メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

魔女狩り

残酷な拷問方法。魔女狩りの被害者はむごい拷問にかけられ、自白を強要される

Charles Stanley Reinhart 19 -

 魔女狩りでは残虐すぎる拷問が行われていました。
 15~17世紀にかけて魔女狩りは激化していき、悪魔と結託したという容疑で逮捕された犠牲者は、いくら身の潔白を主張しても無駄に終わります。必ず有罪になる裁判が行われ、拷問部屋へ連れていかれました。そこでは非道すぎる様々な拷問が行われており、犠牲者はあまりの苦痛に「私は魔女です。悪魔と結託しました」と白状をするか、拷問によって死ぬしかなかったのです。そして、嘘の白状をして拷問室から逃れたとしても、魔女である罪で火あぶりにされて処刑されてしまいます。魔女の容疑にかけられたら、逃げ道はどこにもないのです。
 むごすぎる拷問の挿絵や絵画、11点をご紹介します。なお、作品の作者が不明なものが多いですが、パブリックドメインと判断して掲載させていただきます。以下閲覧注意です!


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魔女狩りの狂気。裁判で火刑と判決され、火あぶりにされる被害者の絵画 12点

Hexenverfolgung -

 魔女狩りは15~18世紀にかけて流行した、宗教差別を含んだ大規模な迫害です。
 魔術や呪術を使ったとして裁かれた者は前々から存在していましたが、15世紀の半ば頃に「魔女」という概念が「悪魔と結託した異端者」という、よりキリスト教的な狭義のものとなり、異端審問が強化された為に魔女狩りが激化していきました。15世紀後半に「魔女の鉄槌」という魔女狩りのノウハウ本が創刊されたのも後押しとなりました。最も魔女狩りの嵐が吹き荒れたのは16世紀~17世紀後半にかけてで、ドイツ(神聖ローマ帝国)が一番酷かったです。
 魔女の疑いをかけられると、必ず有罪の裁判が行われ、拷問をして自白を強要させます。苦痛により「魔女です」と白状した被害者は火あぶりが待っています。逃げ場はどこにもないのです。魔女探しは密告で行われ、「猫を飼っているから」「なんか気に喰わないから」「美しすぎるから」というとんでもない理由で魔女だとされてしまった人もいます。魔女を探すと莫大な懸賞金が与えられるので、密告を繰り返して生計を立てる者もいました。こうしたことが魔女狩りに拍車をかけることになったのです。
 魔女狩りについて学ぶ為に、12点の絵画を見ていきましょう。閲覧注意です。


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魔女の集会「サバト」の絵画11選。真夜中に行われる悪魔と怪物、魔術師の饗宴

Francisco Goya 1798 -

 サバトは西洋で信じられていた、魔女や魔術師たちによる悪魔信仰の集会のことです。
 集会は土曜日の真夜中に行われるとされ、黒魔術を学んだ男女や悪魔や怪物が集まり、神を冒瀆する行為や乱痴気騒ぎをしていたとされています。サバトは古代から行われていた、異教の魔術的な民俗信仰から派生したとされています。しかし、サバトが実際に行われていたという確かな証拠はなく、魔女狩りが横行した中世から18世紀(近代でも)の間の、教会が作りあげた虚構とも考えられます。教会はサバトに参加したという罪で、多くの人々を火刑に追いやっています。魔女とされた人々のほとんどは拷問による苦痛で「サバトに参加しました」と偽りの告白をせざるを得なかったのです。
 西洋の人々が思い描いていた、闇に染められたサバトの姿、11点をご覧ください。



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中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
師匠はヒエロニムス・ボス。
神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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