ネルソン提督の絵画13点。トラファルガーの海戦で戦死した、隻眼隻腕の英国の英雄 | メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

ネルソン提督の絵画13点。トラファルガーの海戦で戦死した、隻眼隻腕の英国の英雄

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 ホレイショー・ネルソン(1758-1805)はイギリスの海軍提督です。アメリカ独立戦争やナポレオンとの戦争にて活躍しました。イギリス史上最大の英雄とされています。
 イングランドのノーフォークにある村の牧師の息子として生まれたネルソンは、父が病弱で貧困だった為に、12歳の時に母方の叔父を頼って海軍へと入隊しました。19歳で昇進試験に合格し、翌年には艦隊の指揮を任されるようになり、カリブ海周辺の諸島を守護しました。30歳の時には未亡人フランシス・ニズベットと結婚します。

 フランス革命の勃発により、地中海方面へ行ってフランス軍と戦争。砂が右目に入って視力を失ってしまいます。1796年には戦隊司令官に命ぜられて翌年には昇進を果たしますが、カナリア諸島のテネリフェ島の戦闘で負傷して右腕を切断し、ネルソンは隻眼隻腕の提督となってしまったのでした。

 その後もネルソンの勢いは止まらず、フランスやデンマークとの海戦に勝利を収めます。そして、1805年には運命のトラファルガーの海戦が行われたのです。フランス・スペインの連合艦隊との海戦に、ネルソンは全く怯むことなく前線に出て戦い、完全勝利を果たしました。これによりナポレオン1世の英国上陸の野望は打ち砕かれたのです。しかし、その代償としてネルソンは敵の銃弾を受けて命を落としたのでした。
 英雄ネルソン提督の絵画13点をご覧ください。

 

「ウィリアム・ビーチェイ作  1753-1839年」
ベートーヴェン風のふわっとしたヘアーに、きりっとした容姿、
紳士然とした佇まいですね。右手を失って袖部分は空っぽに
なっており、右目も失明しているのですが、それを全く感じさせない
気迫がありますね。

「ジェームス・ロンズデール作 1777–1839年」
上の作品よりも少し優し気なネルソン提督。18世紀の西洋では
ウィッグを付けることが流行した為、彼の頭もカツラなのかな?
白髪になる年齢じゃなさそうだし・・・。

「ハインリヒ・ヒューガー作 1751-1818年」
目鼻立ちがハッキリして女性にしたら美人そうなネルソン提督←w
胸の勲章たちが煌めいていてまぶしいです。
部下達に優しく接して健康管理にも気を配っていたようで、
部下にかなり慕われていたそうです。人柄が顔に出ますね。

「ジョージ・W・ジョイ作  1844 – 1925年」
ネルソン少年が海軍に入る為に、叔父の元へ出立する場面を描いた
作品。画家は20世紀の人なので想像で描いたのですね。
少年の緊張と期待、母親の心配と不安が伝わってきます。

「リチャード・ウェストール作  1806年」
1797年2月に行われた、対スペインとのサン・ビサンテ岬の戦い。
右にいる黒い服を着た人がネルソンで、敵の将校サン・ニコラスを降伏
させています。この時代は右腕がありました。この絵画は戦争の
9年後に描かれたもので、劇的な雰囲気を強調していますね。

「ガイ・ヘッド作  1760-1800年」
数多の海戦を経験して勝利を重ね、ネルソンはどんどんと昇進して
いきます。彼は生涯海の上で戦い続けました。
絵画では小姓のような少年を連れていますね。

「チャールズ・ルーシー作  1854年」
彼は「敵の艦隊を全て沈めるか、味方が全て沈むかのどちらかだ」と
手記に残しており、かなり徹底した戦争を行っていたそうです。
上司の「撤退」という言葉をスルーしたという逸話も残っています。
それよりもこの作品の顔がベートーヴェンに見えてしょうがない・・・。

「デニス・ダイトン作  1825年」
トラファルガーの海戦を描いた作品。船上が戦場と化していますね。
(ギャグではありませんw) ネルソンは二列の縦陣を組んで船を
敵船に突っ込ませ、接近戦に持ち込む戦法を得意としていました。
しかし、その戦法には大きなリスクがあったのです・・・。

「リチャード・ウェストール作  1806年」
ネルソンは最も危険な先頭の船に乗って指揮をしていた為、
敵の凶弾に倒れてしまったのです。トラファルガーの戦争には
勝利を収めましたが、その代償に命を失ってしまったのでした。

「エドワード・アーミテージ作  1817-96年」
戦争に勝利したことを知ってネルソンは喜び、「私は義務を果たした。
祝福して欲しい」と言って、仲間全員や神に感謝の言葉を述べながら
亡くなっていったと伝えられています。白いベッドと服、包帯が
暗い背景に映えますね。

「アーサー・ウィリアム・デヴィス作  1762-1822年」
こちらも白いネルソンを中央にして、悼む人々の姿が描かれています。
ネルソンの遺体は保存の為にお酒(コニャック、ブランデー、ラム等)
の樽に入れられ、祖国へと帰りました。(ネルソンにあやかろうとした
部下達がその酒を飲み干してしまったという逸話があります^^;)

「ガイ・ヘッド作  1800年頃」
右手と腕に包帯を巻き、何故か肩から血を流すネルソン氏。
天を見上げ、胸に手を置くポーズは聖人画でよく描かれるもので、
傷は殉教の証か聖痕を思わせます。聖人のような扱いをされて
いるのが分かりますね。

「Pierre-Nicolas Legrand de Lérant 作  1805-18年」
天へと召されていったネルソン氏。ただ、キリスト教ではなくギリシャ
神話の神々に誘われているようです。軍神アレスやアテナ、海神
ポセイドンや最高神ゼウスがいますね。この画家は「聖人」ではなく、
「英雄」という位置づけでネルソンを見ていたのだと思います。

 見事な手腕で戦争を勝ち抜き、イギリス国家を守護した英雄ネルソン。そんな彼ですが、人妻と不倫をやらかしています。彼女の名はエマ・ハミルトン。エマは絵画モデルや踊り子をしていた美しい女性で、ウィリアム・ダグラス・ハミルトンと結婚していました。ネルソンにも勿論フランシス・ニズベットという妻がいました。これでドロドロの修羅場になるかと思いきや、そうとはならずに不倫は円満(?)に続いたようです。ウィリアム氏はネルソンがイギリスにおいて貴重な存在だと認識して黙認していたし、フランシスさんはネルソンから充分な資金援助を貰っていたらしいです。公然とした大胆な不倫関係。それも英雄の成せる技なのですかね・・・?^^;
 エマはネルソンの第一子を出産して幸せな人生を歩むかと思いきや、ネルソンの戦死を境に不幸の坂道を下って行ってしまうのでした。彼女の人生については下のリンクから記事を読むことができます。

→ エマ・ハミルトンについての絵画を見たい方はこちら

 

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