メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

クレオパトラ

クレオパトラの死の絵画14選。絶望した女王は自らの身体を毒蛇に噛ませ、命を絶つ

Benedetto Genari Cleopatra -

 クレオパトラは紀元前に生きた、プトレマイオス朝の最後の王女です。
 彼女は18歳で王位に付き、他の兄弟と政権争いをしながら国を動かしていきます。ポンペイウス(子)やユリウス・カエサル、アントニウスらと関係を持ち、カエサルとの間に息子カエサリオン、アントニウスとの間に双子の男女と男子の三人の子供を生みました。しかし、ローマで台頭してきたオクタヴィアヌスとの海戦に敗れ、クレオパトラの立場は危機的状況に陥ってしまいます。愛人アントニウスの死を受けて、彼女も命を絶つことを決心し、自らの身体に毒蛇を噛ませ、息絶えてしまいます。まだ39歳でした。
 美女の代表格となっている王女の死は、多くの画家が取り上げました。毒蛇に噛まれて命を絶とうとしているクレオパトラの絵画、14点をご覧ください。
→ クレオパトラについて、もう少し詳しく知りたい方はこちら

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女王クレオパトラの絵画13点。知性と色香で国を動かした、絶世の美しさを誇る悪女

Jacob Jordaens  1653 -

 クレオパトラ(紀元前69‐30年)は古代エジプトに栄えたプトレマイオス朝の最後の女王です。
 本名はクレオパトラ7世フィロパトル。絶世の美女とされ、話術が得意で何か国語も話すことができたそう。彼女が生きたプトレマイオス朝は激動と混乱の時代でした。若干18歳でクレオパトラは弟のプトレマイオス13世と兄弟婚をし、共同政策を行いました。しかし、二人の間に亀裂が走り、内戦が勃発します。ローマとの同盟こそが重要であると考えたクレオパトラは、ユリウス・カエサルに目を付けます。女王は自らを寝具袋(絨毯とも)にくるませ、アレクサンドリアにいたカエサルの元に届けさせました。彼女はカエサルを魅了し、ナイルの戦いでプトレマイオス13世を戦死させます。クレオパトラは国の統治を図りますが、今度はカエサルが暗殺されてしまいます。

 その後、ローマはカエサル派である三名が権力を持ち、三頭政治を行っていました。その一人であるアントニウスに呼び出された時、彼女は美しく着飾ってお色気攻撃を図りました。彼はそれに引っかかり、二人は愛人となって三人の子をもうけます。アントニウスはクレオパトラに深入りしずぎた為、ローマ市民に不興を買ってしまい、オクタヴィアヌスに人気が集まるようになりました。クレオパトラ側はとオクタヴィアヌスと海戦を行いましたが、あえなく敗北。アントニウスは自害し、クレオパトラも毒蛇に自らの身体を噛ませて自害をしたと伝えられています。こうしてプトレマイオス朝は滅亡してしまいました。
 世界三大美女とされ、悪女ファム・ファタールともされている女王クレオパトラの絵画13点をご覧ください。

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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
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