メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

イエス・キリスト

父なる神の絵画13点。人間の所業を見透かし裁く、宗教の礎である世界の創造主

Pompeo Girolamo Batoni 1779 -

 「神」。それは人間が想像を絶するような絶対的で超越的な存在であり、崇拝する対象。
 ユダヤ教、イスラム教、キリスト教において神は唯一とされ、神と同列の存在はいないとされています。唯一神の名は「ヤハウェ」や「エホバ」と呼ばれており、慈悲深くも厳しい全能の存在と考えられています。
 旧約聖書でモーセは「偶像崇拝をしてはならぬ」と神をかたどった像を破壊しましたが、キリスト教のカトリック教は偶像崇拝を否定しておらず、後年の画家たちは「神」の姿を何枚も描いています。神は豊かなひげを生やした賢者風の老人として表現されることがほとんどで、それは神との仲立ち人である教皇の影響がみられたり、異教の主神の雰囲気を思わせる厳格な姿を思わせる場合もあります。
 では、父なる神の西洋絵画13点をご覧ください。


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眠る子供の絵画13点。天使やクピド、イエス、死などの象徴として眠る無垢な子供達

Sleeping Angel Leon Basile Perrault -

 すやすやと気持ちよさそうに眠る幼い子供。多くの人はその子を愛らしく感じ、世間の垢にまみれていないピュアな存在であるように思うのではないでしょうか。幼い子供は現代でも純粋無垢の象徴とされていますね。
 それは過去の西洋でも同様で、子供は純粋の象徴として、神の使いである天使や、愛を司るギリシャ神話の神クピド、人類の罪をあがなったイエス・キリストの化身として描かれることがあります。そして、無防備な「眠り」も無垢に結び付けられ、眠る子供というテーマが何名の画家によって描かれました。

 また、子供は誕生したばかりの存在として「生」の象徴とされる反面、出生して直ぐに命を落としてしまう可能性がある、もしくは生の表裏によって「死」のテーマにも登場します。眠る子供は死と結びつけられ、頭蓋骨や砂時計、花などと共に描かれました。
 では、様々な象徴となって眠る子供の絵画13点をご覧ください。

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どうしてこうなった宗教画13点。どこか不自然で突っ込みたくなる聖なる方達【第三弾】

Lombardy School, 18th Century. Christ Blessing -

 イエス・キリストや聖母マリア、天使、聖人などが描かれた宗教画は、信仰してきた対象を描くゆえに、神秘的で荘厳、均整のとれた美しい作品である場合がほとんどです。彼等の姿はほぼ形式化され、画家が異なれどもよく似た姿で描かれてきました。その表情も思慮深く、賢者そうな雰囲気をたたえているものが多いです。
 しかし、中には「どうしてこうなった」と思えるような作品が存在します。その原因は時代特有のものであったり、象徴的なものだったり、画家の個性であったり・・・。「こんな理由なのかなぁ」と思いつつも、思わず突っ込みたくなってしまう作品たち。
 では、「どうしてこうなった」と思える宗教画13点をご覧ください。衝撃的なものはありませんが、個性がきらりと光る作品をお楽しみください。

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エマオへの途上と晩餐の絵画13点。復活したキリストが弟子の旅に同行する奇跡

Supper at Emmaus by Caravaggio, 1601 -

 エマオへの途上と晩餐は、二人の弟子の旅に復活したキリストが同行するという、新約聖書で語られる物語です。
 キリストが復活した日の午後、弟子のクレオパともう一人の弟子はエルサレムからエマオへと向かって旅をしていました。二人は救世主の磔刑と復活の噂について話していました。すると、そこに旅人が現れて二人と共に歩き出します。旅人はキリストその人であったものの、二人は目がさえぎられていて気付きません。旅人が「何のことを話しているのか?」と訊ねて来た為、彼等はその一連の出来事を伝えて「あの方は見当たりませんでした」と言うと、旅人は「預言者の言う事を信用しない者達よ」と答え、彼は聖書に記述されている救世主の話を始めました。

 エマオへと到達しようという頃、旅人は更に進んでいこうとしたので、弟子は「一緒に宿に泊まりましょう」と誘いました。旅人は承諾し食卓に付きます。旅人はパンを手に取り、祈りの賛美を唱え、パンを二つに裂いて彼等に渡しました。その時、弟子たちは彼がイエス・キリストその人だという事を悟ります。はっとした時にはキリストの姿は既に消えていました。彼等は慌ててエルサレムへと引き返し、使徒達にその奇跡を伝えると、「こちらではペトロが奇跡にあった。イエス様は本当に復活なさったのだ!」と大騒ぎになったのでした。
 では、エマオへの途上と晩餐の絵画13点をご覧ください。

