メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

セクシー

カリストの絵画13点。アルテミスに化けたゼウスに狙われ、熊となった可哀想な美女

Jupiter  Callisto  François Boucher 1763 -

 ギリシャ神話に登場するカリストはアルテミスに化けたゼウスによって妊娠し、本物のアルテミスによって熊に変えられてしまった美女です。
 カリストは恋愛やお洒落に興味を示さず、アルテミスの従者として狩りを行っていました。しかし、ある日ゼウスが彼女を見初め、アルテミスに化けてカリストに近付き、想いを遂げてしまいます。彼女はこの事実に恐怖し、妊娠したことをずっと女神に隠していました。しかし、数か月後にアルテミス達と沐浴する機会が訪れ、衣服を脱いだことにより妊娠がばれてしまいます。アルテミスはその事実に怒り、恐ろしい呪いを掛けました。(ゼウスの妻ヘラの呪いという説も)美しいカリストの容姿は真っ黒な剛毛に覆われ、爪は鋭くなって牙が生え、うなり声しか出せなくなりました。彼女は恐ろしい熊に変えられてしまったのです。
 
 変身物語によるとカリストはその後、数十年間熊のままで生き続け、残酷な苦しみを味わいました。彼女とゼウスの息子であるアルカスは、マイアに預けられて立派に成人しました。ある日、アルカスが狩猟をしていたところ、巨大な熊と出会って射ようとしました。それを見ていたゼウスは二人を不憫に思い、カリストをおおぐま座、アルカスをこぐま座として天へと上げたとされています。
 偽アルテミスに迫られ、本物には糾弾されるカリストについての絵画13点をご覧ください。

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ヘルマプロディトスの絵画13点。ニュムペーに愛され、両性具有体となった美少年

Hermaphroditus And Salmacis by Louis Finson -

 ギリシャ神話に登場するヘルマプロディトスは、ヘルメスを父にヴィーナスを母に持つ美少年です。
 ヘルマプロディトスはトルコのイデ山でニュムペー(ニンフ)によって育てられました。15歳の時に各地を旅し、ハリカルナッソスという土地の森の泉で、ニュムペーのサルマキスと出会いました。彼女はこの美少年に一目惚れをし、誘惑を試みましたがすげなく断られてしまいます。ヘルマプロディトスはサルマキスが去ったのを見計らって衣服を脱ぎ、泉へ入っていきました。その時、隠れていたサルマキスが猛ダッシュし、美少年目がけて飛び込んだのです!

 「好きよ~!」と抱きしめようとするサルマキスに、「止めて~!」と抵抗するヘルマプロディトス。彼女は神々に「どうか離れ離れにしないで」と願い、その祈りは届けられます。こうして二人は融合して両性具有体となったのでした。自らの身体の変化に悲嘆したヘルマプロディトスは、「この泉の水を浴びた者は全て僕のようになってしまえ」と呪いをかけたとされています。
 サルマキスに愛されすぎたヘルマプロディトスの絵画13点をご覧ください。

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ヒュラスの絵画13点。ヘラクレスの従者だったが、泉のニュムペーにさらわれた美少年

Hylas and the Nymphs, John William Waterhouse -

 ギリシャ神話に登場するヒュラスはヘラクレスに仕えていたものの、ニュムペー(ニンフ)にさらわれてしまった美少年です。
 ドリュオプス族のテイオダマース王とニュムペーのメノディケ(ケーウクスという説も)との息子。テイオダマース王は非道な性格をしていたので、ヘラクレスは王を殺して幼いヒュラスを奪い、従者として育てる事にしました。(ヘラクレス滅茶苦茶な奴ですね・・・) それでもヒュラスは立派な従者に成長します。

 しかし、アルゴ―船がキアノス島へ上陸した日に事件が起きます。ヒュラスが泉へ水を汲みに行った時、泉のニュムペー達と遭遇。ヒュラスの美しさに惚れてしまったニュムペーらは、彼を泉の中へ引きずり込んでしまったのです。ポリュペモスがヘラクレスにヒュラスが行方知れずになったことを伝え、二人は捜索をします。現地の村の人を脅迫してまで懸命の捜索をしたものの、結局発見できずにヘラクレスはその場を離れざるを得なかったのでした。こうしてヒュラスは泉のニュムペーの夫となったのです。
 美少年を泉に引きずり込む美女たちの絵画13点をご覧ください。

