• メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

    ダークサイドの西洋美術にまつわる絵画や展覧会、グッズ情報をご紹介。

    【お知らせ】7月より一身上の都合で3日に一度の更新とさせていただきますので、ご了承ください。これからもよろしくお願い致します。

    オーギュスト・ルノワールのマイナー絵画15点。こんな作品も描いた印象派の巨匠

    Pierre-Auguste_Renoir Diana als Jägerin 1867 -

     ピエール・オーギュスト・ルノワール(1841-1919)はフランスの印象派の画家です。
     彼はリモージュという町に生まれ、3歳の時にパリに移りました。十代の時に磁器の絵付きや扇子の装飾などの仕事を行い、20歳の時に画家になろうと決意。アカデミズム絵画を手掛けるシャルル・グレールの塾に入り、そこでモネやバジールらと出会い、23歳の時にサロンで初入選を果たします。普仏戦争の後にモネやピサロと共に「第一回印象派展」を行いますが、結果は厳しい批判を受けました。二回、三回の印象派展は芳しくはなかったものの、徐々にファンが現れるようになります。37歳の時に再びサロンに応募したところ入選し、印象派展からは距離を置くようになります。
     
     その二年後にアルジェリアとイタリアを旅行し、古典的な作品に感銘を受けたルノワールは、明確な線を描くようになります。ですが、自らの画風は違うと思った彼はまた温かみのある風合いの裸体画を描き、その頃にはルノワールの名声は高まっていました。しかし、56歳の時に自転車事故でリウマチを発症、以後は病気と闘いながらの作品制作となります。晩年は南フランスに移り住み、家族や風景、裸婦などをモチーフにして数々の作品を生み出しました。名声は西洋中に広がり、マティスやピカソなど若き画家が自宅訪問したと伝えられています。その頃彫刻にも興味を抱き、彫刻デッサンを手掛けるようになります。4000点以上作品があるとされる多産の画家ルノワールは、1919年12月に肺の血液が異常に増える肺うっ血という病により亡くなりました。享年78年でした。

     ルノワールの作品は光に満ちた風景画や人物画、水浴画が多いですが、趣向を変えて神話や物語に関連した、ちょっとマイナーな作品をご紹介したいと思います。あくまでも主観的なものなので、「これメジャーじゃん!」と思ってもお許しください。
     では、ルノワールのマイナーな作品15点+αをご覧ください。

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    ディエゴ・ベラスケスの絵画14点。バロックを代表するスペイン黄金時代の巨匠

    Portrait of Innocent X Oil 1650 -

     ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)は、バロック時代における画家です。17世紀スペインの最も偉大なる画家と言っても過言ではなく、多くの画家に影響を与えています。
     ベラスケスは南部の都市セビリアに生まれ、11歳頃に画家のフランシスコ・パチェーコに弟子入りしました。彼の仕事の呑み込みは早く、18歳の時には独立し、室内の情景や静物画を手がけました。翌年には師匠の娘フアナと結婚します。24歳に首都マドリードへ二度目の旅行した際、国王フェリペ4世の肖像画を描くことになりました。その出来栄えを気に入った王は彼を宮廷画家に任命し、それから37年間、ベラスケスは宮廷画家として働きました。

     彼の作品の特徴として、服のしわや装飾品、背景などを粗いとも言えるタッチで描くのに、遠目で見ると立体的、写実的に見えることです。「何でこのように見えるの?」と不思議に思ってしまう程、リアルに立ち現れてくるのです。それにより印象派の画家マネは彼のことを「画家の中の画家」と呼んで称賛したそう。ベラスケスは同時代の巨匠ルーベンスとも親交を持ち、イタリア旅行へと行った後、宮廷画家だけではなく王宮の重役に就くようになります。しかし、1660年にフランス国王ルイ14世の婚礼の準備をしていた際、突然病に倒れて亡くなってしまいます。享年61歳でした。
     独断と偏見に基づいてチョイスした、ベラスケスの絵画14点+αをご覧ください。

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    ピーテル・パウル・ルーベンスの絵画15点。バロックを代表するフランドル界の巨匠

    Boreas abducts Oreithya - by Peter Paul Rubens -

     ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)はバロック期に活躍したフランドルの画家、外交官です。
     両親は迫害によりベルギーのアントウェルペンからドイツへと避難し、そこでルーベンスを生みました。彼が10歳の時に父親が亡くなり、故郷へと戻ります。そこでルーベンスは様々なことを学び、貴族の未亡人の小姓となります。芸術の才能を認められた彼は画家組合に入会し、当時の主要な画家に指導を受けながら先代の作品の模写を徹底して行うことで、一人前の画家となりました。23歳の時にイタリアへ向かい、ルネサンスの巨匠の作品を吸収し、古代ギリシャの作品を学びました。その三年後には外交官としてスペイン王フェリペ3世の元へ赴き、絵画の制作依頼を受けながら各地を転々としました。しかし、ルーベンスが31歳の時に母親が亡くなり、アントウェルペンへ帰郷。ネーデルラント君主の妃イサベルの宮廷画家となった彼は故郷に工房を持ち、幾多の依頼を受けました。