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聖人の法悦の絵画14点。天使やキリストに遭遇する幻視をした者に生じる恍惚感

Giovanni Battista Piazzetta St. Teresa in Ecstasy -

 法悦(ほうえつ)は、宗教の教えを聞いたり、信仰することで心に喜びを感じることです。陶酔感や恍惚感をもたらすこともあります。
 天使やイエス・キリストの幻視に遭遇した際、何名かの聖人は法悦を体験したとされています。代表的なのは聖テレジアという聖女の法悦。彼女は天使と出会い、以下のような体験をしたそうです。

 私は黄金の槍を手にする天使の姿を見た。穂先が燃えているように見えるその槍は、私の胸元を狙っており、次の瞬間槍が私の身体を貫き通したかのようだった。天使が槍を引き抜いた、あるいは引き抜いたかのように感じられたときに、私は神の大いなる愛による激しい炎に包まれた。
 私の苦痛はこの上もなく、その場にうずくまってうめき声を上げるほどだった。この苦痛は耐えがたかったが、それ以上に甘美感のほうが勝っており、止めて欲しいとは思わなかった。
 
 私の魂はまさしく神そのもので満たされていたからである。感じている苦痛は肉体的なものではなく精神的なものだった。愛情にあふれた愛撫はとても心地よく、そのときの私の魂はまさしく神とともにあった。この素晴らしい体験をもたらしてくれた神の恩寵に対して、私はひざまずいて祈りを捧げた。
―Wikipediaより抜粋
 このシーンは神聖なるテーマでありながら、どこか性的な要素と結びついているように感じられたのか、敬虔な宗教画というよりも、セクシュアルな雰囲気をかもしだしている絵画も中には存在します。聖テレジアの他にも、コルトナの聖マルガリタ、シエナの聖カタリナ、アッシジの聖フランチェスコ、アルカンタラの聖ペドロ、マグダラのマリアなどの法悦の場面が絵画で描かれています。
 では、聖人の法悦についての絵画14点をご覧ください。

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カナの婚礼の絵画13点。婚宴の場で水を葡萄酒に変えた、イエス・キリストの初奇跡

Maerten de Vos 1597 -

 カナの婚礼(カナの婚宴)は、ヨハネの福音書に記されているイエス・キリストの最初の奇跡の物語です。
 故郷ガリラヤのカナの地で、キリスト一行は婚礼の祝宴に招かれます。結婚するのは聖母マリアの姉妹の息子。マリアは忙しく準備を行います。宴も過ぎて来た頃、葡萄酒がなくなってきてしまいました。マリアは困り、「イエス、どうしましょう」とSOSを出したので、キリストは召使いに「水がめに水をいっぱい入れて世話係のところへ持ってきなさい」と助言をしました。するとどうでしょう。ただの水が高級な葡萄酒に変わったのです!

 世話係は喜んで花婿にこう言いました。「普通、高級な葡萄酒をまず出しておいて、酔いが回って来た頃に劣った酒を出すものですが、あなたはいい葡萄酒を取っておかれたのですね!」と。弟子達はこの奇跡を目の当たりにし、キリストを深く信じたそうです。
 では、カナの婚礼に参加して水をワインに変化させるキリストの絵画13点をご覧ください。

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聖パウロ(サウロ)の絵画13点。キリストを幻視した奇跡により改心し、殉教した聖人

Jan Lievens St Paul 1627-29 -

 聖パウロは1世紀頃に生きたキリスト教の迫害者でしたが、幻視の奇跡により改心した聖人です。ユダヤ名はサウロで、新約聖書の著者の一人とされています。
 新約聖書の「使徒行伝」によると、サウロ(パウロ)はエルサレムのラビ(宗教指導者)の元で学び、熱心なユダヤ教信仰者でした。その為、キリスト教に反対しており、ステファノを石打ちの刑にする事にも賛成していました。しかし、サウロがダマスコへ向かう途中、天から光が降り注ぎイエス・キリストの声が響きました。「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」と。そしてサウロの目が突然見えなくなってしまったのです。アナニアというキリスト教徒が彼の為に祈ると、なんと目が再び見えるようになりました。この奇跡を体験してサウロは改宗することにし、名前もパウロと改めたのでした。

 かつて信仰したユダヤ教の信徒から激しい迫害を受けながらも、パウロはアンティオキアを拠点にして弟子達と共に布教に励みました。三回の布教旅行を行った後、エルサレムで捕縛されて裁判の為にローマへと送られ、二年間軟禁生活となってしまいました。伝説によると、ネロ帝の時代にローマで斬首刑となり殉教したと考えられています。
 では、聖パウロの絵画13点をご覧ください。

