メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

ルネサンス

レオナルドとミケランジェロの宿命の展覧会が、2017年6月より東京で開幕する!

ダ・ヴィンチミケランジェロ展2

 2017年6月17日~9月24日まで、東京の三菱一号館美術館で「レオナルド×ミケランジェロ展」が開催されます!
 イタリアルネサンスの巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロ・ブオナローティの素描を比較する日本初の展覧会となります。素描は絵画の基礎であり、最も重要な段階。二人の巨匠は「熟練するには素描をしなさい」と強く勧めています。展覧会に出展される作品12点と、美術館のアクセスを見ていきましょう!

bottan_03_01

メランコリア(憂鬱気質)の絵画12点。暗く沈んだ感情は、芸術創造の根源とされる

Mary Magdalene as Melancholy  Artemisia Gentileschi  1621-22 -

 メランコリーは日本語で「憂鬱(ゆううつ)」であり、気分が優れない落ち込んだ気分のことを指しますが、メランコリアは古代ギリシア医学の学説「四体液説」に由来します。
 四体液説は「人体は血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁の4つで構成される」という考え方であり、人間の性格もそれらのバランスによって決まるとされています。その中で黒胆汁が多い者が「メランコリア(憂鬱気質)」と考えられており、現代で言えばうつ病に近いメランコリアの性質は余り良いものではないとされていました。しかし、哲学者や詩人、芸術家などの人物はメランコリアである比率が高いとされ、ルネサンス以降、メランコリアは芸術、創造を生み出す霊感の根源であると思われ、学者の文献、画家の寓意画に盛んに描かれることになりました。
 メランコリアの様子を描いた作品、12点をご覧ください。

bottan_03_01

ルネサンスのカルロ・クリヴェッリの絵画13点。イタリアの風情漂う高貴な宗教画

カルロ・クリヴェッリ作  1480年 -

 カルロ・クリヴェッリ(1430頃-1495)は、イタリアのヴェネツィア出身であるルネサンス初期の画家です。
 弟にヴィットーリオ・クリヴェッリがおり、たまに共同制作を行いました。Jacobello del Fiore を師匠にしていたと言われ、アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニやアンドレア・マンテーニャなどの影響を受けていました。彼はヴェネツィアで学んだ後、フランツコ・スクワルチーネの工房で働き、1457年に既婚女性と不倫関係となり、6か月の懲役を科せられました。その後様々な土地へ移り住み、イストニアに滞在、1495年にマルケで亡くなるまで絵を描き続けました。
 フィレンツェで起こった自然主義な作風とは異なり、クリヴェッリは煌びやかで象徴的な作品を手がけ、遠近法やだまし絵的手法などを積極的に取り入れていました。当時、油彩画の技法がフランドルより伝わっていましたが、彼はテンペラ画と金箔の金打ちという古風な作風にこだわり続けました。ルネサンス期に古典的な作品を描くことに対する批判もあったそうです。それでも、彼が手掛ける気品漂う冷厳な聖母の姿は、多くの模倣者を生みました。
 「多翼祭壇画の詩人」と謳われているカルロ・クリヴェッリの作品、13点をご覧ください。


bottan_03_01

蠅(はえ)が描かれた絵画12点。だまし絵の技法や腐敗の象徴として登場する虫

JACOB VAN HULSDONCK ANTWERP 1582 - 1647

 蠅(はえ)は西洋絵画において、様々な用途、用法で描かれてきました。
 老廃物や腐敗物などに蠅はたかり人に害を及ぼすので、蠅は当時においても嫌われた存在でした。中世絵画や虚しさを表す静物画「ヴァニタス」において、蠅は腐敗や死の象徴として、髑髏や枯れた花、なま物と一緒に描かれたのです。また、ルネサンス時代ではリアルな奥行き感を付け、立体感を出す遠近法が発明されました。三次元に近付いたことを受け、この世と絵画世界を曖昧にする「だまし絵」が台頭し、画家たちは絵画の中に額縁やカーテンを描いたり、リアルな棚を描いたりしました。そのだまし絵の一つとして蠅を描き込むという事があり、あたかも絵画世界の中に蠅が入り込んだか、絵画に蠅がくっついたかといった感じに表現されるのです。
 今回は蠅が描かれた絵画12点をご覧ください。



