メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

死の舞踏

上機嫌な死神の絵画 12選。死神は満面の笑みで語る―死は避けられない定めだと

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 死の象徴である死神は、西洋において大量に描かれたり作られたりしたモチーフです。
 中世ルネサンス、バロック時代は戦争や疫病、魔女狩りなど、常に死を隣に感じているような時代でした。死に関する主題は、メメント・モリ(死を想え)、死の舞踏、死の勝利、ヴァニタスなど沢山ありました。死は骸骨の姿で動き回り、死神として芸術内を動き回りました。今回は人の臨終の前に訪れたり、特定の人の元へ来て死をもたらしたり、鎌や矢を持っていたりと、死神らしい役目を担った骸骨の絵を集めました。
 やる気に満ち溢れた、ノリノリな死神の姿12点をご覧ください。


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ペストの恐怖の絵画9点。中世で蔓延した黒死病は、横たわる死者の群れを生む

CRESPI, Giuseppe Maria - コピー

 ペストは黒死病とも呼ばれ、人の体内にペスト菌が入り込む事によって発症します。ペストに感染すると、リンパ腺が腫れてりんごほどにも膨れ上がり、身体中に青黒い斑点が多数現われます。激しい高熱に苦しんで意識不明となり、発病から3日後には、黒紫色に変色して死んでしまいます。その伝染力は凄まじいものがあり、あっという間に周囲に広がっていきます。
 ヨーロッパでは14世紀に大流行し、数年の短期間にに全人口の約半分がペストの犠牲者になりました。墓穴を掘るのも間に合わず、路肩には死体が溢れかえりました。恐怖に打ちひしがれた中世の人々は右往左往し、聖人に助けを乞い、根の葉もない迷信を信じて助かろうとしました。ペストの流行は17世紀、18世紀にも何度か起きました。常に死におびえる時代に生きた画家たちはペストの恐怖を描き、後世に伝えました。当時の人々が体験した受難の作品9点をお伝えします。


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【絵画10点】 死の舞踏と死の勝利 ― 恐怖に染まった狂気の民衆は、仄暗い街で踊る

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 死の舞踏は14~15世紀の中世末期の西洋で広まった寓話、もしくは美術的様式です。
 有名な呼び名ですと「ダンス・マカブル(フランス語)」があります。諸説ありますが、14世紀のフランス詩に「死の恐怖に人々が半狂乱になって踊り狂う」という一説があるというところから来ているようです。中世ヨーロッパは衛生状態も悪く、ペストが蔓延していました。また、戦争も頻繁に行っていた時代であったことから、死は常に隣り合わせの存在でした。貧富も地位も関係なくバタバタと人が死んでいくので、人々は死と延々と踊らされている気分だったのでしょう。
 死の舞踏はだいたい死を象徴する骸骨と被害者が描かれ、無理やり踊らされているように描かれます。骸骨は時に楽器を持ち、楽しそうにしています。

 死の勝利は広義では死の舞踏に含まれますが、死の勝利は死が鎌を振りかざし、人々を襲っている図になります。死の凱旋とも呼ばれ、有名な作品はピーテル・ブリューゲルが描いたもので、死神が稲を刈るかのように人々の命を奪っています。戦争と死をマッチングした恐ろしいテーマです。
 死の舞踏と死の勝利の絵画、9点をご覧ください。


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管理人:


中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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