メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

フランドル絵画

盗賊(強盗)の絵画13点。旅人や貴族の身ぐるみを剥ぐ、西洋の追い剥ぎの悪しき姿

David Vinckboons, The Nest Robber 1576-1632 -

 土地が開拓されていなかった時代、都市から都市への移動は命がけの行為でした。自然の猛威や猛獣なども危険で気を付けるべき存在ですが、最も厄介な存在は盗賊(追いはぎ)達でした。彼等は何名かでグループを作って旅人を狙い、凶器で脅して身ぐるみを全て奪うのです。
 山の中に拠点を置いて通行人を襲う盗賊を山賊、海で船を使って他の船を襲撃する盗賊を海賊と呼び、戦争に参加した傭兵も強盗に変貌することがありました。旅の途中の農民や貴族を襲うだけではなく、村まるごとを襲い、略奪するものも現れました。そうなったら人々は逃げるしかなく、全てを奪い尽くされてしまうのです。
 北方ルネサンスや近代の画家が描いた、強盗の絵画13点をご覧ください。

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サテュロスと農夫の絵画13点。イソップ寓話より派生した、牧神とスープの家族絵画

Jan Steen The Satyr and the Peasant 1660 -

 サテュロスと農夫は、イソップ寓話「サテュロスと旅人」から派生して、サテュロスと一緒に家族が描かれている構成の絵画の事を指します。フランドルを中心に作品が残されています。
 極寒の日の夜、旅人は天候の悪さに先に進めなくなってしまいました。同情したサテュロスは旅人を自分の家(洞窟)へと招待します。旅人は礼を言い、凍えて感覚がなくなった両手を温めようと息を吹きかけました。彼が温まって来た頃、サテュロスは充分に温められた料理でもてなします。スープがとても熱かった為、旅人は息をふーふーして冷まそうとしました。それを見ていたサテュロスはぶるぶる震え出し、こう叫んだのです。「二種類の息を出せるような奴は家に入れたくない!」と。こうして旅人はサテュロスの家を追い出されてしまったのです。
 この普段やってしまいがちな行為は、サテュロスにとっては気持ち悪く映ったのでしょう。この寓話はどういう教訓を含んでいるかは断言できませんが、「節操を持ちましょう」「郷に入っては郷に従え」的な感じなのでしょうかね。(調べてみたら、性格が分からない奴とは付き合えないという意味のようです。それってどうよ^^;)
 では、イソップ寓話の進化版というべきサテュロスと農夫についての絵画13点をご覧ください。

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「ブリューゲル展 画家一族150年の系譜」へ行ってきました!一族だらけの展覧会

ブリューゲル展1 -

 2018年5月25日(金)に、愛知県の豊田市美術館で開催されている「ブリューゲル展 画家一族150年の系譜」へ行ってきました!出展された作品は101点。その中の約8割がブリューゲル一家の作品でした。正にブリューゲルのブリューゲルによるブリューゲルの為の展覧会で、これでもかというくらいこの一族を知れる展覧会となりました(笑)
 記事を書くのが遅れてしまいましたが、詳細をご覧ください!

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祭壇画の開閉した全貌はこちら。ゲントやイーゼンハイム、最後の審判などの外側

Isenheim altarpiece - First view -

 中世ルネサンス時代に多く製作され、美しく教会や修道院を飾った祭壇画。
 二連、三連、多翼型と色々祭壇画にも種類があります。翼状になった祭壇画は畳むことができ、ミサを行っていない時間は閉じられていたそうです。もちろん閉じられた部分にも絵が描いてあるのですが、私達が美術の本やネットで観られる祭壇画は開けられたものが多く、閉じた絵画はあまり知られていないのではないでしょうか。
 今回は8点の祭壇画の閉じられた部分をご紹介したいと思います。

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キリストの嘲笑の絵画15点。囚われの救世主は、民衆に野次られ攻撃されてしまう

Giulio Cesare Procaccini (1574–1625) - コピー

 「キリストの嘲笑」は、民衆たちによって嘲笑されるキリストを描いた作品を指します。
 裏切者ユダによってキリストは逮捕され、懐疑の目を向ける民衆たちの前に晒られてしまいます。大司祭に「お前が神の子ならば奇跡を起こしてみせよ」と言われ、「嘘なんだからそんな事はできないだろ!」と民衆にキリストは嘲笑され、その後、総督ピラトが有名な言葉「エッケ・ホモ(この人を見よ)」と言うのです。
 悪意ある民衆に攻撃される救世主という、悲惨とも思える主題なのですが、北方ルネサンスやバロック時代に多くの絵画が残されています。鞭打ちや茨冠、拷問や嘲笑、エッケ・ホモという絵画テーマは類似しており、一つの絵画に幾つの主題が含まれている場合もあります。
 では、キリストの嘲笑の絵画15点をご覧ください。酷い描写が含まれていますので、宗教的に抵抗のある方はご注意ください。

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猿の絵画13点。17世紀のフランドルで流行した、人を猿に置き換える風刺&民衆画