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プシュケーの試練の絵画13点。クピドとの結婚の為にヴィーナスの折檻に耐える乙女

Pompeo Batoni – Il matrimonio di Cupido e Psiche -

 プシュケーはギリシア神話に登場する、愛の神クピドに愛された女性です。
 彼女はクピドの妻だったのですが、秘密だった彼の姿を見てしまい、見放されてしまいました。(詳しくは別記事にて) 後悔したプシュケーは一日中夫を探して歩き回り、山中で神殿を発見します。そこには女神ケレスがおり、「ヴィーナスの許しを得なさい」というアドバイスをくれたのでした。プシュケーは早速ヴィーナスの神殿へ行き、過去の事を謝りましたが、おかんむりの女神は彼女に無理難題を押し付けます。

 一つ目の難題は大量の穀物を分けろというもので、それは同情したクピドが蟻を呼び寄せて達成しました。二つ目は羊達から金に輝く羊毛を持ってこいというもので、それは河の神が葦を鳴らして攻略法を教え、達成しました。三つ目は竜の棲む泉から水を汲むよう命じられ、ゼウスの大鷲が水を汲んで来てくれて達成しました。
 最後の難題は冥界の女神ペルセポネに化粧品を分けてもらうというもので、塔から聞えて来たアドバイスに忠実に従って冥界へ行き、首尾よくヴィーナスから預かった箱の中に入れてもらう事ができました。
 しかし、その帰り道に愛する夫に美しい顔を見せたいという欲求が勝り、「開けてはならない」と警告されていたにも関わらず箱を開けてしまったのです。その途端、中から冥界の眠りが飛び出し、プシュケーは倒れてしまったのでした。

 一方、肩の傷が癒えたクピドは妻を探していました。姿を見られて逃げたものの、プシュケーを想い続けていたのです。発見した彼は眠りを集めて箱に戻し、妻を起こしました。それからクピドはゼウスに頼み込み、ヴィーナスの許しをも取り付けてくれたのです。こうしてプシュケーは神々の飲み物ネクタルを飲んで不死となり、夫クピドと結婚する事ができたのでした。
 プシュケーの試練と、二人の結婚についての絵画13点をご覧ください。

→ プシュケーが秘密のクピドの姿を見てしまったシーンの絵画を見たい方はこちら

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エマ・ハミルトンの絵画13点。画家のモデルにして、ネルソン提督の愛人となった美女

LadyHamilton ヴィジェ・ルブラン 1790 -

 エマ・ハミルトン(1765-1815)は、イギリスの絵画モデルであり舞踏家。ネルソン提督の愛人として知られています。
 彼女はイングランド北西部のチェシャ―州に生まれ、早くに父を亡くして母に育てられました。本名はエイミー・ライオンであるものの、エマ・ハートと改名して家政婦として働きましたが、その美しさと性に奔放であったせいで辞職が続きました。17歳になった頃にはロンドンの名士の愛人となり、絵画モデルとしても働いていました。

 その後、エマは貴族チャールズ・グレヴィルの愛人となり、彼の友人の画家ジョージ・ロムニーに何枚かの絵画を描いてもらっています。別の女性と婚姻したグレヴィルが、エマをイタリアのナポリのサー・ウィリアム・ダグラス・ハミルトンの元へ連れていくと、彼はエマを深く気に入り、公式に結婚する事に決めました。エマはナポリで演技や踊りを混ぜ込んだ見世物を披露し、その魅力は国に広まって王妃マリア・カロリーナとも親しくなりました。

