メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

天使

ミルトン「失楽園」の絵画12点。天使と悪魔の争いとアダムとイブの愛を書いた叙事詩

Satan And The Birth Of Sin by Johann Heinrich Fuseli -

 「失楽園」はイギリスの17世紀の詩人ジョン・ミルトンによって書かれた叙事詩です。
 旧約聖書の「創世記」を踏襲しており、神に反抗心を持つルシファー(サタン)は志を同じくする天使と共に神に反逆し、敗北して堕天使(悪魔)となります。ルシファーは悪魔達と共に神への復讐を考え、人間アダムとイブを堕落させることを思い付きます。かくしてルシファーは蛇の姿となってイブに禁断の実を食べるようそそのかし、彼女はその実を食してしまうのでした。アダムは「彼女だけが追放されるくらいなら共に行こう」と神よりも愛を選び、妻と共に楽園を去ることを選びます。大天使ミカエルに今後彼等が直面する災いを告げられ、アダムとイブは荒野へと足を踏み出すのでした。

 魔女狩りが行われる時代に書かれたにも関わらず、「失楽園」は唯一神の栄光を前面に表すのではなく、ルシファーの「服従よりも自由を選ぶ」というある種の英雄像、人間の「安泰な神の服従よりも、苦難の愛を選ぶ」という愛と意思の偉大さを描きました。それに影響されてか、神や天使ではなくルシファーにスポットライトを当て、劇的に描く絵画が登場するようになりました。
 では、ジョン・ミルトンの「失楽園」にまつわる絵画12点をご覧ください。

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トゥヌクダルスの幻視の絵画13点。ヒエロニムス・ボスも読んだとされる異世界幻視譚

Hieronymus Bosch's work -

 トゥヌクダルスの幻視(トゥンダルの幻視)は、12世紀頃にアイルランド人の修道士マルクスが執筆したとされる物語です。不道徳な貴族騎士の青年トゥヌクダルスが意識を失い、天使に導かれて地獄と天国を目の当たりにし、悔い改めて目覚めるといった内容となっています。
 ある日、トゥヌクダルスは食事中に発作で倒れてしまいます。魂のみとなった彼が悪霊に罵倒されているのを天使が助け、「貴方は罪を償わなければならない」と彼を煉獄と地獄へと連れていきます。身の毛もよだつような懲罰を目の当たりにしてトゥヌクダルスは怯え、天使に許しを乞いますが、天使は「天へ昇る為には貴方は懲罰を受けなければならない」と、彼は生前犯した罪に関連するいくつかの拷問を受けました。すっかり改心したトゥヌクダルスを天使は地獄へと連れていき、「更に罪深き者は永遠の苦しみに苛まれる」と彼が受けた懲罰よりももっと凄まじい地獄の拷問を見せて脅しました。

 その後、トゥヌクダルスと天使は「完全ならぬ善人の憩いの場」を抜け、善行をした者の幸せな園の中を通り、聖人達が住まう天界へと足を踏み入れます。美しい世界で敬虔な者達が住まう様子を見て、トゥヌクダルスは感動し留まりたく思いますが、天使は「肉体に帰り、悪事を遠ざけよ」と助言を与え、彼を地上へと戻したのでした。地上へと帰ったトゥヌクダルスは、早速聖職者たちに感謝の意を示して財産を貧者に分け与え、着衣に十字の印を刻んだのでした。
 では、トゥヌクダルスの幻視についての絵画13点をご覧ください。


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荒野でキリストに奉仕する天使達の絵画13点。悪魔が去ると致せり尽くせり状態に

Christ Angels in the Wilderness Italian (Florentine) School -

 新約聖書のマルコの福音書によると、イエス・キリストはヨハネから洗礼を受けたのち、霊の力によって荒野へと送り出されました。そこで40日間断食をしたのち、悪魔(サタン)の誘惑を受けます。キリストは三つの誘惑を見事跳ね除け、悪魔は悔しがりながら退散していきました。その後、救世主は天使達から奉仕を受けたとされています。
 悪魔による誘惑を受けるキリストのシーンは印象的で、多くの画家に描かれておりますが、その一方で天使に奉仕を受けているキリストの作品も数多く存在します。40日間断食をして飢えているキリストの為に、天使が数多くの飲み物や食べ物でおもてなしをしているのです。
 では、天使の奉仕を受けているキリストの絵画13点をご覧ください。

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天使の楽隊の絵画13点。唯一神を称えて聖歌を歌い奏でる、美麗なる天使達の姿