David Teniers the Younger, 17 -

 猿がまるで人間のように描かれた絵画を見たことがあるでしょうか。
 猿が絵を描いていたり、彫刻をしていたり、お茶をしていたり、煙草を吸っていたり・・・。猿の絵画が登場したのは16世紀頃で、ブリューゲルなどのフランドル画家が始まりとされており、17世紀にダフィット・テニールス(子)が多く手がけると猿画の流行が起こりました。
 西洋において、猿はあまり良いイメージを持たれておらず、「ケチ」「見栄っ張り」「ずる賢い」「物まね師」などの負の性格を象徴しています。時に悪魔の化身として描かれ、鎖に繋がれた猿は「悪の敗北」を意味します。猿は人間や社会の不合理で愚かな面を風刺するのに使われ、テニールス(子)や他の画家達は人間を猿に置き換えた猿画を描きました。しかし、猿画は悪い面ばかりではありません。滑稽な人々を温かい目で見て、冗談や茶目っ気の気持ちを込めて描いた作品もあるのです。
 では、猿の風刺&民衆画の絵画13点をご覧ください。

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聖女アポロニアの絵画14点。歯を全部抜かれて殉教した、歯にまつわる守護聖人

Guido Reni -

 アポロニアはローマ時代のアレクサンドリア(エジプト)で、歯を抜かれて殉教した聖女です。
 彼女はキリスト教会内で非常に尊敬を集めていました。しかし、248年のローマ建国1000年祭の式典で、詩人が「災難が降りかかるだろう」と予言します。それによって国内は混乱し、怒りの矛先はキリスト教徒へ向けられました。4世紀にコンスタンティヌス1世がキリスト教を国教と認めるまで、肩身の狭い立場にあった彼等は、民衆の恰好の餌食となってしまったのです。
 聖アポロニアは捕らえられ、異教に改宗しろと迫られます。しかし、彼女は拒否したばかりか異教の像を破壊したのです。怒った民衆は やっとこ で歯を全て引き抜くという拷問を行います。(殴って歯を折ったとも) 彼等は城門の外に薪をつみ、火を付けて「改宗しなかったら生きながら燃やしてやる」と脅しました。聖アポロニアは怯むことなく自らその炎の中へ入っていき、殉教したのでした。
 「歯」にまつわる聖アポロニアの絵画14点をご覧ください。少しだけ閲覧を注意してくださいね。

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農民の踊りの絵画15点。ブリューゲル一族から広がるフランドルの愉快なお祭り作品

ルーベンス A Peasant Dance (1636-40) -

 農民の踊りは、フランドルの農民たちが結婚式などのお祝いで踊る場面を描いた作品です。
 ピーテル・ブリューゲル(父)の作品が主に知られており、農民の生活を生き生きと描いた初めての画家とされています。彼は裕福層の出身にかかわらず、農民と共に過ごし、お祭を楽しんだそうです。愛想が良くて悪戯好きだったというから、人気者だったのでしょう。ブリューゲルの描いた農民の踊りのモチーフは、後に息子に引き継がれ、後にフランドルの画家、他国へと渡っていきます。その絵画は当時の風習や様式、文化のみならず、農民の楽し気な雰囲気までもが閉じ込められているのです。
 ブリューゲルから派生した農民の踊りの絵画、15点をご覧下さい。

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スザンナと長老らの絵画13点。ダニエル書にある好色爺さんと節操ある女性の物語

Hendrick Goltzius  1558–1617 -

 スザンナと長老の物語は、旧約聖書のダニエル書に入っている短編の一つです。
 ある日、ヘブライ人の美しい女性スザンナは人払いをして庭で水浴していました。しかし、二人の好色な長老がそれをのぞき見していたのです。そればかりではなく、スザンナが帰宅しようとした時に眼前に立ちはだかり、「我等と関係を持たなければ、恋人と密会していたと夫に告発するぞ!」と脅迫しました。彼女はそれに屈することなく拒否したので、虚偽の罪で逮捕されてしまいます。まさに死刑にされようとしていた時、ダニエルという青年が異議を唱えます。彼は長老らにスザンナと男が密会した詳細を訪ねると、二人の話は一致しませんでした。逢引きした木が、一人は乳香樹、一人はカシの木と主張したのです。これにより嘘がばれ、長老らが処刑されることになりました。
 好色と偽りが罰せられ、美徳が勝利するというこの物語は1500年以降多くの画家に描かれてきました。スザンナと長老たちの絵画13点をご覧ください。


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ラザロの復活の絵画14点。キリストの奇跡によって死後4日目に蘇生する聖人

フアン・デ・フランデス  1514 -

 ラザロは死を迎えたものの、キリストによって復活した聖人です。
 「ヨハネによる福音書」によれば、ある日キリスト一行は友人であるラザロが病気であるという知らせを受けます。彼等は急いで駆けつけたものの、既に手遅れとなり、死後4日が経っていることを知りました。キリストは大層悲しんで涙を流しましたが、墓の前に立ってラザロの妹マルタに「石を取り除けて欲しい」と言います。彼女は「4日目なので臭っておりましょう」と拒否しようとしますが、キリストは「信じるなら神の栄光が見られます」と答えました。人々が石をどかすと、キリストは「ラザロ、出てきなさい」と言いました。するとどうでしょう。死んだはずのラザロが何事もなかったかのように、布を巻いたまま歩いて来たではありませんか。この復活を見た人々は仰天し、キリストの奇跡を信じたとされています。
 伝承によるとラザロはその後、トルコ南に位置する島キプロスの主教になったとされています。キプロス島にある聖ラザロ教会の地下にラザロの墓地があります。別の伝説ではマルタと末妹マリア(聖母とは別人)と共にフランスの都市へ着き、マルセイユで布教に臨んだとされています。
 キリストの奇跡の一つ、ラザロの復活の絵画14点をご覧ください。

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プロフィール
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管理人:


中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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