古典的な西洋絵画を見ていて「これ誰?」と思ったことはありませんか。
同じ人物を描いたとしても、画家によって様々な姿となります。物語のシーンではなく人物のみの絵では、人物の持っている物で推測するしかありません。西洋絵画では、異なる画家でもどの人物が描かれているか分かるよう、宗教画や神話画の人物は共通した持ち物を持たせます。それを図像学では持物(アトリビュート)と呼んでおります。
一人の人物に複数のアトリビュートがあったり、異なる人物で共通したアトリビュートがあったり、絵画によって描かれるアトリビュートが異なったりして、完全なる線引きは難しいのですが、大体の目安としてお考えください。
聖書、ギリシャ神話、北欧神話の人物を例に、アトリビュートを学んでいきましょう。
「カルロ・ドルチ作 17世紀半ば」
百合の花は純潔を示し、赤色は慈愛、青色は天の真実を意味するそう。薔薇はアダムとエヴァが罪を犯す前は棘がなかったとされており、それが由来で棘のない薔薇は聖母マリアのアトリビュートとされました。
百合は受胎告知によく見られ、マリア以外にも天使ガブリエルのアトリビュートとされています。聖家族やキリストの磔刑などの絵画には花のアトリビュートは見られないことが多いので、衣服の色によって聖母マリアを断定するしかありません。
「作者不明(コロンブスの自室の礼拝堂作品) 1630年」
聖ヒエロニムスはかのヒエロニムス・ボスの名前の起源の聖人。彼は隠者として一人で暮らし、聖書の翻訳をした聖人として有名です。彼のアトリビュートは赤い帽子、翻訳中の聖書、ライオン。「黄金伝説」によると修道院に怪我を負ったライオンが迷い込み、聖ヒエロニムスが介抱をしたところ懐いてしまったとか。なんともほっこりするお話です。髑髏がアトリビュートとして描かれる絵画もありますが、何故なのかはよく分かっておりません。「俗世間と離れて暮らす」という意味で捉えるのが近いかもしれません。
「ハンス・メムリンク作 1470年」
キリストが十字架を背負ってゴルゴダの丘を登っている時、汚れたキリストの顔を白布でそっとぬぐったとされる聖女。拭いた布にキリストの顔が浮かび上がったとされております。それにより、聖ヴェロニカのアトリビュートはキリストの顔の付いた布(聖骸布)となりました。それにしても、顔がくっきりと浮かびすぎではないか・・・。
「ロレンツォ・ロット作 1503年」
衝撃的な様相をしているのは、ドミニコ会の修道士聖ペテロさん。なんでも布教中に背後から襲撃され、頭を鉈でかち割られ、ナイフで胸をぐさりとやられて殉教してしまったとか。そのお話通りの物がアトリビュートとされてしまったわけで。マイナーな聖ペテロですが、頭に鉈(斧)が刺さっていたら絶対に彼です。
また、左手に持っているのは棕櫚(シュロ)の葉で、これは殉教者のアトリビュートです。殉教した聖人は大概これを持っています。棕櫚を持った聖人の絵画があったら「あぁ、この人は殉教したんだ」と思って間違いありません。
「フィリッピーノ・リッピ作 15世紀後半-16世紀前半」
悪疫ペストに対しての聖人であるロクスは、相当に崇拝されました。ロクスはキリスト教の布教をしながらペスト患者の看護に当たっていましたが、自らもペストになってしまいました。その時に犬が彼の顔を舐めたり、食べ物を持って来てくれたという伝説があるので、アトリビュートとしてパンをくわえた犬が傍らに描かれるようになりました。腿の傷跡はペストによるもの。大体ズボンや上着をセクシーにめくっています。ロクスは誤解により投獄されてしまい、そのまま獄中で命を落としたとされています。
「ボッティチェリ作 1474年」
ハリネズミのように矢が刺さっても、奇跡的に生きていたという聖人。矢を射られていたり、矢を持っていたり、矢を引き抜かれて女性に介抱されている人がいたら高確率で聖セバスティアヌスだと思います。
「ポツダム宮殿の天井画 1751年」
ギリシャ神話に登場するヘルメス(マーキュリー)は、とても分かりやすいアトリビュートを持っていると思います。羽根つきの帽子とサンダルをつけて、蛇の絡みついた杖(カドゥケウス)を持った、飄々とした半裸の青年がいたら間違いなくヘルメスです。この宮殿の天井画は第二次世界大戦で破壊されてしまい、写真のみで残っていないそう。勿体ない!戦争反対!