bottan_03_01

どうしてこうなったキリストの絵画12点。救世主よ、顔が溶けておられます 【第二弾】

joos-van-cleve-christ-as-salvator-mundi -

 キリスト教の始祖イエス・キリストは過去から今まで、数多くの画家に描かれてきました。ピエタや悲しみの人、磔刑など新約聖書のすべての物語は絵画で表現されてきました。長い期間の間に「茶の肩までの長髪で、髭を生やした痩せた男性」というキリスト像は形成され、固定化されてきました。人類の救世主であるキリストは、思慮深く、静かで賢者そうな雰囲気を称えた感じに表現される作品がほとんどです。
 しかし、中には「どうしてこうなった?」と思える作品が存在します。わざとこうしたのか、勝手にこうなってしまったのか。画家はどう思ってその作品を描いたのか。疑問が多数に浮かぶ作品が、中世時代だけではなく、ルネサンスやバロック時代の絵画でもあります。
 「どうしてこうなった」と思えるキリストの絵画、12点をご覧ください。段々とレベルが高くなっていきますよ。


bottan_03_01

十字架を背負うキリストの絵画14点。重さに苦しむ救世主と凶悪な態度を示す民衆

Jan van Hemessen -

 新約聖書の終盤において、イエス・キリストはユダヤ教の者とローマ人に捕まり、裁判の後に死刑を宣告されます。そして、自らが磔となる重い十字架を背負い、丘を登ることになるのです。
 丘はゴルゴダの丘と呼ばれ、「しゃらこうべの地」という意味があります。キリストはローマ人の慣習のため、丘の頂上を目指して巨大な十字架を背負いながらよろよろと歩きます。キリストが登っている間に多くの民衆が集まり、横について行きました。キリストを助けたいと切望している者も中にはいましたが、民衆の殆どは野次馬や通りすがり、彼を嘲り馬鹿にするために集まっていました。そのような境遇でもキリストは数少ない信仰者に対し「私の為に泣かず、自分たちの心配をしなさい」と伝えます。
 彼はなおも十字架を背負い続けましたが、遂に耐え切れずに倒れ込んでしまいます。兵士は起き上がるよう怒鳴り散らしたものの、キリストは立ち上がれなかったので、シモンという男に手伝わせました。行列の中に罪人二人も加えられて彼等はゆっくりと登っていき、やっとのことでゴルゴダの丘へ到着したのです。
 このエピソードは人々の原罪を背負うキリストを象徴する物語として、多くの画家によって描かれました。十字架を運ぶ(担う)キリストの絵画13点をご覧下さい。


bottan_03_01

旧約聖書の「トビト記」の絵画14点。息子トビアはラファエルと旅し、家族円満となる

Bernardo Strozzi  1635 -

 トビト記は旧約聖書、またはヘブライ聖書の物語です。
 ある日、トビトは危険を顧みずユダヤ人の遺体を埋葬しました。アッシリアの捕虜にされていた彼等は、底辺の地位にいたのでした。お尋ね者になったトビトでしたが、甥の力添えで事なきを得ました。無事に自宅に戻って妻子と再会したトビトだったものの、雀の糞が目に落ちて失明し、妻と喧嘩をしてしまいます。神に祈りを捧げたトビトとほぼ同時刻に、悪魔に憑かれて七回の結婚を壊された女性、サラも神に祈っていました。神はその祈りを聞きいれ、旅に出ることになったトビトの息子トビアに、天使ラファエルを差し向けます。天使は身分を隠し、トビアの道案内人として雇われました。
 旅を開始した二人。巨大な魚を釣り上げたトビアに、ラファエルは魚の胆汁を父の目の薬に、心臓と肝臓をサラの悪魔祓いに使えとアドバイスしました。二人はサラの元へ行って魚の内臓をいぶすと、悪魔は逃げていきました。トビアとサラは夫婦となり、息子は父親の元へ帰ります。トビアは胆汁を使って父親の目を治し、家族は大円満となりました。神に深く祈る彼等にラファエルは素性を明かし、天へ還って行きました。
 家族をテーマにしたハッピーエンドの「トビト記」の絵画、14点をご覧ください。