     弟子を入れたルーベンスの工房は組織化し、中には美術館や図書館がありました。ルーベンスが構図や下絵、仕上げを施し、弟子が拡大や中途作業を行いました。弟子の特性を理解し、任せる者を景色や動物によって変え、賃金は描いた分量により決めていたそうです。弟子の中で一番頭角を現したのがアンソニー・ヴァン・ダイクで、共同制作する時もありました。その後、ルーベンスは外交官を行いながら各地で肖像画や連作を手掛け、国際的に有名となりました。晩年は故郷周辺で仕事をしながら暮らしていましたが、痛風を患っていた彼は1640年5月に心不全により亡くなりました。現在故郷の聖ヤーコプ教会に静かに眠っています。
     ルーベンスの作品は数限りなくあり、どれを紹介して良いか迷ってしまいましたが、あえてあまり観たことがないマイナーそうなものを選びました。作品は年代順に並んでいます。では、バロック時代の多産の巨匠ルーベンスの絵画15点をご覧ください。

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    「ルドルフ2世の驚異の世界展」が三県を巡回する!珍奇と不思議な作品の展覧会!

    驚異の世界展- -

     2017年11月3日から、福岡の福岡市博物館、東京のBunkamura ザ・ミュージアム、滋賀の佐川美術館で「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展」が順番に開催されます!
     16-17世紀の神聖ローマ帝国の皇帝、ルドルフ2世は不思議なもの、珍しいものが大好きで、世界中から芸術家や魔術師、占星術師や錬金術師などを呼び集め、様々なコレクションが集められました。収集したものは絵画、工芸、科学機器、動物の骨、外国の品など、珍しくて持って帰れるものなら何でも収集したのです。その数は膨大なものとなり、それらを収めた「驚異の部屋」は当時のヨーロッパの芸術の拠点となりました。
     この展覧会ではアルチンボルドの代表作とも言える「ウェルトゥムヌスに扮する皇帝ルドルフ2世像」を筆頭に、皇帝が愛した絵画や工芸、魔術めいた作品の数々をご紹介します。では、続きを見ていきましょう!

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    近代絵画の父ポール・セザンヌのダークな作品16点。感覚の実現を追究した画家

    Paul Cézanne - Young Man With a Skull -

     ポール・セザンヌ(1839-1906)はフランス出身のポスト印象派の画家です。
     ロマン主義的な作風を手掛けた後、印象派グループに在籍しておりましたが、独自の画風を確立してピカソやマティス、ブラックなどの現代画家に強い影響を与えました。その為「近代絵画の父」と称されています。セザンヌといえば机と果物が描かれた静物画や風景画、水浴画などがよく知られていますが、油絵約900点、水彩画約350点、デッサン約350点のとても多くの作品を残しています。

     彼は1860~70年代を中心して、暴力や死、女性の神秘や美、誘惑をテーマにして描きました。実際のモデルを用いず、想像だけで描く「構想画」を使ってロマン主義的な絵画を描き、内面の感情を強調しようとしたのです。その後、モネやルノワールが属する印象派と出会って風景画や水浴画、人物画を手掛けるようになりますが、印象派の者達が光の表現や時間の色合いの推移を表現しようとしたのに対し、セザンヌは「感覚の実現」にこだわりました。対象をそのまま模写せず、自らの感覚を通して世界を構築しようとしたのです。印象派から離れた後は静物画と人物画に精を出すようになりました。また、晩年にはヴァニタスを主題とした頭蓋骨が置かれた絵画も制作しております。
     今回は初期の頃のロマン主義的なテーマの作品と、晩年のヴァニタス画を紹介していきいたいと思います。ダーク系の絵画ばかりで見るポール・セザンヌの絵画16点をご覧ください。

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    「ベルギー奇想の系譜展」へ行ってきました!混雑状況やグッズ、感想を語ります!

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     8月29日(火)に東京のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されている「ベルギー奇想の系譜展」へ一人旅で行ってきました!
     「ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで」という主題の通り、ヒエロニムス・ボスの奇想天外な怪物の影響を受けた追随者の作品や、ピーテル・ブリューゲル(父)の版画、19世紀のベルギーの象徴派、現代のシュールレアリスムの作品を時代の流れと共に紹介した展覧会となっております。今回のメインはヒエロニムス・ボスの工房の作品「トゥヌグダルスの幻視」であり、面白さと不気味さと妖艶さ、奇抜さがいっぱいに溢れた展覧会でした!
     では、展覧会のショップ情報や混雑さ、感想をご覧ください!

