祭壇画の開閉した全貌はこちら。ゲントやイーゼンハイム、最後の審判などの外側 | メメント・モリ -西洋美術の謎と闇-

祭壇画の開閉した全貌はこちら。ゲントやイーゼンハイム、最後の審判などの外側

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 中世ルネサンス時代に多く製作され、美しく教会や修道院を飾った祭壇画。
 二連、三連、多翼型と色々祭壇画にも種類があります。翼状になった祭壇画は畳むことができ、ミサを行っていない時間は閉じられていたそうです。もちろん閉じられた部分にも絵が描いてあるのですが、私達が美術の本やネットで観られる祭壇画は開けられたものが多く、閉じた絵画はあまり知られていないのではないでしょうか。
 今回は8点の祭壇画の閉じられた部分をご紹介したいと思います。

 

ファン・エイク兄弟 「ゲントの祭壇画」

 ベルギーのゲント(ヘント)に飾られている多翼型祭壇画。祭壇画の代表格たる存在ですね。
 神を筆頭にして、マリアやヨハネ、アダムとイブなど沢山の人々が描かれています。2012年10月以来、この絵画はずっと修復中で、完全な姿で大聖堂に戻されるのは2020年頃になると考えられています。実に8年越しの修復は凄いとしか言いようがありませんね。残念ながら、一番左下だけ盗難にあってしまい、現在レプリカとなっているようです。
 そんなゲントの祭壇画の閉じた姿はこちらです。

 一番上段に描かれているのは、ゼカリヤとクマエ、ミカとエリュトライという名の四人の預言者。彼等は救世主の到来を預言した人々です。中段に描かれているのはマリアの受胎告知。天使ガブリエルさんが「おめでとう。貴女は神の子を宿しました」と告げにきております。下段のグリザイユ部分(モノクロ)は洗礼者ヨハネと福音記者ヨハネが描かれており、左右の赤い服の夫婦は、この祭壇画の制作依頼主であるヨドクス・フィエトさんと妻エリザベト・ボルルートさんの肖像が描かれております。
 閉じた状態でも、重厚で美しい作品ですよね。

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ロヒール・ファン・デル・ウェイデン 「最後の審判」

 9枚のパネルからなる、横長の祭壇画。救世主キリストと天使ミカエルを中央にして、天国行きと地獄行きを選別する最後の審判の様子が描かれています。
 そんな黙示録的な作品の閉じた姿がこちら。

 上段にはグリザイユで描かれた受胎告知の場面が描かれ、下段中央にはグリザイユの聖セバスティアヌスと聖アントニウスが、左右には恐らく作品の依頼者である、黒装束の男女ニコラス・ロランさんとGuigone de Salins さんが描かれています。この聖人が描かれた理由は、依頼者たちの守護聖人だった可能性があります。
 ゲントの祭壇画と似た構成をしておりますね。祭壇画を描く上での暗黙の了解といったものがあったのでしょうか。

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ハンス・メムリンク 「最後の審判」

 ウェイデンと同じく北方ルネサンスの巨匠であるメムリンク。彼も最後の審判の祭壇画を手掛けています。これは左右に翼が開く三連祭壇画ですね。中央には人々を裁くキリストとミカエルがおり、左に天国、右に地獄を配置しております。
 この広大な作品の外側はこのような感じとなります。

 グリザイユで表わされた聖母子像と天使ミカエルと、依頼者と思われるAngelo Tani さんと Caterina Tanagli さんのお二人。聖人やマリア、ミカエルがグリザイユで描かれるのは、「この世ではない霊魂的な存在である彼等が、依頼者の祈りによって現出した幻影」という意味合いがあるようです。ただの彫像に祈っているわけでは断じてないのですね。

 

ハンス・メムリンク  「ヤン・フロイレンスの祭壇画」

 ちょっとマイナーで知っている方は少ないかもしれませんが、素敵な祭壇画だったので掲載してしまいました。メムリンク作のミニサイズの祭壇画。左側はキリストの誕生、中央は東方三博士の礼拝、右側はキリストの宮参りの場面が描かれています。宮に来た老人シメオンと老女アンナはキリストを見るなり、「未来の救世主を拝む事ができた」と非常に喜びを表したとされています。キリストの生誕後の一連の物語が祭壇画になっているのです。
 そんな祭壇画の閉じた姿はこのような姿です。

  左側は恐らく洗礼者ヨハネで、右側は聖ヴェロニカ。こちらはカラーの聖人のみが表現されていますね。
外枠上部の盾のような模様はこの依頼者の紋章であると思われます。取っ手部分のデザインも美しいですね。こんなミニ祭壇画、家にも欲しいな・・・。

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ヒエロニムス・ボス 「東方三博士の礼拝」

 北方ルネサンスの異色の画家、ヒエロニムス・ボスの三連祭壇画。ボスは祭壇画を幾つか残しています。
 中央には東方三博士の礼拝が描かれ、左パネルには寄進者のペーテル・ブランクホルストと、その守護聖人である聖ペテロが描かれ、右パネルにはアグネス・ボスホイセとその守護聖人である聖女アグネスが描かれています。多様なアレゴリーを絵に隠す事を好んだボスは、この絵画にも小屋の中から覗くヘロデ王や、小姓の裾に隠された格言(大きな魚は小さな魚を食う)、熊に襲われた旅人などを描き込んでいます。
 この魅力的な作品の閉じた姿はこのような感じとなります。