bottan_03_01

受胎告知の絵画15選。処女マリアは天使ガブリエルに告げられる。神の子を宿したと

Paolo de Matteis  1712 -

 受胎告知は新約聖書の物語の一つで、マリアがイエス・キリストを懐妊したことを天使に告げられる話です。
 ある日、処女マリアの元に天使ガブリエルが降りてきます。天使は「おめでとうございます。貴女は神の子を身籠りました」と告げると、彼女はひどく驚いて「私は婚約者のヨセフがおりますが、まだ男の人を知りませんのに、どうして子を産めましょうか」と訊きます。天使は「聖霊が貴女へ降ります。産まれた男子をイエスと名付けなさい。子はやがて王となりましょう」と答えたので、マリアはガブリエルの言葉を信じ、神のみ心のままに従うことを決めました。こうしてマリアは神による「無原罪の御宿り」でキリストを身ごもり、聖母となったのです。
 このエピソードは画家にとても人気のある主題で、たくさんの作品が残されています。受胎告知の絵画15点をお楽しみください。


bottan_03_01

ギリシャ神話のヘルメスのアルゴス退治 絵画16選。笛で眠った百目巨人は殺される

Ubaldo Gandolfi 1770-1775 -

 ギリシャ神話には、百目の巨人アルゴスをヘルメスが退治する話があります。
 ある日、主神ゼウスとニュムペーの女性イオは恋の戯れをしていました。しかし、そこに恐妻ヘラが現れます。ゼウスは慌ててイオを牝牛に変えますが、ヘラはそれが愛人だと気付いていました。ヘラはその牝牛を欲しいと夫に頼んでまんまと手に入れ、巨人アルゴスに牝牛を厳しく監視するよう命じました。アルゴスは百の目を持つ巨人で、決して眠ることがなく、死角もありませんでした。
 ゼウスは牝牛になったイオの現状を悲しみ、使者のヘルメスにアルゴスを退治するよう命じました。彼は早速羊飼いに身を変えて巨人に近付き、物語を聞かせ優しく葦笛(あしぶえ)を吹きならしました。すると、百の目が全て閉じて眠りこけてしまったので、ヘルメスは一刀の下にアルゴスの首をはねて殺してしまいました。(諸説あります)
 ヘルメスのアルゴス退治の絵画、16選をご覧ください。



bottan_03_01

東方三博士の礼拝の絵画15点。イエス・キリストの生誕を、東方の賢者達が祝福する

 1510 -

 東方三博士(三賢者)の礼拝は、新約聖書の物語の一つです。
 ある日、エルサレムに東方からやって来た占星術の博士だという旅人たちが来ました。彼等は都に着くと、人々にこう訊ねました。「ユダヤの王は何処ですか? 我々はその方の誕生を星で見たのです」と。メシアが産まれたという噂はたちまち広がり、それは現ユダヤ王のヘロデの耳にも届きました。ヘロデ王は聖書を研究する者達から、メシアがベツヘレムから現れるという事を聞き出し、東方の博士たちを呼び出しました。王は「ベツレヘムへ行って、メシアに会ったら私に知らせて欲しい」と伝え、彼等を送り出しました。
 東方の博士たちは頭上に輝く美しい星を頼りに、その土地へと目指しました。着いたところは粗末な小屋でしたが、彼等はそこにメシアがいることを確信しました。中に入ると、若い母の胸に、赤ん坊が抱かれていました。三名の賢者は涙を流しながら赤子イエスに礼拝し、持ってきた宝箱を開け、黄金と、没薬(もつやく)と乳香を送り物として与えました。
 東方よりやって来た賢者たちの礼拝の絵画、15点をお楽しみください。


bottan_03_01
プロフィール
aicon

管理人:


中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

button

メメント・モリについて

アーカイブ
記事検索
記事検索
  PR
【異形の怪物LINEスタンプ】
line logo2


ブログランキング・にほんブログ村へ

―最新記事をお届け―

buttons

buttons - コピー (2)

buttons - コピー

PC用広告