蠅(はえ)は西洋絵画において、様々な用途、用法で描かれてきました。
老廃物や腐敗物などに蠅はたかり人に害を及ぼすので、蠅は当時においても嫌われた存在でした。中世絵画や虚しさを表す静物画「ヴァニタス」において、蠅は腐敗や死の象徴として、髑髏や枯れた花、なま物と一緒に描かれたのです。また、ルネサンス時代ではリアルな奥行き感を付け、立体感を出す遠近法が発明されました。三次元に近付いたことを受け、この世と絵画世界を曖昧にする「だまし絵」が台頭し、画家たちは絵画の中に額縁やカーテンを描いたり、リアルな棚を描いたりしました。そのだまし絵の一つとして蠅を描き込むという事があり、あたかも絵画世界の中に蠅が入り込んだか、絵画に蠅がくっついたかといった感じに表現されるのです。
今回は蠅が描かれた絵画12点をご覧ください。
「マッテオ・ディ・ジョバンニ作 1450年」
キリストの磔刑図ですが、その足元の髑髏の上に蠅が止まっています。
この蠅は死の象徴として描かれています。
「ジョヴァンニ・サンティ作 1480年」
この作者はルネサンス三大巨匠ラファエロのお父さんです。
ルネサンスの萌芽がすでに芽生えていますね。キリストの胸に蠅が
止まっています。この蠅もキリストの死の象徴として使われています。
「ドイツ出身の画家 17世紀」
葡萄や桃の果実に、蠅や蝶、かたつむりなどが止まっています。
果実はゆっくりとですが、いずれ腐敗するもの。蠅は腐敗性を、
かたつむりは遅延性を、蝶は儚さを象徴しています。こうして人生の
儚さを遠巻きに伝えているのです。
「ゲオルク・フレーゲル作 1566 ‐1638年」
ワインの入った水差しとパン、魚のニシン(?)の料理が置かれています。
パンの上に巨大な蠅が描かれており、鑑賞者を見つめているように
感じます。パンもやがてカビが生え、虫の温床になってしまう。どんな
ものにも寿命はあると伝えているようです。
「Jacob van Hulsdonck 作 1582‐1647年」
美しい花も時間が経てば枯れてしまう。
水差しの下には一匹の蠅が描き込まれています。
→ ヴァニタスの絵画をもっと見たい方はこちら
「Ambrosius Bosschaert II 作 1630年」
カナン地方で崇拝されていた神バアルがキリスト教で異端視され、
悪魔となってしまい、蔑まれて付けられた名前が「蠅の王」ベルゼブブ
です。ヒキガエルと蠅は両方とも悪魔と関連した不吉な意味を含んでいます。
「ドイツのシュヴァーベンの画家 1470年頃」
女性の帽子の隅に、一匹の蠅が止まっています。
真っ白の布にいる蠅。これを見て追い払いたい衝動に駆られる
かもしれませんが、これが画家の思惑なのでしょうか。
「フランクフルトの画家 1496年」
今度は右側の女性の頭の上に蠅が止まりました。ご夫婦で立派に
ポーズをとっているのに、蠅が付いているなんて早くとってあげたいです。
こうした画家のちょっとした悪戯心が、だまし絵の傑作となるのです。
「ペトルス・クリストゥス作 1446年」
男性の肖像画の絵画に描き込まれた額縁の下に、蠅がぴょこんと
止まっています。これは明らかに額縁の上に蠅が止まっているので、
鑑賞者を騙そうという意図があるのでしょう。
「カルロ・クリヴェッリ作 1480年」
だまし絵的な蠅と言ったら、ルネサンスの巨匠カルロ・クリヴェッリは
外せません。一見果物が描かれた普通の聖母子像なのですが、
下の台座に蠅が止まっています。それをキリストがじっと見ている
かのようです。
「カルロ・クリヴェッリ作 1480年」
こちらの作品は紫の花が描かれた右側に蠅が描き込まれています。
象徴とは関係なく、なにげなく配置してあることに、彼のだまし絵的
センスが伺えます。
「カルロ・クリヴェッリ工房作 15世紀」
こちらの作品は聖女カタリナを描いた聖人画なのですが、鑑賞者は
これを遠方から見たら、「あれ、絵に蠅が止まってる?」と思ったに
違いありません。この巨大に見える蠅は絵画そのものに止まっている
ように、わざと描かれています。
衛生が行き届いた現代日本では蠅より蚊が多いですが、中世ルネサンス辺りの西洋は疫病ペストが蔓延し、寒波が到来していた為、道端に浮
浪者や犯罪者の死体が放置してあることもしばしばでした。衛生的にも綺麗とは言えず、街にはネズミや蠅などが現代で思っている以上に、大量にいたと考えられるかもしれません。
だから、見慣れた蠅は腐敗や死の象徴として取り上げられるだけではなく、だまし絵の手法として取り上げられたと考えられます。絵画を鑑賞している時に、蠅がぴたっとくっつくこともしばしばあったのでしょうかね。
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