メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

中世美術

ポセイドン(ネプチューン)の絵画13点。三又の矛を操り大海原と大陸を司る荒々しき神

Heinrich Friedrich Fuger Poseidon Enthroned late 18 early 19 -

 ポセイドンは海や地震、泉などを司るギリシャ神話の神です。ローマ神話ではネプチューンと呼ばれ、オリュンポス十二神の一人。クロノスとレアの子であり、ハデスの弟、主神ゼウスの兄とされています。
 高い地位を持つポセイドンは海と大陸を支配し、最大の武器である三又の矛(トライアナ、ローマ神話ではトライデント)を使って津波や嵐、地震を引き起こす事ができます。海に棲むネレイドのアムピトリテを妻にし、三人の子供がおります。出会った当初、アムピトリテは彼を嫌っており、求婚しようとすると彼女はオケアノス宮殿へ隠れてしまいます。ポセイドンはイルカたちに彼女を見つけるよう命じ、その中の一頭が発見して「ポセイドンは男前で偉くて強くて素敵だよ!」と説得し、アムピトリテを連れてくるのに成功しました。こうして二人は結ばれることとなり、功績を得たイルカは天へと上げられ、イルカ座になったとされています。

 ポセイドンは幾つかの逸話が残されていますが、ギリシャの首都アテナイの支配権を巡りアテナと争った話を紹介します。「民に贈り物をして、気に入られた方がアテナイの守護者になれる」と裁定されたので、ポセイドンは塩水の泉を、アテナはオリーブの木を与えました。民が選んだのはアテナでした。それにキレたポセイドンはアテナイに洪水を起こしましたが、ゼウスが仲介して「スニオン岬にポセイドンの神殿を建ててもらおう」と決め、第二の守護神となったことで事なきを得ました。現在でもスニオン岬に神殿の遺跡が残されているようです。
 では、ポセイドンの絵画13点をご覧ください。

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十二使徒の足を洗うキリスト(洗足式)の絵画13点。立場なく清め合う美徳のたとえ

Jesus Washing Peter’s Feet by Ford Madox Brown -

 洗足式は最後の晩餐の際、イエス・キリストが弟子の足を洗ったという記述により生じた儀式です。地位や立場関係なく互いの身を清め、徳を高め合おうという意味が込められています。
 新訳聖書によると、過ぎ越し祭が行われる木曜日、キリストと十二使徒達は食事を共にとりました。その時、弟子の間で「一番になるのは誰か」でもめ始めたのです。キリストはおもむろに立ち上がり、タオルを腰にはさんで洗面器と水を用意し、使徒達の後ろにまわって一人一人の足を洗い出したではありませんか。

 使徒達は驚きの余り成すがままにされていましたが、ペトロは「私の足なんか洗ってはなりません!」と足を引っ込めました。すると「洗わしてくれなかったら私の友ではない」とキリストが断言したので、ペトロは「じゃあ足だけじゃなくて頭も手も洗ってください!」とお願いしました。キリストは「君たちは清いので足だけで構わない。皆ではないが・・・」と意味ありげな事を発し、こう彼等に警句しました。「君たちは私を先生と呼んでいる。私が足を洗ったのだから、君たちも互いに仕え合わなければならない。私がしたようにしなさい」と。
 では、弟子たちの足をふきふき洗うキリストの絵画13点をご覧ください。

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トゥヌクダルスの幻視の絵画13点。ヒエロニムス・ボスも読んだとされる異世界幻視譚

Hieronymus Bosch's work -

 トゥヌクダルスの幻視(トゥンダルの幻視)は、12世紀頃にアイルランド人の修道士マルクスが執筆したとされる物語です。不道徳な貴族騎士の青年トゥヌクダルスが意識を失い、天使に導かれて地獄と天国を目の当たりにし、悔い改めて目覚めるといった内容となっています。
 ある日、トゥヌクダルスは食事中に発作で倒れてしまいます。魂のみとなった彼が悪霊に罵倒されているのを天使が助け、「貴方は罪を償わなければならない」と彼を煉獄と地獄へと連れていきます。身の毛もよだつような懲罰を目の当たりにしてトゥヌクダルスは怯え、天使に許しを乞いますが、天使は「天へ昇る為には貴方は懲罰を受けなければならない」と、彼は生前犯した罪に関連するいくつかの拷問を受けました。すっかり改心したトゥヌクダルスを天使は地獄へと連れていき、「更に罪深き者は永遠の苦しみに苛まれる」と彼が受けた懲罰よりももっと凄まじい地獄の拷問を見せて脅しました。

 その後、トゥヌクダルスと天使は「完全ならぬ善人の憩いの場」を抜け、善行をした者の幸せな園の中を通り、聖人達が住まう天界へと足を踏み入れます。美しい世界で敬虔な者達が住まう様子を見て、トゥヌクダルスは感動し留まりたく思いますが、天使は「肉体に帰り、悪事を遠ざけよ」と助言を与え、彼を地上へと戻したのでした。地上へと帰ったトゥヌクダルスは、早速聖職者たちに感謝の意を示して財産を貧者に分け与え、着衣に十字の印を刻んだのでした。
 では、トゥヌクダルスの幻視についての絵画13点をご覧ください。