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マルタとマリアの絵画14点。懸命なおもてなしとイエス・キリストのお話の優先順位

Alessandro Allori 1605 -

 マルタとマリアは新約聖書に登場する姉妹で、おもてなしをせずにキリストの話を聞くマリア(聖母やマグダラのマリアとは別人)に、マルタが不満に思ってキリストに諭される物語です。
 ある日、キリスト一行はとある村で姉妹がいる家に迎え入れられました。マルタは「イエス様をちゃんとおもてなししなくちゃ!」と忙しく立ち回り、色々な準備に追われていました。一方、マリアはキリストの足元に座って話に聞き入っており、まったく動こうとしません。一人せわしなく準備をしているマルタはそれをずるく思い、キリストにこう問いかけました。「主よ。マリアは私だけに準備をさせています。何とも思いになりませんか。手伝うようにおっしゃっていただけませんか?」対するキリストはこう返しました。「マルタ。あなたは悩みすぎている。必要なのは一つだけなのだ。マリアは良い方を選んだのだから、それを取り上げてはならない」と。

 この物語は「マリアが正解でおもてなしをするマルタが悪い」と言っている訳ではなく、「おもてなしをするのは良い事だが、お話をする間は手を休めて聞き入ってもいい。それを非難してはいけないよ」という意味が込められています。マルタが「客人が来たから早く準備しなきゃ!」と焦って神の話を聞き逃しているのに対し、マリアは「お話が終わってから、しっかりと準備しましょう」と思っているのだと思います。
 準備を頑張るマルタにお話を聞くマリア。対照的な二人の絵画14点をご覧ください。

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十二使徒の足を洗うキリスト(洗足式)の絵画13点。立場なく清め合う美徳のたとえ

Jesus Washing Peter’s Feet by Ford Madox Brown -

 洗足式は最後の晩餐の際、イエス・キリストが弟子の足を洗ったという記述により生じた儀式です。地位や立場関係なく互いの身を清め、徳を高め合おうという意味が込められています。
 新訳聖書によると、過ぎ越し祭が行われる木曜日、キリストと十二使徒達は食事を共にとりました。その時、弟子の間で「一番になるのは誰か」でもめ始めたのです。キリストはおもむろに立ち上がり、タオルを腰にはさんで洗面器と水を用意し、使徒達の後ろにまわって一人一人の足を洗い出したではありませんか。

 使徒達は驚きの余り成すがままにされていましたが、ペトロは「私の足なんか洗ってはなりません!」と足を引っ込めました。すると「洗わしてくれなかったら私の友ではない」とキリストが断言したので、ペトロは「じゃあ足だけじゃなくて頭も手も洗ってください!」とお願いしました。キリストは「君たちは清いので足だけで構わない。皆ではないが・・・」と意味ありげな事を発し、こう彼等に警句しました。「君たちは私を先生と呼んでいる。私が足を洗ったのだから、君たちも互いに仕え合わなければならない。私がしたようにしなさい」と。
 では、弟子たちの足をふきふき洗うキリストの絵画13点をご覧ください。

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賢い乙女と愚かな乙女の絵画13点。準備や勉学を怠るなかれというキリスト教の逸話

Peter von Cornelius  1813-16 -

 賢い乙女と愚かな乙女(十人の処女たちのたとえ)は、日頃からの準備や勤勉を怠るなかれという警句が込められたイエス・キリストのたとえ話です。
 灯を持って花婿をむかえる10名の乙女がおり、5名は賢く5名は愚かな乙女でした。賢い乙女は灯の他に油を持っていましたが、愚かな乙女は準備していませんでした。花婿が時間に遅れたので、灯の油が足りなくなってしまいました。賢い乙女は油を追加しましたが、愚かな乙女の灯は消えてしまいます。
 油を分けてくれと頼んでも「もう余分はないの。急いで買いに行きなさいな」と言われ、愚かな乙女達は油を求めて店に走っていきます。その間に花婿が到着し、賢い乙女たちは花婿と共に婚礼の部屋へと入りました。遅れてしまった愚かな乙女たちは中に入る事は許されず、花婿に「私はお前達を知らないな」とまで言われて締め出されてしまったのでした。

 これは天国へと入る門の比喩であり、天国へと入る為には臨終の間際では間に合わない。日頃から準備し、敬虔に祈って真面目に生活しなさいという意味が込められているのです。
 では、賢い乙女と愚かな乙女についての絵画13点をご覧ください。

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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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