メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

生首

【画像13点】斬首された自らの首を持って歩く聖ドニ(デニス)と、三名の首の聖人たち

Crucifixion of the Parlement of Paris (detail) 1449 -

 聖ドニはサン・ドニ、聖デニスとも呼ばれているカトリック教の聖人です。
 フランスのパリの司教で、250年頃に殉教したと伝えられています。聖ドニはセーヌ川のシテ島で暮らしており、仲間である聖ルスティクスと、聖エレウテルスと共にキリスト教の布教に励んでいました。しかし、改宗する者が増えてくるにつれて異教の僧侶が彼等を疎く思うようになり、聖ドニ達は高い丘で斬首刑に処されてしまいました。彼ら三名は死後まもなく崇拝の対象になり、遺体はその地に埋葬され、彼等を崇める教会堂が設立されました。
 「黄金伝説」によると聖ドニは斬首された後、自らの首を持ち上げて説教をしながら数km歩いたとされています。人間の摂理を越えた、恐るべき奇跡です。その伝説を元にして、画家たちは聖ドニを自らの首を持った聖人として表しました。また、斬首しても死なずに首を持ったとされている聖人は、他にも三名おります。
 聖ドニの絵画&彫刻10点と、三名の聖人の首を持った姿をご覧ください。少しだけ閲覧注意です。


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「生首」の絵画12選。サロメにユディトにダヴィデ、聖人など悲惨な話の場面をご紹介

Bernardino Luini 1485 - 1532 -

 人体から切り離された首を「生首」と私たちは呼んでいます。
 首は古代では勝利の象徴となっており、戦場で将軍を討ち取ったかが分かるように、首を斬り落として自国へ持ち帰った事が由来となります。絵画における生首の登場は、「旧約聖書」「(ギリシア)神話」「聖人崇拝」「斬首された罪人」の四つに大まかに分けられます。それらの中では戦利品という理由を持つ生首もありますし、死の象徴としての生首、その人のシンボルとしての生首もあります。
 7種類のパターンに分けた生首の絵画、12点をご覧ください。閲覧注意になるので、グロテスクが苦手な方はご遠慮ください!


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【絵画13点】生首を持つ少年。巨人ゴリアテを倒したダヴィデは、未来のイスラエル王

David_with_the_Head_of_Goliath_Guido_Reni - コピー

 ダヴィデは紀元前千年頃に在位していた古代イスラエルの王です。
 ダビデ、ダヴィドなどとも呼ばれます。彼が幼少だった頃、初代のイスラエル王はペリシテ人と戦争をしておりました。そんな時、ダヴィデは戦士ゴリアテを知ります。彼はペリシテ最強の男で、とんでもない巨人でした。イスラエル兵からも恐れられ、ゴリアテは調子に乗って兵を挑発していました。ダヴィデは巨人の前に立ち、勝負を挑みます。「小僧め。すぐに捻り潰してくれる!」とゴリアテは彼を侮りまくっていましたが、ダヴィデは神の力を借り、スリング(石投げ)で石をさっと投げました。石は額にめり込み、ゴリアテは一瞬で気絶してしまいました。ダヴィデは相手の大きな剣を使い、ゴリアテの首を斬り落としました。こうしてイスラエル軍に勝利をもたらしたダヴィデは、次々と戦争に参加して勝利をおさめ、イスラエル王の地位に就いたのでした。
 ダヴィデとゴリアテの物語は画家達に好まれ、大量の作品が残っています。その一部をご紹介いたします。生首だらけなので閲覧注意です。


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ギリシャ神話の詩人オルフェウスの死の絵画9点。愛に一途故に、乙女に殺される

 Orpheus, 1865 - コピー

 オルフェウスはギリシャ神話の吟遊詩人です。彼の最愛の妻エウリュディケが亡くなり、冥界まで行って連れ帰ろうとしたのですが、失敗してしまいました。→ オルフェウスの冥界下りの絵画はこちら
 彼は絶望し、女性を避けて暮らすようになります。トラキアの乙女たちがオルフェウスの気を引こうといくら頑張ってみても、彼は素知らぬ顔。そっけないオルフェウスに対し、ディオニュソスの祭の最中、娘たちの堪忍袋の緒が切れます。「あいつが私を侮辱した男だ!」と叫び、娘は槍を掴むとオルフェウスに投げつけます。それを皮切りに他の娘たちも加わり、彼は八つ裂きにされてしまいました。頭と竪琴は河に投げ込まれ、ゆらゆらと河をさまよい、ニンフたちに発見されました。
 また、オルフェウスは自らの宗教を広めようとした為にディオニュソスの神に疎まれ、彼を信仰する乙女たちに八つ裂きにされたという説もあります。いずれにせよ彼は無惨な殺され方をして、画家たちにこぞって描かれたのでした。オルフェウスの悲劇的な様相をご覧ください。


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洗礼者ヨハネの首を所望する、悪女サロメの絵画10選。妖艶な踊りで求めるは首…

Guido RENI; 1640 - コピー

 サロメは1世紀頃に古代パレスチナで生まれた女性で、「ユダヤ古代史」や新約聖書の「福音書」にその存在が書かれています。父はユダヤの王子ヘロデ・ピリッポス、母は王の孫のヘロディア。

 ある日、サロメと母ヘロディアは義父の異母兄弟であるアンティパスの宴へ招かれました。屋敷の牢屋には洗礼者ヨハネがいました。ヘロディアとアンティパスが不倫関係であり、結婚をしようとしていることを糾弾したのが、捕まった原因です。祝宴は楽しげに催され、サロメはそこで極上の舞を踊ります。一説には服を一枚ずつ脱いでいくセクシーな踊りとも言われていますが、その踊りは定かではありません。妖艶な舞に大喜びしたアンティパスは「お前の望むものを褒美に取らせよう」と言います。サロメは間髪入れず「ヨハネの首を」と答えます。

 結婚を非難したヨハネを母アンティパスは強く憎んでおり、娘にそう言うよう仕向けたからです。アンティパスは祝宴の場だったので困りましたが、誓った手前、約束を破る訳にはいきませんでしたので、衛兵にヨハネの首を斬ってくるよう命じました。衛兵は牢屋へ行ってヨハネの首を斬り、盆に載せてサロメに渡しました。
 聖人の首を報酬として願ったサロメは悪女(ファム・ファタール)として中世から近代まで、多くの画家に描かれました。盆を持った姿は共通しますが、首に対する反応は様々で、喜んでいる姿もあれば顔をそむけている姿もあります。
 母の陰謀によって悪女にされてしまったサロメの姿を紹介します。一部閲覧注意です。


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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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