メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

女傑

女王セミラミスの絵画13点。軍事に秀で勇敢、女傑とされたアッシリアの伝説の女王

Luca da reggio 1652 called to arms -

 セミラミスは紀元前800年頃に生きたとされる、メソポタミア北部のアッシリアの伝説の女王です。
 シケリアのディオドロス著の「歴史叢書」によると、セミラミスの母親はアフロディテ(ヴィーナス)の怒りを買い、若き信者に情愛を抱く呪いをかけられました。母はその時に身籠った赤子をシリアの砂漠に放置し、湖へと身を投げました。砂漠に残された幼いセミラミスは、鳩が運んできたミルクやチーズを食べて生き延びます。やがて発見されたセミラミスは羊飼いによって育てられ、シリア総督のオンネスの元へ嫁ぎます。二人はニネヴェで暮らし、二児をもうけました。

 その後、アッシリア王のニヌスはバクトリア国へと攻めました。夫のオンネスも参加しましたが、包囲戦が長引いたので妻が恋しくなり、彼はセミラミスを陣営へと呼び寄せました。知己に長けた彼女は戦地の状況を見てとるや、兵に指示を出して戦争を勝利に導いてしまいます。彼女の才色兼備に驚いた王は、オンネスに「娘をあげるから、お前の妻をよこせ。さもなくば目玉をえぐるぞ」と脅しました。妻を愛していたオンネスは狂気に陥り、首を吊って自害してしまったそう・・・。王はセミラミスを妻として迎い入れ、一男を得た後に命を終えました。かくしてセミラミスはアッシリアの女王となったのです。

 彼女はニヌス王を越えると言う野心を抱いて都市バビロニアを建設させ、他地域にもインフラを整備させました。領土拡大を目論んだ彼女は最大の国という噂のインドへの遠征を計画し、三年かけて国力の増強に努めます。こうしてアッシリアとインドの激しい戦争が起こりました。始めこそはアッシリアの優勢となりましたが、セミラミスの奸計に気付いたインド側が勢力を盛り返し、追い返されてしまいます。兵の三分の二を失い、セミラミスは国へと帰らざるを得ませんでした。
 セミラミスはかつて「息子が彼女に陰謀を企てるときが最期となる」という予言を受けていました。この時、息子ニニュアスが宦官を使って陰謀を図ったのです。セミラミスは命こそ助かったものの、そのまま姿を消してしまったとされています。
 では、優れた知恵を発揮した女王セミラミスの絵画13点をご覧ください。

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アマゾン(アマゾネス)の絵画13点。ギリシャ神話に登場する、馬を駆って戦う女部族

Johann Heinrich Wilhelm Tischbein 1788 -

 アマゾン(アマゾネス)はギリシャ神話に登場する、女性だけで構成された部族です。
 軍神アレスとニュムペーであるハルモニアを祖先とする部族とされ、未開の地に住んでいたとされています。アマゾンは馬に乗って狩猟をして生活する騎馬民族で、武器を持って様々な戦争に参加しています。女性のみで構成されたアマゾンは、他の部族へ行って男性と関係を持ち、子を成しました。子が女児だった場合のみは大事に育て、男児だった場合、殺すか奴隷にするか父親の元へ引き渡すかしたそうです。

 ヘラクレスの試練やテセウスの冒険、トロイア戦争などでアマゾンは登場し、アマゾンの代表的な女性として、女王のヒッポリュテーやその妹アンティオペー、後の女王ペンテシレイアがあげられます。
 では、女性だけの戦闘集団アマゾンの絵画13点をご覧ください。

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女傑ゼノビアの絵画13点。勇敢なるパルミラ女王と野心的な夫に尽くした二人の女性

Zenobia by Carlo Antonio Tavella -

 ゼノビアという勇敢なる女性が、伝説上に二人存在します。
 一人目は、3世紀にシリアやエジプト周辺に興ったパルミラ王国の女王であるゼノビア。
 ゼノビアはパルミラ一帯を治めていたオダエナトゥスの後妻として入り、夫の参謀役として働きました。しかし、夫が267年に甥に暗殺されてしまったので、息子ウァバッラトゥスを後継者として立て、彼女は息子と二人で共同統治者となりました。268年になるとローマ皇帝ガッリエヌスが暗殺され、ゼノビアと息子はそれに乗じて領土を広げていき、ゼノビアは「戦士女王」と呼ばれるまでになりました。
 270年にローマ皇帝となったアウレリアヌスがパルミラ王国に降伏を迫り、彼女はそれを拒否。全面対決となります。それにより息子ウァバッラトゥスは戦死して大敗し、王国は滅亡してしまうのでした。ゼノビアはローマへと連行され、そのまま病気で死亡したとも、自死したとも、ローマの元老院と再婚して余生を暮らしたともされています。

 もう一人は51~5年に興ったイベリア王国の王子ラダミストゥスの妻としてのゼノビア。
 夫は野心家で、ゼノビアの父を処刑してアルメニアを征服してしまいます。ローマとパルティアの攻撃にあって一度はアルメニアを奪われるも、ラダミストゥスは復権します。しかし、彼がパルティア国に組した都市を罰した為、都市はパルティア王子をアルメニア王として立て、彼は地位を追われてしまいます。ラダミストゥスは身重であるゼノビアを連れて馬で逃げました。
 タキトゥスの伝説によると、ゼノビアはその時こう言ったとされています。「身重で乗馬に長時間耐えられない。足手まといになって敵の手に落ちるくらいなら、どうか私を殺してください」と。夫はその願いを聞いてやり、海岸で彼女を刺して一人旅立ちますが、ゼノビアは奇跡的に命を取り留め、羊飼い達に発見されます。彼女はそのままパルティア王の元へ連れられたものの、手厚くもてなされたそうです。一方、自国に逃走した夫は父に対して陰謀を企て、処刑されてしまったとされています。
 二人のゼノビアに関する絵画13点をご覧ください。

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管理人:


中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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