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賢い乙女と愚かな乙女の絵画13点。準備や勉学を怠るなかれというキリスト教の逸話

Peter von Cornelius  1813-16 -

 賢い乙女と愚かな乙女(十人の処女たちのたとえ)は、日頃からの準備や勤勉を怠るなかれという警句が込められたイエス・キリストのたとえ話です。
 灯を持って花婿をむかえる10名の乙女がおり、5名は賢く5名は愚かな乙女でした。賢い乙女は灯の他に油を持っていましたが、愚かな乙女は準備していませんでした。花婿が時間に遅れたので、灯の油が足りなくなってしまいました。賢い乙女は油を追加しましたが、愚かな乙女の灯は消えてしまいます。
 油を分けてくれと頼んでも「もう余分はないの。急いで買いに行きなさいな」と言われ、愚かな乙女達は油を求めて店に走っていきます。その間に花婿が到着し、賢い乙女たちは花婿と共に婚礼の部屋へと入りました。遅れてしまった愚かな乙女たちは中に入る事は許されず、花婿に「私はお前達を知らないな」とまで言われて締め出されてしまったのでした。

 これは天国へと入る門の比喩であり、天国へと入る為には臨終の間際では間に合わない。日頃から準備し、敬虔に祈って真面目に生活しなさいという意味が込められているのです。
 では、賢い乙女と愚かな乙女についての絵画13点をご覧ください。

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トーナメント(馬上槍試合)の絵画13点。中世に流行った騎士による命がけの真剣勝負

Lord Eglinton Lord Tournament Edward Henry Corbould 1840 -

 トーナメント(馬上槍試合)は中世時代に流行った、騎士の技術を争う模擬戦です。
 日本語では馬上槍試合と言われていますが、団体戦や個人戦、馬上戦から徒歩戦、槍以外の武器の使用など様々なバリエーションがありました。団体戦はトゥルヌイ、個人戦はジョストと呼ばれています。「実技の練習や勇敢さをアピールする軍事演習」という名目ではありますが、初期の段階では命を落とす者が数十人単位で出たり、倒した相手の武具や馬を奪ったり、捕虜にして身代金を要求するという事が行われていました。時代が経るにつれて、騎士道精神が考えられるようになり、形式化されていきました。

 トーナメントは12世紀に人気を博して西洋中で行われていました。しかし、過度の人気ぶりに騎士の本来の仕事である「国や宗教の防衛」がおろそかになったり、死者が出たりすると、各地で「トーナメント禁止令」が出はじめます。13世紀になるとトーナメントの一部であった一騎打ち形式のジョストが盛んに行われるようになり、トーナメントから分離するようになりました。14世紀になるとトーナメントは廃れ、ジョストだけが生き残りました。イングランドでは1342年に、フランスでは1379年に催されたのがトーナメントの最後でした。一方、ジョストは17世紀頃まで残り続け、一時は廃れたものの現代まで伝統が伝えられています。
 では、トーナメントについての絵画13点をご覧ください。

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聖エラスムスの絵画14点。拷問に耐えたが、巻き取り棒で腸を出されて殉教した聖人

Heinrich Vogtherr 1516 -

 聖エラスムスは3~4世紀頃に生きたとされる、カトリックの聖人です。アンティオキアのエラスムスとも呼ばれ、生きながらに腸を巻き取られて殉教したとされています。
 聖エラスムスはシリアのアンティオキアの司祭でした。彼はキリスト教を迫害しているローマ皇帝ディオクレティアヌス帝に捕らえられ、激しい拷問を受ける事になります。その内容は凄まじく、暴行、汚物をかける、斧で打ち、蛇やミミズのいる穴に投げ込む、煮えたぎる油&硫黄に放り込む等を行いました。しかし、聖エラスムスは何事もなく無傷でおり、彼が神に祈ると拷問史達に落雷が起きたそうです。

 この時は聖エラスムスは生き延び、マクシミアヌス帝の時代になりました。今度も彼は拷問を受ける事になり、鋭い針が突き出した樽に入れて転がす、やっとこで歯を抜く、指に鉄の爪を打ちつける、松脂や硫黄、鉛等を熱して口に流し込みましたが効果はなく、聖エラスムスは生きていました。
 しかし、無敵の聖エラスムスにも臨終の時が訪れます。303年、イリュリアの場でまたもや捕らえられた聖エラスムスは、片腹を裂かれて腸を引っぱり出され、巻き上げ機に腸を結ばれて巻き上げていかれたのです!こうして殉教してしまった聖エラスムスですが、この逸話は印象に残ったのか、何名かの画家によって生々しい作品が残されています。
 では、腸をぐるぐると巻き取られてしまった聖エラスムスについての絵画14点をご覧ください。閲覧注意になりますので、ご了承ください。

