メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

聖母子像

割礼を受けるキリストの絵画12点。大事な部分の皮を切除する、ユダヤの風習

Parmigianino The Circumcision 1523 -

 割礼とは男女に施される宗教的な、または衛生上的な施術です。男子は大事な部分の一部を切除するそうです。歴史は古く、イスラエルの他、古代エジプトやバビロニアなどの地域で宗教的な観点で割礼が行われました。
 旧約聖書の「創世記」にて、神がアブラハムにこう命じました。「あなたたちの男子はすべて割礼を受ける。切り取りなさい。これが契約のしるしとなる。・・・生まれてから8日目に割礼を受けなければならない」と。割礼を受けることはイスラエルの民ということ。この風習により、ユダヤの民であるイエス・キリストや十二使徒はみな割礼を受けました。

 新約聖書にも割礼の記述はあります。初期のキリスト教の会議において割礼は廃止となり、後年の西洋の者達にとってこの風習はそこまで行わない存在であったものの、このシーンは想像よりも多くの画家に描かれていました。
 では、割礼の絵画12点をご覧ください。ショッキングな描写はないものの、閲覧注意となりますので、そういった場面が苦手な方はご注意ください。

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クレルヴォーの聖ベルナルドゥスの絵画12点。マリアの彫像から母乳を飲む奇跡

Attributed to Jean Bellegambe St Bernard Clairveau Lactation -

 クレルヴォーの聖ベルナルドゥスは12世紀頃に生きたフランスの神学者です。
 ベルナルドゥスはフォンテーヌで騎士の息子として生まれました。母が信仰厚き人であったので、彼は修道院に入ることを希望し、20代の頃にシトー修道院へと足を踏み入れます。その三年後にクレルヴォー修道院が設立され、彼はその院長に抜擢されました。ベルナルドゥスは優れた説教と聖性、厳粛さを備えていた為、巡礼者が押し掛けるようになりました。その名声はいやにも高まり、彼は静かな修道院生活を望んでいたものの、教皇までもが彼に助言を求めるようになってしまったのです。

 ベルナルドゥスは教会分裂を収束させ、異端を抑圧し、十字軍勧誘の演説をするなどの業績を成し遂げました。しかし、熱狂的な支持を得た十字軍は失敗に終わります。このことがベルナルドゥスの影響力を弱めていき、様々な出来事も重なり、年齢の事もあって彼は世間から離れていくようになります。彼は1153年、クレルヴォー修道院の中で息を引き取りました。

 そのような人生を歩んだ彼に、一つの逸話があります。聖ベルナルドゥスは聖母マリアを特に信仰していました。ある日、彼が聖堂で「貴女の母たることを私にお示しください」 と祈りを捧げていると、なんと聖母マリアの彫像が動き出したではありませんか!しかも「母」であることを示す為、彼に母乳を飲ませたそう。なんというか、物凄い内容ですね。その物語は画家に衝撃を与えたようで、何枚かの作品が残されています。
 では、聖ベルナルドゥスについての絵画12点をご覧ください。

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どうしてこうなった宗教画13点。どこか不自然で突っ込みたくなる聖なる方達【第三弾】

Lombardy School, 18th Century. Christ Blessing -

 イエス・キリストや聖母マリア、天使、聖人などが描かれた宗教画は、信仰してきた対象を描くゆえに、神秘的で荘厳、均整のとれた美しい作品である場合がほとんどです。彼等の姿はほぼ形式化され、画家が異なれどもよく似た姿で描かれてきました。その表情も思慮深く、賢者そうな雰囲気をたたえているものが多いです。
 しかし、中には「どうしてこうなった」と思えるような作品が存在します。その原因は時代特有のものであったり、象徴的なものだったり、画家の個性であったり・・・。「こんな理由なのかなぁ」と思いつつも、思わず突っ込みたくなってしまう作品たち。
 では、「どうしてこうなった」と思える宗教画13点をご覧ください。衝撃的なものはありませんが、個性がきらりと光る作品をお楽しみください。

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聖ルカの絵画14点。福音書を手掛け聖母マリアを描いたとされる画家の守護聖人

Niklaus Manuel, 1515 - コピー

 聖ルカは、新約聖書の「ルカによる福音書」と「使徒列伝」の作者とされる聖人です。
 「コロサイ書」や「ルカによる福音書への反マルキオン的序文」には「職業は医者」と記述があり、彼の職業は医者と考えられてきました。その為、聖ルカは医者や薬剤師の守護聖人とされています。しかし、聖ルカは画家の守護聖人ともされており、彼が聖母マリアと幼子イエスの肖像画を描いている場面ばかりが作品として残されています。それはルカの職業が画家で、聖母マリアを始めて描いた者であるという伝承がある為です。また、異教徒へ伝道する際に、自らが描いたイエスやマリアの肖像画を使用したという話もあります。
 聖ルカの作品は中世ルネサンス期に多く、とりわけ北方が目立ちます。では、様々な容姿や姿で聖母マリアとイエスを描く聖ルカの絵画14点をご覧ください。

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聖家族の絵画13点。幼子イエスと聖母マリア、ヨセフを中心に様々な聖人が集う作品

Joseph Paelinck 1781-1839 -

 聖家族はキリスト教美術のテーマの一つであり、幼子イエス・キリストと聖母マリア、養父ヨセフが描かれている場面の事を指します。彼等以外にもマリアの母アンナや洗礼者ヨハネ、その他の聖人達が加えられている場合もあります。
 幼少期のキリストの記述はそれほど聖書上にはありませんが、「キリストの降誕」や「東方三博士の礼拝」、「エジプトの逃避と滞在」等の物語を基盤にして、キリストとマリア、ヨセフの三名は「家族」の理想的な原型として考えられるようになり、聖家族というモチーフは生まれました。また、「エジプトの逃避と滞在」のテーマも聖家族の一体系とみられる場合もあります。聖家族の作品は15~17世紀のルネサンス、バロック時代に描かれ、今日でも数多くの作品が残っています。
 では、聖なる息子とご両親、聖人達が集まった聖家族の絵画13点をご覧ください。

