• メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

    ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

    クリエーターズマーケットの出展は無事に終了しました。来て頂いた方、買って頂いた方、本当にありがとうございました!

    ヒュラスの絵画13点。ヘラクレスの従者だったが、泉のニュムペーにさらわれた美少年

    Hylas and the Nymphs, John William Waterhouse -

     ギリシャ神話に登場するヒュラスはヘラクレスに仕えていたものの、ニュムペー(ニンフ)にさらわれてしまった美少年です。
     ドリュオプス族のテイオダマース王とニュムペーのメノディケ(ケーウクスという説も)との息子。テイオダマース王は非道な性格をしていたので、ヘラクレスは王を殺して幼いヒュラスを奪い、従者として育てる事にしました。(ヘラクレス滅茶苦茶な奴ですね・・・) それでもヒュラスは立派な従者に成長します。

     しかし、アルゴ―船がキアノス島へ上陸した日に事件が起きます。ヒュラスが泉へ水を汲みに行った時、泉のニュムペー達と遭遇。ヒュラスの美しさに惚れてしまったニュムペーらは、彼を泉の中へ引きずり込んでしまったのです。ポリュペモスがヘラクレスにヒュラスが行方知れずになったことを伝え、二人は捜索をします。現地の村の人を脅迫してまで懸命の捜索をしたものの、結局発見できずにヘラクレスはその場を離れざるを得なかったのでした。こうしてヒュラスは泉のニュムペーの夫となったのです。
     美少年を泉に引きずり込む美女たちの絵画13点をご覧ください。

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    デウカリオンの洪水の絵画13点。殆どの人類が絶えた、ゼウスの怒りによる大洪水

    Paul Merwart (1855-1902), The Flood -

     デウカリオンはギリシャ神話に登場し、妻と共に大洪水を生き延びた人物です。
     人間に火を与えたプロメテウスの息子とされ、プティアの王とされています。プティアの地はアキレスの故郷でもあるようです。ゼウスはアルカディアの王リュカオンと息子達に人肉をもてなされた為、人間の存在を疎ましく思うようになり、滅ぼしてしまおうと地上に大洪水を起こしました。激しい豪雨により海の水かさが増し、あっと言う間に水は全ての都市を流し、水に浸からなかったのは山頂のわずかな部分だけでした。

     デウカリオンは父プロメテウスより警告を受け、方舟を作って食糧を入れて妻ピュラーと乗り込んでいた為、難を逃れました。9日間水上を漂ってようやく水が引いた時、二人はパルナッソス山へと到着しました。デウカリオンはピュラーと共に河のほとりの神殿でゼウスに生贄を捧げ、「人間を蘇らせてください」と祈ります。ゼウスはその願いを聞き届け、「お前達の顔を布で包み、母の骨を後ろに投げよ」というお告げを与えました。

     ピュラーはそんな親不孝はできないと嘆き悲しみましたが、デウカリオンは母は「大地」のことで骨は「河岸の石」の事だと解釈し、二人は石を拾って背後に投げました。すると、デウカリオンが投げた石から男性が誕生し、ピュラーが投げた石からは女性が誕生しました。こうして地上にはまた人間があふれるようになったのです。
     デウカリオンの洪水についての絵画13点をご覧ください。

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    リュカオンに関する絵画11点。ゼウスを冒瀆した為、狼に変えられたアルカディア王

    Jan Cossiers - Júpiter y Licaón 1600-71 -

     リュカオンはギリシャ神話に登場するアルカディアの王です。ペラスゴスとニュムペーのキュレネーの子供で、多くの女性との間にカリストを含む50名もの子供をもうけたとされています。(諸説あり)
     リュカオンはアルカディアに最初の都市リュコスーラを建設したとされ、神を祀る祭りや競技を行いました。しかし、彼は人間の子供を生贄にしてゼウスに捧げた為、ゼウスは怒ってリュカオンを狼に変えてしまいました。

     また異なる物語によると、ゼウスは人間になり切ってリュカオンの家へ訪問しました。リュカオンと息子達は邪悪な心を持っていた為、ゼウスに与える料理に人肉を混ぜる事を思い付き、アルカディアの子供を殺して臓物スープを作りました。(兄弟の一人ニュクティーモスだという説も) 山羊や羊の肉だけではなく人間も入っている事を見抜いたゼウスは怒り狂い、料理が置かれた机をちゃぶ台返し風(?)に倒し、息子達を雷で打ち殺し、リュカイオンを狼に変えました。唯一、末っ子のニュクティーモスのみが助けられたとされています。(料理されている場合は蘇生する)
     これらの事件でゼウスは人間世界に嫌気が差し、洪水を起こして滅ぼしてしまおうと考えます。デウカリオンの大洪水の原因となったのは、リュカイオンと息子達の神を冒瀆する行為だったのでした。
     リュカイオンに関する絵画11点をご覧ください。

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    アリストテレスの絵画13点。ギリシャの哲学者であり、アレクサンドロス大王の師匠

