テネブリスム(暗黒主義)は光と闇の強いコントラストを用いた絵画の様式です。
17世紀のバロック期において流行したスタイルで、暗闇の中に強い光源を当てた人物を配置したり、夜中にほのかな蝋燭の光を当てて人物を浮かび上がらせたりするのが特徴です。テネブリスムの普及者と考えられているのは、16世紀後半のイタリアの画家カラヴァッジョです。彼の作品は世界中の画家達に影響を与え、多くのカラヴァッジョの追随者を生みました。ホセ・デ・リベーラやフランシスコ・リバルタ、ユトレヒト派などがテネブリストに分類されますが、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールやルーベンス、レンブラントなども含まれる場合があります。また、カラバッジョ以前の画家、ティントレットやエル・グレコもテネブリストとされる場合があります。
暗黒からぼんやりと浮かぶ人影、テネブリスムの絵画13点をご覧ください。
「ミケランジェロ・カラヴァッジョ作 洗礼者ヨハネ 1604年」
テネブリスムの火付け役、カラヴァッジョの作品。背景は森の中ですが、
暗闇に染まり、人物は強い光を浴びたかのように浮かび上がっています。
「ミケランジェロ・カラヴァッジョ作 キリストの鞭打ち 1607年」
こちらの作品の背景は真っ暗闇に包まれています。
光源はキリストから差し込み、拷問者は半分闇に溶け込んでいます。
「ヘラルト・ファン・ホントホルスト作 1625 年 仲人」
カラヴァッジョの作風は全国を渡り、多くの追随者を生み出しました。
オランダで影響を受けた一派をユトレヒト派と言います。ホントホルストは
その一人です。三名の男女がテーブルの上にある蝋燭を囲んでいます。
「ヘラルト・ファン・ホントホルスト作 サムソンとデリラ 1592-1656年」
ユトレヒト派の一人。彼も蝋燭を用い、光と闇の空間を生み出しています。
暗闇の中、悪女デリラは英雄サムソンの髪を切り落とそうとしています。
→ サムソンとデリラの絵画をもっと見たい方はこちら
「Matthias Stom 作 1600‐52年 カヤの前のキリスト」
テーブルに置かれた蝋燭を中心に、聖書の人物が話しています。
ユダヤ教の高僧カヤはキリストに説教をして、キリスト教がいかに
間違えているかを語ったそうです。
「Matthias Stom 作 1600‐52年 読書する若い男」
蝋燭の光を頼りに、男性が読書に励んでいます。
蛍光灯や白熱灯のない時代では、こうやって小さな蝋燭で夜を
過ごしていたんですね。現代より夜が長く、不気味に思えたことでしょう。
「ホセ・デ・リベーラ作 1628年 聖アンデレの受難」
スペインのリベーラもカラヴァッジョの追随者の一人でした。
聖アンデレは十二使徒の一人で、ギリシアでX型十字架に磔にされて
殉教したと伝えられています。
「ホセ・デ・リベーラ作 夫と息子とマグダレナ・ベンチュラ 1631年」
何もない暗闇の中にたたずむ家族。真ん中の人物の性別は女性です。
当時話題になっていた、ヒゲを生やした女性を画家は描きました。
夫婦の複雑な心境を、暗闇の背景が語っているように感じます。
「フランシスコ・リバルタ作 キリストを抱く聖フランチェスコ 1565‐1628年」
リベーラと共に、スペインのテネブリスムの代表とされる画家。
キリストの磔刑の寓意画のようなこの作品は、強いコントラストで
構成されています。聖フランチェスコが踏み付けている豹は王冠を
被っているので、王権や世俗性の否定を表しているのでしょうか。
「Adam de Coster 作 歌う男 1625‐35年」
男性がホラーさながら夜中に歌を歌っています。蝋燭を隠している
手前のものは、楽譜か楽器でしょうか。あえて暗闇で蝋燭の光を
分断したのは、構成的な挑戦の為ですかね。凄いアイデアだと思います。
「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作 聖セバスティアヌスを介抱する聖イレーヌ 1593-1652年」
蝋燭の光と闇を追究した画家ド・ラ・トゥールもテネブリストに含まれる
場合があります。聖書の物語は夜とは記述されていませんが、あえて
暗闇にすることで劇的なシーンをつくり出しています。
→ 聖セバスティアヌスの絵画を見たい方はこちら
「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作 ハーディガーディ弾き 1593-1652年」
こちらは蝋燭を用いていませんが、バロック時代特有の暗い背景を
用いています。真っ暗闇ではなく、セピアのような色合いにすることで、
ハーディガーディを弾く物乞いの現状を的確に伝えています。
「レンブラント・ファン・レイン作 夜警 1642年」
これは誰もが知る名作ですね。レンブラントの作品も光と闇の
コントラストを巧みに用い、物語に深みを与えています。集団肖像画の
この作品は、余りにもドラマティックに描きすぎた為、夜警の人たちに
「目立つ奴がいて不公平だ。関係ない少女は誰だ」と不興であったとか。
中世絵画においては、技術よりも宗教的な内容や象徴性を優先され、平面的で適当ともとれる作品を描きました。その後、ルネサンスにおいては古代ギリシアローマの表現を復興させ、「自由」という名のもとに技術的な向上や絵画の芸術性が見直されました。しかし、ルネサンスは人物の「内面」よりも「外面」の美しさを重視していたと言えそうです。(北方ルネサンスの一部は内面を描いたものもありますが)
カラヴァッジョは光と闇の強烈なコントラストを用いることで、人物の「内面」を描くことに成功しました。単に風景を描き込むより、暗闇を用いた方が人物のより奥へと踏み込めるように思います。ちょうど大事なシーンで登場人物がスポットライトに当たったかのように、その人物の感情をより鮮明に描き出すのです。その手法は、多くの画家に継承されることとなりました。
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