Sir Edward Coley Burne-Jones 1833 – 1898 -

 神と人間の仲介役を務める天使は、預言者や聖人に様々なお告げを伝えています。
 聖書には天使が聖歌を歌ったり楽器を奏でる場面は出てきませんが、天使が歌を歌ったり、楽器を弾いたりする絵画は数多く存在します。それはギリシャの女神ニケがリラの音色で人々を従わせるという伝承に基づいているともされていますが、中世やルネサンスの時代は世俗的な楽器は(バグパイプ、ハープ、手回しオルガンなど)卑しいものとされ、聖なる音楽とは区別されていました。天使達が楽器を奏でる姿を描いたのは、芸術家たちが「神を賛美しているなら、立ったまま褒め称えたりしているより、美しい旋律を奏でる音楽の方がいいだろう」と考えたからなのかもしれません。聖歌やキリスト教音楽の発達も関係しているように思います。教会は音楽に満ちあふれていますしね^^
 では、天使の楽隊についての絵画13点をご覧ください。

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ギデオンの絵画14点。旧約聖書の士師記に現る、神の導きでイスラエルを救った者

1625 -26  Nicolas Poussin -

 ギデオンは旧約聖書の「士師記」に登場する、イスラエルを救ったヘブライ人の指導者です。
 イスラエルは40年間平和であったものの、人々が神をないがしろにするようになりました。すると、ミディアン人が攻めてきて征服してしまったのです。イスラエルの人々は圧政に苦しんで主に助けを求めると、神はギデオンに天使を遣わします。貧しい生活者のギデオンは「貴方が国を救済しなさい」と告げられ驚き、「どうして私なんかが?神のご意志が真実なら、しるしを見せてください」と言います。すると、天使は岩から炎を出し、肉とパンを焼いたのです。ギデオンは神の意志のままに異教の偶像を破壊し、仲間を増やします。しかし、ミディアン人も同志を募り、敵は膨大な数となりました。

 ギデオンは再度神にしるしを求めました。「もし私が救済者とおっしゃるなら、羊の毛の上だけが濡れて、地面は乾いているようにしてください」と。神はそのようにして、羊の毛が乾いて、地面が濡れるという反対の奇跡も行いました。ギデオンの決心は固くなりましたが、神は「戦う民が多すぎる。もっと減らしなさい」と告げ、最終的に軍は300名となりました。300名でどう大軍と戦うのかと彼が不安に思っていると、神は夢の御告げを与えたのです。

 そして深夜。ギデオンは300名に水がめと角笛を持たせ、三隊に分けました。ギデオン率いる先発隊が敵陣へと進み、角笛を吹いて水がめを砕き、「主の為に、ギデオンの為に剣を!」と叫びました。それに続き、他の二隊も敵を包囲しながら、全く同じことを行ったのです。敵はパニックを起こして同士討ちを行い、敗走してしまいました。彼等は敵を追撃し、将軍の首を討ち取りました。こうしてイスラエルは国を取り戻し、ギデオンが王となって国を統治したのです。その平和は40年間続いたとされています。
 神の御力によって大軍を打ち破った指導者、ギデオンの絵画14点をご覧ください。

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キリストの洗礼の中世挿絵13点。暗黒時代のイエスの洗礼作品は個性的だった

Book of Hours   Medieval and Renaissance Manuscripts -

 キリストの洗礼は、イエスがヨルダン川でヨハネから洗礼を受けたという新約聖書の物語です。
 洗礼は古代イスラエルの時代より続いており、当時の洗礼方法は全身を川に浸すという浸礼(しんれい)を行っていました。中世西洋ではこの物語を「川に浸るキリスト」、「椀で頭に水をかけるヨハネ」、「祝福に来た神の化身である鳩」、「服を持つ天使」等で表現しておりますが、その描写がリアルではありえない、中世ならではの興味深い状態になっているのです。
 独創的な状態で洗礼をするキリスト達の中世挿絵、13点をご覧ください。

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キリストの洗礼の絵画15点。救世主イエスはヨハネから洗礼を受け、神の声を聞く

