魔女の集会「サバト」の絵画11選。真夜中に行われる悪魔と怪物、魔術師の饗宴 | メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

魔女の集会「サバト」の絵画11選。真夜中に行われる悪魔と怪物、魔術師の饗宴

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 サバトは西洋で信じられていた、魔女や魔術師たちによる悪魔信仰の集会のことです。
 集会は土曜日の真夜中に行われるとされ、黒魔術を学んだ男女や悪魔や怪物が集まり、神を冒瀆する行為や乱痴気騒ぎをしていたとされています。サバトは古代から行われていた、異教の魔術的な民俗信仰から派生したとされています。しかし、サバトが実際に行われていたという確かな証拠はなく、魔女狩りが横行した中世から18世紀(近代でも)の間の、教会が作りあげた虚構とも考えられます。教会はサバトに参加したという罪で、多くの人々を火刑に追いやっています。魔女とされた人々のほとんどは拷問による苦痛で「サバトに参加しました」と偽りの告白をせざるを得なかったのです。
 西洋の人々が思い描いていた、闇に染められたサバトの姿、11点をご覧ください。

 

「Johann Jakob Wick 作  16世紀」
サバトに参加するには、悪魔の頭(サタン、バフォメットなど)の
尻にキスをして忠誠を誓わなければなりませんでした。
サバトでは悪魔や怪物がひしめいています。

「Frans Francken the Younger  作  1606年」
サバトでは神を冒瀆する黒ミサが行われました。悪魔を中心に置き、
十字架を逆さまにして、通常のミサと正反対のことが行われました。

「ヤーコブ・コーネリス・ファン・オーストサネン作  1526年」
サバトは人気のない場所で行われ、魔が住んでいると思われていた
山や森、廃墟などが選ばれました。

「作者不詳  16-17世紀?」
魔女たちは怪しいダンスを踊り、悪魔や怪物を喜ばせました。
老婆だけではなく若い娘、時には男性など老若男女誰もが
サバトに参加しているとされています。

「アントワーヌ・ヴィールツ作  19世紀」
箒にまたがり飛行する魔女の姿は近世に入って作られたもので、
中世の作品には箒の頭が前だったり、ちりとりに乗っていたりするものも
あります。腿の両側に怪しい軟膏を塗りこみ、飛行をしていたと
言われています。

「サルヴァトール・ローザ作  1635-54年」
異形の怪物と黒魔術師たちが踊り、何かを作っています。
古代の異教の儀式とキリスト教の悪魔観が混ぜ合わされ、
サバトの儀式が生まれました。

「コルネリス・サフトレーフェン作  1650年」
サバトの中にも地位があり、上級の者は上座に座り、新人は
雑用係となっていたようです。内部のいざこざや喧嘩もあったのでしょうか。

「ホセ・デ・リベーラ作  17世紀」
サバトの儀式が盛り上がると、悪魔や異性、同性相手誰構わず
みだらな行為をしたとされています。

「サルヴァトール・ローザ作  17世紀」
魔方陣や調理を使って様々な悪疫を起こす黒魔術を行い、
死体や生まれたばかりの赤ん坊を材料にすることもありました。
悪魔は人肉を好み、彼等はカニバリズムを行いました。

「フランシスコ・デ・ゴヤ作  1798年」
サバトの絵画で最も有名な作品。山羊の姿をしたバフォメットを囲み、
魔女たちが子供を生贄に捧げようとしています。

「フランシスコ・デ・ゴヤ作  18世紀後半-19世紀前半」
闇の誘惑は激しく、敬虔なる信仰を持ってしても心が揺らいでしまう。
「堕落は楽しいところだよ」耳元で悪魔が囁いています。

 現代では「我々は悪魔崇拝者」と公言し、サバトを行っているカルト集団が存在します。秩序に縛られた神よりも、自由を重んじる悪魔が正義だ、という理由で真面目(?)に悪魔を信仰する団体は良いと思いますが、みだらな行為や冒涜的な言葉を吐き、世間を呪うような悪魔崇拝者はやめて欲しいと個人的に思います。
 魔女狩りが激化した時代にも、ごく一部の悪魔信仰まがいの者はいたと思います。それが派生し、異教崇拝者はみな悪だという思いが広がっていき、少し不審な行動を起こした者もみな魔女だ!となっていってしまい、その騒動に反発した一部のカルト集団が乗じて悪魔を崇拝し・・・。そういった負の連鎖が起こってしまったように感じます。

 

【 コメント 】

  1. 美術を愛する人 より:

    素敵

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