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天使の楽隊の絵画13点。唯一神を称えて聖歌を歌い奏でる、美麗なる天使達の姿

Sir Edward Coley Burne-Jones 1833 – 1898 -

 神と人間の仲介役を務める天使は、預言者や聖人に様々なお告げを伝えています。
 聖書には天使が聖歌を歌ったり楽器を奏でる場面は出てきませんが、天使が歌を歌ったり、楽器を弾いたりする絵画は数多く存在します。それはギリシャの女神ニケがリラの音色で人々を従わせるという伝承に基づいているともされていますが、中世やルネサンスの時代は世俗的な楽器は(バグパイプ、ハープ、手回しオルガンなど)卑しいものとされ、聖なる音楽とは区別されていました。天使達が楽器を奏でる姿を描いたのは、芸術家たちが「神を賛美しているなら、立ったまま褒め称えたりしているより、美しい旋律を奏でる音楽の方がいいだろう」と考えたからなのかもしれません。聖歌やキリスト教音楽の発達も関係しているように思います。教会は音楽に満ちあふれていますしね^^
 では、天使の楽隊についての絵画13点をご覧ください。

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エジプトへの逃避行の絵画15点。聖母マリアは夫とキリストを連れ、故郷から逃げる

Bartolomé Esteban Murillo - The Flight Into Egypt, 1647-50 -

 エジプトへの逃避行はマタイの福音書にある、新約聖書の物語の一つです。
 ある日、ヘロデ王はユダヤの新王がベツレヘムにて誕生したことを予言で知ります。玉座を死守したいヘロデ王は、新王となる者を殺そうと、町に住む二歳以下の全ての幼児を殺すよう命じました。罪も無き赤子たちは母親の手から奪われ、無惨にも殺されたのです。→ 幼児虐殺についての絵画を見たい方はこちら

 それより前、ベツレヘムに滞在していたキリストの養い親ヨセフは天使の夢を見ました。天使は「キリストとマリアを連れてエジプトへと逃げなさい。ヘロデ王が息子を殺めようとしています。私が知らせるまでそこにいるのですよ」と言っていました。ヨセフは慌てて二人を起こし、急いで夜中にエジプトへと出発しました。異国への道筋は険しく、荒れ野の中をひたすら進み続けました。彼等はエジプトにヘロデ王が死去するまで滞在しました。言い伝えによると王は70歳の時に恐ろしい病気にかかって、悶え死んだとされています。すると、再びヨセフの夢の元に天使が現れ、「国にお帰りなさい」と伝えました。こうして家族三人はユダヤの土地へ向けて進み、ベツレヘムではなく元居た場所のナザレへと帰ったのです。
 エジプトへの逃亡と滞在、そして帰還の絵画15点をご覧下さい。

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東方三博士の礼拝の絵画15点。イエス・キリストの生誕を、東方の賢者達が祝福する

 1510 -

 東方三博士(三賢者)の礼拝は、新約聖書の物語の一つです。
 ある日、エルサレムに東方からやって来た占星術の博士だという旅人たちが来ました。彼等は都に着くと、人々にこう訊ねました。「ユダヤの王は何処ですか? 我々はその方の誕生を星で見たのです」と。メシアが産まれたという噂はたちまち広がり、それは現ユダヤ王のヘロデの耳にも届きました。ヘロデ王は聖書を研究する者達から、メシアがベツヘレムから現れるという事を聞き出し、東方の博士たちを呼び出しました。王は「ベツレヘムへ行って、メシアに会ったら私に知らせて欲しい」と伝え、彼等を送り出しました。
 東方の博士たちは頭上に輝く美しい星を頼りに、その土地へと目指しました。着いたところは粗末な小屋でしたが、彼等はそこにメシアがいることを確信しました。中に入ると、若い母の胸に、赤ん坊が抱かれていました。三名の賢者は涙を流しながら赤子イエスに礼拝し、持ってきた宝箱を開け、黄金と、没薬(もつやく)と乳香を送り物として与えました。
 東方よりやって来た賢者たちの礼拝の絵画、15点をお楽しみください。


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ピエタ (慈悲の聖母) の彫刻11選。ミケランジェロ以外にもある、個性的な聖母子像

Der Förderkreis des Diözesanmuseums  Erzbischöfliches - コピー

 ピエタは聖母子像の中で、息子キリストの遺体を抱く母マリアを表した作品のことを指します。哀れみ、慈悲という意味を持ち、マリアが悲しみや嘆き、慈悲の表情を浮かべています。絵画、彫刻において人気のある主題であり、多くの作品が残っております。
  ピエタの彫刻作品12点をご覧ください。個性的なマリア様の表情にも注目です。


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ピエタ (慈悲の聖母) の絵画12選。息子キリストを失い、悲嘆に暮れるマリアの作品

Jacques Stella, Pieta, 17th century -

 ピエタは聖母子像の中で、十字架から降ろされたキリストの遺体を抱くマリアの姿を表した作品のことを指します。哀れみ、慈悲という意味を持ち、ぐったりとした息子を母が抱きかかえており、悲しみや慈悲の表情を浮かべています。絵画、彫刻において人気のある主題であり、たくさんの作品が残っております。
 ピエタを描いた絵画12点を見ていきましょう。二人の表情に注目です。


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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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