    Rembrandt - Aristotle with a Bust of Homer  1653 -

     アリストテレス(前384-前322)は古代ギリシャで活躍した哲学者です。
     プラトンの弟子であり、プラトンの師匠であったソクラテスと共に西洋最大の哲学者として数えられています。哲学だけではなく、形而上学、倫理学、政治学、宇宙論、自然学(物理学)、気象学、生物学、詩学、演劇学、心理学など多岐に渡る研究により、「万学の祖」と呼ばれています。アリストテレスは人間の本性が「知を愛する(フィロソフィア)」であると考え、それが哲学(フィロソフィー)の語源となりました。また、彼はマケドニア王アレクサンドロス大王の師でもありました。

      トラキア地方のスタゲイロスに生まれたアリストテレスは、幼少期の時に両親を亡くし、義兄の元で暮らしました。十代後半の時にアテナイへ行き、プラトンが主催する学園アカメデイアに学徒として入門します。その20年後にプラトンが亡くなると、アリストテレスは学園を辞めて学友ヘレニアスの勧めでアッソスの町へ行きます。そこでヘルミアスの姪であるピュティアスと結婚し、紀元前342年頃にはマケドニア王の招へいによりアレクサンドロスの教師となりました。

     彼がアレクサンドロス大王となって即位すると、アリストテレスはアテナイへ戻って学園「リュケイオン」を開設しました。かつてのプラトンと同じように、アリストテレスは弟子を呼び、様々な議論を交わしたのです。しかし、紀元前323年にアレクサンドロス大王が死去すると、状勢が不安定となった為に彼は母方の故郷エウボイア島のカルキスに移動しますが、病に倒れて62歳の生涯を閉じてしまったのです。
     アリストテレスの絵画13点をご覧ください。

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    アルカディアの絵画12点。ギリシャの牧歌的な土地を夢見た楽園。しかし理想郷は…

    Nicolas Poussin, Shepherds of Arcadia 1637 -

     アルカディアはギリシャのペロポネソス半島の中央に位置する地域名であり、後に楽園やユートピアであるという伝承が広まり、理想郷を指す言葉として使われるようになりました。名称はリュカオンの娘カリストとゼウスの息子であるアルカスに由来します。(小熊座となった息子さん。アルカディアの王となったという伝承もあります)
     実在のアルカディアは前4世紀頃にメガロポリスが建設され、牧畜を生業として生活していましたが、農耕に適さない貧しい山岳地帯であったそうです。牧歌的な美しい風景の中で牧畜をする生活が、後世の人々には理想郷だと映ったのだと思います。現代においてもアルカディアは存在し、ギリシャの古代アルカディア地方とエーゲ海沿岸の土地を含め、アルカディア県としているそうです。

     画家は理想郷アルカディアを想像し、緑あふれる美しい景色を描きました。しかし、中には「理想郷であっても人間の摂理は変えられない」という皮肉めいた作品を残す者も・・・。
     では、アルカディアの絵画12点をご覧ください。

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    サテュロスと農夫の絵画13点。イソップ寓話より派生した、牧神とスープの家族絵画

    Jan Steen The Satyr and the Peasant 1660 -

     サテュロスと農夫は、イソップ寓話「サテュロスと旅人」から派生して、サテュロスと一緒に家族が描かれている構成の絵画の事を指します。フランドルを中心に作品が残されています。
     極寒の日の夜、旅人は天候の悪さに先に進めなくなってしまいました。同情したサテュロスは旅人を自分の家(洞窟)へと招待します。旅人は礼を言い、凍えて感覚がなくなった両手を温めようと息を吹きかけました。彼が温まって来た頃、サテュロスは充分に温められた料理でもてなします。スープがとても熱かった為、旅人は息をふーふーして冷まそうとしました。それを見ていたサテュロスはぶるぶる震え出し、こう叫んだのです。「二種類の息を出せるような奴は家に入れたくない!」と。こうして旅人はサテュロスの家を追い出されてしまったのです。
     この普段やってしまいがちな行為は、サテュロスにとっては気持ち悪く映ったのでしょう。この寓話はどういう教訓を含んでいるかは断言できませんが、「節操を持ちましょう」「郷に入っては郷に従え」的な感じなのでしょうかね。(調べてみたら、性格が分からない奴とは付き合えないという意味のようです。それってどうよ^^;)
     では、イソップ寓話の進化版というべきサテュロスと農夫についての絵画13点をご覧ください。

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    イソップ童話(寓話)の絵画14点。ギリシャのアイソーポスが紡いだ、ためになる寓話集

    Aesop Composing His Fables  Charles Landseer -

     イソップ寓話(童話)は、紀元前6世紀頃の古代ギリシャ時代の人物アイソーポス(イソップ)が作ったとされる寓話集です。(寓話は例え話によって人の生活に馴染みの深いできごとを伝え、学ばせることを目的とした物語)
     アイソーポスは元々奴隷でしたが、話をするのが上手で解放されたとされています。それからは寓話の語り手として旅をしたと言われています。彼は沢山の寓話を製作しましたが、現在伝わっている寓話すべてがアイソーポス作という訳ではなく、古代メソポタミアより伝わった話や現地の民話、後世の寓話も含まれているようです。