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    東京「アルチンボルド展」へ行ってきました!混雑状況やショップ、感想を語ります!

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     8月29日(火)に東京の国立西洋美術館で開催されている「アルチンボルド展」を見に、一人旅をしてきました!
     野菜や魚、お花などを寄せ集めて肖像画を描いた奇才の画家ジュゼッペ・アルチンボルド。彼の斬新な作品は多くの追随者を生み出し、後の様式に大きく影響を与えました。今回の展覧会は全作品が92点、アルチンボルドの作品が27点、更にはレオナルド・ダ・ヴィンチの素描が見られるという豪華な内容でした!
     では、混雑状況や感想、ショップ情報などをお伝えしていきます!

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    ヒエロニムス・ボスの作品がロックで激しく動く!バケットヘッドのPV動画が凄い!

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     ミュージシャンは人々に音楽の良さや面白さ、素晴らしさを伝える存在ですが、プロモーションビデオ(PV)もミュージシャンの表現の見せどころでもあります。個性的なPVが多々ある中で、なんとヒエロニムス・ボスの絵画をPVに使ったギタリストがいるという情報をいただきました。その名も、「Buckethead (バケットヘッド)」という一風変わったギタリストです。彼のPVでは、ボスの快楽の園の作品を中心に、最後の審判、聖アントニウスの誘惑の作品に登場する怪物がロック調の音楽に合わせて激しく動くのです!まるでボスの怪物がロックを奏でているかのような面白いPVになっております。
     では、バケットヘッドの詳細と、問題のPV映像をご覧ください。

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    2018年2月「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」が始まる!巨匠作品7点!

    プラド美術館展

     17世紀のスペインを代表する偉大なる画家、ベラスケス。彼はスペインの宮廷画家であった為、作品の半分はプラド美術館に収蔵されています。そして、ベラスケスをメインにした展覧会「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」が、東京の国立西洋美術館で2018年 2月24日(土)~5月27日(日)まで、神戸の兵庫県立美術館で2018年 6月13日(水)~10月14日(日)まで開催されます!な、ななんと!ベラスケスの作品7点が出展されるそうです!
     プラド美術館展は2015~16年に「スペイン宮廷 美への情熱」が開催され、その時のメイン作品は美しい女性の肖像であるアントン・ラファエル・メングス作の「マリア・ルイサ・デ・パルマ」と、ヒエロニムス・ボス作の「愚者の石の切除」でしたね。2018年の展覧会も豪華キャストが揃いそうな予感がします!まだ情報は少ないですが、内容を見ていきましょう!

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    ギリシャ神話の美青年アドニスの絵画14点。無惨にも猪に殺されるヴィーナスの愛人

     Thomas Willeboirts -

     ギリシャ神話に登場するアドニスは、女神ヴィーナスに愛された美青年です。
     ある日、ヴィーナスは息子エロスと遊んでいるうちに、恋の矢で自分の胸を傷付けてしまいました。彼女はすぐに払いのけましたが、傷は想像以上に深いものでした。その時、近くにアドニスが通りかかったのです。ヴィーナスは瞬く間に恋に落ちてしまい、アドニスのことしか考えられなくなりました。彼は狩人だったので、ヴィーナスはアドニスと共に森や山を歩き、野兎や鹿などを追いまわしました。ヴィーナスは「いいですか。狼や獅子、猪など危険な動物には決して近付いてはなりません。私がいない間に身を危険にさらしてはいけませんよ」とアドニスに忠告し、用事を済ます為に二輪車に乗って大空を駆けていきました。

     しかし、アドニスは気高く血気盛んな若者だったので、忠告を無視してしまいます。猟犬が猪を発見するやいなや、彼は槍を動物の脇腹に突き立てました。すると、猪はひるむことなくアドニスに突進し、逃げる隙もなく青年の脇腹に牙を付きたてたのです!アドニスは悲鳴を発し、野原に倒れ込みました。その叫びを聞いたヴィーナスはUターンし、血まみれになったアドニスの元へ駆け寄ります。あまりの悲しみに彼女は髪をかきむって胸を叩き、運命の女神を呪いました。「すべてを運命の女神に委ねるなんてできない。私はアドニスの死と悲しみを風化させないようにする。あなたの流した血は、美しい花となるのです」ヴィーナスはそう言ってネクタル(神酒)を彼に流しました。すると、ザクロのような赤色の花が咲き出し、この花はアネモネと呼ばれるようになりました。
     悲劇の青年アドニスとヴィーナスの絵画14点をご覧ください。

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    中世ルネサンスのシュールな絵画をこよなく愛する。
    師匠はヒエロニムス・ボス。
    神秘とダークな作品情報を皆様と共有していきたいと思います。

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