「若さの泉」は、入るだけで老人が瞬く間に若返るとされた伝説の泉です。「若返りの泉」「青春の泉」とも呼ばれています。
西洋でいつ頃伝説が普及したかは定かではありませんが、中世時代にはあったようです。元々、水は不思議な力を持つと考えられており、新生児を水に浸ける洗礼が行われていました。また、新約聖書でキリストが「私が与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわきあがるであろう」と語っており、原罪の贖いの為に流した血液と結び合わされ、泉はキリストや生命の象徴とされていました。こうした泉に対する神秘思想は一般に広がり、ずっと過去より存在した「泉に入ると若返えって青春を取り戻す」という伝説が普及するに至ったのです。
「若さの泉」の作品は中世頃にも見られますが、ルネサンスと19世紀の象徴主義や近代絵画に流行し、何枚かの絵画が残されています。では、若さの泉についての絵画14点をご覧ください。
「14世紀の中世写本の挿絵」
ちょっと見辛いかもしれませんが、左から入っていく老夫婦が中央の
泉に入る事で若返り、麗しい恋人たちに変わる様子が描かれています。
「イタリアのサルッツォにあるマンタ城のフレスコ壁画」
城下町の中庭のような所にある若さの泉。
楽師隊に囲まれて人々は楽しそうに愛を語らっているようですね。
中世、ルネサンス時代では、泉といっても地面から湧き出る泉ではなく、
プールやお風呂のような容器として表現されているのです。
「ルーカス・クラナッハ(父)作 1546年」
若さの泉の代表格とも言える作品。左からやって来た老女たちが、
泉の真ん中辺りで若い女性へと変わっておりますね。そのまま天幕で
服を着て、右上でイケメンの貴公子たちとキャッキャウフフ中。
「詳細不明 15-16世紀頃?」
この作品も老人が左から現れ、右へ若返っていますね。泉の中で
既にいちゃついており、青春を謳歌しているようです。
西洋では昔から左は「死」「過去」などを象徴しており、死から生への
推移という事で左から右への移動となったのでしょう。
「Jean Bellegambe 作 1470-1536年」
こちらは若さの泉ではなく、「神秘の入浴」とされている三連祭壇画。
磔刑されたキリストの血で入浴するなんてエグイですが、入浴している
女性は美徳の象徴とされており、罪を洗い流す為にキリスト教徒を
中に入るよう勧めているという図なのだそうです。
「William Haussoullier 作 1843年」
ルネサンス時代に描かれた若さの泉の絵画は、しばらく休眠した後に
19世紀になって再び復活します。こちらは屋外で、地面から湧き出た
感じの泉。奥からやって来た老人は泉に入り、手前で美男美女に
変身していますね。
「エドワード・バーン=ジョーンズ作 1873-81年」
ラファエル前派の巨匠バーン・ジョーンズも作品を描いています。
セピア調の泉の中、ぼろを着た老人は裸体眩しい若者へと変化
しています。ですが、静かでどこか寂し気な雰囲気を出していますね。
「Eduard Veith 作 1858-1925年」
美女二人を中心に、泉や噴水が描き込まれています。左には男性が
女性の姿に見とれており、右奥には天使に連れられている老人と
思わしき人物が歩いています。天へと召されかけた老人が美女に
なっちゃった!と言った感じなのでしょうか。
「アーマンド・ポイント作 1901年」
こちらはギリシャやローマの宮廷内のような楽し気な雰囲気の
若さの泉。キューピッドを象ったかのような少年像を中心に、人々は
笑顔で踊ったり楽器を弾いたりしています。ここ辺りから若さの泉の
形式や概念が変わっていっているように感じます。
「チャールズ・ネピア・ケネディ作 1883年」
四人の少年少女が巨大な壺の中の泉に注目していますね。
老人から若者へという形式は消え、彼女たちは「青春」の象徴として
泉を見ているようです。どちらかと言うと、この先の「未来」を覗き
見ているように感じられますね。
「ポール・ジェルベー作 1859-1944年」
かなりセクシーな若さの泉。左の男性と中央の女性は夫婦でしょうか。
それでしたら女性が泉に入って若くなり、男性が驚いているという
風にも読めますが、衣服を見る限りまだ入っていないように
見えますし・・・。女性は青春の象徴そのものなのかもしれません。
「Henri Pierre Picou 作 1824-95年」
こちらはほのぼの、爽やかな感じですね。一見女性と少年が泉を
前に語らっている図ですが、少年はカドゥケウスと思われる杖を
持っているように見えます。カドゥケウスは死せる人に使えば生き返る
という魔法の杖なので、もしかしたら・・・。
「ケル・グザヴィエ・ルーセル作 1867-1944年」
ナビ派の画家のルーセルの作品。若さの泉は濾過し単純化され、
青春の一瞬のきらめきのような色彩となりました。若返りたい、
という人々の願望は強くあれど、悲しくも儚く消えていく運命なの
かもしれません・・・。
「若さの泉」の伝説は、西洋のみならずエジプトやインド、アラビア、中国、アメリカなど全国に存在します。調べてみると、起源は三世紀頃までさかのぼるそうです。「命の泉」という作品では、アレクサンドロス大王が従者と共に暗黒の地へと渡って「若返りの泉」を探したとされています。
若さの泉は物語だけではなく、実際に存在すると考える者もいたようで、16世紀にフアン・ポンセ・デ・レオンというスペインの探検家が、アメリカのフロリダで若さの泉の探索をしています。レオンさんは結局泉を発見する事はできませんでしたが、この伝説は今日でも生き残り、映画などのフィクションだけではなく、探検家たちは幻の泉をずっと探索し続けているのです。
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