メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

イングランド

聖エドマンド(エドモンド)殉教王の絵画12選。国の為にヴァイキングと戦い、散った王

Marchela Dimitrova -

 エドマンド殉教王は9世紀半ばに、イースト・アングリア王国(現イングランド)の王であった聖人です。
 寛容で善き王として知られており、信仰心は篤く、貧しき者に施しを行っていました。良き家臣を優遇し、媚びる者には厳しく接しました。869年にデーン人(現デンマーク人)のヴァイキングたちがエドマンド王の国に侵入し、両者は激しい戦争になりました。結果はエドマンド王の敗北。国は征服されて荒廃し、住民は虐殺されて王はヴァイキングの手により殺されてしまいます。殺害のされ方は一定しておらず、単に戦争中に殺されたものもあれば、ハリネズミのように矢を射かけられ、斬首されたものもあります。エドマンド王の遺体は埋葬され、その場所はすぐに聖地となりました。それから聖エドマンドは王の鑑となり、広く崇拝される聖人となりました。
 エドマンド殉教王の絵画12点をご覧ください。


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ジャンヌ・ダルクの絵画15選。オルレアンの乙女から一転、国の謀略により火刑となる

Charles Amable Lenoir -

 ジャンヌ・ダルクは「オルレアンの乙女」とも呼ばれ、15世紀のフランスに生きた実在の女性です。
 12歳の時に「フランスの皇太子を即位させよ」という神の啓示を受け、自ら戦争に出向いて兵士たちを指揮し、イングランドとの戦争で負け続きだったフランスに勝利をもたらしました。しかし、彼女はブルゴーニュ公国に捕虜として捕らえられ、敵国イングランドへ引き渡されてしまいます。そこで異端審問を受けて死刑判決を言い渡されます。1431年、ジャンヌ・ダルクは火刑に処されました。若干19歳でした。ですが、それから数十年後には彼女の無実が証明され、20世紀には神の声を聴いたことが認められ、カトリック教の聖人に列されています。
 ジャンヌ・ダルクの勇ましく美しい絵画、15点をご覧ください。


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イギリスの伝説的英雄 ロビン・フッドの絵画12点。弓の名手であり、義賊集団の首領

 Wyeth 1917 -

 ロビン・フッドは中世イングランド(イギリス)の伝説的な人物です。
 彼の物語は長きに渡って吟遊詩人たちによって語り継がれてきましたが、実在する人物かどうかは怪しいです。何名かの勇敢な者の伝記が合わさり、架空のロビン・フッドという人物に脚色が加えられ、伝承的な物語になっていった可能性が高いです。中世時代におけるロビン・フッドは不当な権力に立ち向かう小作民や、土地を奪われた貴族、十字軍へ参加する者など、物語によって立場や性格は大いに異なりました。「緑色の衣服を着ており、無法者の集団の弓が得意な首領で、貧しき者の為に戦う者」というロビン・フッドのイメージは19世紀になって確立したものとされています。
 イギリスのアウトロー的英雄ロビン・フッドの絵画12点をご覧ください。


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プロフィール
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管理人:


中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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