「シモン・ヴーエ 1635-40年」
ギリシャ神話のプレイボーイ神アポロン(アポロ)は、竪琴と月桂樹の冠をアトリビュートとしています。また、弓を得意としている為、弓と矢筒を持っている場合があります。大体赤色か黄色の衣を羽織るか、裸で描かれます。
「ジャック・ルイ・ダヴィッド作 18世紀後半-19世紀前半」
ギリシャ神話の戦いの女神アテナ(ミネルヴァ)は、兜や盾などの武装姿がアトリビュートとなっています。また、知恵の女神でもある為、英知の象徴であるフクロウを従えている場合もあります。アテナは戦の反対である平和も司っており、オリーブを持っている時もあります。
「エミール・ドプラー作 19世紀後半-20世紀前半」
北欧神話の主神オーディンは基本、ローブを目深に被った隻眼の老人として描かれます。紹介した絵画のようにヴァイキング風の鎧に身を包んだ姿もあります。共通しているのはグングニルと呼ばれる槍を持っていること。
フギンとムニンというカラス、ゲリとフレキという狼を連れている為、傍らにいる場合があります。また、スレイプニルという8本脚の馬が愛馬なので、それでも識別することができます。
「Marten Eskil Winge 作 1872年」
筋肉ムキムキでハンマーを持っていたら、北欧神話の守護者トールです。それ以外にも、鉄の手袋をはめていたり、豪勢な帯を付けていたり、二頭の山羊にひかせた戦車に乗っていたらトールです。
聖人は自らのゆかりの物 (話に出て来たアイテム、死因)をアトリビュートとしている人が多く、ドラゴン、石、のこぎり、歯など凄いものをアトリビュートとしている聖人もいます。
ちなみに、記事表紙絵の四人の聖人は、左から聖ロクス、聖セバスティアヌス、聖ヒエロニムス、聖ヘレナです。聖ヘレナはコンスタンティヌス1世の母で、キリストの十字架と釘を発見した聖人のようです。なので、彼女のアトリビュートは十字架になっているのですね。
この記事を読んでくださった方が、さらに西洋絵画に親しみを持ってくださると嬉しいです^^
【 コメント 】
>> 季節風様へ
こんばんは^^
美術館で「聖ヒエロニムスの肖像画」という題名や軽い説明文を読んだだけでは「ほーそうなのか」で終わってしまいますが、アトリビュートを知っていれば題名や説明を読まなくても、姿を見ただけで「これは聖ヒエロニムスを描いた作品だ!」と分かるのは楽しいですよね^^
知っている登場人物や物語が美術館にあると内心ニヤニヤしてしまいます(笑)
救急車(医療)のマークは「アスクレピオスの杖」と呼ばれ、ヘルメスのカドゥケウスとは似ていても別物になります。
混同して考えられる場合もあるようですが…。
聖ペテロさんの姿は衝撃的ですよね。
なにもそのまま頭にくっつけなくてもいいのにと私も思ってしまいます^^;
それがロットさん以外の画家も、同様に頭に刺さったまま描いているのですよ…。
アトリビュートを初めて知りました。教えてくださり有難うございます。これを知っていると絵画鑑賞が楽しくなりますね。わかる人にはわかるみたいな暗黙の了解みたいな。
ヘルメスは若々しいのも特徴みたいですが、蛇みたいな杖?が救急車のマークに似ていますが。
ロレンツォ・ロットさんは聖ペテロさんに失礼では。胸の短剣はともかく鉈は足元に置くとかしたほうがいいと思います。腰から上の絵なのでそうもいかないですか。
>> 美術を愛する人様へ
こんばんは^^
お褒めの言葉ありがとうございます!
その通りです。七福神の姿が作品によってまちまちでも、アトリビュートで見分けられると言った感じです。
私も縁起物の七福神が入った進物を店で売っていた事があって、よくこんがらがっていました(笑)
人によって幾つもアトリビュートがあったり、数人が同じアトリビュートとなっていたりしてややこしい部分もありますが、調べてみると面白いですよ。
このブログが役に立つことができて嬉しいです^^
アトリビュートに着目した記事とても面白いです!!
七福神で言うところの、恵比須さんは鯛と釣りざお持ってて、大黒さんは小槌と袋を持ってるとこで見分ける…というとこでしょうか?
あの二人は、顔が似てるので違いが分からない次期がありました。笑
確かに、宗教絵画は「これ誰?」と思うことが多々ありました。
アトリビュートで見分けるということを知りませんでした。
教えてくれてありがとうございます!!
これから、宗教絵画を見るのが楽しくなりそうです☆