の子はイエス・キリストと名のりました。キリストは全世界を背負っていた為に重かったのです。レプロブスはキリストに仕えることを約束し、「キリストを背負う者」という名のクリストフォロスという名前に改名しました。
 彼は交通安全の聖人として、多くのキリスト教徒に信仰されております。画家たちもクリストフォロスを敬愛し、聖画を多く残しました。キリストを背負う聖人をご覧ください。


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聖アントニウスの誘惑の絵画8点。フルボッコ作戦で堕落を迫る悪魔と、耐える爺さん

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 聖アントニウス(アントニヌス、アントニーとも)は251年にエジプトに生まれ、キリスト教徒として生きた聖人です。
 20歳の頃両親と死別し、隠遁者として砂漠で瞑想と苦行に身を投じました。苦行中に悪魔が現れ、彼をどうにか堕落させようと豊満な女性の幻覚を見せたり、掴みかかって恐喝したりします。アントニウスはそれでも悪魔に屈せずにキリストを信じ、人々に信仰を伝え続けました。こうした逸話が広がりに広がって、多くの画家に描かれることになります。今回はフルボッコ作戦を決行する作品を見ていきましょう。
お色気作戦を見たい方はこちら


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聖アントニウスの誘惑の絵画8点。お色気作戦で堕落を迫る悪魔と、耐える爺さん

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 聖アントニウス(アントニヌス、アントニーとも)は251年にエジプトに生まれ、キリスト教徒として生きた聖人です。
 20歳の頃両親と死別し、隠遁者として砂漠で瞑想と苦行に身を投じました。苦行中に悪魔が現れ、彼をどうにか堕落させようと豊満な女性の幻覚を見せたり、掴みかかって恐喝したりします。アントニウスはそれでも悪魔に屈せずにキリストを信じ、人々に信仰を伝え続けました。こうした逸話が広がりに広がって、多くの画家に描かれることになります。今回はお色気作戦を決行する作品を見ていきましょう。
フルボッコ作戦を見たい方はこちら


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【絵画10点】竜は下僕。竜の体内から出て来た聖女、アンティオキアの聖マルガレーテ

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 アンティオキアの聖女マルガレーテは聖マルガリータとも言い、3世紀後半頃に生きた聖女です。
 アンティオキア(現在のトルコ)に生まれた彼女はキリスト教の信仰心が芽生えましたが、異教徒の地方高官から「キリスト教を捨て、俺と結婚しろ」と迫られます。マルガレーテはそれを拒んだので捕らえられ、竜に喰われるという拷問にかけられてしまいました。しかし、奇跡は起きました。竜に呑み込まれた時に彼女が十字架を握って祈ると、御力で竜の体内が裂け、中から出ることができました。それ故、彼女は妊娠の守護聖人とされています。
 表紙の絵はマルガレーテが竜の体内から出て来たところを描いています。画家たちは彼女と竜を結び付けて考え、竜を踏み付けた聖女を多く描きました。そんな作品10点を紹介します。


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キリスト教の聖人 聖ゲオルギウスの竜退治 9連発!突き刺し方も十人十色

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 聖ゲオルギウスは聖ジョージ、聖ジョルジュなどとも言われている聖人の一人です。古代ローマ末期の殉教者で、竜退治の話が多く語り継がれています。なんでもカッパドキアのラシア付近に狂暴な竜が住み着いてしまい、羊の生贄、果てには人間の生贄を要求するようになりました。とうとう王様の娘が生贄に選ばれてしまい、悲しんでいるとたまたま聖ゲオルギウスが通りかかり、「私が竜を殺して差し上げましょう。もし殺すことができたなら、キリスト教に帰依すると約束して欲しい」と言いました。王様はそれを了承し、聖ゲオルギウスは凶悪な竜を槍一本で倒してしまいました。こういった英雄伝が伝わり、画家たちは多くの作品を残しました。
 では、竜の退治模様を見ていきましょう。

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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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