メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

シェイクスピア

ピュラモスとティスベの絵画14点。ライオンによる誤解により絶命した悲劇の恋人たち

Pietro Bianchi, Pyramus and Thisbe, c. 1724-5 -

 ピュラモスとティスベはギリシャ神話に登場する恋人たちです。オウィディウスの「変身物語」に掲載されています。
 バビロンの街の隣人同士である二人は愛し合っていました。しかし、彼等の親は折り合いが悪く、その恋に猛反対。会う事すら許してくれず、ピュラモスとティスベは毎夜ごと壁に空いた穴から愛をささやく事しかできませんでした。月日は経ち、二人は駆け落ちをして何処か遠くで暮らそうと決心し、バビロンのはずれのニノスの墓所で落ち合おうと約束したのです。

 約束の夜にティスベは家から抜け出し、墓所へと到着します。ピュラモスはまだ来ていません。彼女が泉のほとりの桑の木の側で待っていると、恐ろしいうなり声が聞こえてきました。ティスベは慌てて逃げたものの、被っていたベールを落としてしまいます。姿を現したのは口元を血で染めたライオン。猛獣は水を飲み、ベールにじゃれついて遊んだ後に遠くへと去っていきました。

 そのタイミングでピュラモスが現れてしまいます。目に入って来たのは血まみれで引き裂かれたベール。彼はティスベがライオンに食べられたと思い込み、絶望の余り持っていた短剣で自分を刺して絶命してしまったのです。もう安全と思って元の場所に戻ったティスベが見たのは、ベールを握ったまま息絶える恋人の姿。彼女はピュラモスが握っていた短剣を胸に当て、後を追ったのでした。翌日になり、惨劇を知った互いの両親は深く哀しみ、和解をして二人を一緒に埋葬してあげたそうです。
 悲劇の王道とも言えるピュラモスとティスベの絵画14点をご覧ください。

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ロミオとジュリエットの絵画13点。悲恋の代表作とも言える、シェイクスピアの戯曲

Romeo and Juliet  Mather Brown -

 ロミオとジュリエット(ロメオとジュリエットとも)は、16世紀後半に書かれたシェイクスピアの戯曲です。
 14世紀のイタリアのヴェローナが舞台。神聖ローマ帝国の皇帝フリードリヒ2世と、ローマ教皇グレゴリウス9世は互いに対立しており、皇帝派と教皇派に分かれて熾烈な戦いを繰り広げていました。モンタギュー家とキャピュレット家もその例に漏れず、互いを憎み合っていました。

 モンタギュー家の息子ロミオはある日友人と共にキャピュレット家に侵入し、ジュリエットと出会います。たちまち恋に落ちた二人は修道士ロレンスの元で結婚の誓いを立てます。しかし、そのすぐ後にロミオは争いに巻き込まれ、親友を殺されたロミオは怒りのあまり、キャピュレット夫人の甥を殺めてしまいます。そのせいでロミオは都市を追放され、ジュリエットはヴェローナ大公の親戚パリスと婚姻を勧められるも拒否した為、家から勘当されかかります。

  困ったジュリエットはロレンスに助けを求めます。修道士は「薬で仮死状態となって葬られ、迎えに来たロミオと共に此処から逃げなさい」と提案しました。それに賭けた彼女は2日間仮死になる薬を飲み、霊廟に葬られました。しかし、ロミオへの伝達が上手くいかずに彼はジュリエットが本当に亡くなったと思い込みます。そして毒をあおって息絶えてしまったのです。仮死状態から目覚めた時、ジュリエットはロミオの亡骸を発見し、自分も短剣で胸を刺して生を終えたのでした。この痛ましい事件があり、いがみ合っていた両家は和解をしたとされています。
 悲恋の代表格ロミオとジュリエットの絵画13点をご覧ください。

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フォルスタッフの絵画14点。シェイクスピアのヘンリー四世に登場する、強欲な老騎士

Falstaff with a Tankard of Wine and a Pipe  Mihály Zichy -

 フォルスタッフはシェイクスピアの戯曲「ヘンリー四世 一部&二部」と「ウィンザーの陽気な女房たち」に登場する老騎士です。
 大酒飲みで肥満体、臆病者で好色、強欲で嘘つき、追い剥ぎをするごろつきの悪人という、ダメダメな騎士ですが、頭が切れてユーモアに富み、たまに真相を突いた警句を吐くという深遠な一面も持ち合わせています。そのギャップは開演当初から多くの人に愛され、フォルスタッフはシェイクスピアの物語から飛び出して多くの二次創作が作られ、現代でも語り継がれております。