 それから、エマは特使としてやって来たホレーショ・ネルソン提督と、夫公認の愛人関係となりました。エマが36歳の時にネルソンとの娘ホレイシアを出産したものの、二年後に夫ウィリアムが亡くなり、ネルソンは出征してしまいます。残された彼女は寂しさのあまり浪費に走り、ネルソンが戦死した時には財産が残っていませんでした。それどころか借金が重なって家を取り上げられ、借金した者の監獄に入れられてしまいます。負債から逃れる為にエマはフランスへ渡ったものの、酒に溺れて50歳の若さで亡くなってしまいました。
 麗しの栄誉からどん底へ。絶世の美女エマ・ハミルトンを描いた絵画13点をご覧ください。

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プシュケーの絵画13点。クピドに愛されたものの、秘密の姿を見てしまった女性

Psyche with Sleeping Cupid  Louis Jean Francois Lagrenee -

 ギリシア神話に登場するプシュケーは、クピドの愛を受けたものの、禁じられた姿を見てしまった人間の女性です。
 とある王国の三番目の王女であるプシュケーはかなりの美貌の持ち主で、人々は美の女神ヴィーナス(アフロディテ)をそっちのけにして彼女を褒め称えてしまいます。それに怒ったヴィーナスは息子クピド(エロース)に「あの娘に愛の矢を撃ち込んで、卑しい男を愛するようにしておくれ」と命じます。悪戯好きのクピドは了承し、プシュケーに忍び寄るのですが・・・。なんと矢で自分を傷付けてしまい、愛が芽生えてしまったのです。

 その後、プシュケーの元に一人も求婚者が現れず、父母は心配してアポロンの神託を受けました。神託は「彼女は人間の花嫁にはなれず、山頂にて怪物が待っている」という恐ろしいものでした。プシュケーは毅然に山頂へ行くことを決意し、風の神ゼピュロスに運ばれて立派な宮殿へと到着しました。宮殿中の全てが彼女の物だと言う声が聞こえ、運命の夫は夜中にだけ現れて、プシュケーが何度姿を見せるよう頼んでも拒否して帰ってゆくのでした。

 宮殿に暮らす内に家族が恋しくなった彼女は、夫に二人の姉を招くことを了承させます。しかし、彼女たちは妹の豪華な暮らしに嫉妬し、「夫は怪物で、お前を太らせて食べようとしている。ナイフを使って首を斬り落としなさい」と吹き込みます。それを信じてしまったプシュケーは、ナイフを握り締めながら真夜中で寝ている夫の側に忍び寄り、ランプをかざしました。すると、明かりに照らされたのは怪物ではなく美しい神の姿でした。プシュケーはうろたえて彼の肩に油を落とし、火傷させてしまいます。驚いたクピドは妻の行った事に気付き、窓から飛び去ってしまったのです。プシュケーが追いかけようとするも、後の祭り。麗しい宮殿は幻のように消えてしまい、プシュケーはむせび泣く事しかできなかったのでした。
 プシュケーとクピドの絵画13点をご覧ください。なお、この先の物語の絵画については次回へ続きます。

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イオの絵画13点。ゼウスとの情事をヘラに知られ、牝牛となったギリシャ神話の美女

Antonio Allegri, called Correggio - Jupiter and Io 1520-40 -

 ギリシャ神話に登場するイオはゼウスに見初められたが為に、牝牛となって世界をさまよう羽目となった女性です。イーオーとも呼ばれます。
 イオはヘラに仕える女神官であるにも関わらず、最高神ゼウスが彼女を見初めてしまいます。嫉妬深いヘラはそれに勘付いて夫の元へ行きますが、ゼウスはイオを白い牝牛に変化させ、しらを切ろうとしました。そんな事はお見通しのヘラは「私にこの美しい牝牛を譲ってくれないかしら」と言い、まんまとゼウスからイオを引き離します。その後、ヘラは百の目を持つ怪物アルゴスの元へ牝牛を連れていき、厳しく監視させました。