Andrea del Verrocchio and Leonardo da Vinci 1472-75 -

 キリストが30歳になった時、ヨルダン川のほとりに預言者が現れたという噂が立ちました。その預言者は人々に「神の国は近付いている、準備しなさい」と告げ、洗礼を授けているそうです。
 キリストは出番が近付いていることを悟り、川へと向かいました。預言者の正体はキリストの親戚であるヨハネ。彼は不信仰者に与えられる恐ろしい滅びと、救世主の到来を民衆に告げていました。キリストはヨハネの元へ歩いて行くと、「私に洗礼を授けてください」と言いました。ヨハネは彼が神の子であることを感じ、「恐れ多いです」と辞退しようとしましたが、キリストは「やっていただきたいのです。正しい事は行うべきです」と言い、ヨルダン川に降りて行って、ヨハネに洗礼をしてもらいました。この時、天から鳩の姿をした聖霊が舞い降り、「私の愛する子よ・・・」という神の声が聞こえて来たそうです。
 洗礼の種類は浸礼(水を全身に浸す)、灌水礼(頭部に水を注ぐ)、滴礼(手を濡らして頭を押す)などがあり、キリストが受けたのは川に全身を付ける浸礼だったと思われます。洗礼の歴史については確かなことは分かっておらず、浸礼はキリスト教以前の古代イスラエル時代から行われていたそうです。
 ヨハネから洗礼を受けるキリストの絵画15点をご覧ください。

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エジプトへの逃避行の絵画15点。聖母マリアは夫とキリストを連れ、故郷から逃げる

Bartolomé Esteban Murillo - The Flight Into Egypt, 1647-50 -

 エジプトへの逃避行はマタイの福音書にある、新約聖書の物語の一つです。
 ある日、ヘロデ王はユダヤの新王がベツレヘムにて誕生したことを予言で知ります。玉座を死守したいヘロデ王は、新王となる者を殺そうと、町に住む二歳以下の全ての幼児を殺すよう命じました。罪も無き赤子たちは母親の手から奪われ、無惨にも殺されたのです。→ 幼児虐殺についての絵画を見たい方はこちら

 それより前、ベツレヘムに滞在していたキリストの養い親ヨセフは天使の夢を見ました。天使は「キリストとマリアを連れてエジプトへと逃げなさい。ヘロデ王が息子を殺めようとしています。私が知らせるまでそこにいるのですよ」と言っていました。ヨセフは慌てて二人を起こし、急いで夜中にエジプトへと出発しました。異国への道筋は険しく、荒れ野の中をひたすら進み続けました。彼等はエジプトにヘロデ王が死去するまで滞在しました。言い伝えによると王は70歳の時に恐ろしい病気にかかって、悶え死んだとされています。すると、再びヨセフの夢の元に天使が現れ、「国にお帰りなさい」と伝えました。こうして家族三人はユダヤの土地へ向けて進み、ベツレヘムではなく元居た場所のナザレへと帰ったのです。
 エジプトへの逃亡と滞在、そして帰還の絵画15点をご覧下さい。

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聖母の被昇天の絵画12点。マリアは死後、天使に連れられて天国へと上昇する

Guido Reni -1617 -

 カトリック教において、聖母マリアは亡くなったあと三日後に復活し、天国へ昇天したとされています。
 「聖母の被昇天」と呼ばれるマリアの復活の場面はたくさんの画家に描かれ、ルネサンスやバロック時代を中心に残されています。伝説では三日後に聖トマスらが墓を覗いてみると、マリアは忽然と消えていた、となっているのですが、天使を伴って天へと昇っていくマリアの姿が描かれる場合が多いです。(時に十二使徒も描かれます) 被昇天の日は始め1月18日だと考えられていましたが、6~7世紀頃に8月15日と改められ、祝日とされました。現在に至ってもマリアの復活の祝祭が行われています。
 神秘的な「聖母の被昇天」の絵画、12点をご覧ください。
→ マリアの死についての絵画を見たい方はこちら
 
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旧約聖書のソドムとゴモラの絵画13点。ロトの家族は天罰で滅びゆく都市を脱出する

Benjamin West  1810 -

 ソドムとゴモラは旧約聖書に登場する、天罰を受けて滅亡してしまった都市です。
 この二つの都市は堕落しきっていた為に、神は滅ぼすことに決めました。預言者アブラハムは救済を願い出たので、神は「なら、正しき者は救おう」と二人の御使いを送り出します。すると、都市に住むアブラハムの甥、ロトの元に二人の客人が現れます。ロトは快く彼等を家へ招き入れてもてなしました。しかし、よそ者を嫌う都市の者達が現れ、「二人をつまみ出せ!」とロトを脅します。彼は娘達を差し出そうとしてまで客人を守ろうとしたので、御使いは正体を明かし、ならず者たちを盲目にさせました。そして「神は都市を滅ぼすつもりだから、お逃げなさい」とロト達を促し、避難をさせました。その時に「決して振り返ってはならない」と警告を受けていたのにも関わらず、ロトの妻は背後を振り返ったので、塩の柱に変えられてしまいました。ロト達は悲しみに暮れながらも洞窟へ隠れ、助かります。こうしてソドムとゴモラの都市は硫黄と炎に包まれ、天罰によって滅亡してしまいました。
 脱出をするロト達と、滅びゆく都市の絵画13点をご覧ください。

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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
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