 「ヘンリー四世」によると、フォルスタッフはヘンリー四世の息子ハル王子の放蕩仲間で、飲んだくれて遊び呆けていました。ある日、ノーサンバランド伯の者達はヘンリー四世に謀反し、戦争を起こします。王は王子に鎮圧を命じ、ハル王子は名誉挽回の為にホットスパーを一騎打ちの末に倒します。ずっと逃げ回っていたフォルスタッフはホットスパーを倒したのは自分の手柄だと主張しますが、その嘘は見破られてしまうのでした。

 ホットスパーの死にノーサンバランド伯は怒り、応戦してきました。フォルスタッフは判事のシャロ―を頼って、兵士を募ったものの、役に立たない者ばかり。ハル王子の弟ジョン王子の策略で謀反者達は捕まり、処刑によって反乱は鎮圧されたものの、ヘンリー四世は重病に伏せり、ハル王子に王冠を託して息絶えてしまいます。王位を授かってヘンリー五世となった彼は、馴れ馴れしく話し掛けて来たフォルスタッフを拒絶し、罪で投獄してしまったのです。その後、フォルスタッフはフランスまで放浪したあげく、汗かき病によって死んでしまったとされています。
 愛すべき悪人、憎めないごろつきであるフォルスタッフの絵画14点をご覧ください。

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リチャード三世の絵画13点。シェイクスピアの戯曲にもなった、狡知のイングランド王

George Frederick Cooke as Richard III  1811-12 -

 リチャード三世(1452-85)は、イングランド王国であるヨーク朝の最後の王です。
 いとこのウォリック伯リチャード・ネヴィルに育てられた彼は、兄のエドワード四世が王位に就くと、9歳の時にグロスター公爵の位を得ました。その9年後にウォリック伯はランカスター派に寝返り、エドワード四世は追放されてしまいますが、リチャードは兄を援助し、翌年に王位を復活させています。20歳の時にウォリック伯の娘アン・ネヴィルと結婚し、その領地を我が物にしてリチャードの地位は飛躍的に向上しました。

 1483年にエドワード四世が病死すると、息子のエドワード五世が王位に就いてリチャードが摂政となりましたが、王とその弟はロンドン塔に幽閉されてしまいます。その間にエドワード五世の血筋は不当と決定を下し、リチャード三世として王に即位してしまうのでした。エドワード五世と弟はその後、殺されたと思われます。晴れて王となった彼でしたが、状勢は不安定となって反乱が相次ぎます。一人息子と王妃が続けて病死し、1485年の8月にランカスター派のヘンリー・テューダーが武器を携えて到来。ボズワースの戦いが始まります。リチャード三世は自ら武器を持って獅子奮迅するものの、味方の裏切りにあって戦死してしまうのでした。
 シェイクスピアの戯曲「リチャード三世」において、彼は背骨が曲がった冷酷で欲深き王として書かれています。それにより極悪人としてのイメージがついてしまいましたが、現在ではそこまでではなかった事が証明されております。史実と物語の様子を踏まえながら、リチャード三世の絵画13点をご覧ください。

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幽霊の絵画13点。戯曲や逸話に登場する、西洋美術における不気味なゴーストたち

Mikhail Petrovich 1835-1914 Ivan Terrible  Souls  Victims -

 「幽霊(ゴースト)」と聞くと、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。日本人なら、白い着物を着て足が透明で、頭に三角の布を付けている姿を想像する人が多いのかもしれませんね。幽霊を描いた日本画は葛飾北斎、歌川国芳などが有名どころで、背筋がぞっとするような不気味な作品が数多くあります。
 しかし、幽霊を描いた西洋絵画はどんな作品があるだろうと考えると、あまりピンとこないのではないでしょうか。気になって、調べてみると西洋の幽霊は「戯曲や歴史、聖書に登場する幽霊」が多くを占めていました。誰かに何かを伝えようとする幽霊が多く、呪ってやるぞみたいな幽霊はあまり見られませんでした。しかし、中には不気味な幽霊絵画も・・・。
 では、幽霊にまつわる絵画13点をご覧ください。

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シェイクスピアの悲劇オセローの絵画16点。部下に騙され妻を殺すムーア人の指揮官

Christian Kohler, 1859 -

 「オセロー」はシェイクスピア作の四大悲劇の一つであり、部下の奸計によって妻を殺めた指揮官の物語です。
 オセローはムーア人のヴェニス指揮官です。尊敬されていた彼はデスデモーナと愛し合い、結婚します。幸せな日々が続くと思いきや、部下イアーゴーは昇進させなかったオセローを憎んでおり、陥れようと企んでいたのです。
 イアーゴーは副官であるキャシオーを煽り、地位を解任させてしまいます。イアーゴーはキャシオーに「デスデモーナに復権を頼みな」とアドバイスし、その通りにします。そして、彼はオセローに「キャシオーとデスデモーナは密通しているぞ」と嘘をついたのです。始めは信じなかったオセローも「あいつは彼女のハンカチを持っていた」と聞くと、段々と妻が疑わしく感じてきます。そして、キャシオーの情婦ビアンカがハンカチのことを話題に出し、オセローはその嘘を信じ込んでしまうのです。イアーゴーはロダリーゴにキャシオーを暗殺させようとしますが、彼は一命を取り留めます。