  アルゴスに見張られながら牛の生活を余儀なくされたイオ。彼女の家族はそれに気付いて嘆いてくれましたが、悲しさを一層増やすだけでした。ゼウスはそんなイオを不憫に思い、部下であるヘルメスを遣わしてアルゴスを退治させ、牝牛を解放させてやりました。
 しかし、全てを見透かしているヘラは虻を送ってイオを執拗に追いかけ回し、牝牛は逃げ惑ってイオニア海を泳いで渡りました。野をさまよい、山に登り、海峡と国を渡り、河岸へと移動します。そこに来てやっとゼウスがヘラに「ワシが悪かった。もうイオにはちょっかいを掛けないから許してくれ」と詫びを入れたのです。ヘラはそれを聞き入れ、イオを人間の姿へ戻してやり、無事に家族の元へ返してあげたのでした。
 ゼウスのせいで踏んだり蹴ったりな女性、イオについての絵画13点をご覧ください。

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ガニュメデスの絵画14点。鷲に変身したゼウスにさらわれた、ギリシャ神話の美少年

Ganymede, Jean-Pierre Granger 1810 -

 ガニュメデスはギリシャ神話に登場する、ゼウスにさらわれて神々の給士役となった美少年です。彼は初代のトロイ王トロースの子供である、イーロスとアッサラコスの兄弟とされています。
 今までオリュンポスの神々の給士係は青春の女神へーベーでした。しかし、彼女はヘラクレスの妻となり、給士をやめることとなりました。(一説には神々に酌をしている時、転んでしまったからとされています) 最高神ゼウスはイーデー山で友達と遊んでいるガニュメデスを発見し、その美しい姿に惚れ込んでしまい、鷲に変身して彼をさらっていってしまったのです。天上へ連れてこられたガニュメデスは永遠の命と若さを与えられ、神々の給士係として任命される事となりました。
 また、ガニュメデスはヒュアキントスやアドニス、エンデュミオン、ナルキッソスと同様に美少年の代表として扱われ、多くの画家に描かれています。中にはゼウスとの禁断の愛を描いたものも・・・。
 では、ガニュメデスについての絵画14点をご覧ください。

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オダリスクの絵画13点。オリエンタリズムに流行った、エキゾチックなハレムの美女

Odalisque by Jean Baptiste Ange Tissier - コピー

 オダリスクはイスラムの君主(スルタン)に仕え、ハレムにいる寵姫、または女奴隷のことを指します。
 一夫多妻制であるイスラム社会は、ハレムと呼ばれる居室に何名かの女性を住まわせていました。彼女たちは奴隷の身分ではありましたが、スルタンが気に入り、娶ることで妃の身分となることもありました。日本の大奥に近いものを感じますね。18世紀以降、東洋世界に興味を持つ風潮であるオリエンタリズムが西洋で起こり、様々なエキゾチックな絵画が描かれました。その中でオダリスクは最も好まれた主題で、画家たちは退廃的で気だるく、少し危険な香りのする東洋的なセクシー美女をこぞって表現しようとしたのです。
 異国情緒漂う、オダリスクの絵画13点をご覧ください。

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オリエンタリズムの絵画14点。アジア世界に興味を抱き、近代に流行した東方趣味

Pelt Merchant of Cairo  Jean-Léon Gérôme 1869 - コピー

 オリエンタリズムは西アジア周辺への憧れや関心を軸にした、西洋近代の芸術風潮です。東方趣味、異国趣味などと訳せます。18世紀頃に始まったとされ、19世紀頃に最盛期となりました。
 「オリエント」という語は「昇る」という意味から来ており、東側から日が昇る為にその名が付きました。西洋では長い間、東側に属するオスマン帝国と戦争を続けておりましたが、航海技術の発達と共に様々な異文化に触れる機会が増えてきました。東方世界は野蛮で不気味なものではないと分かり、進んで異国を調査する者も多く現れ、異国に対する興味が次第に高まっていくようになります。東方と言うとかなりの数のアジア圏の国が入ってしまいますが、イスラム文化圏の作品が多く見られたり、文化様式が混在したりしている作品があったりします。画家たちはエキゾチックで珍しい文化や風景、人物を、憧憬や興味の念を込めて描いたのです。
 では、オリエンタリズムについての絵画14点をご覧ください。

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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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