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キリストとサマリアの女の絵画13点。差別を越えて神の教示とメシアを伝えた物語

Abraham Bloemaert 1564-1651 -

 キリストとサマリアの女は、新約聖書のヨハネの福音書に記されている物語です。
 ある日、キリストと弟子達はサマリア地方の町のはずれにあるシカルへと訪れていました。お昼時にキリストが一人で井戸のそばに座っていると、水がめを持ったサマリア人の女性が来たので、キリストは「水をください」とお願いしました。彼女が「ユダヤ人はサマリアを良く思っていないのに、どうして水を飲む事を頼むのですか?」と尋ねると、キリストはこう答えます。
「水を欲しいと言った者が誰であるかを知っていたら、あなたの方から願い出ている。その者は生ける水をあなたに与えただろう」と。そしてキリストは彼女に神の教えを説き、自分自身がメシア(救世主)であると伝えました。

 サマリアの女性は町の人々のところへ行ってその事を伝えたので、メシアを信じた者はキリストの元へ駆けつけ、シカルの村のサマリアの人々は神の信者となったのでした。この出来事は、キリストの教えが異邦人の世界へと広まった最初のきっかけだったとされています。
 水をくださいと頼み、サマリアの女性に神の教えを説くキリストの絵画13点をご覧ください。


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キュベレーの絵画13点。フリギアやギリシャローマで崇拝された、古き豊穣の地母神

Francois-Edouard PICOT Cybele Vesuvius Protect  Cities 1832 -

 キュベレーはフリギア(トルコ中部)で崇拝され、ギリシャローマにも信仰が広まった豊穣を司る地母神です。その信仰は古く、起源は新石器時代までさかのぼるとされています。
 キュベレー崇拝は男性の去勢に深く結びついています。両性とも考えられていたキュベレーは、ある日去勢されてそこから樹木が生じ、その実に触れた女性が男の子を産み落とします。アッティスと名付けられた息子は王女と婚約しますが、恋したキュベレーがアッティスを忘我状態にさせて彼を去勢させてしまいます。なんと、その光景を見た王様が自らに同様の処置をした為に、キュベレーの熱狂的な崇拝者と男性の去勢が関連付けられるようになったとされています。なんというか、恐ろしいですね^^;

 また、キュベレーは二頭の獅子(ライオン)を引き連れているとされており、それはアタランテとヒッポメネスの夫婦の物語が関係しています。ヒッポメネスは徒競走に勝利してアタランテを妻とする事に成功しますが、キュベレーの神殿で情事をしてしまった為に、女神は怒って二人を獅子に変えてしまったそうです。(男女の愛は怒るんですね女神様・・・)
 では、古代の地母神キュベレーについての絵画13点をご覧ください。一部閲覧注意の作品がありますので、ご了承ください。

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中世彩飾写本のクジラ&イルカの絵画13点。作者の想像力でシュールな怪魚と化す

Paris 1900 15th manuscript Jonah and the Whale -

 島国である私達にとってはクジラやイルカは比較的身近な存在であり、昔から共生して暮らしてきました。クジラの肉を食べたことがある人もいるのではないでしょうか。
 西洋においてもクジラやイルカは付近を回遊しており、決して見られない環境ではありません。しかし、中世初期時代の海は北欧のヴァイキングが席巻しており、海に乗り出すのは危険が伴う為に西洋の人々は好んでいきませんでした。彼等が次々と海に繰り出していったのは15世紀半ばの大航海時代以降のことであり、それ以前は海は未知の怪物が潜んでいる恐ろしい場所だと思われていたのです。
 クジラやイルカの存在を旅人や宣教師の話で聞いた事はあれど、見たことがない人が大部分を占めたと思います。見たことがない人がクジラのような巨大な海の生物を描いたらどうなるか。「これがクジラなの?」と思うようなとんでもない姿になってしまいますよね。
 では、シュールなクジラ&イルカと思われるの写本挿絵13点をご覧ください。

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中世写本の装飾文字人間の作品13点。アルファベットがシュールな生物に変化する

GiovanninoDeGrassi 1390 -

 皆様は中学か高校の美術の授業で、漢字をイラストで表現するという授業をしたことはありますか?例えば「雲」という漢字をもくもくとした雲で描いてみたり、「猫」と言う漢字を寝転がる猫として描いてみたり。
 なんと、似たような事を中世時代の西洋人もやっていたのです。
 中世の彩飾写本に描かれている頭文字は、イラストで描かれているものがあります。それらの多くは人間や怪物、物語のワンシーンで表現されています。漢字は一文字で意味が通じるもので、一文字だとほぼ意味を成さないアルファベットとは異なりますが、西洋の人は様々な面白いイラストでアルファベットを装飾しようとしていたのです。
 では、13点の写本の装飾文字をご覧ください。

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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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