 怒るオセローは白状しろと暴言を言うものの、濡れ衣のデスデモーナは無実を訴えます。聞く耳を持たないオセローは、寝室で彼女の首を締めてしまうのでした。その後、イアーゴの妻エミリアはハンカチを拾って夫に渡したのは自分であり、不貞の噂を流したのは夫であると告白します。イアーゴーは身の危険を感じ、妻を刺して逃走してしまいます。全ては策略であったことを知ったオセローは、深い後悔と絶望に襲われ、デスデモーナを殺めてしまったことを嘆きました。彼はヴェニスの使者たちに事件をありのままに話すよう告げ、短剣で自らの胸を刺し、愛しい妻の隣で息を引き取るのでした。
 愛と懐疑と裏切。愛憎に満ちたオセローの絵画16点をご覧ください。

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シェイクスピアの悲劇リア王の絵画14点。コーデリアを捨てた王は狂気の道を進む

George William Joy -

 「リア王」はシェイクスピア作の四大悲劇の一つで、三女を信じなかった為に悲劇を招いた王の物語です。
 ブリテン王リアは、三名の娘に王国を譲ることにしました。ただし、「わしに愛を告げてくれるなら」という条件がありました。上の二人はおべっかを使ってリア王を褒めちぎり、思うままの領地を手に入れましたが、三女コーデリアだけは父を思うあまり、上辺だけの甘言を言う事ができませんでした。王はコーデリアの態度に激怒し、庇ったケント伯共々勘当してしまいます。コーデリアはそのままフランス王妃となりました。しかし、それが悲劇の始まりでした。娘二人はリアを邪険にし、居場所を与えなかったのです。一方、リアの重臣グロスターには二人の息子エドガーとエドマンドがいました。エドマンドは領地を狙っており、父を騙してまんまと相続権を手に入れ、エドガーは追放されてしまいます。

 リアは道化と嵐吹く荒野をさまよう羽目になり、それを発見したケントは二人を小屋に引き入れます。その中には変装したエドガーもおりました。三女コーデリアは父を救うべく、フランス軍を進軍させていましたが、グロスターはフランスと通じているとエドマンドに密告され、両目をえぐられて追放されてしまいます。絶望に陥ったグロスターをエドガーが慰めます。コーデリアは父と再会し、二人はやっと和解したのです。しかし、ブリテン軍との戦争によってコーデリアとリアは捕虜になってしまいます。ここから、悲劇の連鎖は続いていきます。長女は次女を毒殺し、自らは自害しました。エドマンドはエドガーと決闘して打ち倒され、コーデリアは刺客に獄中で殺されてしまいます。リアはコーデリアを抱きながら嘆き悲しみ、命尽きてしまうのでした・・・。
 王位と愛と狂気が渦巻く「リア王」の絵画、14点をご覧ください。

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シェイクスピア作マクベスの絵画16点。血塗られた王は魔女達の予言通りに絶命する

 Buchel (1872–1950) -

 「マクベス」は1606年頃にシェイクスピアによって書かれた戯曲です。実在のスコットランド王であるマクベスをモデルとしており、「ハムレット」「オセロ」「リア王」と並び、四大悲劇とされています。
 ダンカン王に仕える将軍マクベスとバンクォーは戦争に勝利を収めました。その帰り道に三人の魔女と出会い、マクベスは「いずれ王になる方」バンクォーは「子孫が王となろう」と伝えられます。マクベスは武勲によりコーデの領主となり、王になることを期待しました。しかし、王は息子マルカムを継承者にすることを決め、彼は失意の中で王を暗殺することを考えます。それを後押ししたのは妻でした。まだ迷いがあるマクベスを叱咤し、暗殺計画を練りました。かくして二人は宴会途中で寝室へ忍び込み、短剣でダンカン王を殺してしまったのです。