 キリストと聖人、背景などはグリザイユで描かれ、カラーなのは寄進者二人の姿のみ。これは聖グレゴリウス一世の奇跡のシーンを描いています。パンが聖体だと疑う女性が現れ、グレゴリウス一世が祈りを捧げると、祭壇からキリストが現れたという逸話があるのです。背景にはキリストの捕縛や十字架担い、磔刑などのシーンが表されています。
 ボスはそれらのシーンを寄進者たちが観た幻影として扱い、神秘的なイメージを強くしています。

 

ヒエロニムス・ボス 「干草車」

 こちらは「取るに足りぬ虚しいもの」という象徴である干草を、人々が争い奪い合っている「干草車」という三連祭壇画。
 左パネルはアダムとイブの誕生と蛇の誘惑、失楽園を描き、右パネルは地獄を描いています。アダムとイブの原罪を背負った人々は虚しいものを奪い合って殺し合い人生をすり減らし、遂に地獄へ堕ちて行く。という痛烈な皮肉が込められた作品ですね。中央頭上のキリストは「お手上げです」という姿勢を取っており、諦めムードです。
 ボスの世界観が炸裂した祭壇画の閉じた姿はこちら。

 他の様式化された祭壇画とは全く違い、フルカラーで旅人(放蕩息子)が描かれています。進路を迷う旅人の姿はこの作品以外にも、ボスはもう一つ描いています。(2017年に東京へ来たのでそちらの方が有名ですよね)
 「人生とは神への元へ向かう巡礼の道」という格言が込められた絵で、人生の道すがら様々な誘惑があります。お金、権力、地位、遊戯、愛欲・・・。神の道を外れた者はそれらを奪い合い、干草車の後を追って地獄へと堕ちて行きます。その誘惑に打ち勝って、長い長い旅路を踏破してこそ、神のいる天国へと到達するのです。
 人生は旅。人々はみな旅人。宗派や時代が異なる私達でも、賛同したい部分はありますね。

 

ヒエロニムス・ボス 「最後の審判」

 更にもう一つ、ボス師匠の作品。えこひいき気味ですみません(笑)
 ウェイデンやメムリンクのものと同じく、最後の審判をテーマにした三連祭壇画です。通常、最後の審判は中央に審判者ミカエルと神、左右に天国と地獄を配置するのですが、ボスは左がアダムとイブの誕生、蛇の誘惑、失楽園を描き、中央と右パネル全部を地獄として描いています。中央パネルの上部に神と聖人達が表され、その左上に天国行の者が数名ちょろっと描き込まれています。

 当時、罪の償いはかなり難しく、地獄行の者がほとんどで天国行の者はごく僅かだと考えられていたようです。ボスはそんな風潮と自分の思想を前面に出して、ほとんど地獄の祭壇画を描き切ったのです。
 閉じたパネルの姿はこのような感じです。

 カラーが全くなく、
グリザイユのみで描かれていますね。
 左の聖人が聖ヤコブであり、右の聖人が聖バヴォです。聖バヴォはかつて大商人か大地主であり、拝金主義でしたが、彼の妻が亡くなるとその生き方を反省し、貧しい人々には財産を分け与え、聖人たちにゲントの土地を寄付したそうです。聖バヴォの容姿は注文主である、フランス王フィリップ美公をモデルにしており、彼の守護聖人であったようです。
 フィリップ美公がこの絵を注文したのだから、当時の人々は「殆どが地獄行で、天国への切符は限られている」という認識がやはり強かったのでしょう。この凄まじい絵を眺め、「きちんと生きなくては」と気を引き締めていたのかもしれませんね。

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マティアス・グリューネヴァルト 「イーゼンハイムの祭壇画」

 ドイツの画家グリューネヴァルトの代表作ともいえる、イーゼンハイムの祭壇画。生々しい描写のキリストの磔刑。余りにもリアルに描きすぎて、当時失神者も出たという噂があります・・・(?)
 中央にキリストとマリア、福音書記ヨハネ、マグダラのマリア、洗礼者ヨハネが描かれ、左パネルに聖セバスティアヌス、右パネルに聖アントニウスが描かれ、下パネルにはキリストの埋葬が表されています。中央パネルだけでも見たことがある、という人は多いのではないでしょうか。
 しかし他の祭壇画とは様子が違います。そう、これは閉まっている状態なのです。ちょっと変わった形の祭壇画、開けるとこのような感じになります。

 上部の翼が開き、全く違うフルカラーの絵が現れました。左側から受胎告知、中央はキリストの降誕と天使の奏楽、右側はキリストの復活が描かれています。これは聖霊の力でキリストが生まれ、死に、復活したという一連の流れが表されています。とても精緻で、個性的な作品ですよね。
 しかし、イーゼンハイムの祭壇画はこれで終わりではありません。実は、もう一回開くのです。

 奥から絵画と彫刻が現れました。下側のパネルも外れ、彫刻となっていますね。
 中央の彫刻はニコラス・フォン・ハーゲナウ(1445頃-1538)の作です。中央の像から聖アントニウス、左は聖アウグスティヌス、右は聖ヒエロニムスとなります。下部はバイヘルという者の作ではないか、という説もありますが、確かな事は分かっていません。

 左右の絵画は勿論グリューネヴァルト作で、聖アントニウスによる聖パウルスの訪問と、聖アントニウスの誘惑の場面が描かれています。怪物に襲われる聖人の姿は何とも可哀想ですが、物凄い迫力を生み出していますよね。
 この祭壇画の注文主はアントニウスをまつる修道院長であるグイド・グエルシであり、この修道院は病気の者を治療する病院の役目を果たしていました。なので、祭壇画にはライ麦病で苦しむ人々の守護聖人である聖アントニヌスが多く描かれることになったのです。

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