     有名なイソップ寓話としては、「アリとキリギリス」「ウサギとカメ」「犬と肉」「北風と太陽」「金の斧銀の斧」などが知られています。日本に寓話が伝わったのは1593年とされ、イエズス会の宣教師が書物を翻訳したそうです。思ったよりも古くから伝わってきているんですね。後に教科書にも取り入れられるようになり、「ウサギとカメ」のように、日本の昔話ではないかと思ってしまうような程にまで馴染み深くなりました。(私は若い頃、日本昔話だと信じ切っていました^^;)
     妙に納得してしまう話ばかりのイソップ寓話の絵画14点をご覧ください。

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    キリストの五つの傷 (聖痕) の絵画14点。救済の概念を絞りすぎてシュールな姿に

    Simon Bening, Worship of the Flemish 1525-30 -

     中世時代において、宗教画は「リアルであってはならない」ものでした。
     現世に生きる私達が、神聖なるキリストや神、聖人達を表現できる訳がない、聖なる存在を現実的に描くのは冒涜的である、という理由からです。それ故、中世の作品は象徴性が重視され、ヘタウマみたいな個性的な絵となったのです。その流れの中でイエス・キリストと言う存在は概念化、象徴化されるようになり、独特の表現が用いられるようになりました。

     それがこの「キリストの五つの傷(The five wounds of Christ)」、または「五つの聖なる傷(Five Holy Wounds)」と言う主題です。傷が付いたハートと手足が浮かんでいる姿。なんかもう、シュールすぎますよね・・・^^;
      これはキリストが磔刑された際に受けた傷 (手足は釘で打たれ、胸を槍で刺された) を表しており、彼が人類の原罪を背負って亡くなったという意味を強調しております。この表現は意外に使われていたようで、多くの挿絵が残されていました。
     では、キリストの五つの傷の作品、14点をご覧ください。少しだけ閲覧注意のところがあります。

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    ノートルダムの鐘の絵画13点。男女の愛憎悲劇を描いた、ヴィクトル・ユゴーの小説

    Luc-Olivier Merson 1846-1920 -

     ノートルダム・ド・パリ(ノートルダムの鐘)は、19世紀のフランスロマン主義の小説家ヴィクトル・ユゴーの物語です。
     舞台は15世紀のパリ。ノートルダム大聖堂の前に醜い赤ん坊が捨てられており、助祭長であるフロロが育てます。赤ん坊はカジモドと名付けられ、ノートルダムの鐘付きとして成長しました。ある日、パリにジプシーが現れ、フロロはその中の美少女エスメラルダを愛してしまいます。信仰と愛の板挟みになったフロロは、遂にカジモドを利用して彼女を誘拐しようとしました。

     計略は失敗し、カジモドは捕らえられて彼女は衛兵フェビュスと付き合うようになります。捕まったカジモドは街でさらし者になっていましたが、エスメラルダだけは彼を庇った為、恋心を抱くようになりました。フロロはエスメラルダを諦めきれず、二人が逢引きしている場へ行き、フェビュスを刺して逃げます。彼女はフェビュスを重体にした濡れ衣を着せられ、魔女裁判により死刑が下されました。

     カジモドはエスメラルダを救出してノートルダム大聖堂にかくまいましたが、フロロは暴動を誘導して混乱を引き起こして彼女を誘拐。自分の愛人となるか、死刑となるかを選択させます。エスメラルダは後者を選び、衛兵に引き渡されて処刑されてしまいました。その光景をノートルダムの塔から笑いながら見ていたフロロを、怒ったカジモドは突き落として殺してしまいます。
     その数年後、処刑場の後から白骨死体が出てきて、その横には異様な骨格をした白骨が寄りそっていました。それらを離そうとすると、粉々に砕けてしまったそうです。
     登場人物がほぼ全滅。悲劇の物語であるノートルダムの鐘の絵画13点をご覧ください。

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    キリストの十字架降下の絵画13点。救世主の死に嘆き悲しむ二人のマリアと信者達

    Agnolo di Cosimo di Mariano, dit Bronzino  1540-45 -

     キリストの十字架降下は、磔刑されたキリストを降ろし、悲しんでいる主題の事を指します。
     アリマタヤの町にヨセフという人がいました。彼はキリストの遺体を引き取らせて欲しい、とローマ帝国の総督ピラトに頼んだのです。その他の正しい人達もキリストの為に駆けつけました。ヨセフがキリストを十字架から下ろすと、聖母マリアは我が子の身体を愛おしそうに抱きました。遺体には没薬と香料が塗られ、布に包まれて、ヨセフが自分用に作っていた墓に葬られました。その三日後に、キリストは復活を果たすのでした。
     この主題はキリストの磔刑に引き続き、画家に人気で多くの作品が残されています。十字架降下の絵画13点をご覧ください。

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    中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
    師匠はヒエロニムス・ボス。
    神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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