 遺体が発見されて城内は騒然となり、二人の王子は危険を感じて国外へ逃げます。それが原因で王子に犯人の嫌疑がかけられ、マクベスが王を務めることになりました。王となった彼は喜びますが、バンクォーの予言に強い不安を覚えます。マクベスはバンクォーと息子フリーアンスに刺客を送り、殺害しようとするものの、息子は逃げ延びます。マクベスと夫人は次第に精神を病んでいき、マクベスは暴君と化していきました。安心を得ようと現王は魔女の元へ再び赴きます。「女の股から産まれた者はお前を倒せない。バーナムの森が来ない限り安全だ」という予言を受け、彼はこんな予言は実現しないだろうとほっとしました。一方、貴族のマクダフはマルカム王子の元へ訪れ、マクベス討伐の策を練っていました。

 マクベス王の元へ進撃してくるマグダフとマルカム王子の軍。その軍は木の枝を隠れ蓑として利用しており、その姿はまるで森のようでした。予言が実現してうろたえるマクベス。そして夫人は夢遊病を患い、自らの罪を嘆いて衰弱して死んでしまいます。自暴自棄になって戦場へ赴くマクベスの元へ、マグダフが現れました。「女の股から出た者に私は倒せないぞ!」と言うと、彼は「私は母の腹を破って出たのだ!」と告げます。激闘の末にマクベスは命を落とし、マルカム王子がスコットランド王となったのでした。
 では、権威の虜になって狂気に陥ったマクベスと夫人の絵画16点をご覧下さい。

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ハムレットの恋人オフィーリアの絵画13点。理性を失って命を落とした悲劇の女性

Ophelia di Arthur Hughes, 1863 -

 オフィーリアはシェイクスピアの四大悲劇の「ハムレット」に登場する王子ハムレットの恋人です。彼が狂気を装って父親を殺したせいで理性を失い、川へ流されて亡くなってしまいました。
 現王を暗殺して父親の復讐を果たす為に狂ったふりをしているハムレットを、オフィーリアはとても心配します。それなのに彼は暴言を吐き、「修道院へ行け」と言って彼女を酷く傷つけます。悲しむオフィーリアに追い打ちをかけるように、父親である宰相ボローニアスがハムレットに殺されたことを知ります。狂ってしまった恋人と父親の死。悲哀は最長に達し、正気を失ってしまいました。

 オフィーリアは歌を歌ったり、取り留めもないことを口走ったり、皆に花を配ったりし、フランスから帰国した兄レアティーズの姿さえ分からなくなってしまいました。そのまま彼女はふらふらと柳の木がある小川のほとりへ行き、枝に花輪を吊るそうと手を伸ばして登ろうとしました。しかし、枝は無惨にも根元から折れ、彼女はキンポウゲ、イラクサ、デイジー、蘭で作られた花輪もろとも川へと落ちてしまったのです。気がふれていたオフィーリアは水から上がろうとせず、歌やうわごとを零しながら人魚のように川を漂っていました。そのまま彼女は沈んでいき、こと切れてしまいました。彼女の死は登場人物の誰もが悲しみ、ハムレットは己の行動を深く後悔し、彼女への強い愛を今更ながらに気付いたのです。
 儚き悲劇の女性、オフィーリアの絵画13点をご覧ください。

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シェイクスピアの悲劇ハムレットの絵画12点。狂気を装う王子が父の復讐を果たす

Pedro Américo -

 「ハムレット」は1600年頃に書かれた、シェイクスピア作の悲劇です。
 デンマーク王が急死をすると、弟クローディアスが王位に就き、王妃と結婚します。父親の死と母の再婚に深く悲しむ王子ハムレットは、従者から夜に王の亡霊が現れると聞き、その場へ向かいます。父の亡霊に会ったハムレットは「私は弟に毒殺をされた」と真実を告げられました。彼は父親の復讐の為に狂気を装い、事件の証拠を掴もうと探りを入れます。王子の変貌に人々は心配し、宰相ポローニアスは娘オフィーリアに原因を突き止めるよう言いました。彼女はハムレットの恋人でした。そんなオフィーリアにも王子は冷たく当たり、彼女は深く傷付きます。

 やがて、毒殺の証拠を掴んだハムレットでしたが、母と会話をしているところを聞いていたポローニアスを刺し殺してしまいます。そして、オフィーリアは重なる悲劇に心を乱し、事故で溺死をしてしまい、兄であるレアティーズは怒り狂い、父と妹の仇を取ろうと考えます。王クローディアスもレアティーズと結託してハムレットを殺そうと画策します。毒剣と毒入りの酒を用意し、剣術試合に招いてハムレットを殺そうとしたのです。しかし、毒の酒を王妃が誤って飲んで死亡、ハムレットとレアティーズは毒剣で互いを傷付けてしまいます。ハムレットはレアティーズと和解してクローディアス王を殺し、この事を後世に伝えて欲しいと親友に頼み、命を落とします。
 四代悲劇の中の一つに数えられる、ハムレットの絵画12点をご覧ください。

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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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